第6話 勇者、宗教勢力に干渉する【1/3】または「その者は、太陽と同じ高さまで頭を上げた」

 かつて一大派閥となっていた、大司祭率いる聖光教会・啓示けいじ派は凋落ちょうらくした。

 莫大な資金を背景に、いまや大派閥となったインノケンティウス8世率いる神家かみのいえ派に取って代わられたのだ。


 そして大聖堂での会談を経て、弱体化した啓示けいじ派は神家かみのいえ派に吸収され、聖家せいなるいえ派となった。

 すべては裏で『竜の勇者』が手引きしていた。


 派閥の長であるインノケンティウスが発した「勇者は太陽、教会は月」という言葉と共に、この噂は各地を駆け巡った。



 そんな噂は王国内に留まらず、この世界中に浸透していく。

 前人未踏の、恐るべき場所にさえも。


「フンッ……気に入らんな」

「腐りきった教会権力なんぞどうでもいい。勇者とやらも、所詮はくだらん“ただの異能者”だろう」

「だが、月。月か。本当に気に入らん」

「いかにも異世界人らしい物言いだ」

赤月せきげつ青月そうげつ紫月しげつか。どの月であるかに言及していないとは。」


 どことも知れぬ、瘴気しょうきあふれるけがれた地。

 まとわりつくほど濃密な、高密度の魔素が周囲を覆う。

 ここは、世界各地に点在する特殊な地域“魔界”だ。


 ここ魔界には、自然の摂理によって魔王が“湧き出る”のである。

 そんな、“湧いて生まれた魔王”が、インノケンティウスの発言をあげつらって非難する。


 見るからに悪魔らしい見た目だが、この魔王は不思議なことに、帝国軍の武装で身を固めているようにも見える。

 グルマジア魔導科学帝国による、最新式の上級軍隊装備に。


「(そんな“ただの異能者”であるボクの協力がなければ、キミは今そこに立っていないんだけどねぇ~)」

 遠距離から念話が届く。


 おそろしいほどの遠距離。


 グルマジアからだ。


「(ユウマよ。貴様には感謝しておるぞ。我が軍団への技術供与と物資、装備の提供)」

「(おかげでこの地域を平定し、魔王としての地位を揺るぎないものにできた)」

「(だが貴様、苦労しておるようではないか。王都は掌握できなかったようだな)」


 なんということであろうか。

 かつては『竜の勇者』であり、いまや神聖ルーマシア王国の反逆者となったユウマ。

 彼は、王国の仮想敵国であるグルマジアに通じているばかりか、魔族とも通じていたのだ!


「(そう言ってくれるなよ~。苦しいところなんだから、そこは。)」

「(キミが言う通り、『竜の勇者』が“ただの異能者”なんだとしても……)」

「(あの男は。勇者ファラーマルズと名乗った、あのバケモノは。別の何かだよ)」


 その心象風景は、彼の在り方は、“湧いて生まれた魔王”であるキミなんかより、よっぽど怖い魔王だったよ。

 そんな言葉を飲み込み、心の奥底に止め置いた。


「(くだらんことだ。所詮は軟弱な異世界人よ。脅威になるのなら、いずれぶつかり、潰すだけだ)」

「(計画を進めようではないか。そなたの『竜人兵クローン計画』とやらを。)」


 反逆の勇者と魔王の間で、何やら密約が交わされている様子である。

 この世の不条理を詰め込んだ、なんという欺瞞であろうか。




 一方、噂の中心地である王国では。

 一人の男が、沈んだ面持ちで豪奢な椅子に腰かけていた。


「はぁーーーっ……」

「短い付き合いでしたな、ファル殿」


 凋落し、他派閥に飲み込まれた聖光教会・啓示けいじ派の派閥長、いや、元派閥長か。

 大司祭その人である。


 肥満体であったはずだが、ここしばらくはまともな食事ができていない。

 ゲッソリした肥満。不健康そのものの見た目だ。


「思えば、私の脳を食わずに生かしておいたのも、このときのためでしたか」



 ほかの国には届いていない、主に王都を中心に囁かれるウワサが、もう一つあった。

 それが、「新たに生まれた聖光教会・聖家せいなるいえ派が王都襲撃事件の責任を取る」というものだ。


「派閥の長を私にしたのも、このときのためでありましたか」

「さすがの手腕でございますなぁ」

「王都襲撃の責任を押しつけるとは。はぁーあ、気が重い」


 明確な失脚と人生の終了を感じ、大司祭は落ち込んでいた。

 しかし、心のどこかで「これで楽になれる」という安堵を感じていたのも事実だ。

 あの頃。女神様を信じ、この身を捧げることを誓ったあの頃。

 あの頃は正義を為すために奔走していた。

 それが今では、権力欲に取りつかれて若者を勇者だとかなんだとか言って使い倒し、嘘と虚飾の世界に身を置くとは。

 こんなことになるなんてなぁ。

 自嘲気味ではあったが、どこか運命を受け入れている自分がいた。


「そうだとも。そなたは、このときのために目をかけておいてやったのだ」

「そなたのなかの悪と純粋さ。それこそ余が求めてやまぬものである」

「では、行くぞ」

 こともなげに勇者ファラーマルズは大司祭を促す。


 謁見の間へとつながる廊下へと。

 国王の前で断罪するつもりなのだろうか。

 あんまり苦しまない方法で処刑してほしいな、と大司祭は思った。


 謁見の間の大扉を通ると、国王、王妃、教皇が座っているのが見える。


 そばに控える大臣がねぎらいの言葉をかけた。

「『竜の勇者』であるファラーマルズ殿。此度の王都襲撃事件では、八面六臂の活躍だったとか」

竜騎士ドラグーン隊と勇者様の活躍がなければ、王都は失陥していたことでしょう」

「そして……」


 大臣は、意味深な目つきで、大司祭へ視線を移す。

「大司祭様も、この度は苦労なされたご様子。それにしても、大変に名誉なことですな」


 大司祭は感じ取った。

 なにやら、おかしい。


 おかしいと言えば。


 インノケンティウス8世が、引き立てられて国王の前にいる。

 以前目にした、権勢に座する彼とは程遠い姿。

 まるで罪人のように、縛りつけられていた。

 その目は、もはや何も見ていない。虚空を見つめ、絶望のなかにいる。


「これはこれは、国王殿に教皇殿、そして大臣も」

 勇者ファラーマルズは大仰に挨拶をする。


「一度は我らの頭上を不幸の風が吹きましたが、いまや幸福に満ちております」

「こうして、王都襲撃事件に加担した、逆賊を捉えることができたのですからな」

「インノケンティウス8世とやら。もう逃げることはできんぞ!」


 誰もが、勇者と、そしてインノケンティウス8世を見つめる。


「そうだそうだ、許されないぞ、インノケンティウス」

 貴族たちが、口々に批判の声を上げた。


 混乱しているのは、大司祭だけだった。

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