第2話 竜の勇者、最初の任務【4/6】または「神敵、ブッタデウス現る」

「ファル様。いよいよ、神家かみのいえ派の重鎮との会談でございます」


大司祭が勇者に、倒すべき敵について伝えてから数日。

すぐに会談の準備をし、予定を早めて会談にこぎつけた。


なぜなら、毎日毎日、勇者は人間の脳を食べたがったからだ。


「(脳を食べたいって、何か特別なときの要求じゃなかったのか)」

「(毎日2人の脳を食べ続けてきたとは、この『竜の勇者』様、完全にヤバすぎる魔王だ……)」

大司祭はいろいろ苦悩し、心を痛め、なんとかして状況を打開しようとした。


早く会談し、敵対派閥に『竜の勇者』様をぶつけなければ。

最悪、派閥間闘争に負けてしまうかもしれないが、この恐るべき魔王に目をつけられたままでいるよりは、はるかにマシであろう。



豪奢な応接間、兼、会談場に勇者を通す。

勇者は、中央の主賓席に当然のごとく鎮座した。まるで自分が主役であると言うかのように。

もはや何も言うまい。

今日こんにちに至るまで、やれ脳が食いたいだの、やれ落とし穴を掘って敵を落とせだの、散々な要求をされ続けて来たのだ。

そのたびに媚びへつらい、いさめ、ときには強い口調で、命をかけてなだめてきた。



いよいよ、敵対派閥である神家かみのいえ派の重鎮2人と勇者が相まみえる。


会談を急いだため、派閥長のインノケンティウスは欠席している。

副代表のシモン・ペテロ、そして不死身のご神体でもあるブッタデウスが現れた。


勇者は立ち上がり、何やら長い口上を述べ、2人を席へ促す。

さすがは王の経験者というだけあって、ある程度の礼節は心得ているようだ。


「おお、太陽よりも徳が高く、海よりも深い考えをもつ者たちよ」

「遠いところをよく来てくれた、2人の聖なる者。どうか、そなたらの頭上に不幸の風が吹くことがありませぬように」

「さぁ、どうぞ栄光の席につき、とあなた方の未来について話し合おうではないか」

勇者は、その舌には甘い蜜を乗せながら、その心根は邪悪そのもの。

彼ら2人をいかにして害そうかと考えていた。


シモン・ペテロが豪華な来賓席に座りながら謝辞を述べる。

ブッタデウスも同様だ。

ブッタデウスのほうがやや言葉少なだが、むしろ世間に慣れているような、世俗的な雰囲気を感じる。

不死身で長命と聞いていたため、もっと超然とした存在を意識していたが、意外なことだった。


「新しく降臨なされた『竜の勇者』様。ファラーマルズ様。お噂はかねがねうかがっております」

わたくしの名はシモン・ペテロ。どうぞお見知りおきを」


「私はブッタデウス。此度こたびの『竜の勇者』様は、なにやら特別なのだとか」

「どうか、良い関係を築きたいものですな」


「ははは、お二方ふたかた、そうかしこまらずに。どうぞ余のことは気楽にファルとお呼びくだされ」

「我らは同じ国に生き、恐ろしい敵である魔王を倒さんと欲する、仲間ではありませぬか」


これも意外なことかもしれないが、勇者は、思いのほか礼節と弁舌をもって会談を進めている。

奸計を隠しつつも、相手の出方を探っているのだ。

もしかしたら、大司祭の側についているよりも、もっと良い側につこうと画策しているのかもしれなかった。

大司祭をも欺く、より大きな奸計をはかっているのかもしれない。


「今日は、そちらの対立教皇様にお会いできず残念ですな」

「ときに、聖なるお二人。その聖性をお見せいただくことはかないませんかな?」

「余の竜の力も、ご所望とあらばいつでもお見せできますぞ」


ゆったりと、しかし確信的な面持おももちで、勇者は立ち上がった。


「これが、余の竜の力の一部ですぞ」


両肩をはだけると、肩に生える恐るべき蛇をあらわにした。

次の瞬間その2匹の蛇は、爆発的な瞬発力でシモン・ペテロとブッタデウスに襲い掛かる。


シモン・ペテロは、蛇の瞬発力よりもさらに早く、奇妙な姿勢と見たこともない魔力制御により、浮き上がった。

座ったままの姿勢で両手のてのひらを下に向け、フワリと、そして驚異的な速度で浮遊した。

これが噂に聞く、シモン・ペテロの飛行術か。


ブッタデウスは、為す術もなく蛇に襲われる。

人の頭部は、重量にして、およそ体重の10%にも及ぶと言われている。

ブッタデウスはいまや、勇者の肩から生えた蛇によって、体重の1割を減らされてしまった。


「おお、これがファル殿の『竜の力』ですが。なかなか変わっておりますな」

何事もなかった、というように、シモン・ペテロは浮遊しながら言い放つ。


ブッタデウスの首からの出血はすでに止まっている。

まるで逆再生でもするかのように、失われた1割……すなわち、頭部が生えてきた。


勇者の肩から蛇が生えているさまも不気味ではあるが、ブッタデウスが再生する速度と異様さは、それよりもいくらか不気味さが勝っているように感じられる。

いまや、少しだけ衣服を血に濡らしたブッタデウスが、何事もなかったように話し始めている。


「私の聖性は、これで証明できましたかな、ファル殿?」

「どれ、シモン・ペテロ師。次はあなたの番ですな」


ブッタデウスに促されると、シモン・ペテロは浮遊しながら魔力を練り始める。

この世界に存在する魔法体系とも、勇者がこれまで見てきた魔法とも異なる、未知の魔力流を感じた。


「たしかに、たしかに。ファル殿だけに力のあかしを見せていただいたのでは、申し訳ないですからなぁ」

これから悪戯をする悪童のように、シモン・ペテロの口元が歪む。

だが、その後に行われたのは、悪戯と形容するには少し行き過ぎた行為だった。


ほとばしる魔力の奔流ほんりゅうが収束し、光の束となって降り注ぐ。

一本一本が致命的な威力と熱量をもった、地上を焼き払う神の怒りラース・オブ・ゴッドの顕現であろうか。

十分すぎるほどの魔法的な防御がなされた会談場であったが、為す術もなく焼き焦がされていく。

実は、光の柱が貫通しないだけ、この会談場に施された魔法防御は強固なものであったのだが、この場にいる誰もがそれを知りえない。


全身にいくつもの大穴を開けられた勇者が、そこに立っていた。


「ほほう、これはなかなか聖なる攻撃ですなぁ」

言い終わる前に、すでに再生は完了している。

ブッタデウスの不気味な再生ほどの速度と完璧さではない。

だが、凄まじい速度で肉が盛り上がり、骨を、神経を、筋肉を作り、皮膚で覆い、あっという間に元通りとなった。

失われた布類も、魔力の糸によって再生が始まっている。

両肩の蛇も頭がちぎれ飛んでいたが、あっという間に次の頭が生えてきた。


シモン・ペテロはすでに飛行術を解き、先ほどと同じ椅子に着席している。


勇者は、喜びのあまり、またいびつで背筋が凍るような笑みを浮かべている。

この者たちは、自分たちの陣営にいる『竜の勇者』などよりも、よほど恐ろしいバケモノであろう。この出会いは、なんとか有効に使わねば。そう値踏みしているのだ。


「これで、我々の聖性は感じ取っていただけましたかな?」


「いやはや、御見逸おみそれしましたわい。これほど聖なる存在には、なかなか会ったことがありませぬ」


この勇者がもつ異質な邪悪さを感じ取ったのか、シモン・ペテロも恐ろしげな笑みを浮かべ、述べ始めた。

「どうですかな、ファル殿。腹を割って話し合いましょう」

「我らは敵対するのではなく、手を取り合うべきではありませんか」

「お近づきの印に、我が秘密の一端をお聞かせいたしましょう」

わたくしの本名は、シモン・マグス・“ペテロ”と申します」

「“ペテロ”とは、さる高名な聖人から、その聖性と一緒に買い受けた名前なのです。聖職売買シモニアによってね」

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