第2話 竜の勇者、最初の任務【1/6】または「神敵、ブッタデウス現る」
「今日は、若者の脳は食えぬのか。惜しいのう」
『竜の勇者』(と、いうことになっている男)は、皿いっぱいに出された料理を平らげると不満げにつぶやいた。
男のために特別に調理された、ヤギの脳をふんだんに使った料理だ。
恐るべきことにその男は両肩から蛇を
食らいつくというよりは、あくまで上品に。蛇たちすらも、まるで上流階級の礼節を身につけているかのようである。
「極上のヤギの脳を使い、最高の料理人が腕を振るった料理でございますゆえ、
『竜の勇者』の
緊張と恐怖で、額に脂汗をじっとりと
彼こそが『竜の勇者』召喚の儀式を執り行った大司祭。
そして彼は、このような邪悪な存在を呼び出してしまったことを、とてつもなく後悔していた。
「ヤギでもよい、とは言ったが。それは若者2人の脳を用意できないならば、1人分の脳はヤギの脳で代用してもよい、という意味だ」
「2人分すべてをヤギで代用するやつがあるか。まったく。まぁ、よい。うまかったぞ」
『竜の勇者』様は人間の若者の脳をご所望だったが、さすがにそれは
「ときに勇者様。いつまでも『竜の勇者』様とお呼びするわけにはいきません」
「どうぞ、勇者様のことをなんとお呼びすればよいか、お教え願いたい」
大司祭は、恐る恐る呼びかける。満腹で満足している今なら、殺されることはないだろう。おそらく。楽観的に見て。
「そうだのう。
「まずはこの国、そしていずれはすべての国々を支配し、王たちを従える王になるゆえな」
この男なら、本当に乗り出しかねない。大司祭は肝を冷やしつつ、うっとおしくも思った。今はそういう、称号とか
「『
「おお、そうであったか。余の名を知らぬ、とな。
「余の名は、ザッハ……」
ふと、『竜の勇者』は言い
真名を明かしても良いものであろうか。
いや、それよりもなによりも、せっかく新天地に来たのだ。
新しい名前でやり直したいではないか。
この世に自分よりも偉大な存在はいないので、参考にすべき尊名はない。
で、あるならば、自身の血族の名から拝借するか。
美しく壮健なメフラーブ王か。
稀代の大英雄ロスタムか。
いや、決めた。
「余の名は、ファラーマルズ。一族名は特にないが、どうしても必要なときにはカヤーニーとつけよ」
「ファラーマルズ・カヤーニー。それが余の名であると覚えておけ。平時は
ファラーマルズとは、大英雄ロスタムの子にして、一族最後の子。
敵対する王家に命を奪われた、悲劇の子だ。
魔王らしからぬ、人間の情が湧いたか。
「しかと
偽名なのは間違いない。こういうときの大司祭の勘は優れていた。
しかしどうせ真の名を知ったとて、呪術に使うことはかなうまい。呪詛返しをされるのが落ちだろう。
だが今、大司祭が何よりも意外に思っているのは、すんなりと会話ができていることだ。
有無を言わさぬ暴君かと思っていたが、そうではないようだ。
それとも、使えると思った部下は大事にするタイプの暴君なのだろうか。
もしそうであるなら、もう少しだけ、探りを入れてみてもいいだろう。
こういうときの大司祭の勘は優れており、同時に少しだけ大胆なのだ。
「さっそくですがファル様、『竜の勇者』として最初のお勤めをお願いしたく」
ここまで話しても、『竜の勇者』が怒りに震えるような様子は見えない。
むしろ、話を続けろ、と促しているようだ。
ならば、一息に話しきってしまうが
「我らが崇める女神ディル様の教えに背く、異端者どもが
「聖光教会の
「恐るべき邪教でございます。彼らを、残らず殲滅していただきたいのです」
勇者の口元が歪む。相変わらず、背筋が凍るような
「殲滅とは、穏やかではないな。我が覇道の第一歩にふさわしい、好みの任務だ。無論、倒した敵の脳は食ってよいのであろうな」
「な、なるべく、大勢が見ていない場所でお願いしますぞ」
「分かっておる。余は、そなたら民衆の希望を背負った『竜の勇者』様なのだろう? 体裁は守るさ」
「まずは、彼ら
「その後、勢力を探るなり、その場で倒すなり、お好きな手法で彼らを滅していただきたい。最終的には、重鎮だけでなく派閥そのものを殲滅していただきます」
「ふむ? なんだ、向こうの者たちは渡りをつければ出向いて来るのか。不用心な。そなたらの攻撃魔法でもブチ込んでやればよかろうものを」
勇者が抱いた疑念ももっともだ。
招いて訪れるのならば、いくらでも奸計にかけられるというもの。
それを聞いて、大司祭の顔が暗くなる。
『竜の勇者』に向けた恐怖とは、また別の……どちらかと言うと、嫌悪や不気味さ、といった
「それができぬのには、
「彼ら派閥には、注意すべき重鎮が3人おります」
「1人目は、代表の男。彼は、我ら啓示派に属する教皇と教皇庁を認めておりません。『対立教皇』を名乗って、自分こそが教皇であると主張しております」
「その者は老獪で慎重で、聖宝具や高位魔道具をいくつも所持しております。いずれも、我ら聖光教会が関知せぬ、未知の武具なのです」
「2人目は、副代表の男です。その者は、岩のように頑健な体をもち、見たこともない術で空を飛ぶ武闘派の魔術師です」
「代表と副代表は、どうやってか女神様に属さない奇跡の力を操り、低位の神官どもに奇跡の術を授け『聖霊の
「そしてもっとも恐ろしいバケモノが、3人目。彼は、
「それもそのはず。彼は不死身で、何度殺しても必ず立ち上がるのです。頭を切り落としても、火炎魔法で焼き尽くしても」
「一説によると不老不死で、すでに何百年か、何千年にも渡って生きている、と言われています」
何千年にも渡って生きている。その部分に、勇者は反応する。
勇者と同じ、長命の存在だろうか? それとも神霊や悪魔が転生したものか。
勇者が興味をそそられた気配を感じつつも、大司祭は忌々しげに続けた。
「対立教皇を名乗る代表の男の名は、インノケンティウス」
「副代表の男の名は、シモン・ペテロ」
「そして不死身の男の名は、ブッタデウス、でございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます