第1話 竜の勇者、転移す【補足】または「紺碧の空に、彼の星は再び輝く」

「せめて!! 心の中で言え!!!」

 それが、転移前に聞いた女神の最後の声だった。


 意識が途切れる。抗いながら眠りに落ちるような、失神するような、あまり気持ちの良くない意識の混濁。


 意識が落ちるか落ち切らないかの狭間はざまで、再び意識が鮮明になる。

 気づくと、自身が光の中にいるのだと分かった。

 光そのものと同化したかのような、陽光がこの身すべてを貫くような、見渡すばかりの閃光。

 自分の身体の輪郭を、正確に把握できない。まるで魂そのものが光に溶けてしまったかのようだ。


 徐々に光が薄まってくると、声が聞こえる。

 自分の身体の輪郭が、魂の輪郭が、はっきりと意識できるようになってきた。

 どうやら、あの女神が創った世界とやらに降り立ったようだ。


 激しい光。

 気持ちの悪い浮遊感。

 出来の悪い転移術式のせいだろう。

 あの程度の小娘が創った世界、いかほどのものであろうか。不安がよぎる。


 しばらくすると重力を感じ、さらに光が和らぐ。

 ようやく自分が「光の柱の中にいるのだ」と認識できる程度に光が薄まった。

 周囲に人間と思しき生命体の反応も感じる。この世界にも人間はいるのだな。


「おお、竜の勇者よ! どうか光よりでて我らが祈りを聞き届けたまえ!」


 召喚の儀式に使われたであろう魔法陣。何とも不出来で不格好だ。

 儀式に使われ、役目を終えた後でもなお、強力な魔力の残滓を放つ魔道具。魔力の使い残しがあるとは、やはり魔力放散の効率が悪すぎる。


 不安は的中した。

 はっきり言って、魔法に関する技術がおざなりすぎる。


 光の柱の中から、わしは、いや、“は”歩み出た。


「ああ、まさしくその身は……ん?」

 宗教組織の指導者であろうか、両手を掲げる男を周囲の者は大司祭と呼んでおる。いかにも俗っぽい黄金の装飾に身を固めた肥満体の男は、余に対して、少しばかり下卑げびた目を向けてきおった。


 こやつからは、悪の臭いがする。余と同じ臭いだ。かなり薄いが。


「うまく転移できたようだな。シヴァのやつめ、たばかりおって。余の願い通りとはいかなんだが、まぁ合格といったところか」

 あの女神との戦闘の疲労はあるが、この世界の濃い魔力に触れていれば、すぐに治るだろう。

 周囲に控える凡庸な魔術師どもが、出来の悪い支配魔法を練っている。くだらん児戯だが、余に向けて放とうとしているという事実そのものが不快だ。すでに術式を破綻させておいた。なぜこんなにも術式が穴だらけなのか。

 余は大悪魔たちに魔術・魔法のたぐいを教わったが、彼らの魔術教師はいったいどれほど無能な小悪魔なのか。


 もう失敗はすまい。

 かつて一度、ゾロアスター教の竜王として生きた。数万年を。

 転生して、もう一度イラン王として生きた。千年以上を。

 長い時間を生きているのだ。

 これからこの世界で、思うさまに生きてくれよう。

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