二章・僕の格好悪さのすべて⑥
当然、杏里は半信半疑だったろう。僕は「花森
花森啜の代表作は、『あとは馬鹿やって死ぬだけ』。
余命百年を宣告され、絶望する中年の男が自殺をするまでの日々を描いた作品だ。どこまでもミニマルに中年サラリーマンとその妻の生活を描きながら、ラスト一〇分、突如男が着々と自殺の用意をするスリリングさと不条理さがたまらない。頭に太い輪ゴムを次々と巻き、最終的に頭を爆発させる主人公。吐き出されたのは、血ではなく透明な液体。それを男の妻が馬鹿笑いしながら啜る。壮絶で虚しい幕切れ。生きることはあまりに格好悪い。男は妻に、生きていた証しを啜り取られることを選んだのだ。
こんな作品が書けたら、と思う面もあるが、花森啜を選んだのは顔出しをしていないことが主な決め手だった。それを瞬時に思い出し、僕は杏里に嘘を吐いたのだ。
ペンネームを教えると、勝手に合点した杏里は信じてしまった。(花森が手掛けた作品は、まんま僕の手柄となるわけで)、
杏里は当然、澄郷の知り合い中にそれを広めたのだろう。杏里に嘘を吐くとなると、澄郷の同級生にも、親にも同じことを言わざるを得ない。誰にも本当のことが言えなくなっていた。
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