二章・僕の格好悪さのすべて②
夢は目前まで迫っていたはずだった。その後に書いた作品は、どのコンクールでもかすりもしなかった。『舌味のキャラメル』に拘っているのも、それが理由だ。
父親に苛立つのは、なまじ最初がうまくいきかけただけに、根拠もなく脚本家になれると思っていた自分にそっくりだからだ。相応の努力なしに、起死回生を夢見続けている愚かさ。
嫌になる。間違いなく存在する、血の繋がり。
父の顔も見たくないのが正直なところだった。
が。
僕が脚本家だと知った父親は、こちらが忙しいと思い込んでいながらも、帰ってくるのを誰よりも楽しみにしている。「澄郷のあの頃がもう一度やってきたら、映画の舞台にどうだ?」と浮かれていた。
今の廃れた姿の方が映画映えする、とは間違っても言えなかった。
これだけ不平不満を抱きながらも、僕は明日、澄郷へ戻ることにした。親父に一報入れたときの、はしゃいだ声はどこまでも不快だった。
三〇歳を迎えたとか、夢がどうのということは自分を納得させるそれらしい理由に過ぎない。
金というのは人を素直にさせる。とにかく金がなくなった。預金通帳には、手数料分もない。財布に一万円。これが全財産。
今まではバイトの金と、祖父が生前に作ってくれた定期預金を解約して生活していたが、たかが八年ですべてを吐き出してしまった。命の危険すらある。まずは澄郷に帰る交通費が残っているうちに、どうにかしなくてはいけない。
まずは実家に帰り、澄郷で働き口を探そう。父に頼んで、タクシー会社に口利きしてもらうことも考えなくては。東京で暮らすのには、フリーターじゃあ限界がある。
一次的にしのごうとしているだけで、脚本家の夢を諦める必要はない――なんていうのは、自分を騙す言い訳だ。僕は本音さえも、まぜっかえしてわからないようにしてしまっている。
人を騙しているんだから、本当はせめて自分だけには正直でいたい。それができないのは、僕が舌の味のキャラメルなんかしゃぶるのが好きだからだ。
僕はきっと(他人事のようだ)既に心が折れている。『舌味のキャラメル』で得た最初で最後のチャンスを逃したとき、僕は終わっていたのだろう。
今はまず、両親や知り合いに嘘を白状して素直に助けを求めるか、それが問題だ。
流れに身を任せればいい。嘘を吐き通したまま仕事を探す方法だってあるかもしれない。
葛藤を仕舞い込み、何もかもを後回しにすることにした。
僕は切符を買い、隅田川の花火大会へと向かったのだ。
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