一章・舌の上で快楽を転がす⑧

「ルダは、脚本家になりたい……んだよね?」

 僕は尋ねた。探りを入れてみる。正直に言ってくれた方がいい。

「もちろん。でも、見たらわかると思いますけど、ここ、真剣に映画を研究しようという人間もいなければ、ましてや脚本家になりたいという人もいません」

「ひとりで真剣だと、息苦しくないの?」

「いえ」

「……?」

「人と違うことがしたいんだから、人と違う目で見られて当然じゃないですか?」

 探りを入れてやろうとか思っている自分に比べ、なんと眩しいことか。

 ルダに強く引き付けられた理由がわかる気がする。彼女は、僕が欲しいものをもっている。

 揺るがない。

 僕がついている嘘はなんて下らないんだろう。人と違うことをしたいくせに、結局みんなと同じように、いいように思われたいだけなんだ。

 脚本家だろうが別の職業だろうが、結局、羨望の眼差しを浴びつつも、常識的には正しい立派な人間だと思われたいだけなんだ。

 ……でも。

「そうだな。僕でよかったら脚本見るけど、どう?」

 嘘を簡単にやめることはできない。僕には、恥をかかないよう糊塗する癖が染みついてしまっている。

 人は人、自分は自分と思えていたような、ひたむきに脚本に向き合っていた頃があったような気がするが、その頃の僕は他人になってしまっていた。

 舌味のキャラメルか。

 蒔いた種が育ち、その蔓に自ら絡め取られてしまったのだ。

 馬鹿騒ぎだったドラゴン花火が終わると、みな、めいめい脱力していた。熱気が冷め、談笑しながら手持ちの花火を始めた。

 煙が残る河川敷。もやは空へと登っていく。

 目に染みたのだろうか、泣けてくる。アパホテルの折り鶴の些細で見当違いな優しさにさえ、ほだされてしまうかもしれない。

 昨日限りで夢を諦めた瞬間、僕の青春は完全に終わったのだ。

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