一章・舌の上で快楽を転がす⑥
「ていうかな、渕上も今年で二十八だろ? よくサークルなんかいられるよな」
僕は渕上に言った。
「いいじゃないっすか、俺、多分後輩から好かれてますし。大学生も食い放題。俺も大学生だけど」
羨ましい。とは、声帯をちぎられても言えない。(矛盾している)
渕上はポケットから何かを取り出し、僕に手渡した。
折り鶴?
首の折れた、ぐしゃぐしゃな姿が何とも哀愁がある。
「こないだ映研の子と、アパホテル行きまして」
渕上は、階段に座り、男といちゃつき合っている黒髪ボブの女子を指さす。
自慢か。自慢なのか。羨ましい。羨ましくない。
「ベッドの上に置いてあるんですよ、折り鶴。逆に嫌がらせみたいっすよね」
「なんでこんなにぐちゃぐちゃなんだよ?」
「部屋に着くなりあの子、ベッドに置いてある鶴に、そのままぐじゃーって座ったんですよ。うわー、デリカシーねぇなって、鶴かわいそうじゃんって。気づいてなかったんで、そっと隠しましたよね、変な気の遣い方ですけど」
予定しない死を迎えた折り鶴。死への欲動すら持たない。そもそも死を知らない存在。
……澄郷もこの鶴と同じように、死んだことにさえ気づいていないのだろうか。
「ま、そういうところが、女の子らしくていいなと思ったんですけどね」
「なんでもいいんだもんな、お前は」
「なんでもいいんですよ、俺は」
「こんな話して、どう思われてるか考えないのか? 僕だって、お前にいつか愛想を尽かすかもしれないぞ」
「どうせ人の気持ちなんて考えたってわからないじゃないですか」
清々しい。
ちょっとカッコいい。いや、だいぶ格好いい。「誰あのオッサン? 脚本家? 知らねーし(笑)」「あの人友達いないんだろうな。ちやほやされると思ったのかな、かわいそうw」なんて思われているに違いない、とずっと考えていた自分が恥ずかしくなる。
渕上の、なんとまぁお気楽なことだろう。
でも、だからだろうか。
「見習うよ、お前のそういうとこ」
なんだかんだ渕上と付き合いが続いているのは、同郷のよしみとか、元カノの弟だからとか、数少ない日活ロマンポルノファン同士であったことでもない。
単純に、渕上が僕に持っていない格好よさをもっているからだ。
あっけらかんとしたところにあてられるがまま、自分もそんな風になりたいのかもしれない。
僕はルダへと近づく。あんまり早く歩いていくのもおかしいし、ゆっくりでもおかしいから、さもドラゴンに気を取られながらぼうっと歩いています、という風を装って。
「あのさ……」
ルダは突如、僕に向かって右手を振りかぶる。
パン。
僕は二の腕を平手打ちされ、呆気にとられてルダを見下ろした。
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