一章・舌の上で快楽を転がす⑤

 ルダにどう話しかけるかを悩みながら、僕はぽつんとひとり、花火をしている部員たちを眺める。

 見事に孤立。こなけりゃよかった。いや、むしろ誰か気を遣って話しかけてこいや、脚本家の先生だぞ。嘘だけど。

「雨降りそうだし、もうドラゴンやるぞぉ」

 渕上の全体への掛け声を聞き、僕はそちらを振り返った。

 河川敷の砂利にじかに置かれた、設置型花火のドラゴンが大きく火花を噴いた。

 その間も、ルダがどんな顔をしてドラゴンを見ているのかが気になった。ルダは手持ちの線香花火の先をずっと見つめているだけだった。

 僕はふと、居心地悪く渕上の様子を見た。話し相手がロクにいないのは、渕上が離れていってしまったせいだ。

 頼むよ、ここにいてくれよ、むしろほっとくとかないわ。

 僕はとっくの昔に大学を卒業している。

 OBなんて言ったら聞こえはいいが、今の部員たちからしたら他人だ。

 渕上からは、「今日みんなで花火やるんで、久々にどっすか? 話したいことがあるんで」と誘われただけで、詳しいメンバーは聞いていなかった。

 てっきり僕の見知った顔が揃うとばかり思っていたから(ふつう「みんな」と言われたら、互いに知っている人間を集めたと思うだろう)、こんな現役大学生の中に三〇歳の「オッサン」がぽつんと来ていたら、互いに気まずいだけだ。

「青加さん。どっすか、大学生たちは。キラキラしてるでしょ?」

 孤立していた僕を気遣ったのか(放置されたのを不満に思いながら、嬉しく感じてしまったのは事実だ)、渕上が笑顔を浮かべて近づいてくる。尻尾は振らないよう、真顔でキープ。

 彼は隣にしゃがみこむと、炎を噴くドラゴンをぼうっと見つめた。荒々しく炎を噴き続ける姿は、子どものときに見たような、期待外れのしけた花火とはまるで違っていた。

「現役の部員でやるなら先言えよ、気まずいわ」

 渕上の肩を小突く。大学生の頃にしていたようにふざけてみようと思ったけど、どうにもエンジンはかからない。日頃雑談をする相手がいないうえに、関係が続いている渕上と会うのも、およそ半年ぶりだった。

「すんません。でも、いいでしょ」

 渕上は、気づかれない程度にルダを指さした。

「青加さん。ルダ、どうですか?」

 どう。

 どうって、質問が一体何を意図しているのかわからなくて、言葉に詰まってしまう。

「線香花火を持つ指先がエロいなと」

「そういうのいいですって。単に好きだって思ったんでしょ?」

 図星かもしれない。

 本当にいいなと思ってしまうと、細かいフェチ的な要素など逆にどうでもよくなってしまって、あぁ、かわいいなと、ひどく単純になってしまうのだ。

「あいつね、青加さんの脚本のファンなんですって」

「……そりゃ、ありがたいね」

「脚本の話、色々聞きたいみたいですよ。プロに聞ける機会なんて、めったにないですし、参考にしたいって」

「ふぅん」

 複雑になる。やっぱり、僕が「プロの脚本家」だから話しかけてきたに過ぎないのか?

 なんでこんなことになってしまったんだろう。何度も反芻するが、昨日今日の行いを反省したところで解決する問題ではない。

「むしろあいつら、なんで偉大な先輩来たのに話のひとつ聞きに来ないんですかね?」

 渕上は、身内で盛り上がる映研の部員たちを一瞥した。

「……後光でもさしてるんじゃね?」

 おどけてみて、虚しくなった。

 単純な話だろう。

 僕に興味がないのだ。脚本家であろうがなかろうが。

 映画に興味があるからと言って、別に映画監督や脚本家を目指している人間ばかりではない。

 遊びの部活動に過ぎないのだから、僕の肩書がどうであれ、僕はただ「なんでここにいるのかわからない、寂しがりの迷惑OB(しかもぼっち)」でしかないのだ。

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