一章・舌の上で快楽を転がす③

「ほら、ちゃんと足の指までスプレーしないとダメだ、ルダ」

 渕上はルダからスプレー缶を奪い取った。渕上が「ルダ」と呼んでいたから僕は「ルダ」と呼んでいるが、果たしてルダはそもそも「ルダ」であってるのか?

 僕は真実を知りたいとは思わない。ルダという韓国の芸能人がいた気もする。別に目の前の彼女が、韓国人であるかどうかは重要ではない。

 そもそも聞き間違いで本当は「須田」とか「瑠佳」とか、そんな名前だとか。

 ふざけんな、そんなの嫌だ、ルダはルダだ。ルダでなきゃいやだ。

 いや、僕は誰と喧嘩をしているんだろう?

 ごちゃごちゃと考えているうちに、気づけばルダは別の部員にスプレーをかけていた。

 胸がぐーっとなる。

 え、嫉妬か、これ?

 いよいよ極まっている、もういい加減にしなさい、僕。もう三〇歳なんだから。

「青加さんも靴脱いで」

 僕は渕上に急かされ、つっかけのサンダルを脱ぐ。これまた何年振りかわからない裸足でコンクリートを踏みしめる感覚を味わいながら、ルダにまつわる色んなことを想像したくなる。

 たとえば。小学生のとき、ルダは短距離走で靴を脱ぐタイプだったのだろうか?

 関係が冷めきった夫婦が、久しぶりの旅行で距離が近づいたときに話すような、そんなこと。ルダのことをまるで知りもしないのに、こなれた関係になってからの会話に憧れる。

 いや、もっとおかしなことを言って近づいてみたい気もする。

 浅はかだろうね、わかっているよ、でもいくつになってもそれは変わらない。

『舌の味のキャラメルって知ってる?』

 そうそう、たとえばそんなこと。

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