第4話 聖香はバイトを強制終了

 今日は期末テストの最終日。

 聖香は、いつもよりちょっぴり自信があった。

 やっぱり勉強はしとくものである。

 しかし、学業成績だけでは足りない。


 聖香は、さっそく介護職員主任者認定の資格を取るために、資料を取り寄せた。

 テストといっても、六割正解なら合格ラインであり、不合格でも合格に至るまで何度も追試があるので、要するに受講者は誰でも合格できるようになっているのである。週一回の授業であるが、もちろんバイトはその日、休みにしてもらった。


「岩城さん、ちょっと話があるんだけど」

 店長が、聖香を呼びだした。

「岩城さん、来月からこの会社は、一か月契約に変わることになった。要するに、一か月勤められたら更新であるが、そうでなければ契約終了、事実上、解雇ということになる。そして契約期間の一か月未満でも、解雇ということはあり得るが、今日の朝礼でさっそく皆に、報告する予定だ」

 聖香は、店長の深刻な顔に動揺した。

 そういえば風の噂では、この店はフランチャイズの中でも売上成績がよくないので、閉鎖になるかもしれないということは聞かされている。

「岩城さんは、半年間頑張ってくれているが、これから契約更新になるかどうかはわからない。というのは、本部からクレームが来てるんだ。接客態度が悪いって」

 聖香は思い当たる点はなかったので、あぜんとした。

「岩城さんが、未成年にビールをだす現場を見た人が何人かいるんだ」

「いや、私は酒を注文されたとき、若い人だったら身分証明を提示させて頂いてますが」

 店長は、暗い顔でため息をついた。

「まあこの頃は、偽の身分証明証を提出する人もいるから、誰が悪いとはいえないがな」

 さらに店長は言葉を続けた。

「それに、なんでも岩城さんはグラスをガチャリと置いたり、テーブルを拭きましたなどと言ってお客さんを怒らせたらしいな」

 聖香は反論した。

「それがいけないことですか?」

「いや、いけないという問題ではなくてお客様は神様であり、そのお客様を怒らせたということは、商売にならないというのが本社の方針である。

 売上が落ち込む一方だから、上層部も弱気なんだろう」

 店長は深刻な顔をした。

「非常に言いにくいことだけど、岩城さんは来月一杯で契約切れということになるかもしれない。事前に通告しておくが、覚悟しておいてほしい。

 ここだけの内緒話だが、もしその客が本部にそのことを通告に行ったら、岩城さんは誓約書を書かされ、解雇といったことになるかもしれない。

 だから、今の時点でこの店を辞めて、別の支店に変わった方が有利だと思うんだ」

「その誓約書というのは、どのようなものですか?」

 店長は、ポケットから封筒を取り出した。

「実は俺も書かされたんだ。一応見せるよ。

 私 〇店店長 吉田有也は以上のミスを犯し、株式会社彩花に迷惑をかけました。

 どのような処分も受ける覚悟であります。

一、私吉田有也は、店長に任命された昨年八月から、ずっと売上が低迷状態にありますが、改善の様子が見られません。

一、私吉田有也は、未成年に偽の身分証明証を提示されて騙されたとはいえ、飲酒を提供しました。見抜けなかった私に問題があります。

 そして、本人の押印とフルネームがサインしてあり、その右には株式会社 彩花本部長のサインがあった。

 聖香は驚愕した。

「なんですか、これ、まるで犯罪者みたいじゃないですか」

 店長はあきらめたように言った。

「仕方がないよ。だって来月で社長交代だし、上層部も何人かリストラされてるんだ。俺みたいな雇われ店長は、不況の風が吹くと真っ先に飛ばされる枯れ葉のような弱い存在なのさ」

 聖香は、もう自分の出番は終了であると覚悟した。


「聖香、大変だよ。ママの兄が脳卒中で倒れたんだ。そこで聖香に看病を頼みたいんだよ」

 帰宅して、ただいまも言い終わらないうちに、聖香は母から涙声で哀願された。

 聖香の家は、お正月になると母の兄竜也家族と過ごすことになっている。

 そのときは、元気そうだったのに事故でも起こったのかな?

「竜也兄ちゃんは、日本人で郵政公社の社員だけど、民営化されてから、営業ノルマがきつくてそのストレスから軽いうつ病になったんだよ」

 聖香には、答える言葉がなく無言のままである。

 聖香は、今まで聞きたかったことを思わず母に尋ねた。

「じゃあ、ママは日本人なのね。なのに私は韓国人とはどういうこと?」

 ママは答えた。

「聖香のパパが韓国人だったの」

 へえ、初耳だ。中学二年のとき、連帯保証人になった挙句の果て、行方不明になっちゃったパパが韓国人だったんだな。

 でも、パパとはそんな話をしたこともなかったなあ。パパは、ほとんど家にいなかったけど、日曜はときどき外食に連れて行ってくれたりしたっけ。

 お寿司、もつ鍋、天ぷら、焼肉・・・

 いずれも結構、いい店に連れて行ってくれたりしたっけ。

 パパ、今どうしてるかなあ。身体だけは元気でいてほしい。

 パパのおおらかな笑顔が、ときどき夢にでてくるよ。


 ママの兄である竜也さんの前で ママは聖香にこう言い切った。

「そういうわけで聖香は、ママの兄家族の面倒を見てほしいの」

 ママの兄竜也は、奥さんがうつ状態であり、家事も子供の面倒も竜也一人でみているが、竜也は奥さんと離婚するつもりがないところが、人情的である。

「じゃあ、私は竜也兄さんの家政婦みたいなものね」

「家政婦のような他人行儀ではなくて、お互いを知っている身内間の介護だな。

 でも聖香、福祉の仕事をしたいんだろう。じゃあ、予行演習と思えばいいよ。だから、中華料理店のバイトも日数を減らしてもらえないかな」

 渡りに舟とはこのことだ。

 バイトの方が不況なら、今度は親戚の面倒と家事で頑張るしかないな。

「まあ、私は家事は好きだけど、息子といっても中学二年だよね。

 うまくなじめるかな?」

「それは聖香次第だよ。今のキレる若者の研究をしとくのもいいんじゃないか」

 ママの言葉をプラスに受け止めなきゃ、明日は始まらない。


 聖香は、重い気持ちでバイトに行った。

 なかばクビを言い渡されているようなもの。

 でも、店全体が不景気だから、誰が悪いというわけでもない。

 早速、店長に呼び出された。

「岩城さん、やっぱり君は今月で期限切れということで、了解してほしんだ。

 またその方が君の将来の為でもある」

 店長の命令に有無を言うことはできない。

 聖香は、いよいよ竜也兄さんの世話に専念することにした。


「こんにちは。竜也兄さんの妹の聖香です。今日から家事を引き受けることになりました。よろしく」

 竜也の娘ー愛華に挨拶した。

 不愛想な子だな。まだ中学二年なのに、覇気がまったく見受けられない。

 ひょっとして引きこもり状態?

 でも、お正月に会ったときは、まだ元気そうだったし、聖香の質問には普通に敬語で答えていた。

 なにかショックな事件に遭遇したのかな?


 



 

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