第2話 中学からの幼馴染の悠太がなんとホスト
そういえば、韓国人伝道師の話をふと思い出した。
現在は日本に帰化しているが、八歳のとき日本語が話せないまま、牧師である母親と来日したという。
牧師の母親は、息子のことが心配で仕方がなかったが、自らも日本語が話せないのでどうすることもできなかった。
「日本語の話せない息子に、授業の内容はわかるだろうか? クラスメートとはどんな話をするのだろうか?」
いくら心配しても、日本語の話せない母親は行動することができなかった。
母親にできることは、ただ神に祈ることだったという。
毎晩車を運転し、夜中に人気のない近くの公園や川べりに行って息子のためにとりなしの祈りをすることだった。
「神様、どうか日本語の話せない息子をお守り下さい」
声が枯れるほどの大声で祈り、三週間祈った結果、神の声を聞いたという。
「あなたは心配することはない。息子はこの私が守ってみせる」
見上げると、なんとイエスキリストが息子を抱きかかえているではないか。
それから息子は日本語を勉強し、高校は理数系の進学校に進学し、本来は大学進学する筈だったが、キリスト教の神学校に進み、現在は牧師である母親がおこしたキリスト教会の伝道師である。
また母親も、二回りも年上の日本人男性と結婚し、親子三人で教会に通っていた。
息子曰く「お母さん、僕は世界一幸せ者だよ。この豊かな日本に来て、神様を伝道できる喜び。今度は僕がお母さんを幸せにする番だよ」
息子は中学時代、軽いいじめにもあったが、もちろん暴力で仕返しすることはなかった。
聖香は、神を信仰することは人生の力であることを悟った。
自分も神を信仰してみたい。そうしたら人生が変わるに違いない。
「聖香ちゃん、甘いもの好きだろう」
帰り道に中学時代のクラスメート、悠太君が声をかけてきた。
悠太君とは幼稚園から中学までの幼馴染みであったが、悠太君が十歳のとき、父親が交通事故で亡くなって以来、悠太君の母親は喫茶店を経営している。
このコロナ渦のなか、まだ存在するのかな?
「はい、甘いものは疲労回復になるので、大好きです」
なんて、二つ返事をしてしまった。
我ながら、食いしん坊だ。
「ねえ、これもしよかったら食べてくれない」
悠太君は、菓子箱を目の前で広げた。
ピンクの透明なゼリーが十二個入っている。
ひとつ手にとってみた。
「ひとつといわず、三つくらい持って帰ってよ」
「えっ、いいの? でもこれ、貰い物?」
「まあね、僕、甘いの苦手だから。聖香ちゃんは、お酒とか飲んだりする?」
「うーん、ビールなら乾杯程度に飲んだことがある。でもね、かす汁の匂いは苦手だよ」
「こらっ、未成年から酒なんか飲んじゃだめだよと言いたいところだけど、俺も飲んでた。でも、飲みすぎちゃダメだよ」
いつもは、無口な悠太君がなぜか今日に限って饒舌である。
「ねえ、僕の話、聞いてくれない? 誰かに話したかった打ち明け話、もちろん珈琲代おごるよ」
悠太君に誘われ、入った喫茶店は場末のレトロな店であり、よくこんな店が今のカフェの時代に生き残っているなと首を傾げるほどである。
時代が止まったかのように、昭和のポップスが流れているが、不思議と六十歳過ぎの男性客や女性の家族連れがカウンター席に座り、他愛もない雑談をしている。
いわば地域密着型カフェなのだろう。
「悠太、久しぶりだね。三か月ぶりじゃない」
「ああ、おかん、いろいろあってレトロな気分に戻りたくてね。こちらはクラスメートの聖香ちゃん」
そういえば、目鼻立ちが悠太君に似ている。
「いつも、悠太がお世話になってます。今日は悠太が来るっていうから、ぶり大根といかの天ぷらを用意しといたよ」
「お久しぶり、私のこと覚えてますか? 岩城 聖香です」
「そういえば、中学卒業以来だよね。悠太、アイス珈琲二つでいいかな。
今は悠太とは離れて住んでるけどね」
言い終わらないうちに、悠太の母親が勝ち割氷の入ったアイス珈琲がでてきた。
「おかん、実は俺、ホストしてるんだ」
悠太の母親は、不安げな顔をしながら、半ば突き放すように言った。
「まあ、悠太がなにをしようと自由だけど、あくまで自己責任だよ。たとえツケを被っても、私は一切責任を負わないよ」
聖香は帰り際に
「アイス珈琲ご馳走様でした。やっぱりおばさんの味は、昔から変わりなく香ばしく美味しかったです」
悠太の母親は、
「聖香ちゃん、できたら悠太の相談相手になってやって下さいね」
「えっ、でも私、水商売の経験もないし、私じゃ大役すぎますよ」
悠太の母親は心配そうな顔をし、
「私は悠太を思うと、自然と胸が痛むの。今はもう会えないけれど、幼馴染の聖香ちゃんなら、悠太をわかってあげられると思うのよ。少なくても、悠太が悪の道に入らないようにアドバイスしてやってほしいな」
聖香は、それを聞いて母親の愛情を感じ、思わず口走ってしまった。
「そうですね。私も報道番組や新聞を読んで世間を勉強し、お互いにまっとうに生きることができるように頑張ります」
悠太は、軽く笑いながら言った。
「俺たちホストは、客の話題に合わせるために、報道番組は勿論、いつも新聞を三紙と女性週刊誌を読んでるよ。この頃は、ようやく人を見る目ができてきたばかりさ」
「少なくとも、悠太君の方が私より世間を知ってますよ。しかしまあ、幼馴染のよしみで聞き役程度なら引き受けますよ」
悠太の母親は、ほっと安堵したかのように重い口を開いた。
「悠太を見捨てないでやっておくれよ。頼んだよ」
聖香がホストをヤバいと思ったのは、朝八時、繁華街を歩いていると後ろから腕を組んでくるホストがいて、五人くらいのホストに囲まれたからである。
「ねえ、新しくできた店はね、ここから歩いて三分なんだ。今なら無料キャンペーン中だから、一緒に行こうよ」
一方的にそう言うと、前を立ちはだかり通行の自由をふさがれた。
黙っていると手首をつかんでくる。
「身分証明証はある?」
ないと言ったら、引き下がった。
報道番組で放映していたが、初回0円なんて店は、次回行くとなんと百万円のボトルを要求されることもあるらしい。
ロマネコンティなんてワインは五十万円もする。
このキャッチ真っ最中のホストも、一人でも客を店に入れなきゃ給料0なのかもしれない。
最初の三か月は先輩の売上ホストから給料のおこぼれを頂くが、それを過ぎると自分で客を探して売り上げなければならない。
結構、大変な職業だなって思った。
悠太は、
「ねえ、ホストって悪いイメージあるでしょう。週刊誌なんか見てるとさ、俺は最初は怖かったよ。先輩に逆らったらヤクザ呼ばれるとか、俺の売上分、弁償しろとかね。でもそういうのはなかった。でもこの職業も競争だよ。
俺、爆弾ヘルプって呼ばれたこともあって、ヘルプに回してもらなかったこともあるんだ」
聖香は、興味深々で聞いていた。
「爆弾ヘルプってなあに?」
「要するにヘルプという担当ホストから給料のおこぼれを頂いている身分で、担当ホストの客をとってしまう奴さ。でもそれをすると、担当ホストから待ち伏せされて、アイスピックで頭の後頭部を刺されたという話を聞いたことがある。だから、人の客を取る行為は絶対禁止だよ。また、担当ホスト以外のホストに電話するのも禁止」
聖香は持論を展開した。
「まあいえば、私に彼氏がいてそれを後輩に紹介すると、彼氏が私と別れて後輩とつきあいたいと言いだすことね」
「まあそうだな。でも、結婚しているわけでもなし、彼氏が聖香をとるか後輩をとるかは、彼氏の自由だけど、ホストの場合は、金が絡んでるからそういうわけにもいかないな。ホストって儲かってる人もいれば、指名ナンバー1でありながら、売掛金回収ができなくて給料0の人もいるんだ。また月によっても変わってきて、新人がいきなりナンバー1になることもある。
時間給のような固定給がないから、客がつかなかったら給料0だし、客からの売掛未収だったら、その分自分が自腹切らなきゃならないんだよね。
売上の半分が自分の給料だけど、店を借り切って個人営業をしているようなものだよ。まあ水商売のいちばん怖いのは、売掛未収だけどね。それが原因で行方不明になるホストもいるよ。たとえば同じ寮の同じ部屋に住んでいて、目が覚めたら相手が荷物を持ち出し、行方不明になってたなんてザラ。それを飛ぶというんだけどね」
ホステスさんの場合は、自腹を切ることができなければ風俗行きである。
私には水商売など無理だろうな。悠太は話を続けた。
「先輩のお客さんは、なぜか俺を気にいってくれて、ドンペリを注文してくれたんだ。客曰く、俺って交通事故で亡くなった弟に似てたんだって。本当かな?眉唾ものだよ」
「」
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