剣聖の幼馴染みが俺にだけ弱い

秋原タク

剣聖の幼馴染みが俺にだけ弱い

「私の負けだ……」

 

 山間にある広大な原っぱに、少女の悔しげな声が響いた。

 膝をつき、うなだれる少女。炎のように真っ赤な長髪がプルプルと震えている。

 そのか細い喉元に突きつけた木剣を引き、俺は呆れたようにため息をついた。


(またか……)


 ただの手合わせとはいえ、俺がこの少女に勝つことなどありえない。

 しかし。少女は負けてよかったと言わんばかりに、嬉々とした表情で立ち上がった。


「いやはや、さすがはレインだ。私の培った剣術がまるで児戯のように思えてくる。レインに勝てる日は、一生涯訪れないことだろう」


「……あのな、ローザ」


「だが、私は永遠の二番手でいいのだ。最強の座はレイン、お主に譲ろう。私はレインの次に強い女として、王都騎士団の部下たちを導き――」


「――いや、だからさ!」


 少女、ローザの言葉を遮り、俺は思いの丈をぶつけた。


「農夫の俺が、剣聖のお前に勝てるわけないだろうが!」


 ローザは同じ村出身の幼馴染みだ。

 三年前。俺らが十三歳のときに村で行われた『クラス適正の儀』で、ローザは『剣聖』のクラスを賜った。数百年にひとりの超レアなクラスだそうだ。

 対する俺は、平凡すぎて逆に笑えてくる『農家』のクラスを賜った。泣ける。


 同時に行われた『スキル適正の儀』では、ローザは『精霊の加護』という全ステータス向上のスキルを賜っていた。

 俺がもらったスキルは……えっと、なんだったっけ?

 まあ、忘れる程度にはショボいスキルを賜った。


 そうして。今日まで俺たちは、それぞれのクラスに沿った生活を送ってきた。

 ローザは、その剣聖という稀有なクラスを活用し、王都騎士団の若き団長として。

 俺は、死んだ両親が残してくれたこの広大な土地を開墾する、しがない農夫として。


 剣聖と農夫。

 互いに剣を交えたとき、勝敗がどうなるかなど想像するまでもないだろう。

 村にいた頃。ローザと一緒に剣を振って遊んできたから、剣術の心得がまったくないわけではないけれど、それにしたって剣聖に勝てるほどの腕前ではない。


「暇を見て会いに来てくれるのは嬉しいよ。ここは山ばっかで、人と会うことなんて皆無だからな――でも、だからって毎回毎回、息抜きの手合わせで手を抜く必要はないんだぜ? 素人の俺をおちょくってんのかなんなのか、その理由はわからないけどさ」


「なにを言う。私はいつだって本気だぞ」


「本気ならなおさらタチが悪いわ。剣聖に勝つ農夫がどこにいるってんだよ」


「私の目の前?」


「話にならん」


 木剣を投げ捨てたあと、穴だらけになった足場を軽く埋め立てる。

 ローザと手合わせをしたあとは、いつもこうして地面が荒れるのだ。


 その後、俺はローザに目配せし、木造作りの自宅に足を向けた。

 途中で家の庭に立ち寄り、今夜のスープに使うじゃがいもを引っこ抜く。

 と。後を連いてきたローザが、庭の外周から俺を眺めつつ。


「本当だ。信じてくれ、レイン。私は剣術で手を抜いたことは一度もないのだ。私がこうも負け続きなのは、レインが純粋に強いからにほかならない」


「はいはい、さようで」


「むぅ。幼馴染みが聞く耳を持ってくれない……昔は一緒にお風呂に入った仲だというのに」


「何年前の話だ、それ」


「四年前の冬の話だ。お互い十二歳で色々と気にし始める時期なのに、親が一緒に済ませてしまえ、と私たちを風呂に押し込んだのが最後だ」


「……まさか詳細に覚えてるとは思わなかったよ」


「レインがすこし前かがみだったのも覚えてる」


「それは忘れろ。いや、忘れてください」


「ふひひ」

 

 端正な顔をふにゃっと緩ませて、ローザは楽しそうに笑う。

 子供の頃から変わらない、見飽きるぐらいに見慣れた笑顔だ。


「レインに関することで忘れた記憶など、ひとつもないさ。だから、この恥ずかしい記憶も絶対に忘れないぞ? 私は」


「古い馴染みってのも考えものだな……というか、今日も泊まってくんだろ?」

 

 この家は山間にあるので、王都からここまでは半日以上かかる。

 なので。ローザがこうして俺の家を訪れるときは大抵泊まっていくことが前提となっていた。

 そのために、夕飯にはじゃがいもの冷製スープを作ってやろうと思っていたのだが。


「いや」


 俺の確認に、ローザはすこし表情を固めて首を振った。


「このあとは……そう、すこし騎士団の仕事があってな。レインからの熱烈な求愛は嬉しいが、今日はこのままおとなしく帰ろうかと思う」


「どの部分を求愛と取られたのかがマジで気になるけど……そっか。仕事なら仕方ない。いまが大体正午すぎぐらいだから、山を降りるころには夜になっちまうぞ?」


「かまわん。仕事は深夜開始だから、ゆっくり歩いて帰るよ」


「うわ、マジお疲れ様です。身体には気をつけてな」


「ふひひ、まさか求婚までされてしまうとは……私をこの地に永住させる気か?」


「お前の鼓膜どうなってんだよ……いや、この場合、疑うべきは脳か?」


「照れるな照れるな」


「照れてねえ」


「ともあれ、だ」

 

 笑みを口端に残しつつ、ローザは言った。


「名残惜しいが、また来るよ。レイン」


「ああ。わかった」


「……その」


「ん?」


「いつでも来ていいか?」


「あはは!」

 

 妙にしおらしいと思えば、なにをいまさら。


「いつでも来ていいに決まってんだろ。ただ、今度はゆっくりできるときに来いよ。二人分のスープをひとりで食べるのも、意外と大変なんだ」


「ふひひ……うん、そうする」


 そんな、いつものやり取りをして、ローザは呆気なく踵を返した。


 あの楽しそうで人懐っこい笑顔を見るのも、また今度の機会か。

 次はいつになるんだろうな。


「……いやいや、なにさみしがってんだ俺。バカらしい」

 

 相手は幼馴染みだぞ? もはや家族みたいなもんだ。

 ブンブン、と頭を振って、おかしな考えを振り払う。

 赤髪の背中を見送ったのち、俺は二本の木剣を回収して、じゃがいもの収穫に戻った。



    □



 少年、レインと別れたのち。

 少女、ローザが森の中を歩いていると、鬱蒼とした樹々の上から複数の気配が現れた。

 それらは姿を見せることなく、歩み続けるローザに語りかける。


「北東の渓谷、異常なし」

「南南西の森、異常なし」

「北北西の滝付近に、イノシシ二頭を発見。対象に近づく気配なし」

「南東の川下、異常なし」

 

 謎の報告を受け、ローザは「了解」と冷淡に応えた。

 その表情は、王都騎士団長のソレだった。


「イノシシはレインの食糧にもなる。引き続き監視を続け、レインの家に近づくようであれば殺処分。彼の家の前に放置しろ。ただし、刃物傷などの人的証拠は残さないように。あくまで自然死を装った処分を心がけろ」


「御意」


「そのほかの方面の監視も続行。レインに近づく者があれば、動物であれ人間であれ、すぐに処分を」


「御意」


 その言葉を合図に樹の上の気配が散開する。

 しばらく森を歩いていくと、目の前の視界が開けた。

 丸太などで舗装された山道が見える。

 レインが作ってくれたこの道を下っていけば、近くの町に出ることができる。そこから馬車に乗っていけば、王都まではすぐだ。


「あら。逢引あいびきはおしまい?」


 五分ほど山道を下ると、紫髪の女性が木陰でローザを待っていた。

 王都騎士団副団長、カナリエである。


「今日も愛しの幼馴染みくんの家に泊まってくるかと思ったのに」


「それは後日だ。今日はすこし、魔王城に用ができた」


「……は?」


「今日の『確認』でも、私はレインに負けることができた。つまり、私より強い者は現在、この世界には存在しないということだ」


 レインが授かったスキル――『下克上オンリーワン』。

 世界最強の相手に『しか』勝てない、という、超ド級のレアスキルだ。

 つまり。手合わせであれなんであれ、彼に負けたローザは、負けながらにして世界最強であることが証明された、ということである。

 正確には、だから『二番手』なのだけれど。


 三年前。そのスキルの重要性を、村の人間も、レインすらも理解していなかった。

 与えられたクラスが平凡な農家である以上、世界最強の存在と対峙することなどありえないと、そうたかくくっていたからだ。


 そうして、レインは自身のスキルの存在を、名前すらも忘れていった。

 穴だらけになったローザとの激戦の跡地を見ても、だから、レインはなんとも思わないのだ。自分は農家だから。剣聖に勝てるはずがない、という思い込みがあるから。派手に暴れたな、程度にしか思わない――なにより、自身のスキルの存在を忘れているから。


 けれど。ローザだけはしかと覚えていた。

 レインに関することで忘れた記憶など、ひとつもないのだ。


 レインの家周辺を厳重に警備させているのは、そんな彼のスキルを外部に漏らさないようにするためという意図と、彼を守るためという二重の意図がある。

 レインのスキルは世界最強には勝てるが、世界二位の相手には呆気なくやられてしまうのだ。

 二位以下の相手には農夫並……いや、普通の農夫以下の戦闘力しか発揮できない。


 だからローザは、彼を守ることに決めたのだ。

 彼のスキルを利用して、自身の実力を測っていることへの罪悪感を消すために。

 好きな人の隣を、誰にも奪わせないために――


 歩みを進めながら、背中越しにローザは続ける。


「現状、私は魔王より強い存在ということになる。そしていま、魔王軍の各都市への侵攻によって、王都騎士団の士気は昂ぶりを見せている。攻めるならいましかない――というわけで、カナリエ。帰ったら急いで出兵準備を。国王にも至急、魔王討伐に向かうと伝えて」


「……本気で、魔王を滅ぼす気? こんな唐突に?」


「当然だ。それが全国民の願いなのだから。勝機を逃してなにが団長だ」


「ほんと、いつものことながら急なのよね、アンタは……」


 坦々と話を進めるローザを追いながら、カナリエは呆れたように言う。


「了解しました、団長さま。帰ったらすぐに出兵準備を進めますわ」


「頼む」


「まったく、どっちが本当のあなたなのかしらね」


「? どういう意味だ?」


 首をかしげるローザに、カナリエは悪戯っ子のような笑みで応えた。


「冷徹な団長と、笑顔で幼馴染みと戯れる女の子。ローザの本性はどっちなのかなってね」


「……どちらも本当の私だ」


「どっちもローザなら、あの笑顔を団員たちに見せてやりなさいよ。騎士団内で『氷の剣聖』なんて呼ばれてるアンタの印象も、すこしは改善するでしょうに」


「あの笑顔?」


「アンタ、幼馴染みくんと笑ってるときの自分の顔、見たことある? すんごいのよ。いつもキリッとしてる目尻をだらしなく下げて、デレデレ甘えた顔になるの」


「なッ……!?」


「警備に回ってる暗部の連中も言ってるわよ。あれは完璧に恋する乙女ですね、って」


「こ、ここ、恋する、乙女……!」


「告白しないの? 幼馴染みくんに」


 ピタッ、と思わず足を止めるローザ。

 パクパク、と鯉のように口を開閉し、カナリエになにか反論しようとするも、ローザは頭を振ってリセット。

 先ほどよりも早く、荒々しい足並みで下山を再開しながら、言った。


「しにゃいッ!!」


「……しにゃいですか」


「しにゃい!! 断られたら怖い!!」


「その心配はないと思うけど……乙女だなあ」


 これ以上は言うまいと、カナリエは両肩をすくめて言及をやめる。

 前を突き進むローザの両耳は、真っ赤に染まっていた。



    □



 それから一ヶ月後。

 俺の家にまたもローザがやってきた。


 扉をノックする音に押されて玄関に向かうと、ローザの顔や腕には、小さな切り傷や火傷の跡が見えた。


「ただいまだ、レイン」


「ここはお前の家じゃないけどな……というか、今回の仕事は大変だったみたいだな」

 

 中に招きながら言うと、ローザはリビングの椅子に腰かけて。


「まあ、すこし手こずったかな? けれど、これで『根源』を断つことができた。騎士団の長年の悲願を達成できたのだ。あとは残党を処理して、すべては終わりだ」


「? ふぅん。よくわかんないけど、お疲れさま」


「うむ。ありがとう」


「じゃあ、しばらくは仕事も落ち着くのか?」


「ああ。私がやる仕事はもう、ほぼないと言っていい。だから、思い切って二ヶ月ほど休暇を取ってやった」


「二ヶ月!? それは長いな」


「これまでの三年間、がんばってきた自分へのご褒美だ。上も許してくれたよ。充分に英気を養ってこい、とな」


「そうか……となると、今日は泊まりなのか?」


「今日どころか、最低でも一ヶ月は世話になるつもりだ。荷物はなにも持って来てないがな」


「マジで実家かなにかと勘違いしてやがんな……でも、そうなると今夜の献立を考えねえと」


 半月ほど前にさばいたイノシシ二頭の干し肉があるが、それだと味気ない。


「ちょっと畑のほう見てきていいか? 献立を決めちまいたくてな」


「レインも主夫が板についてきたな……よし、私も一緒に行こう」


「え? いや、ローザは休んでろよ。ここに来る道中でも疲れただろ?」


「ふっ、団長の体力を舐めないでもらいたいな。この程度でヘバってては部下に示しが――」


 言いながら立ち上がろうとした瞬間、ローザの身体がぐらっ、と傾いた。

 俺は咄嗟に駆け寄って、ローザの腰に手を回し、身体を支える。

 ふと後ろを確認すると、なぜかフローリングの床が踏み抜かれていた。


「大丈夫か? ローザ」


「あ、ああ。すまない。ちょっと目まいがしてしまった」


「言わんこっちゃない。いいから休んでおけって」


「いや、このまま畑に連れてってくれ。ジっとしてるのは嫌いなのだ。頼む」


「……まあ、休む時間はいっぱいあるからいいか。具合が悪くなったらすぐ言えよ?」


「了解だ」


 ローザの肩を支えながら、ふたりで家を出る。

 秋の訪れが近い。吹きつける心地いい風が、俺たちの首筋をなでていく。


「季節の変わり目だな。これから色んなものが美味しくなるぞ。ローザはなにが好きだ?」


「レインが作ってくれるものなら、なんでも」


「おだててもなにも出ないぞ?」


「出るさ。レインの声が出てくる」


「? 俺の声?」

 

 そうだ、とローザは微笑み、こちらの顔を覗きこんできた。


「子供の頃からずっと聴いてきた、ずっと聴いていたい、安心する声だ。その声が聴けるなら、いくらでもおだてるよ」


「……、……」


「おや? どうしたレイン。なにやら顔が赤いようだが?」


「な、なんでもねえ! こっち見んな!」


「ふひひ! はい、照れたからレインの負けー」


 カラカラ、と楽しそうに笑うローザ。

 見飽きるぐらいに見慣れた、人懐っこいあの笑顔だ。


 俺は苦笑しつつ、ローザの肩をわずかに抱き直すと、あらためて言った。

 この笑顔が近くで見られるのなら、ここはこう言っておくべきだと思った。


「……ローザ。さっき言い忘れてたんだけど」


「ん?」


「『おかえり』」


「――ふひひ。うん、『ただいま』」

 

 にへら、と頬を緩ませて、俺を見上げてくるローザ。

 ようやく気付いた。

 俺はどうやら、幼馴染みのこの笑顔に弱いらしい。

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