追放者と婚約破棄された悪役令嬢が、居酒屋を経営して天下を取るそうです。

秋原タク

追放者と婚約破棄された悪役令嬢が、居酒屋を経営して天下を取るそうです。

「クルス。お前いまこの瞬間からクビな。パーティー追放」

 

 夕暮れ時。

 とある町の居酒屋でご飯を食べていると、パーティーリーダーが唐突にそう告げてきた。

 ほかのメンバーは別の席でドンチャン騒ぎをしている。この席には僕とリーダーだけ。

 リーダーの真面目な顔つきを見るに、僕と二人きりになる瞬間を窺っていたようだ。

 一瞬の沈黙を挟んだのち、僕は苦笑しながら。


「……ギャグ?」


「マジ。本気と書いてマジ。もうお前を在籍させとくメリットがねえんだよ――クルス。お前、魔法と剣技をあつかう魔法剣士だよな?」


「そうだけど……」


「なのに、お前が使える魔法はなんだ? 地味なファイアーボールだけだよな?」


「……ファイアーボールだって、戦術次第では役に立つよ?」


「戦術を立てなきゃ役に立たねえ魔法しか持ってない時点で、お前は役立たずなんだよ。ほかの奴らは圧倒的な戦力と魔力でモンスターを殺してくれる。戦術なんて必要ないぐらい爽快にな。対するお前は、魔法剣士のくせに後方からチビチビとファイアボールを撃つだけだ」


「…………」


「これで剣技が優れてたら、まだ考えたんだがな。そういうわけでもねえし、ステータスもすべて中途半端だ。お前がやってたことと言えば、野営のときパーティーメンバーに、これまた中途半端な味の料理を振る舞うだけ。完全にお荷物なんだよ、お前は」


 正直、自覚はあった。

 趣味や好奇心でなんとなく魔王討伐を目指すパーティーとはちがい、リーダーは本気で魔王を倒そうとしている。次代の『勇者パーティー』に選出され、勇者になることを夢見ている。

 なんとなくで冒険者になった僕とは、目指しているものがちがう。

 ここら辺が潮時か。


「わかったよ、リーダー。僕はこのパーティーを抜ける」


「そうしてくれや。ここだけの話、実は公爵令嬢のお嬢さんとの婚約が決まってな。俺ももう出来損ないを養ってる暇はねえんだよ」


「……そうか。結婚おめでとう」


「お前に言われても嬉しくねえな。気持ち悪いだけだ――んじゃ、おつかれさん。装備品は全部置いてけよ。うちのパーティーの持ち物だからな。お前にやる義理はねえ」


「……わかった。じゃあ、せめて数日分の宿屋代ぐらいは……」

 

 これまでまったくモンスターを倒さなかったわけではない。それぐらいはもらってもいいだろう。

 しかし。リーダーは不可解とばかりに「はあ?」と顔を歪めた。


「頭沸いてんのかテメエ。あつかましいにも程があんだろ。今日までメシ食わせてやってただけでもありがたく思えや、ゴミが。ほら、さっさと出てけ。じゃねえと――」


 区切って、リーダーは背中の大剣に手をかけた。

 ガタッ! 僕は思わず立ち上がり、逃げるようにして居酒屋を後にした。

 情けないけど、リーダーの実力は本物だ。僕が敵うはずもない。

 と。店を出る間際。


「店員さーん。そこの魔法剣士、食い逃げでーす」

 

 後ろから、そんなリーダーの声が届いた。

 最後の食事代すら払ってはくれないらしい。

 屈強な店員さんに迫られ、僕は慌ててお会計を済ませる。

 故郷を出るとき母に渡された、なけなしのヘソクリがなくなってしまった。

 視界の端で、リーダーがくつくつと楽しそうに笑っている。

 パーティーメンバーもこちらを見ているが、誰も介入してくる様子はない。メンバーも皆、僕のことを邪魔だと思っていたようだ。


「二度と来るんじゃねえぞ、犯罪者ー」


 悔しさが胸いっぱいにこみ上げる中。リーダーの罵倒を受けながら、僕は足早に居酒屋を後にした。

 外に出ると同時に、僕は無職となった。



    □



 暗くなった夜の町を、僕はトボトボと歩く。

 これからどうしようか?

 冒険者を続けるにしても装備品がない。というか、リーダーの指摘通り、冒険者を続けるにしては僕のステータスは中途半端すぎる。鍛錬を積み、レベルを上げる必要があるだろう。

 けれど、鍛錬を積むためには金銭が必要だ。宿屋などの寝床も必須だろう。

 すべては、お金ありきだ。


「身ひとつで稼ぐにしても、特に資格や技術も持ってないしな……本当にどうしよう」

 

 僕の唯一の得意魔法、ファイアボールを駆使して、冒険者ギルドに貼り出されている討伐クエストをこなしていく? いや、無理だ。近接武器がない以上、詠唱中に突進でもされたら、それでおしまいだ。

 やはり、最低限の装備品が必要になる――つまりは、金だ。

 金、金、金、金!

 

 焦燥感に駆られながらも町の出口目指して、僕は目の前の曲がり角を右折した。

 その直後。

 僕の胸元に、ドン! とナニカがぶつかってきた。


「うきゅ!」と奇怪な声をあげて、そのナニカは地面に尻餅をついてしまう。


「痛たた……もう、ちゃんと前見て歩きなさいよ!」


「す、すみません」


 ぶつかってきたのは、豪奢なドレスを着た黒髪の女性だった。

 この平凡な町には似つかわしくない風貌だ。どこかの貴族だろうか?

 しかし、付き人がどこにも見えない。

 僕の知っている貴族は、必ず付き人か執事を連れていたものだけれど。


「ハア、本当にツイてないわ。なんだって私がこんな目に……」


「ほ、本当にすみません。すこし考え事をしていて……あの、どうぞ」


「ありがとう。次からは気をつけて――、痛っ!?」


 僕の手を取って立ち上がろうとした女性だったが、すぐにその場に屈んでしまった。

 痛そうに右足首を両手で押さえている。

 どうやら、ぶつかった拍子に足を挫いてしまったようだ。


「ああ、すみません! 僕のせいで……えっと、とりあえずあなたの泊まっているところまでお送りしますね! 手当てはそのあとで! さあ!」


 言いながら、僕は即座におんぶの体勢を作り、女性が乗るのを待った。

「え、あの……」と躊躇していた女性だったが、やがて、恐る恐る僕の背中に手を伸ばした。

 まあ、初対面の男性がおんぶしようとしてきたら、普通はドン引くよね。

 けれど、女性は足の手当てを優先してくれたようだった。


「……じゃあ、お願いするわ」


「任せてください! ちゃんと掴まっててくださいね!」


 黒髪の女性をおんぶして、僕は町の宿屋目指して走り出した。

 中途半端な魔法剣士の僕だけど、女性をおんぶして走るぐらいの力は持っている。というか、この女性すごい軽い。ちゃんとご飯食べてるのか不安になるレベルで。

 軽快に町中を駆けていく中。僕は背中の女性に問いかけた。


「それで、あなたの住んでる宿屋はどこにあるんですか?」


「――いわ」


「はい? ごめんなさい、うまく聞き取れませんでした!」


「ないわ」


「……えっと、ああ、なるほど! 『ナイワ』っていう名前の宿屋ですね! 見たことも聞いたこともない名前の宿屋ですけど、すぐに見つけ出して――」


「ないの、泊まっているところなんて」


 悲壮感漂う声で、女性は言う。

 まるで、大勢の人ごみの中に取り残された子供のような、そんな切ない声音だった。


「私、泊まる場所もお金もないの」



    □



 その後。

 僕は女性をおんぶしたまま町を出ると、行くアテもなく歩き続けた。

 女性が「降ろせ」と暴れることはなかった。抵抗も同意もせず、僕の背に乗っている状況をただただ受け入れている。

 僕も、足を痛めた女性を降ろすわけにもいかず、ただただ無心で足を動かした。


「私、本当にツイてないのよ」


 そんな目的地のない道中。女性は自嘲交じりに語り始める。

 僕に語るというより、独白に近い話し方だった。


「これまではうまくいってたの。十五年前。自分が大好きな乙女ゲームの悪役令嬢に転生したって気付いたときはどうなることかと思ったけど……それでも、なんとか必死にバッドエンドルートを避けることができた。主人公の攻略キャラとも一切関わりを持たなかったおかげで、ひっそりと生き抜くことができたのよ」


「……悪役令嬢に、転生?」


 バッドエンドとか攻略キャラとか、いったいなんの話だろう?

 訝しむ僕をよそに、女性は自分語りを続ける。


「そして、主人公が十七歳になった時点で、乙女ゲームのメインストーリーは終わりを告げた。私という外敵がいなくなったせいで物語が破綻して、主人公は誰とも結ばれなくなっちゃったの。主人公には悪いけど、私は心の底からホッとしたわ。これで、隠れて生きる必要もなくなるって――その一週間後よ。主人公が、聞いたこともない冒険者との婚約を発表したのは」


 グッ、と僕の両肩に爪を食い込ませ、女性は語気を強める。


「ゲームは終わった。エンドロールも流れた。これ以上、物語は進むはずはないのに、主人公が勝手にオリジナルの物語を描き始めたのよ!」


「…………」


「気付けば、私は主人公の父親にあらぬ嫌疑をかけられて、あれよあれよと言う間に家を追い出されてたわ。結婚を約束していたモブの貴族にも婚約破棄を言い渡されて、私は正真正銘のホームレスになった――ふふ、舐めてかかってたわ。貴族って、本当に身分と結婚する生き物だったのね」

 

 本当にツイてないわ、と。

 そこまでを話し終えて、女性はふぅ、と一息ついた。

 正直、なんの話をしているのか、僕にはサッパリわからない。

 けれど、家を追い出されて、婚約者にも見限られて、僕と同じ文無しになったことは理解できた。


「僕と同じですね。僕も、ついさっきパーティーを追放されたばかりですので。泊まる場所もお金もありません」


「……へえ、そうなんだ」


 興味を持ってくれたのか。女性が僕の背中に体重を乗せて訊ねてくる。


「じゃあ、今度はあなたの事情を聞かせてよ。私だけなんて不公平だわ」


「いいですよ――あ、その前に」


「なにかしら?」


「クルスって言います。孤児だったので苗字はありません」


 背中越しにそう自己紹介すると、女性は吹き出したのち、こう言った。


「キーラよ。家を追い出されちゃったから、私も苗字はないわ。あなたと一緒ね」


「はい、僕と一緒です」


 夜道を歩きながら、なにが楽しいのか、僕たちはふたりして笑い合った。



    □


 

 僕は黒髪の女性――キーラをおんぶしたまま歩き続け、町の北にある森にたどり着いた。

 不思議と、僕たちは行動を共にすることが自然な形だと認識していた。

 すべてを失った者同士の仲間意識というか、傷の舐め合いというか。

 それに、僕は彼女の事情を知った。名前を知った。

 そんな状態で見捨てるなんて、僕には到底できなかった。


 ひとまず、野宿でもいいから寝床を確保しなければいけない。

 森の入り口近くにある大樹の根元で足を止め、そこにキーラを降ろす。


「今日はココに泊まりましょう。この森ならモンスターも低級ばかりだし、危険は少ないはずです。いざとなれば、森の外に逃げればなんとかなります」


「そうね。でも、食事は?」


「そこが問題ですよね。最低限の武器さえあれば、狩りができるんですけど」


「武器か……私が持ってるのは、このドレスぐらいのものだし」


「僕もこの服ぐらいしか持ってません」


 苦笑しつつ、乾いた木と枯れ葉を集めて、そこにファイアボール。

 即席の焚き火を作ったのち、キーラの足首に応急処置として添え木をくくりつける。 

 すると。キーラが驚いたような顔でこちらを見ていた。


「どうしました? キーラ」


「クルス、炎魔法が使えるのね。ビックリしちゃった」


「ファイアボールだけですけどね。キーラは魔法、使えないんですか?」


「低級のブリザードならなんとか。転生者らしく、チート能力とかに目覚めてたりしたら熱かったんだけど……」


「僕とは真逆の魔法だ。低級って、どの程度の威力なんですか?」


「とりあえず人間を凍らせることは不可能ね。ヒンヤリさせる程度。水を氷にするぐらいかしらね? あとは、気温をマイナス十度まで下げて維持、ってのもできるわよ。冷蔵庫みたいなもんね」


「レイゾウコ?」


「ああ、この世界にはなかったっけ。食糧を冷やして保存する箱のこと。そこに食糧を入れておくと、腐敗を遅らせることができるのよ。飲み物も冷やしたりできるわ」


「――それだッ!!」


 ある提案を閃いた僕は、思わず立ち上がった。

 驚きに目をまん丸と見開いているキーラに、僕は興奮気味に告げる。

 これで、僕たちの食糧問題は解決できる!


「キーラ、いますぐ脱いでください!」


「……氷で頭ぶん殴るわよ?」



    □



 僕の閃いた提案とは、こうだ。

 まず、キーラの豪華なドレスをしちに出し、金銭を得る。

 そのお金を元に武器を買い、僕が冒険者ギルドで中位のクエストを受けて、報酬金を稼ぐ。これでも魔法剣士の端くれ。中位程度のクエストならソロでもお手の物だ。

 もちろん、キーラの服の代替品を用意してからの話である。

 半月ほど。最初の報酬金が入るまでは、僕が着ていた上着のみという、なんともエッチな恰好になってしまっていたけれど。


「まあ、裸同然の生活を強いられたのは許してあげる。お金を稼ぐためだもの。それで? ここから先はどうするの?」


「来てください」


 僕はキーラを生活拠点である森から連れ出し、今日やっと購入できた代物を見せる。


「……人力の荷車? どうしてこんなもの」


「この荷車を改造して、『屋台』を作ろうと思います」


「屋台?」


「そうです。狩りで得た肉を僕のファイアボールで焼いて、余った肉はキーラのブリザードを利用した『レイゾウコ』の中に保存しておく。そうすれば、世界中どこに行っても新鮮な食べ物を提供することができます。結構いいアイディアだと思うんですよね」

 

 火を取り扱う飲食店は、薪代がバカにならないと聞く。

 魔法を使える者はこぞって冒険者になるから、こうした魔法の使い道は思いついても実践はされてこなかった。それを、僕とキーラが行うわけだ。


「なるほど、屋台か……その場に構える出店はよく見かけたけど、こういう移動式の店、それも食品を扱うお店ってのは、この世界では新しいかもしれないわね」


「余裕ができれば、発泡酒も買い付けましょう。酒屋の多い帝都の発泡酒ですら、酒蔵に保管されて生温くなってる現代です。キンキンに冷えた発泡酒を、それも安価で出されたりしたら、お客さんは卒倒しちゃいますよ。そこに油っこい肉のサクサクとしたカラアゲなんて来た日にはもう……どうです? 美味しそうじゃないですか?」


 問うと同時に、キーラのお腹からぐぅ、とかわいらしい音が鳴った。

 僕の案に賛成、ということらしい。

 僕は笑いを堪えつつ、話を続けた。


「そうと決まれば、まずは『レイゾウコ』と肉を焼く網を作りましょう」


「了解。今日まで世話になりっぱなしだったからね。その辺りの準備は私が済ませておくわ」


「お願いします。僕はもう二、三回、中位のクエストを受けて、屋台に出す食材費を稼いできます」


「……ねえ、どうでもいいことなんだけど」


「? はい、なんでしょう」


「その屋台っていうの、やめない? この屋台が私たちの状況を打破する『武器』になるんだから、もっとかわいらしい名前をつけてあげましょうよ」


「か、かわいらしい名前ですか……え、えっと」

 

 武器なのにかわいらしいとは、これいかに。

 一分ほど考えた末に、僕はその名前を思いついた。


「僕とキーラの名前をくっ付けて、『居酒屋キラクル』とかどうでしょう? 居酒屋っていうのは、いずれお酒を出すことを想定してのことです」


「居酒屋キラクル……うん、いいじゃない。居酒屋ってのがすこし親父くさいけど、悪くないネーミングだわ! 気に入ったわよ」


「よ、よかったです――じゃあ、あらためて居酒屋キラクル開店に向け、がんばりましょう」


 おー! と拳をかかげるキーラ。

 こうして。僕とキーラの居酒屋キラクルは始動したのだった。



    □



 あれから八年が経った。


「キーラ! 五番テーブルのお客さんにバードの焼き串ふたつ!」


「はーい! それとクルス、三番のお客さんに発泡酒の追加お願い!」


「了解、これが焼き終わったらすぐに運ぶ!」


 僕とキーラは、今日も忙しなく屋台で客の相手をしていた。

 広場に簡易テーブルを十個広げて、そこにお客さんを招く、といった様式だ。

 八年前のあの日から。僕たちの屋台は注目を集め、お客さんがひっきりなしに訪れるようになった。僕の目論みはズバリ的中したのだ!

 生温いのが当たり前とされている発泡酒が、キンキンに冷えた状態で出される。しかも平民のお財布にもやさしい値段で――手前味噌になるが、当の僕からしても、人気が出ない理由が見つからない。

 だからだろう。行く先々で「ここに十年住んでくれ!」と懇願されてきた。僕たちはそれをやんわり断り、世界中を渡り歩いてきた。一箇所に留まっていては新しいメニューが生まれにくい。僕たちは世界中の食材を使い、未知のメニューを生み出す喜びを知ってしまったのだ。

 

 そしてゆくゆくは、居酒屋経営で天下を取りたい、という夢も抱いてしまった。

 

 この夢だけは、中途半端では終わらせない。


「聞いたか? ついに魔王が討伐されたんだと」


 冷えた発泡酒を運んでいる最中。

 四番テーブルのお客さんたちの会話が耳に飛び込んできた。


「マジかよ。倒したのどこのパーティー? アホみたいにあっただろ、魔王討伐を目指してたパーティーって」


「なんだっけ、名前は忘れたな。たしかそこのリーダーが、どこぞの公爵令嬢と婚約してたのは覚えてる。このご時勢に公爵令嬢だとよ、なんのメリットもねえ」


「貴族制度が廃止されかかってるのにな。没落が目に見えてるじゃねえか――でも、魔王を倒したパーティーのリーダーなら、国王から報酬金がもらえるんだろ?」


「数年暮らせる分だけの、はした金だけどな」


「うへえ、魔王倒してそんだけ? 意味ねえな、マジで!」


「本当だよ。魔王がいなくなったら、剣が振れようが魔法が撃てようが関係なくなるってのに。与えられたのが魔王討伐の名誉だけって……どうすんだろうな、そのパーティーの面々は」


「特にリーダーな。下手にもてはやされちまった分、今から普通の職に就くのはむずかしいだろうよ。プライドが邪魔しちまって。行き着く先は強盗か、ホームレスか……」


「うぅ、怖え怖え! 想像しただけでも嫌になるぜ! おーい、店長さん! 新しい発泡酒、ふたつ追加で頼むわ!」

 

 お客さんの注文を受け、僕は「いますぐ!」と屋台に走った。

 そういえば、リーダーも公爵令嬢との婚約が決まった、みたいなことを言っていたけど。

 まさかね。



    □



 さらに五年。居酒屋キラクルを開店してから、十三年が経った。

 僕とキーラは、遅ればせながらというべきか、今さらというべきか。夫婦という新しい間柄となり、今日も世界各地を転々としていた。

 ただ、世界中も回り尽くしたので、そろそろ一箇所に腰を据えたいという思いがあった。

 結婚もしたことだし、これからできるであろう子供のことを考えると、根無し草というのも良し悪しだろう。


「どうする? クルス」


「そうだね……それじゃあ、帝都に家を建てようか。一階が居酒屋で、二階が僕たちの居住スペースになっている家を」


 家を建てられるぐらいの資金はすでに貯まっている。

 二階建ての家ぐらいなら一括で払えるだろう。


「お客さんもいっぱい来る場所だものね……いいわ、そこに私たちの愛の巣を作りましょう。そしてバンバン子供を産みましょう。バンバン」


「……キーラって、実はエッチさんだよね。あのときもすごい喘ぐし」


「なッ!? そ、そんなことないわよ……そんなことないわよねッ!?」

 

 いや、訊ねられましても。





 その数ヵ月後。

 国王から直々に、貴族制度の廃止が国民に通達された。

 これを受け、すべての貴族は平民となり、僕たちと同じ生活を余儀なくされることとなった。

 中には、過去の贅沢な暮らしが忘れられずに、金を使いすぎて没落していく貴族もいた。

 

 そしていま。帝都の情報板を見つめながら、キーラがその没落貴族の一覧を確認していた。


「……ああ。主人公、没落しちゃったのね」


 キーラの表情は、怒りでも悲しみでもない、澄んだ『無関心』だった。

 そういった結果があったから、自分もそう受け取るだけ。そんな冷淡な表情だ。


「行こう、キーラ。食材の買出しがまだ残ってる」


 僕がそう声をかけると。


「ええ、行きましょう」


 キーラは颯爽と、情報板を背にして、歩き出した。

 まるで、過去を振り切るかのような足取りだった。



    □



 家は一年ほどで建てられた。

 帝都に住む国王から出店の許可を賜っているので、すぐにでも店は開店できた。

 なんでも、以前帝都に屋台で来たとき、国王はお忍びで来店していたのだそうだ。

 それ以来、居酒屋キラクルの味が忘れられずにいたのだとか。

 僕たちが帝都に住むと聞いたとき、だから国王は飛び上がるほど喜んだらしい。なるほど。国王に謁見したとき、足首に包帯が巻かれていたのは、実際に飛び上がったからなのか。


「居酒屋キラクル、開店です!」


 午後五時半。

 店の前で待機していたお客さんに告げて、扉を大きく開け放った。

 雪崩のようにお客さんが押し寄せてきたかと思うと、すぐさま注文が飛び交い始めた。僕とキーラは腕まくりをして、いつもの『日課』に入る。

 屋台のときとはちがって、視野が限定される分、オーダーを見逃しにくいメリットがある。解放感がないと言えばそれまでだけど。


 初めての店で忙殺されながら、僕はふと思う。

 あのとき。パーティーを追放されてよかった、と。

 追い出されていなければ、僕はキーラとも出会えなかったし、こんな立派なお店も持てなかった。すべて、僕を見限ったリーダーのおかげだ。

 そう、十数年前のことを懐かしんでいたから、というわけではないだろうけれど。


「……え?」

 

 僕の視界の端で、ひとりの客が店外に出て行こうとするのが見えた。

 屋内の店で視野が限定されていたからこそ、気付くことができた。

 その人物は顔をフードで隠し、背を丸めてこそこそと忍び歩きをしていた。

 それは、先ほど発泡酒と枝豆を注文していた男性客だった。たしか、二番テーブル。

 即座に二番テーブルを振り向き、テーブル上を確認する。

 置かれているはずのお会計が、置かれていなかった。

 僕はもちろん、キーラにも支払っていない。


「食い逃げだッ!!」


 僕は声を張り上げて、その人物にタックルを仕掛けた。

 僕の背後からの不意打ちに、男性は為す術もなく吹き飛ばされた。店外に飛び出し、通りの地面をゴロゴロと重なって転がる。


「お前、ちゃんとお金を払って――」


 馬乗りになってフードを剥いだ瞬間。僕は言葉を失った。

 そこにあったのは、懐かしいあのリーダーの顔だった。

 けれど、昔の面影はない。頬はげっそりと痩せこけ、眼窩は病的にくぼんでいる。

 両手で顔を覆い、おびえたような声でリーダーはつぶやく。

 蚊が泣くような、ひどくか細い声だった。


「す、すみません……すみません……お、お金はないんです……す、すみません……」


「……あんた、どうして」


「お、お腹が減って……もう十日も食べて、なくて……それで、つい……ほ、本当に、本当にすみません、すみません……!」


 謝罪を繰り返し、惨めに涙をこぼすリーダー。

 おびえきっていて、僕がクルスであることにも気付いていないらしい。

 背後から、何事かとキーラが出てきてくれた。

 僕は無言で店内に戻るよう指示し、リーダーの上からどいた。

 

 僕よりも確実にリーダーのほうが強い。

 けれど、その実力を発揮できないほどに空腹で疲弊してしまっているのだろう。

 でなければ、僕のタックルをまともに喰らうはずがない。

 

 打ち明けるのなら、これまでに何度もリーダーの夢を見た。

 あの日、パーティーを追放される夢だ。

 その夢を見るたびに僕は跳ね起きて、ぶつけようのない苛立ちを覚えていた。


 ――いつか。

 ――いつか惨めに死んでくれたらいいのに。


 なんて、そんな醜い願いをしたりもした。

 けれど――現実。

 実際にこうして惨めな姿を見せられると、なんというか、まさに『ドン引く』というか。

 いままでこんな人間に苛立っていたのかと、怒りを通り越して呆れてしまっていた。


「もういいよ」


 僕はため息まじりに言って、ハエを払うように右手を振った。

 思い出すのは、十数年前に言われた、リーダーの罵倒。


「『二度と来るんじゃねえぞ、犯罪者』」


 ハッ、となにかに気付いたかのように目を見開いたリーダーだったが、涙声で「ありがとうございます」とつぶやいたのち、ヒョロヒョロと頼りない足取りで店前を離れていった。


 結局、リーダーが僕の顔を見ることはなかった。

 僕は、リーダーの背中を一度だけ見やり、そして店内に戻っていった。



    □



 それから、僕たちは居酒屋を経営していき、他国にも店舗を増やしていった。

 十年後には、総店舗数は5千にもおよんでいた。

 居酒屋キラクルが天下を取ったと、帝都のみんなが口にしていた。

 いずれこの本店も、三人の子供たちが受け継ぐことになるだろう。

 

 僕とキーラはまだ三十代だけれど、そろそろ店の経営は本店の副店長に任せて、新婚旅行にでも出かけようかと思っている。

 始まりのあの町で、遅い結婚式を挙げるのも悪くない。

 キーラのウェディングドレスは、質に出したままのあの豪奢なドレスにしようか。

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追放者と婚約破棄された悪役令嬢が、居酒屋を経営して天下を取るそうです。 秋原タク @AkiTaku

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