Episode11 聖痕─Sadness─
副隊長の柊木と誓奈が見つけた先にいたのは、レザージャケットを着たあの男だった。
「あなたは……あの時の」
誓奈に声をかけられ、副隊長にランチャーの銃口を向けられた男は右腕を押さえながら振り向く。
その右手からは、上部の出血が指先まで滴り、1滴1滴が地上に垂れている。
その痛々しい姿と、押さえている腕の位置から誓奈は人型とデーモンが戦っている光景を思い出した。
──腕の傷、あれは確かデーモンの攻撃からレイダーを庇った時の!──
「あなたがっ、あの人型!!」
真相にたどり着いた気がした、推測がほとんどだがこう考えれば何となく合理的だと感じたのだ。
誓奈が言葉を発しても、男はまるで反応をしない。
副隊長は曖昧な男の態度に少し苛立っている様子だ。
「ここで何をしている?まさか偶然ハイキングなどとは言わないだろうな!!」
──怖っ──
明らかに敵意を向ける副隊長はランチャーを構え、まるでタチの悪い脅迫にも見える。
男は血の滴る右腕を押さえつつ、副隊長の方を見る。
「話をする気もないか、なら今度こそ拘束させてもらうぞ!」
「断るっ!!」
男は今回初めて口を開いた、それと同時に胸ポケットから小刀状のアイテムを取りだした。
副隊長は一瞬だけ反応が遅れ、急いでランチャーを構える。
だがその間に男は手に持つアイテムで上空に向かって十字を描くようにアイテムを振った。
すると空中にまるでCGのような十字の傷がつき、その傷の隙間から溢れんばかりの輝かしい光が男に向かって降り注ぐ。
光は1つ1つが粒子のような形をしており、徐々に男の体を包んでいく。
幻想的といっても遜色ない光に誓奈も思わず見とれてしまった、副隊長もきっとそうだろう。
だが副隊長は急に我に返ったように、ランチャーを構え、実弾を連射した。
──しまった──
誓奈は副隊長が発砲しようとすれば止めるつもりだった、だが目の前で光に包まれる男の姿に気を取られて反応が遅れてしまったのだ。
ランチャーの銃弾が目にも止まらぬ速度で光に包まれる男に向かって飛んでいき、まさに男に当たろうとしたその時、男を包む光が壁となり、光に触れた銃弾を消滅させた。
「馬鹿なっ!」
何が起きたのか目を疑う副隊長と誓奈は動揺を隠しきれない。
銃弾は確かに飛んで行ったのに、消えてしまった。
誓奈にはあの光が物体を消すほどのエネルギーを有していると思った。
やがて男の全身が光に完全に包まれると、男の姿が1つの光の球体へと変化し、空中に浮遊している。
誓奈はランチャーをずっと構えている副隊長のことを気にせず、引き寄せられるように光の球体に近づく。
「黒日隊員危険だ、戻れ!!」
副隊長の言葉も聞こえない、この光になぜか魅力を感じた。
宝石を見るのとは違う、ただ本能的に感じる魅力、この光の温もりを心が欲しているような気がしたのだ。
誓奈は光の目の前まで来ると、その輝きを目だけでなく肌で感じるようになる。
光を発しているのに、なぜか温度的な熱を感じない、感じるにはただの心の温もりだけだった。
何も考えず誓奈は光の球体に向かって右手を伸ばし、触れて見た。
右手の指先が光に触れたその瞬間、脳に衝撃が走ると同時に、脳内になにかが流れてきたのだ。
「これはっ……うっ!!」
突如誓奈の目の前には見た事のない光景の断片が次々と見えてきた。
まるでアルバムの画像をスライドショーで見ているかのように。
見えた光景の断片の数々、現れては消えていくものには様々な場面が見られる。
1つは知らない男性がこちらを見ながら何かを叫ぶ様子、もう1つはある女性がベッドで寝ている様子、また別の場面では小さい村に住んでいる子供たちが話しかけてくるようなものだった。
「これは、い…一体っ?!」
誓奈が他にも幾つかそれぞれ違う場面を見たあと、激しい頭痛に襲われ、光からはじき出されるように、後方に吹き飛ばされた。
「うっ……」
光から手が離れても頭痛はしばらく続いている、誓奈の苦しむ様子を見た副隊長は急いで駆け寄ると、再度ランチャーを構える。
発砲を試みようとしたが、瞬く間に光の球体は空中の十字傷の中へ吸い込まれ、傷が消えると元の空中に戻った。
あっという間の光景に驚く以外に何もできなかった、ただ呆然と立ち尽くす副隊長を誓奈は頭痛によって意識が朦朧としながら見ている。
「黒日隊員、立てるか?合流ポイントへ戻ろう」
副隊長はそれ以外何も言わずに手を差し伸べてくれた。
頭の痛みはどうやら治らないようで、誓奈は差し伸べられた手に自分の手が届かず、そのまま真っ暗な世界に落ちていった。
沙織は山の麓に停車している、黒いワンボックスカーの元に戻っていた。
「また仕留め損ねたようだな、言い訳は用意できてるか?」
車にもたれかかりながら立っているサングラスをかけた女が、沙織に向かって話しかけた。
口調は冷淡というよりも、単純な疑問に満ちているものだったが、沙織にはそれが分からない。
「デーモンの住処まで追い掛けたけれど……人型の何かがデーモンと戦ってたから……様子見てた」
沙織は目に見た事を端的に説明して見せた。
「X.T.A.Dの戦闘機が介入して、どちらとも生死は確認できてない……けど、多分デーモンは生きてる」
「そうか、まだしばらく仕事はしなきゃいけなさそうだ……早く乗れ」
女は沙織にそう言うと運転席に乗る。
そして沙織が乗車するまでの数秒の間に、かなり小さい声で一言つぶやく。
「人型だと……」
これは不思議な世界、過去の記憶の人々が話しかけてくる。
「お前は行けっっ!!!」
血まみれでスーツを着た男が、大声で話しかけてくる。
「──た、助けてよ……」
涙を流しながら呟く女性。
そして今度は小さな村でたくさんの人が命を落とすヴィジョン。
──お、俺は!──
そう思っていると十字の傷がアパートの中から開き、光の球体がその裂け目から現れるとベッドの上に移動した。
やがて光は少しずつ分散されて裂け目の中に戻っていき、全ての光が元に戻ると裂け目が消え、ベッドの上に男は寝ていた。
ベッドの上で男は苦しみに悶えている、汗をかき、まるで高熱な状態の病人のように。
男の右腕の傷はなぜか塞がって治っており、傷があったとは思えない状態まで回復していた。
男は朝まで目を覚まさず、苦しんだらしい。
誓奈が目を覚ますと、そこは本部のメディカルルームだった。
起きてしばらくして検査をし、異常がないことがわかると自由に移動が可能となったのだ。
──私、どれくらい寝てたんだろう?──
そう思いながらミハイルのオフィスルームに向かうと、途中のエレベーターで佐島に出会う。
「おやおや、お目覚めになりました黒日隊員」
「は、はい」
相も変わらず無感情な口調には今でも慣れない。
「あの〜、私はどれくらい眠っていたのですか?」
「1日程度でしょうかね?インセクトタイプのデーモン、コードネーム『ワスプルス』が逃亡し、一度撤退してもらいましたからね」
──えっ?!──
佐島の言葉から脳内で状況を整理する、恐らく私はあの男が包まれた光の球体に触れ、倒れた。
しかし、いつの間にかデーモンにコードネームがついており、新しい作戦会議がされていることは寝耳に水だ。
それより『ワスプルス』ってなんか変な名前とかも思ってしまう。
「それに、今回は別のものも現れましたし、上層部も困っているのではと思いますがね、おっと私はこの階で失礼します」
佐島はそう言ってエレベーターを降り、去っていった。
色々な言葉に引っかかった誓奈だが、少し急いでオフィスルームに入る。
入った直後、誓奈の元によってきた風見と雫、そして小鳥遊は体の状態などについて色々と尋ねてきた。
なんとか一通り説明し、誓奈は副隊長の元へ向かう。
「副隊長、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした!」
「別にいい、気にするな」
副隊長はいつも通り、クールに対応すると隊長が近づいてきた。
「誓奈が無事でよかったよ、あと15分程度で戦術参謀長から説明があるんだ、まあそれまではくつろいでいてくれ」
隊長に言われ、誓奈は頷くと自分のデスクのチェアに座る。
しばらくすると戦術参謀長の秋水がホログラムで室内に現れ、説明が始まった。
「今回高原に現れたインセクトタイプデーモン、コードネーム『ワスプルス』についてですが、地上調査の結果、このポイントの洞窟を住処としていたようです」
「しかし、そこは崩落しているのでは?」
秋水の説明に隊長が小さな疑問を投げかける。
「はい、もうあそこは使用していないでしょう、ですがあの崩れた洞窟から、人と組成が同じ物質やあのワスプルスの体液が混ざった液体の反応が見られました」
ここまで言われてもどうやら誰も頭にピンとはきていない様子だ、その様子を理解した秋水はさらに説明を続ける。
「ワスプルスは襲った人を小さく噛みちぎってすり潰し、肉団子のような餌をいくつもつくり、蓄えていたのです、虫らしい習性ですね」
──嘘でしょ……──
誓奈だけでなく、他のメンバーも背筋が凍ったような様子だ。
虫については全然詳しくない誓奈はその恐ろしさに震える。
きっと何人もの人が襲われていたに違いない、それを想像するだけで足がすくむ。
「あなたたちが駆けつけた頃には、人型のデーモンが戦闘中と報告にありましたね、あの人型について新たにコードネームがつきました……コードネーム『エクソシスト』」
秋水の突然の言葉に1番驚いたのは、誓奈よりも副隊長だった。
「『エクソシスト』ですか?」
「ええ、あれは恐らくデーモンを倒すことが目的だと私は推測しています、恐らく前回のエゼキールを仕留めたのも彼です」
「なにっ?」
誓奈は副隊長と秋水のやり取りに驚きを隠せない。
副隊長はずっと人型のデーモンと言っていたが、秋水の話し方はどうやらそうではないような言い回しだ。
「ですが、我々の味方という保証は……」
「柊木副隊長、だれも味方などとは言っていませんよ、ただデーモンと敵対する存在であると言っているまでです」
どこか冷静さを欠く副隊長に淡々と話す秋水の構図を、隊長は止めさせてさらに説明の続きを求めようとしみる。
「あなたたちの調査でエクソシストの行方は不明と報告されましたが、ワスプルスに関しては地下に続く大きな穴から、地下に潜って逃走したものと考えます」
「ワスプルスは羽を持っていました、それなのに地下ですか?」
「デーモンは環境に適合するのが早く、最適な方向へ進化していきます、再生力も早いですが、再生して空を飛ぶよりも地下や地上を利用する方を選択したのでしょう」
デーモンについての説明が続く中、誓奈の頭は別のことに気を取られていた。
先ほど秋水はエクソシストの行方不明と言っていたが、どうやら男については副隊長は何も言わなかったらしい。
その理由がよく分からないまま、頭がいっぱいでほかのことを聞いている暇はなかった。
「レーダーに反応もまだないため、地下を移動している最中なのですが、地上に出てきた時がチャンスとなるでしょう、それまではチームジブリールや地上の部隊が周辺の出現予測ポイントを交代で見張っています、それがわかるまでイスラフィルとミハイルは交互に勤務してもらうことになるでしょう」
その後も色々言っていたが、大事な説明はこれくらいだったと思う。
説明が終わると、イスラフィルに仕事を引き継いでもらい、2日分休みが与えられた。
誓奈は1人更衣室でエクソシストについて考えていた
──あれがエクソシスト──
エクソシストとは悪霊退治のようなイメージがあるが、とても悪霊なんて優しい言葉で済ませていいものが相手ではない。
また、誓奈はそのエクソシストの正体であろう男に何度も接触している。
「誰なんだろう、あの人……」
そう思っていると、突如脳内で流れていた光景が思い浮かぶ。
小さい村の中で子どもが話しかけてくるシーンだった。
そしてその村には看板があり、村の名前が書いてあったことも思い出した
「確か……『
急いでスマホを取り出して調べてみると、検索後のトップに出てきたのは驚くべき記事だ。
──美夜沢村村民虐殺事件──
サイトを開いて記事を読むとその内容に驚きを隠せなかった。
不良グループ3名が違法な武器を持って村民を大量に虐殺し、生き残ったのは2,3人というものだ。
とても恐ろしい事件だが、美夜沢村にしかあの男に関する情報がなかったため、さらに調べようとした。
だがどれだけ探しても他に情報は出ない、そこで誓奈はこの休みにその村へ行くことを決意した。
村まで訪れた誓奈はその長距離に疲れながらも、なんとか着いた。
最寄り駅もICカードを使えないローカル電車の田舎駅なのに、そこから1時間弱歩いた。
もちろん自動販売機も何もない、村は事件から3年も経ち、住んでいるのは2人の老人夫婦だけらしい。
誓奈はその老人の家を訪れたのだ。
「すみません」
「は〜い、どちら様ですか?」
「あの、私黒日誓奈とい言いまして、お尋ねしたいことがあってきたんです」
家の庭で洗濯物をしている80歳くらいのお婆さんに誓奈は話しかけてみた。
「この村に住んで長いと聞いてきたのですが…」
「ええ、もう50年以上経ちますかね〜、何年か前の事件で他に誰もいなくなってしまったけれど、ここから離れていく場所もないですから」
決してボケていないお婆さんの悲しそうな顔に、少しだけ聞くことが躊躇われたが、誓奈はそれを押しのけて話を続ける。
「その、まだ他の方がいらっしゃったときにここに若い男の人って住んでいませんでした?顔はちょっと説明しにくいのですが……」
男について知っていないか聞いてみた、だがお婆さんは頑張って思い出してくれているようだが、出てきそうにない。
「京介くんがいただろう、
突然、家の中から旦那さんであろうお爺さんが現れて会話に参加した。
誓奈は慌てて一礼すると、お爺さんも会釈で返してくれた。
「そう!京介くんっていたわね、東京の方から移住してきた、優しくていい子で、オマケにかっこよかったから、村の子どもたちから大人まで、みんなに人気だったわね〜、事件の後も生きているところ1回しか見ていないし、どうなったのかしらね」
急にお婆さんがハキハキと喋りだし、誓奈は驚いた。
──お年寄りでも、元気なタイプだ──
そう思っていると今度はお爺さんが話しかけてきた。
「あんた、京介くんの知り合いかい?」
「あ、はい……一応、彼を探しているのですが」
「そうか……彼はね、この村では英雄みたいなものだったのさ、田舎のこんな村に来てくれて、若いのに農作業や力仕事手伝ってくれてな、数少なかった村の子どもたちとも遊んでくれていたのさ」
誓奈の探している男が本当に姫咲京介という男なのか分からない、だがなんとなくそうではないかと感じてしまう。
──これもやはり超感覚なのだろうか?──
「そうだ、1枚だけ写真があったはずだ、彼がこの村で初めて田植えを手伝ってくれた時のが」
お爺さんはそう言うと、タンスの中身からアルバムを引っ張り出して誓奈の元に持ってきた。
「これだ」
お爺さんが見せてくれた写真、そこに写った男を見て誓奈は確信した。
──彼だ──
写真の中央に立っている男性、それは間違いなく誓奈が何度も見かけ、ワスプルス遭遇後に出会ったあのレザージャケットを着た男なのだ。
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