Episode9 束の間─Nostalgia─



 最低気温も上昇し、春の兆しを感じさせる今日この頃、誓奈は開桜高校に向かう道を歩いている。

 まだわずかに冷たい風が、今まで使ってきた脳と体を冷やしてくれる。

 エゼキール殲滅作戦後、乖離空間について知らされ、様々な出来事のせいで疲労困憊だった。

 正直少し忘れたい気分で、そんな時に気分転換のように高校に行くことができるのが嬉しい。

──みんな元気かな?早く会って話したいな──

 高校に行くのは4日ぶり、X.T.A.Dが手を回して何かしら理由をつけて休みになっているのだろ。

 すごく久しぶりじゃないし、学校に通うのは普通のことだけど、非日常が続いた時はこうした普通のありがたみを感じる。

 高校よ、ありがとう。

 眩しいくらいの太陽の光を浴びながら、少しかけ足になって校門を通った。


「おっ、誓奈今日はサボらずにきたんだねー!!」

 教室に入って真っ先に話しかけてきたのは絢可だった。

──相変わらず元気だな──

 ちょっぴり懐かしい雰囲気を感じて、口元が緩みかけたが、見られないように平静を保つ。


「サボってなんかないよ!」

「だって何日も親戚のお葬式で休みなんて、信じられないよ!!」


──えっ!?そんな休みの理由そんな感じなの??──

 小学生が考えそうなくらいの嘘だ、国家をまたぐ秘密組織のX.T.A.Dの情報操作、それがこの程度だと気づいて驚きを隠せない。


「サボり魔になった誓奈じゃん、今週はもう来ないと思ってたのに」


 話しかけてきたのは絢可と同じくらい、クラス内でよく話す菊池優希きくちゆうきだ。

 2年生の秋でバレー部を止め、勉強に専念し始めた彼女はここだけの話、脚も長くてスタイルがよく、顔もそこそこいいから男子に人気だ。

 本人は受験終わるまで勉強専念と言っているので彼氏とかはいない。

──持て余してる女子力を少しは分けてほしい──


「サボり魔じゃないって、ちゃんときてるし!!」

「そっかー、でもこのクラスで過ごす時間も短いから私は嬉しいけど」


 優希のいい性格が出てる、運動部の女子は割とサバサバした娘が多いけど、彼女はとても他人思いだ。

 こういうところが好かれる理由なんだろうな。


「ワンチャンみんな来年も同じクラスかもしんないけどね」


 絢可の気さくな言葉に対して3人で軽く笑いあう、こんな時間を欲していたんだ。

 足りていないものを満たしてもらえている気がする、普通の女子高生はこれをきっと彼氏との恋愛で埋めたりするんだろう、でも私はこれで充分だと気づかされる。

 チャイムが鳴ると、先生も教室に入ってきたため、急いで席について学校生活を始めた。



 男は不思議な場所にいた。

 なにかの遺跡の跡なのだろうか、石で作られた柱や建物が所々壊れている。

 植物の蔦が建物に絡んでいるが、空を見上げるとどうやら普通の空ではない。

 空全体にくっきりとしたオーロラがかかったように光り輝いている。


「ここが彼らの……」


 瓦礫の中をしばらく歩いていると、最も大きい建物の内部に辿り着いた。

 祭壇のようになっているこの建物は、他よりも少し高く設計されていたのだろう。

 壁には壁画のようなものが描かれており、タペストリーのようにストーリー性が感じられる内容だ。

 内容は一切分からないが、なにかの伝説や神話なのかもしれない。

 祭壇の中央には虹色に輝く球体が設置されており、導かれるように男はその前まで迫っていく。

 そして球体に触れたその時、男の全身に痛みが駆け抜けた。

 電流が流れるような感覚、それと同時に男の体は球体の中に溶けるように吸い込まれていく。

 苦しみを感じたその時、男は突如目が覚める。

 アパートの一室のベッドで寝ていた男の額には、噴き出すように汗が流れている。

 呼吸もあまり整っておらず、近くに置いてあるペットボトルの水を飲んで一息ついた。


「あれは夢じゃない、きっと……」


 男は呟くと枕元に置いていた十字架型のアイテムを手に取る。


「俺のすべきこと──それを確かめさせたのか?」


 男の問いかけに反応したかのようにアイテムは鼓動が鳴るように光りながら振動した。

 男は部屋に飾っている写真立てを見て物思いにふける。

写真にはその男とは別の男と、もう1人の女性が映っていた。



 駅前のファミレス、学校帰りに久しぶりに誓奈は絢可と優希の3人で勉強会と称したおしゃべり会を開いた。

 もちろん話題は進路と勉強、そして最近の出来事だった。


「ねえ、誓奈にだいぶ前に見せた都市伝説のあったじゃん?」

「うん、あれね」

「この前のほらガソリンスタンドの店員2人が行方不明になった事件もあれ関連じゃないかって話題になってたんだよ?」


──やっぱり、そうなってるんだ──

 絢可の話してくれた都市伝説は半分真実だ、現に自分がその当事者となると違和感感じなくなってしまう。


「あっ、それ私も聞いたことある!この前、山奥の方の街で有毒な天然ガスが出て住民が避難した事件とか、ホテルが老朽化して倒壊したのも怪しいってネットでやってたね」


 ドリンクバーで飲み物を取りに行っていた優希が戻って会話に参加しだした。

 真相を知っていても話すわけにはいかない、だって話してしまえば私はいられなくなってしまうから。

 そんなことを考えていると、絢可が誓奈に話を振る。


「ねえ、あの森の木々が不自然に倒されてたってやつもそうなんじゃない、誓奈どー思う??」


──あれはエゼキールの仕業なんだよ──

 なんて言えない。


「う〜ん、確かに不自然だけど……共通点とかないからよくわかんないかも」


 適当にあしらった、馬鹿丸出しになるようなことは逆に不自然だからと適当な言葉で対応した。


「あたしも今度家族で旅行に行く予定だから少し不安なんだよね」


 優希が素で話を逸らした、黙っている罪悪感を感じないから助かった。


「ダムの方なんだけどさ、これから受験勉強頑張るための激励で1泊2日春休みに行くんだ」

「えーいいな〜、ウチなんかママもパパも揃って志望校決まった?とかきいてくるだけだし、しつこ過ぎるからあんま最近口きいてないし」


 優希の旅行に行くという話題を簡単に乗っ取る絢可のマシンガントークが始まる。

──セイシュン、悪くないじゃん──

 コップのメロンソーダを飲むと、誓奈もトークに参加し始め、その会話は18時過ぎまで続いていく。


 帰り道、電車も乗り終えて駅から自転車で自宅に直行するコースで思い出す。

──こんな夜だったな、あの日も──

 楽しい時間の後の喪失感のせいだろう、いつもより寂しくて、1人になるとX.T.A.Dのこと、グロウブリゲイドのこと、チームミハイルのこと、デーモンのことなどをつい思い出してしまう。

 そして秋水から言われた乖離空間のことも。


「今度乖離空間を見つけたら、試作中の機器で空間内に侵入する……か」


 危険な任務内容で間違いない、あの時は隊長も副隊長もさすがに険しい顔だったと思う。

 思い出すだけで少し憂鬱だ、自転車を漕ぐ速度も自然と遅くなる。

 次の勤務は1週間後だったかと考え、目に見えてきた家に向かってゆっくり進んでいく。



 休日、誓奈はチームミハイルの氷室に誘われて都内某所の巨大ショッピングモールを訪れていた。

 

「誓奈ちゃん、久しぶり!」

「氷室た……さん、久しぶりです」


 勤務時間外でチーム内の隊員たちと会うのは初めてだ

 氷室隊員は普段からおっとりしてそうで、包容力のあるお姉さんタイプだろうと思っていたが、プライベートでも変わらないらしい。


「楓もくる予定だったんだけどね、用事ができたらしいから私たちだけで行きましょ!」

「はい」

「も〜、そんな堅苦しくしてちゃ息抜きになんないから、私も下の名前で呼んで!」

「えっと……雫さん?」

「うん、オッケー!」


 こんな会話から始まり、ショッピングモール内をめぐった。

 大人である雫のショッピングはある意味新鮮だった。

 女子高生はウインドショッピングと割り切り、多くの気になるブランド店を巡る、そしてブランドは服関連が多い。

 雫は服だけでなく、高級アクセサリー店やコスメ、生活感溢れる家電製品なども、気になれば見ている。

 どれもすごく楽しそうな笑顔で見ている雫は、年下の私から見ても可愛らしくてこう、なにか心をくすぐられるものがある。

 いくつも店を渡り歩くと、雫は飲み物を買ってくるから待ってほしいと言われた。

 おもちゃを売っている店の前の広いスペースで、誓奈は1人で雫が来るのを待っている。

 スマホをいじりながら待っており、ふと見上げるとおもちゃ売り場から出てきた、見覚えのある人物に目を見開いた。

 おもちゃ売り場からでてきたのはなんと、あのアサシンと呼ばれる少女だったのだ。

 両手にはその細身の体で大丈夫なのかと思うくらい、大量のおもちゃが入った袋を持っている。


「な、なんでこんなところに??」


 彼女がここにいることに加え、その姿にも驚いた。

──普通の女の子だ──

 ファッション的にもデーモンを倒した時の姿に近しいボーイッシュに近いけれど、オシャレなファッションだと思った、ニーハイソックスで絶対領域をつくっているのもポイントが高い。

 なぜ彼女がここにいるのか、なぜあんなにおもちゃを持っているのか自然と気になってしまい、何も考えずについて行ってしまった。

 ショッピングモールを出て5分ほどしたところで、児童養護施設の中へ少女は入っていった。

 

「『児童養護福祉施設 ニュー・ノア』って書いてあるけど、どうしてこんな所に……?」


 建物内に入った少女を追うように、入口の自動ドアに近づいた時、開いたドアから手が伸び、胸ぐらを掴まれた。


「なぜ後をつけてきた??」


 少女は冷酷な目で誓奈の胸ぐらを掴んでいたが、顔を見るとなにか思い出したようだ。


「あなた……あのマラスクタイプの時の!!」


 覚えていたようで助かった、そう安堵した瞬間不意に口が開く。


「ごめんなさい、特に用事はなかったんだけど、たまたま見かけて気になって……」

「いいから帰って、そしてここには2度と近づかないで!」


 誓奈の言葉を遮るように、力強い声で少女は誓奈に向かって話す。

 最初の冷酷な目というよりは、なにか違う怖さを秘めていて、妙に緊張感があった。


「あら、沙織ちゃん!来てたの、もしかして横にいるのって……そう!!沙織ちゃんのお友達なのね!!」


 突然建物の奥から40代くらいのおばさんが出てきて話しかけてきた。

 その瞬間、少女は誓奈を掴んでいた手を離した。


「ちっ、ちが……そんなんじゃ、なく──」

「いいのいいの、照れなくても……そっか〜遂に沙織ちゃんがここに友達を連れてくるなんてねーふふっ、すぐに子どもたちも呼んでくるわ」


 おばさんに向かって必死に否定しようとしていたが、少女がなにかを言わせる隙もなく、再び施設内に戻っていった。

 少女は見るからに少し焦ったような状態で、肩を落としている。


「あ、あの〜私帰ろうか?」


 恐る恐る聞いてみると、少女は1回ため息をつくと口を開いた。


「いや、今だけ私の友達のフリ……していてくれるとその……助かる」

「わ、わかった」


 2人は待っていると、先ほどのおばさんが再び現れた。


「おまたせ、沙織ちゃんと……自己紹介してなかったわね、私は小林友美子こばやしゆみこでここの施設長をしています」


 丁寧な対応に返さなきゃいけない、誓奈はそう思って1歩前に出て自己紹介を始める。


「私は黒日誓奈って言います、その…さっ、沙織とはよく遊んでいるんです」


 先程の会話から、アサシンと呼ばれる少女が沙織という名前だとは何となく気づいた。

 嘘全開の挨拶を笑顔でしてみたのは初めてかもしれない。

 チラッと後ろを見ると、少女は少し恥ずかしそうにしている。

──呼び捨て失礼だったかな?──

 自己紹介を済ませると2人は、小林の案内で施設の奥にある、児童たちの集まる部屋に連れていかれた。


「みんな、沙織ちゃんが来てくれましたよー!!」


 小林が呼びかけると10人ほどの子どもたちが一斉に駆けつけてきた。


「わーい、沙織ちゃんだ!!」

「沙織ちゃん、抱っこ抱っこ!」

「お土産は?お土産は?」


 全員が小学校低学年以下の年齢の子達だった。

 子どもたちに囲まれ、たくさんの話しかけられていたが、真っ先に持ってきていたおもちゃ売り場で買ったであろうおもちゃを、子どもたちにプレゼントしていた。

──このためだったんだ──

 意外だった、誓奈の中の冷酷なイメージが一気にひっくり返た気がする。

 はしゃぎながらたくさんのおもちゃを開封する子どもたちをみて、口角を少し上げて喜んでいる少女を見るのは新鮮だった。

 少女の様子に驚いている誓奈を見た小林が近くに寄ってきた。


「沙織ちゃんは月に1回こうしてきてくれるのよ、子どもたちにも大人気でね、本当に優しい娘なの、ここにいた時からずっとそう……ちょっとお話をしましょうか」


 小林は子どものそばにいる少女を呼び、誓奈とともに別室の小さい会議室のような部屋に連れていかれた。

 ソファーに誓奈と少女は隣で、至近距離で座っている。

 お互い緊張しているのだろう、少し固まっていると小林はお茶を出して2人の向かい側に座った。


「それで誓奈ちゃんは一体どういう友達なの?」

「学校……」

「沙織ちゃんが去年高校に入学したって聞いて、友達できるか不安だったけれど、ちゃんといてよかったわ」


──学校通ってたんだ──

 2人の会話を聞いていると、意外と普通の生活を送っているのだと、誓奈は改めて感じる。

 しかし、学校に通っているのならX.T.A.Dが簡単に見つけられそうな気がする。


「沙織ちゃんもここにいた時は、優しい子どもだったけれど、引っ込み思案だったから……今の姿からは想像つかないくらい」

「ちょっ、あまり余計なことは……」


 先程の言葉といい、小林の言葉から推測するにこの少女もここの施設にいたことがあるらしい。

 ここを訪れる理由がわかり、勝手に自分でスッキリしている誓奈の元に、小林が写真を何枚か持ってきた。


「ほら、これが沙織ちゃん、面影あるでしょう?」

「見せなくていい!」


 誓奈に写真を見せる小林と、それを必死に妨げようとする少女のやり取りは不思議と笑えてきた。

 その後も色々と教えてもらった、少女の名前はやはり沙織で、今は白美沙織という名前だということ、今高校1年生で4月から2年生だということも。

 どうやら小林による情報の暴露は、沙織にとっては気に食わないらしい。


「おしゃべりしすぎたら、あの子たちが可愛そうね、よかったら誓奈ちゃんもあの子たちと遊んでいってあげてね」

「は、はい!」


 そう言ってお茶を飲み終えると、再び子供たちのいる方に戻って、誓奈と沙織の子どもたちと色んな遊びをした。

 おもちゃをつかったもの、すぐ外の庭でかけっこや鬼ごっこをしたりと大量だった。

 けれど誓奈は全力で楽しみながら遊んだ、元から子どもは嫌いじゃない。

 たまに沙織の様子を伺いながら遊んでいたが、どうやら向こうも笑顔で遊んでやっている。

 はしゃぐ子どもたちも疲れて休憩時間になると、沙織が1人で水を飲んでいた。


「あの、白美さん?」


 声をかけてみたところ、水を飲み終えた。


「あなたと遊んでいる子どもたち、楽しそうだった」

「ありがとう」


 会話が続かない、変に人見知りを発動してしまっている。


「今日のこと、絶対誰にも言わないよ」

「そう、信用はしてないけれど……」

「あのー、もしよかったら名前で呼んでいいかな?」


 勇気を出して言ってみた、彼女と仲良くなりたいと思ったから、今言いたいことをいってみた。


「私、あなたと友達になりたいって思ってて、あなたに助けられてからずっと!!」


 感情を込めて言葉に力が入る、急な力強さに向こうも驚いていると感じた。


「友……達」


 一瞬硬直した沙織は一言呟いただけだったが、すぐ平静を取り戻す。


「そ、そう……好きにすれば」


 意外な言葉だった、もっと否定されたりすると思ったが、どこか照れながら無関心を装っている沙織の姿は予想外だ。

──これっていわゆるツンデレじゃない?──

 かわいいところもある、そう思った。


「沙織ちゃん…っていうのもなんか変な感じがするから、呼び捨てでいいかな?ダメかな??」


 聞いても何も言わず、目線を逸らす沙織を見て、勝手に了承ととらえよう。

 すると突然スマホに電話が鳴りだした。

──やっば、雫さんだ──

 完璧に忘れていた、きっと今頃必死に探してくれているはずだ。


「私ちょっと行かなきゃ…小林さんに言ってくるね、バイバイ沙織!!」


 誓奈はそう言い残すと小林に事情を話し、急いでショッピングモールに戻った。

 沙織はそれを呆気にとられたまま見ていた。


「友達……か」


 沙織にとって友人は聞いたことはあるし、自分も学校に通っているから知っている。

 自分からつくろうともしなかったし、必要なのかもわからなかった友達が初めてできた。

 不思議な気持ちだが、どこか心地よいような気がした沙織はその場で空を見上げる。

 風で綺麗な髪がなびき、暖かい太陽の光が彼女を照らし続けている。

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