Episode8 乖離空間─Chrono Frontier─


 男は森の中を走り抜ける、闇を切り裂く雷のごとくエゼキールの方へ向かっていた。

 呼吸は荒く、汗も流れる。

疲労も感じているが、それを抑えてはるかに駆り立てる感情が、衝動がその体をつき動かしていた。

 森と山だらけのこの場所で、為すべきことのために。

 山の頂上付近で足を止めると、十字架の形に似た、短剣のようなサイズの不思議なアイテムをレザージャケットの胸ポケットから取り出した。

 黙ったまま、遠くの方を見ながらそのアイテムを強く握り締め、瞳を閉じる。

 呼吸はまだ整っていない、静かに目を閉じて待っていると手のアイテムから強力な拍動が伝導し、脳内に衝撃を与えた。

 まるで第六感、シックスセンスを感じたかのように。


「────くる!!」


 男が呟いた瞬間、巨大なエゼキールが男のいる山の方に向かってくる、暴走列車よりも早いスピードで。

 そしてエゼキールを追う2台の特殊な車を見かけた。


「ここで食い止めてやる、明日のその先のために……!!」


 男はそう言って手のアイテムを剣のように片手で持って構え、空中に十字の形を斬るように腕を振った。

 その直後、空気になぜか不思議な十字の紋章が刻まれ、その空間の裂け目から膨大なエネルギーが男に向かって流れ出した。


「うぉぉぉおおおっ!!!」


 膨大なエネルギーを浴びた男は光に包まれるとその姿は、2.5メートルほどの人型の人間ではないだった。

 遠くから見たら人間かもしれない、だがその姿はまるで特撮モノとアメコミのヒーローを足して2で割ったような、不思議な全身戦闘スーツを着たような姿だった。


「ハアアアアアアアア!!」


 とても人の言葉ではない違う声を発し、そのは迫るエゼキールを見つめる。

 エゼキールの方を見るとはその胸に手を当てると、胸中から光の集合体を取り出して、大地を殴りつけるように拳を地に当てた。

 エゼキールは既に目の前、山を登ったエゼキールがに突撃しかけた時、大地から虹色の光が放たれてエゼキールとは共にその姿を消した。

 その姿が、存在がまるで幻だったように。



──一体、どこへいったんだろう?──

 全く分からない、追いかけていたエゼキールが消えてしまう、謎の発光現象、それに対しなぜ待機命令なのか。

 誓奈は不満でしかなかった、だがそれは決して表に出さない、自分の気持ちを代弁するようなことは全て年下の小鳥遊が散々ボヤいているからだ。


「隊長〜〜なんで待機なんです?消えた理由を探さないと!!もうわけわかんないですよ!」

「お前は少しは口を閉じて待ってられんのか?全く……」


 小鳥遊の愚痴に副隊長の柊木は少しご立腹のようで、頭に手を当てながら悩んでいる。


「まあいいさ、幸い最悪の事態はなさそうだしな……どうせ調査はイスラフィルがやるだろうさ」


 隊長の堀江は第三者目線で2人に話す。

 エゼキールが消えてから、2台のジャスティラッシャーは合流して補給をしていた。

 少しだけ緊張の糸を1本分張っておいて、少しだけ普段の気さくな雰囲気が戻ったようだ。

 風見も氷室とラッシャーの状態を確認しながら、話し合っているようだ。


「しかし、戦術参謀長はなにか知っていそうだな」

「なにか……ですか?」

「ああ、本来の戦術参謀長は常に2手3手、いっそ10手ほど作戦を脳内で構成するスペシャリストだ……それがこうもあっさり作戦を放棄するような待機命令を出すのはおかしいだろう」


 隊長と副隊長の会話が耳に入る、確かにそうだと思う。

 戦術参謀長の秋水という青年を未だによくわかっていないが、とても考え無しに動く人物ではないと思う。


「戦術参謀長がなにか隠しているということですか?」

「断定はできない、彼の作戦で我々は何度もデーモンを討伐してきた、あまり疑いたくないのが情というやつだがな」

「隊長はそれくらいが丁度いいですよ、もう少しチーム内には威厳を持って接して欲しいですが」

「そういうこと言わないでさ、黙ってて欲しかったよ」


 最後の方は冗談交じりで返す隊長、副隊長のやり取りは長年のパートナーのようにも見える。

 隊長が通信のために副隊長と離れると、誓奈はふとなにかを思い出したように副隊長に近づく。


「あのっ、副隊長!」

「なんだ黒日隊員?」


 副隊長は自然な態度で話しかけに応じてきた。

 一切何事もないといった様子が自然なのか、それを装っているのかはわからない。


「その……副隊長はなぜ、隊長にあの少女…アサシンのこと、森であった男の人について報告しなかったのですか?」


──聞いてしまった──

 こういうのは聞かないでおくのがセオリーだ、まじめな副隊長だからこそ、なにか理由があるに違いない。

 しかし、やっぱり気になって仕方なかった、それを聞かずにはいれなかった気がしたのだ。


「そのことか……」


 副隊長が1度目を閉じ、小さいため息をしたように見えた。


「アサシンの処遇はチームミハイルの中だけの暗黙の了解だ、報告するほどのことではない……あの男は、人型のデーモンの可能性があるが、断定するほどの情報が不確かだったため、報告できるる段階に達していない、そう判断したまでだ」


 副隊長の言葉は基本的に理にかなっている、そして上官ということもあり、反抗も否定もすることはないので、納得した様子を見せてその場を終わらせた。

 しかし、心のどこかで何かが引っかかっている。

もっと別の理由があるような気がしてならない。

──これも『超感覚』なのかな?──

 そう思って副隊長から離れて1人になったとき、突如脳の中で何かが揺れるような感覚を感じた。


「なっ──」


 痛みかと思って頭を抑えたが、どうやら違うらしい。

 本当になにかの振動が伝導して脳内に入り込んだようだった。

 誓奈の周囲にデーモンはいないし、他の誰も気づいてなさそうだ。

 ふと気になってエゼキールが光とともに消えた山の方を見上げ、目を凝らして見てみる。

 暗闇の中、山中はイスラフィルとジブリールが捜索しているだろうと考えながら夜空を見たその時、一瞬だけ空間が歪んだような気がした。

 急いで瞬きをして確認したが、歪みは消えて無くなっている。


「気のせいかもね……」


 一瞬感じた緊張がなくなり、力に入った肩を落とすと誓奈は風見に呼ばれ、ラッシャーの方へと走って向かった。



 秋水は室内で不思議なキーボードのパソコンで様々な情報を収集・解析している。

 だが彼は今、手だけはキーボードの所に置いて、動かさずに目を閉じていた。

 傍から見たらきっと何をしているか理解できはしないだろう。


「そろそろ来ると思っていたよ宿聖者エクソシスト、しかしこれは一体……」


 突如閉じていた目を開け、チームイスラフィルから送られている映像を含めた情報からなにかを計算し始めた。


「空間の位相……いや、乖離しているのかこの世界とは、別時空の空間をねじ曲げて新たに構成しているようだな」


 ずっと独り言を話す秋水はなにかに気づいたらしい、手を止めてデスクの上に肘を置き、両手を合わせてうっすら微笑んだ。


「なるほど、乖離空間クロノフロンティア……実に興味が湧いてくるよ」



 エゼキールが消えてから2時間が経とうとしている、もう朝が近づくような時間に突如戦術参謀長からの命令があった。


『チームミハイルは直ちに帰還せよ』


 突然すぎる命令だった、誓奈を含めたチームミハイルはラッシャーに乗車して帰投することになったのだ。

 まだ何も解決していない、中途半端に任務を終えた気がして、誓奈はどこか満足出来ない状態になってしまった。


「理由を聞いても答えないなんて、ホントに考えられない!!」


 いつも通り小鳥遊はボヤいている、というより苛立っている。

 他のメンバーは皆、いつも通りのような顔をしているため、途中帰還は少なくないのだろうと思った。


「しかし、今回も皆無事でよかった……チームジブリールには申し訳ないが、みんな生きていて嬉しい限りだよ」


 隊長の顔は真剣なままだが、安堵しているようだと言葉で理解できる。


「エゼキールは結局倒せたのかな〜」

「分からない…だが今はイスラフィル達に任せよう」


 氷室と風見のやり取りも誓奈が心に思っている事だ。

──こんなんじゃ、納得できない──

 渋々誓奈はカメラに映る山を見た。

 やりきれない気持ちを胸に、ただじっと風景を眺めながら帰還していく。



 若干暗闇が薄くなりかけた頃、淡い虹色の光とともに男は森の中に現れた。

 テレポートかのように見える出現は、きっと周囲に人がいれば驚かれただろう、幸いなことに誰も森にはいない。

 男は立ち止まったまま空を見上げ、十字架型のアイテムを取りだし、一息ついた。

 息はやや荒く、汗も尋常じゃない量を額や首筋から流している。


「──っなんとか集合体は仕留めきれたが、これほど強力になっていたとは……」


 男は呟くとアイテムをジャケットの内ポケットにしまい、右手で左腕を抑えるようにしながらゆっくりとどこかへ歩いていく。

 まるで腕の骨を折ったようなその姿で、森の外をめざしていく。

 その背中は大きく、どこか寂しい雰囲気を漂わせて仄暗い森に姿を消していく。




「エゼキールが撃破された!?」


 チームミハイルのメンバーのオフィスルームに大きい声が響き渡る。


「ああ、昨日のイスラフィルとジブリールの調査から、戦術参謀長がそう結論をだした」


 堀江は実にフランクに衝撃の事実を告げたことを、副隊長以外は誓奈を含めて全員驚いていた。

 虹色の光がエゼキールを倒したのだろうか、そんなことを考えてみたが、合理性はなかった。

 あれで倒していたなら、ミハイルが戦闘準備状態で待機する意味はなかったはずだと思う。


「私たちに一切の説明はなし、いつも通りのやり口ですね」


 風見は力をこめて隊長と副隊長に本音を漏らす。

横で氷室が少し心配げに風見を見ているのを察し、副隊長がチェアから立ち上がる。

 副隊長は風見の近くまで行くと、風見の肩に手を置いて喋り出した。


「納得いかないのは私や隊長も同じだ……風見の正義感が強いのはよく知っている、だが知らぬふりをして生きなくてはいけない時があることをしっかりと胸に刻んでほしい」

「し、しかし……」

「我々数人がそうするだけで、何千何万の命が救われているなら、価値はあると私も隊長も思っている」


 副隊長に宥められて、風見は力を抜いて平成に戻ろうとしていた。

 誓奈は憤りより疑問を浮かべていた、だがその疑問をこの場で言える空気ではないと。

 だがそれは小鳥遊には関係なかったようだ。


「大体、あの戦術参謀長何考えてるか分からないのに言葉が足りないと思わない?いくらこっちが命令される側でも、機械じゃないんだから詳細伝えるのが筋でしょ!!」


──せっかく風見隊員が平静を取り戻したのに──

 ちょっと関わって気づいたが、海友ちゃんは思ったことをすぐに口に出してしまうらしい。

 結果的にそれが空気を読めない変な感じになるのだが、今のところ可愛らしい程度で済んでいるから別にいと思う。

 少し微笑ましく感じていると、突如室内に聞いたことのある声が聞こえた。


「ではその足りない言葉を今、伝えてあげましょうか?小鳥遊隊員」


 声が聞こえて数秒後、ルームのあちこちにあるプロジェクターから光が放たれ、ホログラムの秋水の姿がまるで目の前にいるかのように出現した。


「せ、戦術参謀長!!!」


 小鳥遊はさっきまでの少し強気な態度が一変し、慌てて敬礼をする。

 誓奈は残りのメンバー全員と同じタイミングで敬礼し、突然すぎる出来事に唖然としていた。


「戦術参謀長は一体、どのようなご要件で?」

 

 隊長がホログラムの秋水に向かって、冷静な様子で対応する。


「今小鳥遊隊員が言っていた、エゼキールについて……というよりは今回の作戦のというのを伝えにきたんですよ」


 相変わらず淡々と話す秋水を隊長は少し睨んで見ているのを何となく感じた。

 誓奈は氷室隊員と話をしたことがあり、その時に言っていたことを思い出していた。

 チームミハイルは作戦立案や指揮官の手腕として戦術参謀長を評価しているが、上官として、人間的には完全に信用はできないと言っていた。


「なぜ今、それもこのような形なのです?」


 言葉を返した時、隊長は感情を悟られないような言葉の力強さを感じた。

 気に食わないであろうが、さすが隊長だと思う。


「これは今後の業務には必要かもしれないと判断し、早急に伝えようと思っただけですよ、あなた達も知りたがっていたのでは?」


 隊長と副隊長以外は皆、心あたりがあるような素振りを顔と目でしている。

 誓奈も例外ではなく、無言のまま小さく頷いた。


「今回エゼキールの姿が消失した理由、それはが私たちの存在する世界とは別の世界に連れ去ったと見るべきでしょう」


 言っている意味がよく分からなかった、きっと他のメンバーも皆そうだと思う。

 言われた瞬間、ポーカーフェイスの隊長でさえも動揺しているのが目に見えてわかった。


「一見非現実的な内容ですね、それは……」


 隊長の呟きがみんなを代表した言葉だった。


「亜空間に近いものです、自然現象では絶対にありえません」


 秋水が説明を始めると、珍しく風見が発言の許可を求め、許可された。


「仮にそうだとしても何者か、とどうして断定できるのです?」

「完全に教えることはできませんが、我々とは別にデーモンたちを排除する者がいる、ということですね」

「アサシンとは別に……ということですか?」

「はい」


 秋水の言葉には真偽が理解できないようなニュアンスを感じるが、感情を抑え気味の風見は発言を控えだした。


「デーモン波動とは別の反応を検知し、調べてていましたが、エゼキール消失ポイントを中心とした一定空間に別の振動波が検知されていたのです」


 誓奈はデータ上のものではない、違和感を思い出した。

 あの揺れるような脳の違和感の正体が関係するのではないかと、あくまで何となく程度に感じた。


「もし今度、あなた達が遭遇することになった場合、その亜空間と言える場所に行けるようになってもらいます──乖離空間クロノフロンティア──へと」


 初めて聞かされた言葉、顔をしかめる隊長と副隊長、驚くのはそれ以外の全員だ。

 乖離空間、これが一体どのようなものなのか知るものは、この場にはまだいない。

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