Episode6 交錯─The Cross─
誓奈が目を覚ますとそこは白い霧の中だった。
周りに何があるか見えない、自分は何をしていたのかさえ。
──そうだ、エゼキールを──
全部思い出した、あの時に窓から飛び出し、爆発に巻き込まれたことを。
「副隊長っ、副隊長どこですかーー!」
大声で叫んでも誰からの返事もない、まるでそれが当然かのように。
霧で周囲が見えないから、足元を見ながらゆっくり歩くしかなかった。
歩く方向は決まっていた、明確な理由はないけれど、そっちへいけと自分の第六感が言っていた。
もしかしたらこれも超感覚なのかもしれない。
そんなことを思っていたら急に今までとは違う、特別な感覚に陥った。
誰かが呼んでいるような、歩いていけば誰かが待っているような感覚は初めてだ。
──もしかしてデーモンがいるってことじゃ──
ランチャーさえ持たずに、ゆっくりと心が呼ぶような方向へ駆けていると、突如霧が晴れてきて辺りが森の中だと気づいた。
「森だったんだ、ここ……」
白い吐息が口から漏れる中、見渡しているとうつ伏せで意識を失っている柊木を発見した。
「副隊長!しっかりしてください、起きてください副隊長!!」
急いで駆け寄って声をかける、副隊長がこうなったのは自分のせいだと、自責の念を抱きながら、必死に柊木を抱きかかえる。
するとしばらくして柊木の声が聞こえ、意識が戻った。
「こ……こ…は?」
「分かりませんが、どこかの森の中のようです、歩けますか?」
「ああ、なんとか」
副隊長は一瞬ふらつきながら立ち上がったが、すぐに周囲を見て状況を把握しようとした。
「無事でよかったですが、お身体の方は?」
「問題ない、それよりも……アナライザーがエゼキールの粘液に触れて壊れたみたいだ、黒日隊員のはどうだ?」
「私のも同じです、あるのは携帯用小銃のマルチラウンダーだけです」
「では、お互い携帯用小銃二丁だけが頼りということか、とりあえず上空にスペースのある方へ行って閃光弾を放とう、いくら爆風でもそう遠くへは飛んでいないはずだ」
副隊長の提案に従い、森を歩き出した2人は足場と周囲に警戒しながら進んでいく。
薄い霧でも、心に影を落とすには十分な程度だ。
進行方向とは異なる方角でまた、不思議な感覚に包まれる。
温もりの余熱を感じた方向へ、少し横道に逸れながら誓奈は向かうとそこには見た事のある人物がいた。
「あの娘は……アサシン!!」
あのアサシンと呼ばれる少女、彼女が偶然にも割り込んできたおかげで私と副隊長は助かった。
だがエゼキールの粘液攻撃が掠り、戦線を離脱した彼女だが、それを追いかけたのもエゼキールだった気がする。
それはともかく、肩をおさえながら木を背に座っている少女の方が気になる。
誓奈は副隊長には内緒でこっそり少女の方へ向かった。
何かが近づく気配を感じた少女は誓奈の方へ持っていた拳銃型の武器の銃口を向けた。
「デーモンッ??」
向けられた銃口に思わずびっくりした誓奈だが、すぐに話しかける。
「あっ、あの……私グロウブリゲイドの隊員の黒日誓奈って言う者なんだけれど」
「隊員さんが私になんの用?まさか……始末しにきたってところ…?」
「ちっ、違うっ!」
──完璧に敵と思われてる──
それはそうだ、話によるとチームミハイル以外は彼女を拘束しようとしているのだから無理はない。
だが誓奈は単純に個人的に興味があった、こんな可愛くて強い子がなぜ1人で戦い続けるのかを。
話がしてみたい、なんでもいいから、そのためには彼女がずっと銃を構えている手をおろさせる必要がある。
そこで彼女の肩の傷にふと目をやって、込み上げた言葉を投げかけるようにした。
「その……ありがとう」
「どうしていきなり感謝するの?隊員さんなんかが」
「あなたのおかげで私が、私たちが助かったから……あなたにそのつもりがなくても、お礼言わないと気がすまなくって」
「私は……私のすべきことをしただけ」
「それでもいい、結果論でも……あの、よかったらその肩の傷見させてくれない?少しだけだったら救急用の道具があるんだけど」
誓奈にしては思いきった、こんな大胆に自ら迫ることなんて滅多にないのに。
彼女と話して見たいという気持ちが、誓奈の心を前向きに押してくれていたのだ。
「他人の言うことは…信用できない、ましてや敵の言うことなんて!……うっっ」
銃を構えて牽制しても、肩の傷はやはり痛いようだ、歯を食いしばり、怪我部を強くおさえていることが少し離れていても見てとれる。
「お願いっ!私に手当させて、絶対他に何もしない、余計なことはしないし、武器も置いていくから……」
苦しむ少女を放っておけない、おいてはならないと思った。
すると少女は肩をおさえて苦しみながら横に倒れだし、構えていた腕さえも力が入っていない。
誓奈は急いで駆け寄る、片手に持っていたマルチラウンダーを無意識に捨てながら走り出した。
近くにまで行き、急いで少女の肩の様子を確かめる。
──ひどすぎるケガ──
まるで薬品火傷のようだった、掠る程度でこのダメージとは思っていなかった、彼女も一切防御用の装備をしていなかったわけではないのに、これほどとは。
先ほど勢いで捨ててしまったマルチラウンダーを急いで拾いにいき、冷却弾を装填して木に向かって放つ。
氷った部分を少女の方に当てて、冷却をしてみるが、エゼキールの粘液が酸性かアルカリ性の場合は、水で洗い流した方がよかったのだろう。
少女の介抱をしていると、遠くから副隊長が誓奈を探しながら近づいてきた。
「ここにいたのか黒日隊員、あれほど後ろについてこいと言った…のに……、その娘はアサシン!!!」
副隊長の言葉で失いかけていた意識を取り戻した少女は、誓奈たちとに身構えようとするが、力が入っていない。
その様子を見た副隊長も急に穏やかな表情になる。
「ここに居続けては危ない、私たちとしばらく行動を共にするにはどうだろう?」
「私が彼女を背負っていきます!」
少女に選択させる余地もなく、誓奈が自ら進んで彼女を連れていこうとした。
最初は不振な人を見る目だったが、少女はこのままではダメだと思ったのだろう、渋々従うことにしたらしい。
森の中を共に進む3人だったが、少女を背負う誓奈は怖さよりも、責任感のようなものを感じていた。
きっとこの背中にいる少女を守りたいという気持ちなのだろうと思った、それとも救われた恩を返したいからなのか自分でも曖昧な気持ちだった。
──軽いなぁ──
この状況で浮かれているのは変だ、でもなぜか心が温かい気がした。
一方背負われている少女も不思議な気分だった。
誰かに背負われたのはほぼ始めてで、人に甘えることもしてこなかった、もちろん2人を完全に信用はしていない。
それでも懐かしさに近いこの感覚、そして今まで湧き上がったことのない感情に動揺している。
しばらく歩いていると、副隊長の足が突然止まった。
「近くにデーモンがいる、私の『超感覚』がそう告げている気がする」
誓奈も確かにずっと感じていたものがあった、だが浮かれていたのか、言われないと気づかないくらい微弱な感知だった。
「この先…少し右の方に行ったところ──」
背中から聞こえた声に驚いた。
──彼女も『超感覚』を持っていたのか──
きっと副隊長も驚いたに違いないと様子を伺ったが、顔色は変わらず平常のままだった。
「方向まで分かるのか君のは……行ってみるか」
副隊長はマルチラウンダーを強く握りしめ、少女を背負う誓奈とともに、ゆっくり進んでいく。
右方向まで進むと確かに何かを強く感じる、だがそれは以前感じた誰かに見られているものだけではない、別のなにかを感じる気がする。
「お前がこの違和感の正体か!!」
急に走り出した副隊長が銃口を向けた先に、誓奈は記憶にこびりついていたある人物を見つけた。
──あの人は──
副隊長が見つけた物の正体、それは以前誓奈が駅でぶつかり、早朝のトレーニングで見かけた、あの男だった。
男はいつものレザージャケットを着て、どこか遠くの方を立ちながら見ていたようだ。
副隊長はマルチラウンダーを両手で構え、男の5メートル先で殺気を放ちながら睨む。
誓奈は背負っている少女を気遣い、負担をかけないようにゆっくり副隊長と男のそばに向かった。
男は明後日の方向を見ていた視線を、向けられた銃口と副隊長の方へ視線を移す。
「私が感じたのも全て貴様の仕業か!人間の姿をしたデーモンか?」
超感覚の正体を彼だと思っているのか、副隊長の顔は今まで自分が見てきたどんな顔よりも恐ろしい。
自分はなぜか曖昧でいる、この男は敵じゃない、意味不明な信頼感を抱いているのだ。
確かに今でも違和感は感じているが、きっと彼が原因ではない、むしろ彼には温もりに近いような、優しさの欠片を感じ取れる。
「きっと違う……その人からは邪悪を感じない、というより感じ取れない」
そして背負われている少女も、誓奈と感覚と同じように感じるのか、小さい声で呟いた。
──感じ取れない?──
少女の言葉の真意を知れずにいると、副隊長はそれをかき消すように話し出した。
「デーモンが人間そっくりに擬態していてもおかしくない、私たちはここをずっと歩いている最中なにかに見られていた……貴様の目的はなんだ!!」
まるで自分たちが入る余地がない気迫の言葉だ、普段からこれなら自分は副隊長を恐れていただろう、震える子犬のように。
怒るような大声を浴びせられた男はそれでも黙ったまま副隊長を見ている。
「なんとか言ったらどうだ?私たちの命を狙っていたのではないか??」
副隊長は無言の男に少し苛立っているようだ。
──なんか喋ってくれないかな──
このままだと彼が撃たれてしまう、そんなことにはなって欲しくない、お願いだから自分は違うと本人が言ってくれればいいと思う。
すると男は口を開け、ついに喋りだした。
「分裂体があちこちに散らばっている、1つの場所に向かって進んでいるようだ……」
「何を言っている?私の質問に答えろ!!」
男の言葉は副隊長の問い詰めには一切屈しないどころか、受け流すようにクールな言葉の内容と表情、話し方だ。
そして男の声を聞いた誓奈は改めて確信した、トンネルで自分を助けてくれた人、その時に聞こえた言葉の正体に。
──希望を捨てるな──
背負っている少女も何かを感じたのだろう、しっかりと男の方を見ている。
「君たちはヤツらにずっと狙われていら………だが、その正体は俺じゃない!!」
マルチラウンダーを構える副隊長に、男はジャケットの内ポケットから特殊な形状の銃を取り出して向けた。
銃にしては異質で歪な形だが、形状やトリガーを握っている様子は銃さながらだ。
お互いに銃を構え合う姿は緊張感の走るものだったが、急になにか脳内に電気が走るような感覚を誓奈は感じた。
「来る……君たちはここから南の方へ向かって走れ!この森を出られる最短距離だ」
「貴様、そのような戯言で逃げられると思うな!」
「そんなことを言っている場合じゃない、手遅れになるぞ!」
男は急に声を荒らげ、副隊長に向かって逃げるようにいう。
確かに一見したら口実のようだけれど、言葉には重みがあり、表情には焦りが見られる。
様子からしてホントのことだろうと、誓奈には信じられた。
「あ……あの副隊長、今は森を抜けることを優先した方がいいのでは?」
「こいつがデーモンなら、グロウブリゲイドとしてここで逃すわけにはいかない!」
誓奈が初めて割って入ったが、あっさりかき消された。
副隊長の拘る様が異常なのではないかと思えるほどに。
「くっ……来たか」
男が呟くと、誓奈たちの周囲を取り囲むようにエゼキールの分裂体が8匹ほど現れた。
マルチラウンダーではとてもじゃないが始末できない分裂体、誓奈は少女を背負っているため対処は難しい、副隊長と誓奈は互いに臨戦する様子を見せた。
「こっちについてこい!」
男は銃型の武器を構えて誓奈たちを誘う。
誓奈はついていこうと動きかけると、副隊長が少し躊躇っていた。
「ここで死ぬほど無駄なことは無い、いいから急げ!!」
副隊長は遂に男に従い、言われた方に向かって駆けていく。
男は最初だけ先導し、少女を背負う誓奈を見て自ら殿のために最後方へ移動して、追ってくるエゼキールたちと対峙した。
一瞬だけ後ろを誓奈が見ると、例の銃型の武器から光を放っていた。
なんだろうと思った、けれど今は逃げることに専念し、副隊長とともに必死に走った。
背負っている少女が軽くて良かったと思う、トレーニングの甲斐あってスタミナも残っていて助かった。
しばらく走っていると、追ってきた集団とはぐれているエゼキール2匹が立ち塞がるように待ち構えていた。
「黒日隊員マルチラウンダーを貸してくれ、私がその分も撃つ」
副隊長は誓奈のホルスターからマルチラウンダーを抜き取り、両手のマルチラウンダーでエゼキールに向かって発砲する。
ブヨブヨした体に弾丸が突き刺さるも、ダメージがあるように思えない。
モードを変えてレーザーを放っても倒す様子はない、どうやら今まで以上にエゼキールの体は強固になっているらしい。
エゼキールが誓奈に向かって触手を伸ばそうとした時、後方から光の塊が目で追えない速度でエゼキールの体に炸裂した。
光を撃ち込まれたエゼキールは苦しむと、体内から光を放つと体が分解するように、粉末状になって朽ちていく。
副隊長とともに後方を確認すると、殿を務めていた男が走りながら銃型の武器を構えていた。
誓奈たちに追いつくと、残りの1匹に向かって武器から光を放ち、先ほどと同じようにエゼキールを撃破したのだ。
その威力に驚いた誓奈は、目を見開きながら男を見る。
背負っていた少女も同じように驚いており、副隊長も同じだった。
「このままいけばすぐに森を出られる、早く抜けることだ」
「待て、話は終わっていない……デーモンを一撃で倒したその武器、どこで手に入れた?」
男に対して副隊長は再び突っかかっている。
「君は副隊長と……そう言われていたな、副隊長ならもっと仲間の命を守ることに気をかけるべきだ、俺の最初の警告をしっかり聞いておくべきだった」
男はそう言い残すと背を向けて、立ち去ろうとする
「なんだと……貴様、我々と同行しろ!本部まできてもらうぞ!」
やはりいつも以上に様子がおかしい副隊長は、男の言葉にさらに怒ってマルチラウンダーを向ける。
「……断る」
男はそう言って歩きながら遠ざかっていく。
本当に攻撃しかねない副隊長を止めるため、誓奈は副隊長の前に立って話しかける。
「今回は彼に助けられました…とりあえず今度して、今は森を出ましょう!」
「し、しかし……」
副隊長はそういうと突如脳裏に男に言われた言葉を思い出す。
──仲間の命を守ることに気をかけるべきだ──
一瞬顔をしかめ、誓奈の顔を見て男の方を見るが、男の姿は既にそこにはなかった。
諦めた副隊長は誓奈とともに森の出口をみつけ、ゆっくりと歩いていく。
既に霧は晴れ、薄暗い世界は静寂を取り戻している。
森を出ると1台のワンボックスカーが停まっていた。
誓奈達が近づくと運転席からフードを被り、サングラスをかけた女性が現れて誓奈に近寄る。
何だこの人、すごく怖い。
一瞬身構えるが、なぜか副隊長がそれを制した。
「その娘を渡してもらおうか」
サングラスの女は背負っている少女を見て話している、どうするのか副隊長を見ると、従えという顔をしていた。
背負っていた少女をゆっくりと女に引き渡すと、女はそのまま少女を後部座席に乗せ、高速で車を運転してその場を去った。
「あの人は一体…」
「アサシンの協力者だ……謎は多いがな」
誓奈の疑問にあっさり答えた副隊長は周囲を見渡す。
「あれは…運がいい、乗っていたグロウブリゲイドの車ホテルから山1つ離れたここに停まっている、とりあえずあそこに行ってみよう」
手に痺れが若干残る誓奈と副隊長は急いで車に向かった。
夜の山道を駆け抜けるワンボックスカーの中で、サングラスの女と少女は会話をする。
「グロウブリゲイドのやつらに背負われるなんて、今回は随分としくじったじゃないか」
女は冗談交じりに少女に話す。
「既に融合していました……それに本体は別の場所に向かっているので……もう私には、何もできません」
力の抜けた声で少女は女に向かって喋るが、女は鼻で笑っていた。
「あとはX.T.A.Dさんにまかせるか…そういやアンタ、肩の傷デーモンから負った割に今回は軽傷じゃないか?」
それを聞いた少女は驚きながら傷を見るが、火傷の跡が大分よくなっている、水膨れも消えており、熱もなかった。
「アンタが無事ならアタシは嬉しいけどね」
女は少し照れくさそうにハンドルを握りながら呟くと、少女はシートに横になって目を閉じる。
「だってアンのために……戦ってるモノ」
女に聞こえないように少女は眠りかけながら一言残した。
アンと呼ばれた女は少女の眠った様子を確認し、さらに速度を上げて闇を流星のように駆ける。
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