Episode5 殲滅─Termination─


 『エゼキール殲滅作戦』は滞りなく戦術参謀長の秋水から説明された。


「まず、我々が1ヶ月ほど前から調査していたマラスクタイプのデーモンを『エゼキール』というコードネームとします」


 デーモンのコードネーム、つまり名前だ。

 何で決めているのかは知らないが、あんな気持ち悪いナメクジみたいなのには似合わない名前だと、誓奈の感覚では思う。


「『エゼキール』は何度も目撃情報を元に研究していましたが、デーモン細胞のなかに複数の重金属成分の反応があり、中でもの成分が多いことが判明しました」

ですか??」


 隊長の堀江は画面越しの秋水に向かって、確認するように尋ねていた。

 なら知っている、銃弾などにも使われるあののことだろう、でもそこに堀江が驚いている理由が誓奈には分からない。


「ええです、鉛は歴史的に見ても、古代から現在まで、生活に深く関わる金属です……が、諸刃の剣のような存在でもある」

は毒性がある……一般的な使用が少なくなった現代でどうして?デーモンの出現場所も関連性はないはずですが」


 説明をする秋水と疑問を持つ堀江は、まるでドラマの掛け合いのようだった。

 鉛中毒について完璧に忘れかけていた誓奈だったが、2人のやり取りを見て思い出す。

 中世ヨーロッパで鉛中毒の人が多かったとか、江戸時代の日本でも化粧品の成分に鉛が使われていたとか聞いたことがある。

 すると横から副隊長の柊木も堀江のように話し出した。


「では、遠くの鉱山跡等からやってきたのですか?」

「いや、それならもっと多くの目撃情報や被害が出ているはず……」


 副隊長の疑問に、隊長があっさり答えてしまう。

 これで誓奈はなんとなく話の要点を把握した。

 要するにエゼキールというデーモンは人だけでなく鉛を捕食し、養分としているということだ。

人はともかく、鉛の出どころを隊長と副隊長は不思議がっている。

 自分を含め、他の隊員も不思議がっているだろうが、上官のやり取りに容易く口を出せないでいるところなのだ。


「みなさんの疑問にお答えしましょう、1か月前にエゼキールの目撃情報があった都内西部のガソリンスタンド……勤務していた2人の男性が行方不明との事でしたが、『チーム ジブリール』の方の調査により、デーモンが2人を捕食したであろう場所には『ガソリン』が貯蔵されており、タンクが壊されて中身が空でした。」


──有鉛ガソリン?──

 聞いたことなかった、誓奈にとってガソリンは、ガソリンスタンドで見る、レギュラーとかディーゼルというものしか知らない認識だ。


「『有鉛ガソリン』は1970年頃まで使われていたガソリンですよ、現在では大気汚染や人体への毒性から使用禁止となっているものです」


 隊長と副隊長は、なるほどそういうことかと口に出していたが、他の隊員も誰も声は出さずに、へえーとは思っている雰囲気になっている。


「そんなものが残っているなんて……だが、それだけでは明確に鉛を養分にしている証拠にはならないのでは?」


 堀江のこの言葉はごもっともだ、統計的にデータ1つだけで断定ではできない、たまたま鉛を摂取した可能性もあるだろう。


「今、堀江隊長は養分と言いましたね?惜しいですが、少し違います………あのデーモン、エゼキールは鉛が好物なのです」

「好物??じゃあ、別に鉛がヤツらの成長に関わってはいないというのですか?」


 堀江の確認ともとれる質問に秋水はこくりと頷く。

 誓奈自身も自分の予想が外れていたことに衝撃を受けたが、顔に出ないように必死に誤魔化した。


「あなた方に昨日、調査を行ってもらいましたね、あの日に実は『チーム イスラフィル』に頼んで別の場所で、別の調査を行っていました」

「別の調査……ですか?」


 あまり気分が良くなさそうな顔をしながら、別の調査が何か尋ねる堀江に対して、秋水はなんのことか分からないと言わんばかりに、淡白な反応で話を続ける。


「特定のエリアに同じような鉛の塊を配置してみたところ、そちらにエゼキールが12体発見できました、そちらには2体しか出なかったそうですが……間違いなくエゼキールは鉛のある場に向かう習性があります」


 なんか色々説明してくれたけれど、納得のいかないことが1つだけある。

 誓奈は自分を襲ったエゼキールの個体が、なぜ予備校近くのトンネルにいたのかを理解できない。


「トンネル……」


 考えているうちに、思わず声を出した誓奈のことを秋水は見逃さなかった。


「なぜあなたを襲った個体がトンネルにいたか……ですか?」


──なんでわかった???── 

 心の中心部を見透かされたようで、少し変な気分になったが、聞きたいことだったから、黙って聞くことにした。


「先程言ったように昔は鉛を様々な用途に使用していました、トンネルもその1つ、トンネルの塗料に鉛が含まれていたんです、数年前に塗料を剥がす工事があったようですが、完全に取り切れていなかったのでしょう」


 確かにあった、あのトンネルは何も予備校のためだけに通っていたわけではない、家族と車で通ったこともある。

 何年も前の工事の理由が今更わかったことと、デーモンのことでダブルでスッキリした。


「さあ、ではそろそろ本題に入りましょう、今回多くのデータにより、今まで見つけたエゼキールの分裂体達の拠点を探し出しました」


 秋水がモニターに地図の画像を出し、さらにある場所を目指して拡大していく。


「ここです」


そう言ってモニターに表示されたのは、ホテルの廃屋だった。


「『グランドホテル高山』、バブル時代に建てられ、その後倒産したホテルの建物です、建物全体の塗料は鉛を含有したもので塗装されており、現在は建物の一定の範囲内は立ち入り禁止となっている場所です」


 確かに外観からして既にボロボロの建物で、いわゆる幽霊屋敷状態だ。


「ホテル内部にて強力なデーモン波動を検知しています、個体が別々で活動していたものが、より強固になる前に一度に殲滅する必要があります」


 画面が秋水の姿を再び映し出し、同時に建物内部の見取り図を見ながら説明が始まった。


「作戦は2段構えで行います、1つめはチームミハイルとチームジブリールのみなさんが、建物内部のポイントに鉛を含有した爆弾をセットして待機します」


──おびき出すってことね──

 1つめの作戦については理解し、みな首を縦に振って話はつづく。


「多くの個体が集まってきた時に爆弾を爆破させ、残りを弱点である高火力のランチャーで殲滅、建物外のデーモンはチームイスラフィルの皆さんに行ってもらいます」


 思っていた通りだった、だが2段構えというのにこれでは1段じゃないかと思う。

 するとそれを代弁するかのように堀江が秋水に尋ねる。


「それで、2つめはどのような?」

「建物ごと爆破させ、強力なフルバーナー砲を使用して焦土にする作戦です」


 作戦内容を聞いた時、一瞬で室内の空気が変わる。


「フルバーナー砲ということは、ジャスティレイダーを使用するのですか?!」


 声を荒らげながら柊木は秋水を見る。秋水は当然かのように首を縦にふる。

 ジャスティレイダーはグロウブリゲイドの特殊兵器の1つであり、対コズミックデーモン専用の戦闘機である。

 誓奈も研修期間に操縦訓練を行ったことはあるが乗ったことはない、だいたい戦闘機を使うような相手を未だ発見できていないのだ。


「過剰ではありませんか?」

「相手は大量のコズミックデーモンです、ランチャーの攻撃が効きにくいほどの……であれば、過剰などではありません、あわよくば消すされますから」


 今の隊長と秋水にやり取りが1番怖かった、秋水の最後のとは一体何をどこまで含んでいるのか、気が気でならない。

 そしてそこから、より具体的な内容が説明され、緊張感が空気を凍てつかせていく。



 作戦開始の移動前の準備時間、誓奈はどうしても不思議なことがあったので堀江のもとに話を聞きに行った。


「隊長……あの」

「ん、どうした?」

「作戦説明の際、隊長はチームイスラフィルの名前を聞いた時、どうしてあんな険しい顔をされていたんですか?」


 聞いてしまった、もしこの質問で機嫌を損ねてしまったら、そんなことも考えながら恐る恐る尋ねた。


「ああ、チームイスラフィルってのは男3人女2人で構成されてるチームなんだが、それぞれが優秀な自衛隊のヤツらとかなのもあって他の2チームより組織上部から優遇されてんの」


 なるほど納得した、だがとてもこの隊長は嫉妬なんかで怒りそうにないなにか別の理由があると思った。


「昨日の作戦も、きっとあたしらよりイスラフィルの作戦の方が重要度は高かったんだ……それをこっちには内緒でかませ犬みたいに使わせる、それが気に食わなかっただけ、もう慣れっこなんだけどさ〜、やっぱりいけ好かないね」


 そう言い残すと隊長は、急いで準備しなと言い残して去っていく。

 その背中にはどこか悲しみに満ちていると感じて仕方がない。



 『コンディションレベル レッド』の作戦がついに始まった、『エゼキール殲滅作戦』には3チームが合同であたることになっている。

 チームミハイルとチームジブリールは廃墟内に突撃する役割を担い、計11人が二手に分かれて爆弾設置場所まで向かうことになった。

 二手といってもチームごとに別れているだけ、初めての超危険任務も同じチーム6人なら、どこか心強い。

 チームミハイルは突入前の建物の非常口手前で待機していた。


「確かに……複数のデーモン波動が検知されてる、それも無数に」


 風見が腕時計型の通信探査機『Jアナライザー』で、波動を検知しながら、瞳を閉じて呼吸を整えている。


「親愛なるチームミハイル隊員全員に告げる……死ぬなよ、なんとしてでも生きて任務を達成しろ!」


 堀江隊長の凛々しい声が、ミハイルのメンバーにしか聞こえないチャンネルで響く。

 柊木も隊長に続いて話しだす。


「敵は複数だ、『超感覚』だけを頼りにせず、レーダーと目視を怠らないように」

 

 『超感覚』、チームミハイルの間でのみ飛び交う謎の言葉に誓奈は横にいた氷室に尋ねた。


「あの……『超感覚』って?」

「説明してませんでしたっけ?なぜか私たちはデーモンが近づくと不思議な感覚に陥るんです、それを『超感覚』って呼んでいるんですけれど、せ……黒日隊員もなんとなく感じたことあるんじゃな〜い?」


──今、いつものくせで下の名前で呼びかけたな──

 一瞬思ったけれど、少し可愛いかったからよしとした。

 確かに、昨日デーモンが現れる前に視線のような違和感を感じた覚えがある。

あれだったのか。


「だが、『超感覚』は感じ取るだけで、居場所を示してくれる訳では無い……だから感覚を研ぎ澄ませながら、レーダーと目視の確認を怠るなってことだね」


 風見が自分の緊張をほぐすために近くまできてくれた、鉛毒対策のマスクでよく表情は見えないが、なんとなく励ましてくれている気がした。


「まあ、あたしの実力があればこんなの楽勝、楽勝!!」 


 少し調子に乗り気味な小鳥遊はポンっと、風見に軽く頭を叩かれた。

 不安がやや安心気味に傾いた、そんな時間にどこか愛しさを感じずにはいられない。

 誓奈はこの時間が続けばと思っていたところ、作戦実行開始を告げる合図出された。


「行くぞっ!!」


 隊長を先頭にチームミハイルは屋内に突撃していく。


 屋内は魔物の巣窟と化していた、天井や壁に3~6メートル以内のマラスクタイプのデーモンがわんさか湧いている。

 さっきまでの地上とはまるで別世界、心臓も破裂しそうなくらいの緊張感、もし生き地獄というのがあればここかもしれない、とまで思えるほど。

 だが、1人で戦った時よりも心強い仲間が5人いる、6人で行く手遮るデーモン達を一掃しながら目的のポイントに到達した。


「ジブリールのヤツらはまだ来てないようだ、こちらだけでも設置の用意をしておこう」


 隊長の合図で誓奈を含めた3人が設置にあたる、設置中に正面から突入していたジブリールのメンバーも到着した。

 2グループが爆弾を設置すると案の定、鉛に向かって集まるエゼキールたちを、ある程度除去しながら設置完了まで耐えている。


「ランチャーのシングル最大出力でようやく倒せるとは……よほど生き物を捕食したらしいな」 


 隊長は驚きに近い感想を述べながら、爆弾を守るためにエゼキールを蹴散らす。


「設置完了!!」

「こちら堀江、ただいま設置完了しました、屋外にでて待機します」


 設置完了の合図を聞いた隊長はすぐに報告し、撤退のハンドサインを示す。

 全員がその指示に従おうとしたその時、天井に張りついていた3体ほどのエゼキールたちの体が1つに融合し始め、誓奈だけがそれに気づいた。

──あれはまさか!?──

 誓奈が気づいた時には既にエゼキールの融合は終わり、10メートル近い姿に進化していた。


「皆さん、上です!!」


 伝えたが遅かった、既に4本の触手が1人のジブリール隊員を掴み、引っ張りあげる。

 銃撃を一同が行うも、エゼキールの皮膚の硬度は増しており、ビクともせずに腹部の大きな口から捕食をした。


「たっ助けぇ──」


 隊員の断末魔が空を裂く、グロテスクどころじゃない、初めて捕食されるところを見た、何度も食われかけたことはあったが、奇跡的に助かっていたから。

 恐怖で足がすくんでいると、柊木が誓奈の手を引っ張る。


「今のうちに逃げるんだ、彼の死を無駄にするな!」


 副隊長はどうやら慣れている様子で誓奈を引っ張りながら走り出す。


「急げ、爆発まであと1分もないぞ!!」


 隊長の言葉も頭に入らない、捕食を終えたエゼキールはすぐに逃げた隊員達を追いかけるために地を這い出した。


「鉛に引き付けられるんじゃないの??」


 逃げながら小鳥遊がチラッと後ろを見る、すると先程並べた爆弾の4分の1程度がエゼキールの粘液に包まれて溶けかけており、小さいエゼキールがいくつも集っている。

 追ってくる合体したエゼキールはあの程度より人間の塊が栄養としては良いのだと判断したようだった。

 迫り来るエゼキールは口から粘液を弾丸のように吐き、着弾した場所は壁も床も真夏の氷にように溶けていく。

 そして吐き出された粘液によって落ちた天井が、隊長たちを追う誓奈と副隊長を阻むかのように、脱出経路までの道を塞いだ。


「くそっ、黒日隊員しっかりしろ!まだ生きる道はあるぞ!」


 柊木がそう言って振り返りながら見渡すが、迫りくるエゼキール以外はどこかへ逃げることもできなかった。

 誓奈も意識はあり、ランチャーを構えるが足が動かなくなっている。

──ここで死ぬんだ──

 今日こそ確信したその時、窓を突き破りながら外からあの少女……アサシンが現れた。


 アサシンは両手の拳銃型の武器で的確にエゼキールの体を狙うも、ダメージを与える気配はない。 


「ダメなの……じゃあ」


 飛び上がってエゼキールの粘液を避けながら、新たな弾を武器にこめて放つ姿は見ていて鮮やかだった。

 その弾丸はエゼキールに命中すると赤い炎を放ち、一瞬怯んだかにみえたが、攻撃を続ける。


「すごい…」


 誓奈が呟くとアサシンの少女はなぜかその声に反応した。

 その瞬間、ひねりながら避けるタイミングが一瞬遅れ、アサシンの右肩に粘液がかすり、何かが焼けるような音がした。


「くっっ……」


 肩をおさえながらアサシンは別の窓を破りながら外へ逃げた。

 するとエゼキールは彼女を追って窓の外へ出ていった。


「時間がない、あの窓から出るぞ……せーのっ!!!」


 副隊長の合図でともに外へ出た誓奈だったがその直後、爆発とともに起こった衝撃波で吹き飛ばされると副隊長と離れ離れになって、夜の闇に消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る