Episode3 初陣─The First Battle─


 晴れ渡る空の中、誓奈は朝早くランニングを行っている。

 寒すぎて萎える、そんなことを思っていた日があっただろう、それも2週間も前の出来事から変わるようになった。

 普通に生きていることの素晴らしさを、こんな年齢で実感するとは思わなかった。


 2週間前、佐島との問答によって特殊部隊に所属することを決めた誓奈は拘束を解除され、色々説明を受けた。

 入隊を決めてから1ヶ月間、研修期間として週5日間、銃火器を使ったトレーニングや運動訓練、特殊な自動車や飛行機の操縦訓練も受けさせられた。

 1ヶ月間はトレーニングのためだけじゃない、日常生活で機密情報を漏らさないか、漏らさないような人間かを観察される期間であり、常に誰かに監視されている。

 このランニングも自主トレーニングとして体力作りのために行っている。

 最初はヘトヘトだったが今では走るのが少しだけ気持ちいい。

 学校での生活も何事もなかったかにように過ごし、通っていた予備校は辞めてしまった。

 だが問題はない、話によると大学進学は『X.T.A.D』が様々な手を回し、高校3年12月までの平均偏差値前後のいくつかの大学の中から、自分の選んだ大学に入学できるようにしてくれるらしい。

 正直、少し嬉しかった。


 もうあと10分走って終わろう、そう考えながら走っていた時、待っていた信号の向こう側にある人物を見かけた。

──あの人は──

 顔が一瞬見えただけだが間違いない、以前駅でぶつかったあの人、そして私をトンネルで怪物から救ってくれたかもしれない人。

 一声かけて聞いてみたい、本当にあの人が助けてくれたのかどうかだけでも。

 信号に車さえ通っていなければ、無視して駆け寄っていたかもしれない。

 早く青になってくれ、心の中でもどかしく思っていた。

 その間にも男は遠く離れていき、路地裏の方の曲がり角を曲がって見えなくなってしまった。

同時に信号が変わり、ランニングコースを変更して男を追いかけた。

 男が曲がった曲がり角まで辿りき、男の行った方を見てみた。


「誰も……いない」


 思わず口に出してしまった、漫画のようなことが本当にあるのだと驚きながら。

 しばらく立ち尽くしていると、スマホからアラームが鳴りだした。

──まずっ、もうこんな時間じゃん──

 誓奈は親さえ起きていない時間にトレーニングしている、最初は夜にこっそり行っていたのだが、両親が怪しい集まりと勘違いしてしまったため、バレないような時間に走っている。

 男の行方が知れぬまま、家の方角に向かって最短距離で駆け抜けていく。



 あれから1ヶ月経った、あの怪物に襲われてから。

 今日はトレーニングではなく、正式入隊が決まる日だ、どこか心がソワソワしてしまう。

 東京駅に迎えの車がやってきて、群馬県の山の近くにある施設でトレーニングを行っていたのだが、今日はどうやら違うらしい。

 今日は千葉県の方にある一見ただの山に車で連れていかれた。

 実はX.T.A.Dの本部は山の中の地下に巨大な施設が日本国内の拠点だったのだ。

 いつこんな施設を建てたのだろう、と思っている。

 施設を建設してからこのようなカモフラージュをしても不自然になる、山の地下を空洞にくり抜いたように作られた施設は非常に強固である。

 施設内に着くと、佐島が待ち構えていた。


「ようやく研修期間を終えましたね、これであなたもようやく立派な『グロウブリゲイド』の仲間入りですね」


 『グロウブリゲイド』とはX.T.A.Dの中で戦闘などの特殊任務を行う組織だ。

 誓奈は『グロウブリゲイド』に所属するために今まで頑張ってきた、正式な所属を宣言され、少し落ち着く。

 佐島はすぐに誓奈は一室に案内し、ある説明を始めたいと言っていた。

 了承して佐島についていくと、映像を流せるスクリーンがある会議室に入り、中には自分と同い年くらいの青年が白衣姿で待っていた。


「あなたが正式に入隊したことで、ようやく話せますね、あの怪物について」


 佐島が誓奈の方を見て一言言うと、残りは任せたというように白衣の青年に目をやる。


「どうも、新入りの黒日誓奈隊員ですね、私はグロウブリゲイド戦術参謀長の秋水匠美しゅうすいたくみです、よろしくお願いします」

「よっ、よろしくお願いします!」


──えっ、私と同い年くらいなのに戦術参謀長??──

 どんな人生歩んだら彼のようになるのか不思議でならなかった、戦術参謀長が具体的に何をするのか分からないが、名前的に作戦立案とかする人っぽい。

 片手で握手をすると、誓奈を席につかせて秋水はモニターに映像を出して説明を始めた。


「あなたには今日、コズミックデーモンについてに説明をしたいと思っています。」

「コズミックデーモン??」

「宇宙から飛来した未知の生物、そして我々地球上の生命を捕食する侵略する生物の総称です、あなたも遭遇したと聞きましたよ」


 多分あのナメクジの化け物だと思った、あれをコズミックデーモンというのはいささか信じられないが、幽霊と違ってこの目で見ているからには納得せざるを得ない。


「コズミックデーモンは元々1つの集合体だった……だが今は分裂してそれぞれが個体として生き、生物を捕食することで力をつけている」

「コズミックデーモンって何が目的なんです?」

「これはあくまで予測ですが恐らく、再び1つの集合体に戻ることだと思います」


 疑問は尽きないが、それを制するように秋水は話し続ける。


「彼らはより多様な生物を捕食し、自らの養分にする、単純に栄養にする個体もあてば、食した生物の能力を得るものも、知識を得て学ぶ個体も…やつらは狡猾で残忍な生き物だ」

「じゃあ私を襲ったのは……」

「あなたを襲ったのはマラスクタイプのデーモンと聞いています」


──マラ…何タイプ??わけわかんない──

 誓奈は心の中の思いを押し殺すと、秋水はそれを見通したよう軽く笑う。


「マラスクは軟体動物のことです、デーモンには複数にタイプが存在しますから」


 淡々と説明する姿は佐島に似ているが、この青年は気持ちどこかが緩そうと感じた。


「デーモンは厄介なだけじゃない、どれだけ切り刻んでも数ミリいや、マイクロのサイズでも細胞が残れば再生することができる、そのため我々が確実にデーモンを殲滅する方法を考え、実行するのです」


 説明する際の彼の瞳はどこか遠くを見つめているようで、この場所なんて視界に入っていないようだった。



 誓奈は秋水からコズミックデーモンについて一定に説明を受け終え、次の場所へ佐島と移動した。


「次はあなたに所属してもらうチームのメンバーを紹介します」

「チームですか?」

「ええ、グロウブリゲイドには3つのチームが存在し、交代に勤務しています、あなたにはその1つ、唯一女性だけで構成された『チーム ミハイル』に所属していただきます」

「『チーム ミハイル』ですか?」


 佐島から説明を受けている間に『チーム ミハイル』のオフィスルームに着いた。

 部屋に入ると作業中だった5人の女性隊員が手を止め、佐島の目の前に一列に並んだ。


「武田さん、この方が今日から『チーム ミハイル』の正式所属になる黒日誓奈さんです」


 佐島が自己紹介を代弁してくれたので、誓奈は敬礼をしながら


「よろしくお願いします!」


と言うだけだった。


 すると1番背の高く、短めのポニーテールの大人っぽい女性が1歩前に踏み出して喋り出す。


「私は『チーム ミハイル』隊長の堀江美樹ほりえみきだ、よろしく」


 初めての敬礼同士の挨拶、すごく緊張した。


「あとは任せましたよ」


 佐島が堀江に全てを託して部屋から出ていく、これからこの人たちと、軍隊のような厳格な場所で働いていくのかと気を引き締めた。

 だがそれはどこか思い違いをしていた。


「いや〜佐島さんは厳しそうであたしの性にあわないな、さっきは堅苦しくやりすぎてゴメンね、ああしとかないと規則とか上下関係とか面倒でさ!」


 ファーストインプレッションをぶち壊す堀江の親しげな姿にびっくりし、急激な緩急の差に体が追いつけないで固まってしまう。


「隊長の大声で驚いたんじゃないですか?私は同じく『チーム ミハイル』の副隊長の柊木麻都香ひいらぎまどかだ、今後ともよろしく頼む」


 セミロングの髪型をしたこの柊木副隊長はイメージ的に、隊長より真面目で賢そうだった。


「はーい、同じく隊員の氷室雫ひむろしずくで〜す、よろしくね」

「同じく隊員の風見楓かざみかえでだよ、よろしく!」

「あなたより年下だけど、あたしの方が先輩な小鳥遊海友たかなしみゆよ、よろしく」


 落ち着いてふんわり系って感じの氷室さん、スポーツ系の姉御系の風見さん、自称年下らしい海友ちゃん(ちゃんって呼びたくなる)と心の中で記憶した。


 全員の自己紹介が終わると堀江隊長が誓奈の肩を叩く。


「ようこそ、『チーム ミハイル』へ!!」




 超個性的でユニークなチームミハイルに所属して1週間経って、ようやく外部へ出撃の仕事が始まった。

 作戦内容は東京都内西部に出現目撃があるコズミックデーモンの現地調査である。

 チームに所属してから初めての出撃、1週間で他のメンバーと多少コミュニケーションをとり、仲は良くなったと思う。

 でも、実際に自分の命が危険にさらされる仕事はなかった。

──気を引き締めていこう──

 そう思いながら全身を武装すると、以前トンネル出みた自動車に乗り込んだ。

──やっぱりグロウブリゲイドの車だったんだ──

 そう思いながら、もう何も驚かなくなった自分に謎の成長を感じる。

 そのまま車に乗っているといつもは気さくな隊長が真剣な顔になる。


「戦術参謀長からはとりあえず、広範囲エリアを外側から縮めていく形式で捜査してくれとのことだ、メンバーが6人になったため2人1組で行動する」


 真剣な隊長や、他の隊員のオーラにつられて自分もひりついた表情になる。


「私は海友と、麻都香は雫と、誓奈は楓と一緒に調査を行ってくれ」


 了解、全員で言うのとは別に自分自身の脳内で何度も再生する。



 また出たのか、少女は拳銃型の武器を手に持ち、少しため息をつく。

 街中でないだけマシかと思いながら、通信機器を胸ポケットにしまう。

私だけでまた終わらせてやる、そう決意する彼女の目は吹雪のように冷たい。



 誓奈は風見隊員とともに森の中を捜索している、風見隊員は面倒見がよく、サバサバしたところがあるスポーツ系という第一印象のままの人だった。

 入ったばかりの自分に手取り足取り教えてくれた、言わば誓奈の見守り係になっていた。

 年齢は25だが自分よりも体力もあり、友達のように接してくれるのが嬉しかった。


「異常があればすぐに伝えてよ、ちゃんとレーダーと目視交互にやってね!」

「はい」


 心臓の鼓動が痛いほど緊張している、互いの命を守りあうそれがどれほど大事なことか、身をもって感じているのだろう。

 するとある瞬間、何かがこっちを向いている気がした。


「誰だっ!!」


 気配のした方へ両手に持っている銃型の武器、『デモリッションランチャー』を構える。

 しかし、その場には何もおらず、気のせいのようだった。

──ビビらせないでよ──

 そう思って正面を見た時、突如足首を触手に掴まれ、引きずられた。

──まって、これあの時の──

 触手は半透明で以前の記憶が思い出される。


「何度も同じ手なんかに!!!」


 以前の自分は無力だった、だが今は違う。

ランチャーの弾を引きずられながら触手に向かって放った。

 弾丸が触手に命中すると、触手は誓奈の足を離し、引っ込んでいく。


「風見隊員、こちらにコズミックデーモンのような触手を発見しました、座標をそちらと隊長に送ります!」


 誓奈は立ち上がると、触手の引っ込んだ方へランチャーを構えながら走り出す。

 前回自分を襲ったやつと同じ系統かもしれない、そう思うと力が湧いてきた。

 復讐的な感情だけじゃない、自分が誰かを守るという使命が体を動かした。

 走っていくと、森の木々の間にを見つけることができた。

 以前と同じナメクジのような姿、大きさも以前出会ったものと同じだった。


「マラスクタイプ……死ねっ!!」


 叫びながらランチャーをチャージショットモードに変えて、強力な1発のエネルギーの弾丸をマラスクタイプのデーモンに放った。

 デーモンの体に命中すると、ダメージを与えた様子はあったが、少し怯んで体に穴が空いただけだった。

 すると空いた穴を一瞬で塞ぎ、触手をムチのように誓奈に向かって打ちつける。

 横に前転しながら避ける誓奈は今度こそ、倒すと言わんばかりにマシンガンモードに構えて狙いを定めたその時、背後から首を触手で掴まれた。


「うっ」


 構えていたランチャーの手を離し、首に巻き付く触手を両手で掴む。

──くっそ、どこから──

 触手の方を見ると背後から同じような見た目の、別のマラスクタイプのデーモンを見つけた。

──前と後ろに1体ずつなんて──

 触手を掴んでいると、前方のデーモンが半身を起きあげ、腹部の巨大な口を開きながら迫ってきた。


「嫌だ、このまま死にたくない!」


 そう思った瞬間、木の上から10発ほどの弾丸が前方のデーモンの体に突き刺さり、その後木の上から降りてきた人が1発撃ち込むとデーモンの体は青い炎で燃え上がった。

 背を向けているその人は美しい長い髪から女ということは理解できたが、誰だか分からない。

 その女の子は振り向きざまに誓奈を捕える触手を数発の弾丸で威嚇すると、触手を離させた。

──私も──

 そう思ってランチャーを取った誓奈だったが、構えた頃には既に後方のデーモンも青い炎で燃えていた。

 2体のデーモンを倒した1人の少女はチラッと誓奈の方を見る。

──か、かわいい──

 自分とあまり変わらない年齢だろう、けれど可愛くて強い子だった。

 2人を囲むように青い炎は燃え続けている。

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