Episode2 決断─Destiny─


 明かりも意味をなさない暗いトンネルの中、煙がモヤのように立ち籠っている。

 誓奈は立ち上がろうにも、恐怖の余韻が体を縛って動かなかった。

 自分を助けてくれた人がいる、その人に心当たりがあるものの、それ以上に助けられる前に聞いた言葉が引っかかった。


「希望を捨てるな……」


 聞いたことがある、遠い昔にどこかで、それがいつ頃かも思い出せない記憶の中で、なにかが引っかかっていた。

 男が去り煙も薄くなった頃、立ち上がると、絢可と話したバズッターの内容を思い出す。


「わ、私が見たのももしかして……あれ、本当だったんだ!」


 急いでスマホを取り出し、絢可が見せくれたツイートの投稿者のアカウントを調べた。


「アカウントが削除されてる……どうして?」


 この僅かな数時間の間で、例の都市伝説に関するツイートをした人のアカウントは全て削除、または停止になっている。


「ありえない、1人残らず全員同時なんて…」


 SNSのアカウントは人の迷惑になったり、犯罪だったりしないと消されることはない、それに運営側の審査期間もあるはずだ。

全員が同時に、それもただの都市伝説を呟いただけでアカウントが消されるなんてあるえるはずがないのだ。

 スマホをいじりながらゆっくりと倒れている自転車の方へ向かっていったその時、マイクロバスほどの大きさの黒い車が前方からやってきた。

──眩しっ──

 そう思うのも束の間、停車した車の中から全身武装をした者たちが5人ほど降りてきた。

5人全員がヘルメットを着用し、ミリタリーウェアと武器を装備している。顔はあまりよく見えず、男か女かも分からない。


「反応はすでに消滅しているが、2人は中の様子を確認、残る2人は周囲の様子を確認しろ」


 5人のうち1人のリーダーみたいなのが指示を出してる様子をトンネルから、誓奈は恐る恐る目撃していた。

 するとトンネル内に2人が入ってくると、真っ先に誓奈を発見した。

 誓奈を発見した2人のうち1人は、両手で持っている銃を誓奈に向ける。


「ひゃっっ!?」


 思わず変な声が出てしまっただけでなく、反射的に両手を上げてしまった。きっと映画やアニメを見てきて、こうするものだと体が覚えていたのだろう。

 銃を向けた人とは別の人は、腕時計で何かを確認している。


「その子に反応はない…人間だ」


 確認を終えた人が銃を向けた人に伝える、構えていた銃を下ろさせた。


「トンネル内で生存者1人発見、そちらに連れていきます、それとアフターケア部隊を要請お願いします」


 腕時計に向かって話しかける様子を見て、通信機器なのだろうと思った誓奈だが、とりあえず黙って、言われるがまま車の方へ連れていかれ、身動きが取れない状況になった。

 これからどうなるのだろう、と考えては不安だらけで震えていた。

 身柄が拘束されて1時間も経たないうちに別のワゴン車が1台、トンネル前にやってくる。

 今度は何だろうと怯えた誓奈だったが、ワゴン車から出てきたのは武装をしていないスーツを着た白髪の男の人だった。年齢は多分50代後半程度。

そして、その後ろにはスーツを着た、綺麗な女の人がついている。よくドラマで見るような美人秘書ではないのかと、勝手に想像してみたりする。

 白髪の男性は誓奈の近くまでくると、会釈をして話しかけてきた。


「どうも、今回は怖いを思いをしたね……助かって良かったです。」


 優しい口調で紳士的な態度に驚く誓奈だったが、この声にはどこか裏がありそうな気がする、そんな気がした。


「詳しいお話が聞きたいので是非とも、私たちの車に乗って着いてきていただきたい。ご両親にもお話をしてさしあげないと…」


 男性はどんどん話を続け、勝手に進ませている。

すると、横にいた女性が話を遮るように横から割って入ってきた。


「ごめんなさい、私たちこういうものなんだけれど…」


 そういって名刺を取りだし、誓奈に見せる。

どこの会社なのか、組織なのかもわからないが、名前を確認した。

──兵藤香ひょうどうかおるさんって名前なんだ、この人──綺麗な人だと驚いた矢先、女性は話を続ける。


「あなた…化け物に襲われたと思うのだけれど、その化け物について調査をするのが私たちのお仕事なの、辛いかもしれないけれど…よかったら協力してもらえないかしら?」


 先程の男性よりかは、こっちの女性の言葉の方が信用できた、あと美人だし。


「もちろん、保護者の方にも私たちから話をしておきます」


 女性の真剣な瞳と言葉に胸を打たれた誓奈は了承し、言われた通り車に乗り込んだ。

 そして車は発進し、どこかへ向かっていく。


「あの……それで、どこへ行くんですか?」


 怖がりながら尋ねてみた誓奈だったが、隣に座っていた兵藤は答える。


「私たちの本部です。安全な場所ですので安心してください」


 ほがらかな笑顔で返され、安堵の表情を浮かべた矢先、突如首元になにかの機械を当てられ、驚いた瞬間には体に電流のようなものが走り、気を失った。誓奈が気を失うと、兵藤は体を支える。

 運転をしていた白髪の男性は


「ようやくですか」


と言ってミラーで車内を確認した。


「まったく、兵藤くんはいつも情に流されて手間をかけますね、私ならさっきの現場で全て済ませていたのに」


口調が冷たいものに変わった男性は、兵藤に向かって説教じみた言葉をぶつける。


「彼女はまだ子どもですから……もう、怖い思いをしたんです、私たちがそれに重ねて言い詰めたら、可哀想でしょう」


哀れみとは違う、優しげな兵藤の言葉を聞いた男はため息をついた。


「手間をかけても意味はありませんよ、どうせ何もかものですから…変に気を遣う方がよっぽど残酷だ」


男の声は暗く、そして儚い夜に散っていく。



「──の基礎─値正常、その他も異常ありません」

「特定の異質パルス検知、直ちに連絡を!」

「基礎疾患等もないようです、各臓器問題なく機能しています」


 こんな言葉が聞こえてきた記憶がある、何人かの白衣を着た人を朧げに見た。

 それがなんなのか考える思考能力もない、まるで海に浮かぶ藻屑のように、何も考えず浮いているような感覚。

 そしてしばらくして私の目は覚めた、意識がはっきりした頃には不思議な椅子に両手両足の四肢と腰を縛られ、身動きが取れない状態だった。

──ここは…部屋の中?──

 刑事ドラマでみる取調室のような場所に、なぜ自分がいるのかが分からない。


「ようやく、お目覚めですか?」


 声の聞こえた方を見ると、そこにはあの白髪の男性が座っていた。

テーブルの上で腕を組んで待っていたと言わんばかりに。

 男性に姿を見て、誓奈は全てを思い出した。トンネルで起こったこと、目の前の人物のことをも。


「あなた、あなたはあの時の……やっぱり不審者っだたんですね、嘘つきっ!!」


 怒りで思わず大声を出したが、体は動かせない、誓奈は憎しみの目を男に向ける。


「ここに連れてきた手段については謝罪します……ですが私は嘘は一切ついておりません、私たちは昨日の化け物に対して調査をしているのですから」


 男の口調が以前とことなり高圧的なものな感じ、誓奈はどこか不快感を感じている。

 そんな誓奈を見ると男は話を続ける。


「お怒りかもしれませんが、あなたは私の言葉をしっかり聞かなくていけない、なぜならこれからあなたの人生を決めるのですから」

「私の……人…生?」

「ええ、あなたには自分自身で選択していただきます、それがになりますからね」


 まるで機械のように淡々と喋る男だが、その内容は似合わず重みを感じる。

 なんのことかと無言で必死に考える誓奈の顔を見た男は、ゆっくりと立ち上がった。


「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね、私は佐島光晴さとうみつはるといいます」


 佐島はジャケットの胸ポケットから名刺を出すと、誓奈に見えるようにデスクの上に置いた。


X.T.A.Dエクスタッド─JAPAN 調査長官 佐島光晴 』


 名刺に書いてある文字を読んでみたが、分からないことが多すぎて完全に把握することはできない。


「X……T.A.D?調査長官?」


 口に出してみてもまったくなんのことか理解できない誓奈は、ゆっくりと佐島の顔の方を見る。


X.T.A.Dエクスタッドとは正式名称を『eXtinct.Tactics.Against.the Disturber』と言います、あなたが昨日遭遇した怪物……覚えているでしょう?あの怪物たちについて調査・研究とともに、殲滅を目的とした国際機関です」


 あっ、と佐島の話で巨大なナメクジに似た怪物のこと、『X.T.A.D』という文字を兵藤という女性の名刺で見たことも。


「あの兵藤っていう人も……」

「ええ、兵藤さんは私と役職は微妙に違いますが、私の直轄の部下の1人です、話を戻しても?」


 素っ気ない態度で話を進める佐島は、誓奈に必要も無い返答を求めた。誓奈が小さく頷くとさらに話は続く。


「我々は国際機関といっても、公には発表されていない、極秘裏に活動する国家間の垣根を越えた組織です、そのため我々の存在は、一般人に知られてはならない…」


 感情を連想させない話し方のはずなのに、なぜか言葉に重みを感じている、それだけで本当の言葉なのだろうと肌に感じるほどに。


「しかしあなたは怪物にも、私たちにも遭遇してしまった……あなたをこのまま、帰すわけには行かなくなってしまいました」


 立ちながら横目で誓奈を見ていた佐島は、誓奈の様子を伺っている、まるで何か言われるのを待っているようだった。


「口封じ……ですか?」


 心当たりのある言葉を適当に尋ねてみる。

 大体こういう機密情報を漏らせば殺されるのがオチだ。

言った後になってから、徐々に自分の発言した言葉の恐ろしさを実感し始めた。急に全身から冷や汗がで出した。


「そのような物騒なことは致しません……ですが、あなたが秘密を必ず守るという保証はありませんので、

??」

「我々には特殊な技術がありまして、一定期間の記憶を消去・書き換えることができるのです、この技術を使えばあなたが怪物に出会った恐怖体験も、我々の存在を知ったことも忘れさせることができます」


──そんな事本当に可能なのだろうか──

 口には出さなかったが、誓奈は驚きを隠せない。きっと表情にも出ていたのだろう、様子を確認した佐島は横目で見るのをやめ、壁の方を見ながら話を続けた。


「しかし、人の記憶は曖昧なものです、なにかふとしたきっかけで思い出してしまうかもしれません……そこで我々は該当の記憶だけでなく、いくつか多めに記憶を飛ばしています」

「多め……ですか?」

「ええ、例えばトンネル内で怪物に遭遇し、我々を知ったあなたの記憶……ピンポイントでそれらを忘れさせることに加え、予備校に通っていたこと、両親や友人のこと、あなたがこの街に住んでいたことさえも忘れさせ、あなたには新たな環境で暮らしていただきます」

「そっ…そんな!!」


 思っていたのと違った、要するに何もかも忘れさせられてしまうのだ、今まで生きてきた自分を否定されるのと変わらない。


「でも、急に私がいなくなったら友だちたちは不思議がりますよね?」


 抜け道はないかと、そう思っての質問だった。


「ご安心を、あなたに関わった人たちにも同じような記憶改変を行えます、僅かに覚えている人もあなたに関する記憶を消失するでしょう」


 こんなの最悪だ、ただ偶然変な怪物に遭遇したせいで何もかも忘れなくてはいけないなんて嫌だ。

 確かに怪物は怖かったけれど、たったそれだけで10何年も生きた自分の人生が失われてしまうのは、あまりにも残酷すぎる。

 言葉にならない絶望が体中から湧き出る、自分の不幸に対する嘆きは留まる事を知らない。


「しかし、あなたには特別にそれ以外の方法をとる選択肢がある」


 絶望に打ちひしがられていた誓奈は驚き、それを待っていたかのように佐島は彼女の方を見て話し出した。


「あなたは運がいい、身体検査によってあなたは少し特別であることが判明したのですから」


 なんのことを言っているのか全く分からない、どう考えても自分は不運だ、それなのにこの目の前の男は運がいいとか言っている。


「我々X.T.A.Dにはあの怪物たちの殲滅を目的とする特殊部隊が存在します、あなたも私と出会う前に遭遇しましたね?」


 そう言われると全身武装した5人ほどの人たちがいた、自分に銃を向けてきて、保護してくれた人達が。


「あなたには彼らの部隊に入隊する資格があります、希望すればあなたを入隊させることができます」


──何を言ってんだこの人──

 さっきまで記憶がどうこう言ってたのに、急に違う話をされて意図が掴めない。


「あなたが入隊を希望した場合、記憶改変は行わずに現在の環境で暮らしていただくことになります」


 そんなことが可能なのかと驚いた、絶望の中で一筋の光明を見つけた気がする。

正直、今まで受験勉強で嫌だ思っていたのがバカバカしいくらい、友達や家族のことを忘れるのが辛くて辛くてたまらなかった。


「もちろん危険な任務が多いです、いつ命を落としてしまうかも分からない……記憶を消される方か、今のまま戦う方か今のあなたには選択肢はどちらかです」


 それを決めるのはあなただ、と言うような目で佐藤は誓奈を見つめ続ける。

 あんな化け物と戦うのは怖くもあるが、記憶を消されることへの絶望がなぜか勝っている。

それだけじゃない、誰かを守ることができる、自分のような人を生まないためという正義感が自分を後押しした。


「で、でもこういうことは保護者の許可みたいなのがいるんじゃ…私まだ未成年ですし……


 心が傾きかけたバランスを保つために質問をしてみる。


「あなたはいくつですか?」

「今は17です…」

「ではもう1年も経たずに成人じゃないですか、それにあなたが記憶を消す場合、早急に消去したい…保護者の許可など必要ありません」


 なぜか説得力を感じる、傾いた心をより傾かせるような発言に聞こえ、遂に返答をした。


「──います……戦います!私が入隊して、あの怪物と戦います!!」

「本当ですか?」

「はっ、はい!!」

「そうですか、では説明と書類にサインをしていただく必要があるので、あなたの拘束を解かせていただきますのでしばらくお待ちください」


 佐島は誓奈に背を向けると、ニヤリと笑いながら部屋から出ていった。


 佐島が部屋から出ると、兵藤が両腕を組みながら待っていた。


「佐島さんも随分と手間をかけるじゃないですか?」

「私のは必要な手段ですよ、極限の空腹の目の前に食べ物が現れれば、食いついてしまうものですよ、生き物は」


 そう言い残した佐島はその場を去る、佐島がいなくなってから兵藤は一言。


「あなたの方がよっぽど残酷ですよ……」


 管理室のモニターには誓奈の拘束具が外れて、ホッとしている様子がずっと流れている。

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