Episode1 始まり─Paradise Lost─
学校にいるのに全然楽しくない。
東京都内にある私立
受験まで1年を切った日くらいから、友達と遊ぶ回数は減り、予備校に通う日々が続くと学校では疲れてぐったりしている。
「誓奈どーしたの?最近あんま元気ないじゃん」
休み時間に自分の席に座っていると同じクラスの友達の
「なんか自分もみんなも勉強モードオン的な感じでさ、前よりあんま楽しくないなって思って……」
力のない誓奈の声を聞いた絢可は分かる分かるという顔をし、頷く。
「マジ、それな。ウチなんかさ、春休み入るまではダイジョーブだと思って全然してないし」
絢可は持ち前の明るい笑顔を誓奈に向け、誓奈を励まそうとする。
──勉強してないって、絶対嘘じゃん──
誓奈は数日前、参考書を買おうと思って駅前の書店に向かった所、絢可が参考書を選んでいる所を見た事がる。
それに加え、大体勉強していないって言うのは予防線だと、短い人生経験からでも結論は出ている。
「ねえ絢可、なんか面白い話ないの?」
話題を変えるために適当な話題を振ってみた誓奈だったが、すぐに何かを思いついたような絢可は喋りだした。
「最近バズッターでさ、ウケる都市伝説があったんだよ!」
「都市伝説?」
「そそ!なんかウチらが寝ている時間に化け物がでてきて、それを倒すハンター的なのがいるってヤツだった気する」
──なにその雑なゲームみたいな設定──
誓奈は心の中で少し冷めた気持ちで聞いていたが、絢可があまりにも楽しそうに話すので興味ありげなフリをしていた。
「ほらっ、この人のバズッターのツイート読んでみてよ!」
自分のためにわざわざ調べて見せてくれた絢可のスマホの画面を言われたように見てみることにした。
そのツイートにはまるで本当のことかのような文章がいくつも書かれている。
「『私たちの住む社会の裏の話』、『最近多い不自然死や行方不明者は人を襲う化け物のせい』、『化け物退治の専門家が存在する』……」
──なんだこれ、なにかの漫画かアニメ?──
21世紀の情報社会でこんな嘘八百なこと言う人がいるのだと誓奈はある意味関心してしまっていた。
案の定その人のツイートへのリプライには誹謗中傷のような内容が多かった。しかし、その中にも一部の人たちが同調しているのを見つけてさらに驚く。
「これ不思議なのがさ、証拠ないのに目撃した人とかもいるらしいんだよねー。カメラで撮っちゃえよって思わない?」
笑いながら言う絢可の言葉はもっともだが、ここで同調すれば低次元な会話で終わってしまうと考え、少し賢ぶったことを話し出した。
「最近確かによく分かんない事件とか多いから、なにかのせいにしたいんじゃない?ほら、魔女狩り的なさ」
すまし顔で話す誓奈だったが、既に次の授業の先生が教室内に到着していることに気づくと、2人は急いで授業準備をした。
学校帰り電車の中で誓奈はスマホでSNSをチェックしていた。
誰かが面白い画像や動画をアップロードしていないか、いわゆるネットサーフィンをしている最中、絢可の見せてくれたあの話をふと思い出した。
──化け物退治ね…暇つぶしにはいいかな──
なんとなく思い立ったことだったが、あの休み時間の続きを行っているようで、誓奈にとっては予備校に行くまでの気分を晴らすには丁度よかっただろう。
予備校の最寄り駅に着いた誓奈は改札を出るとあの 時を、あの男とぶつかった時を思い出していた。
いつもくだらないことは忘れるのに、どうしてあの出来事が忘れないのか不思議でならない。
あの日がというわけでも、この場所がというわけでもなく、あの人を赤の他人でもない何かに感じたことがずっと引っかかっている。
まるで忘れていたことを思い出しそうな、あと少しで足りないものが見つけられそうな気がしていた。
ぼんやりとした人の群れをしばらく見ていた誓奈だったが、スマホのバイブ音で突如現実に引き戻された。
──また、どうでもいいニュースの通知じゃん。せっかく感傷的な気分だったのに──
スマホの通知の正体はインストールしているアプリのニュースだ。
ニュースの内容は
『首都近郊でキャンプ中の家族4人、行方不明』
というものだった。
それよりも誓奈は時刻を見て驚きながらも、急いで予備校に向かった。
冬は日が暮れるのが早く、17時をすぎた頃にはもう既に黒色の世界に染まっている。
都内の中でも人口が少ない西部のガソリンスタンドでは、たまにくる客にサービスをするための従業員が2人働いている。
1人はベテランの60代のおじさん、もう1人は20代のアルバイトの青年だった。
「今日も誰もこないですね、ここももう閉業すればいいんじゃないですか?」
「バカヤロー!ここがなくなったら小遣い稼げねえだろ、大体お前も働く場所がなくなるだろうが」
青年のボヤキにおじさんがツッコミを入れるのが日常となり、なんだかんだ言って仲がいい2人だった。
2人はガソリンスタンドの待機室でテレビを見ていると例の『首都近郊でキャンプ中の家族4人、行方不明』のニュースが流れていた。
「なんだよ、このニュースのキャンプ場なんて、ここからそんな遠くねぇじゃねぇかよ……ったく物騒だな」
「迷っちゃったんですかね……子どもだけなら誘拐とかかもしんないですけど」
テレビを見ながら世間話をしていると、おじさんの方が部屋の隅に置いてあるタイヤに目をやる。
「お前そこの廃タイヤ、裏の倉庫まで持ってっとっけよ、邪魔で仕方ねえ」
「えーっ…そんなー、倉庫の中パンパンじゃないっすか」
「根性でなんとかいれろや、ほらとっとと持ってけっ」
「………はーい」
青年はとても嫌そうな顔をしながら先輩従業員の命令に従う。
駄々をこねても結局やることになるのは自分だ、だからとっとと終わらせてはやく休みたいと考えているのだ。
しかし青年も人格者として完成されてはいない、本人は無自覚に気分を逆撫ですることを言う癖がある。
「倉庫の中のあの変なタンクさせ処分すればだいぶ広くなんのに、もう……」
案の定この言葉はおじさんの耳に止まる。
「前から言ってんだろ、あれは下手に処分できねえ危険なもんなんだよ。口動かすより、はやく体動かしやがれ!!」
怒鳴り声が部屋に響きわたり、青年は急いでタイヤを抱えて倉庫に向かう。この季節に加え、先程まで室内にいたのでより寒く感じる。
倉庫の鍵を開け、中にタイヤを運び込んでいると、倉庫の床が濡れているのに気づいた。
独特の臭いと滑りそうになったことから、すぐに原因はガソリンだと気づいた青年は、倉庫内を確かめた。
「どっかから漏れてるんじゃないか?」
ゆっくり見渡すと倉庫の奥の方で不思議な影を発見し、恐る恐る青年が近寄る。
影からは心拍音のような音が聞こえ、影から1メートルほどのところでその正体を見た。
「うっ、うわあ──」
倉庫内から聞こえた悲鳴、そしてそれを最後に青年の声は聞こえなくなった。
倉庫からの悲鳴が聞こえたおじさんは呆れた顔で倉庫にやってきた。
どうせ中でこけたか、倉庫の物を倒したかと思っていた。からかい半分、助けてやろうという気持ち半分で向かってみると倉庫内を確かめる。
「ちっ、懐中電灯も持っていかなかったのかよあいつ」
おじさんはポケットの中のミニ懐中電灯を使って倉庫の中を照らした。
「おーーい、何やらかしたんだ、返事しろー!」
いつもだったら元気に返事をしそうな青年の声が一切聞こえない。
もう一度呼んでも見たが反応がないため、おじさんは足を踏み入れた。
踏み入れた途端、床が何かで濡れており、それが何かを察した。
「あいつ、まさかあれをぶちまけやがったのか!」
おじさんは急いで片手で自分の口と鼻を覆うと急いで奥の方へ行き、動く影を見つけた。
「おめえさっきから呼んでんだろ、返事しやがれ!とんでもねぇもん、ぶちまけやがっ…て……」
怒りながら影に近づいたおじさんは、そのおぞましい姿を見てそれが青年ではないことに気づいた。
「ばっばばば…ば…ばけもんっ!!!」
おじさんは化け物の存在に気づき、急いで背を向けて走り出す。しかし、影から半透明な触手が伸びるとおじさんの腰に巻き付き、一瞬で影の中へ取り込まれていった。
誓奈は予備校終わりの帰る時、自転車のタイヤの空気がほとんどないことに気づいた。
──うわっ!嘘でしょ、ついてないな──
誓奈は自転車の空気を入れる場所は、予備校から自宅までの道にあるショッピングモールにしかないと知っている。
「そこまで押していくっきゃないよね…」
ただでさえ予備校の勉強で疲れているのにこんな仕打ちはあんまりだと思う。
自転車がある限り、親に車で迎えにきてもらうわけにも行かない。
どうしようもない敗北感を感じたような気がしたが、ゆくうりと自転車を押して歩き出した。
自転車を漕いでいるとただの早送りのような景色も、静止画のように鮮明で、夜遅いこともあって少し怖いかもしれない。
いつも通るトンネルの目の前までくると、突如怪しい風を感じる。
夜中で暗いだけなのに、背筋がゾッとするような感覚、なにかが待ち伏せているような恐怖が心に生まれている。
凄くイヤな感じだ、行きも通ってきたはずなのにまるで心霊スポットかのような禍々しい感じだ。
──ここを今通ってはいけない──
誓奈の直感がそう言っている気がしてトンネルに足を踏み入れた瞬間、足を止めた。
「遠回りになるけど…やめとこ」
小さい声で呟きながら戻ろうとした時、突如左足首に何かを掴まれた。
「なっ、何これ??」
その瞬間、突如足首に掴まったものに引っ張られ、引きずられながらトンネル内に引き込まれた。
「ちょっ……だっ、誰か助けてぇーー!!」
精一杯叫んだ、多分体育祭の応援より、音楽でやらされる合唱よりも大きい声をお腹から叫んだ。
けれどこのトンネルは車も人もあまり通らず、周囲数十メートル内に住宅はない、誰もいるはずはなかった。
引きずられながら足元を見てみると、半透明の触手が足首に巻きついて自分を引っ張っている。
そして急に速度が遅くなったため、引っ張られていた方を見てみるとそこには恐ろしいものが佇んでいた。
およそ5メートルほどのナメクジのような体に、触手が何本か生えており、全身がクラゲのようにブヨブヨしている。
──これがもしかして、噂の怪物なんじゃ──
ゆっくりと地を這うような動きで引っ張った誓奈を待ち構え、誓奈が近づくと体の半分を起こし、腹部にある巨大な口を開いて捕食しようとしていた。
半身を起こす姿はまるで四足歩行の動物が立ち上がるような様だろう。
誓奈は引きずられながら体を左右に動かし、助けを求めるが何も起こらない。
必死に暴れていた誓奈は突如、あることが頭に浮かんだ。
──私、死ぬのかな。いっそこのまま死ねば楽に──
急に頭に浮かんだことを考えると抵抗する気が失せた。
「もう、ダメ……」
自然にこの言葉が口から出たその時、突如何者かの声が聞こえた。
「希望を捨てるな!こんなところで無駄死にするな、生きろ!!」
その直後、眩い光が怪物に向かって飛んでいき、命中したと同時に怪物の断末魔が響き渡る。
光が命中して数秒で怪物の体は小爆発し、砂のように肉体が滅んでいき、同時に誓奈を掴んでいた触手も消滅する。
小爆発によって生じた煙であまり周囲が見えない中、光が放たれた方向を見ると誰かの後ろ姿がぼんやりと見えた。
どこか懐かしいような、安心感を感じる後ろ姿、顔も見えないのにあの人だと感じた。
あの時、駅で自分とぶつかった男の人に違いないと確信した。
そうであって欲しいという願いも含まれていたが、なぜかそう信じられたのだ。
しかし、確かめることはできなかった。自分自身助かったことで精一杯だったのもある。
何より、後ろ姿を見せたその人は誓奈が瞬きをして目を凝らした時には既に、その場から居なくなっていたのだから。
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