第13話

 「これは全て、真実である」

 国王が宣言した。


 「違う!違う違う!私は悪くない!!」

 ホールに、嗄れた声が響いた。声を遮断する魔法を解かれたリアンの声だった。

 「何が違う」

 ジルベールがリアンを睨む。

 「私は悪くない!私は捨てられた!私は王子を護った!私が護ったのよ!!」

 「お前に護られた覚えはない」

 「どうして!?どうしてどうしてどうして!!」

 錯乱するリアンを、近衛兵が取り押さえる。

 「連れて行け」

 国王の冷たい声に近衛兵たちが頷き、泣き喚くリアンが連れ出された。


 「シンリーン男爵」

 続けられる声に、男爵夫妻はビクリとその身を縮こまらせる。

 「我は言ったはずだ。予言を盲信することなかれと。疑い、信じず、聞かなかったと思い、二人の子を違わず愛せと。予言は、万が一にも双子の月を喪うことの無いようにと聞かせたのだと」

 「わ、わたく、しは……」

 「虐待は罪である」

 重い言葉が落ちた。


 「マリー」

 王妃の労りを忍ばせた呼び声に、マリアンナが、頷く。

 そして、群衆に背中を向けた。

 おろしていた髪をたくし上げる。晒された背中には、無数の鞭打ちの跡が残されていた。


 「なんてひどい……」

 「我が子にこんなことを……?」

 「悪魔だ……」


 驚愕に声を抑えられず、人々はこの跡を刻んだ夫人を睨みつけた。

 「元よりほとんど見えていなかったこの目、この耳。失ったことは悔いていません。けれど、この醜い体一つを持って王家に嫁ぐこと、申し訳なく思います」

 あぁと嘆く声がする。涙を堪えられぬ者の声がする。

 「いいや、君は何よりも美しい」

 王子がマリアンナを抱きしめた。


 「シンリーン男爵及び夫人」

 国王が、二人を呼ぶ。

 「は、はい……」

 「本日を持って爵位を返上とし、一月の蟄居の後、囚人房の雑夫として檻の中で終身勤めることを命ず」

 「そ、そんな!私はマリアンナの実父です!ご慈悲を!マリー!慈悲を!!」

 見えていないマリアンナだが、すがる手を避けるように一歩足を引いた。

 「ふざけないで!」

 声を荒らげたのは王妃である。

 「あなたたちなんて、マリアンナの親ではないわ。金輪際、マリアンナに近付くことは許さない」

 強い声に、男爵夫妻がガクリと頭を垂れた。

 「連れて行け」

 トボトボと兵に連れられて、男爵夫妻が出ていく。マリアンナは掛ける言葉が一つも浮かばず、ジルベールを見上げた。

 「自分を責めている?」

 「いいえ、違うの。悲しくもなんともないし、終わったなとしか思えなくて」

 「それでいいんだよ」

 「そう、ね。それでいいのよね」

 二人は微笑みあった。


 「皆は、罪の全てを見届けたと思う」

 国王の言葉に、ざわめいていた場が静まる。

 「これは、男爵夫妻だけの罪にあらず、予言を違えるのを恐れた王家の罪でもある」

 「違います!」

 思わずマリアンナが口を挟むが、国王は優しく微笑み首を振った。

 「そして王家の罪とは国の罪である。我らは我が身可愛さに予言にある者たちに全てを託し、魔王と戦わせ、多くの消えない傷をその者たちに背負わせた」

 はっとした人もいる。納得が行かぬという顔をした者もいる。

 「我らは、これを忘れず、予言に準じた者たちの幸福のために生きねばならない。アンナマリアもまた、被害者である」

 この言葉には、ほとんどの者が眉を顰めた。性悪な本性を散々見せ付けられて、あの女を被害者と思える者はここにはいなかった。

 「一面において加害者である者が、一面において被害者であることは多くある。アンナマリアは【精霊姫爵】を剥奪の上、一月の蟄居、終身を修道院に寄せることとする」

 殺せという声は上がらなかった。国として熟しているこの王国では、極刑は殺人者にのみ適応される。しかし、ホールにいる貴族たちに、納得し難い感情を残す沙汰となった。


 「そしてもう一つ、みなに見届けてほしいことがある」

 国王が手を上げると、召使の一人が歩み寄り恭しく一つの瓶を捧げた。国王がその瓶を手に取り、中身をグラスに移す。

 「マリアンナ、これを飲みなさい」

 「まさかこれは……」

 映像の中で、チラリと妙薬との言葉が出ていたのをマリアンナは思い出した。

 「飲みなさい」

 「ですが」

 「マリー、もうグラスに注いでしまった。効力は薄れていく」

 ジルベールに諭され、慌ててマリアンナはグラスに口をつけ、一気に呷った。


 変化は目まぐるしく、光がマリアンナの体よりい出て、ぐるぐると彼女を取り囲む。

 まるで繭のように包まれたかと思うと、パンっと弾けた。


 「あっ……」

 微笑むジルベールが見えた。

 「やっぱり、左目だけか」

 「でも、あなたが見えるわ」

 まじないの効力により失った右目は戻ってこなかった。しかし、辛うじて失っていなかった左目の視力、そして左耳の聴力は取り戻した。

 「傷跡も、消えていてよ」

 寄り添いあい、今にもキスしそうな二人に王妃が声を掛けた。

 「母上!」

 「お、王妃様!」

 ジルベールのは非難の声だが、マリアンナのは歓喜の声だった。突然抱きついてきたマリアンナを抱きとめ、王妃はその背をポンポンと叩いた。

 「疵があったとしても、構わなかった。でも、あなたはそれを恥じてしまう。これで何も恥じることなく、私の娘になってくれるわね?」

 眼底が湿るのを我慢できず、マリアンナは涙を零した。

 「急ではあるが、半月後に婚約式を、その一月後に結婚式を執り行う!」

 国王の宣言に、ホールから割れんばかりの拍手が巻き起こった。




 自宅であるのに始終監視が付く生活に、苛立ちリアンが声を荒らげた。

 「どうしてあいつがギルバートの隣に居たのよ!」

 「リア!やめて!全て報告されるのよ!!」

 「知ったものか!どうせあんたたちの牢役も!私の修道院送りも変わらないわよ!!」

 リアンは精霊の力を使えなくなっていた。いや、そもそも精霊や妖精を視ることも出来なくなっていた。

 「私は確かにフェルノー伯爵の元に養子に出したのだ……それがなぜ……」

 男爵が頭を抱える。

 「それならば簡単に説明ができるな」

 監視員が突然口を開いた。

 「なに?」

 「俺の名は、クリス・フェルノー。アンタが取引したフェルノー伯爵の息子だ」

 誰も口を挟まなかった。

 「俺の家は代々、悪名に隠れて王家の密命を遂行する家系だ。まぁ、今回のことで明るみに出たから、今後は表立ってやっていくことになったがな。親父は養子縁組したその足で届けを王家に提出し、受理された直後に姫さんをベルデ伯爵家へ養子に出したのさ」

 「なぜそんな回りくどいことをした?ベルデ伯爵は、フェルノー伯爵と契約した直後に我が家にやってきて散々喚き散らして帰っていったのだぞ?」

 疲れきった声で男爵が尋ねる。

 「そんなん、アンタらをだまくらかすために決まってんだろ?あくどい親父に渡した後に、正義感の塊みたいなベルデ伯爵が来たら、その後まさか橋渡しするみたいに養子縁組するなんてアンタは思いもしないだろ?」

 「ああ、まぁ、そうだな……」

 娘に怯え、それどころではなかった。邪魔な方の娘を排除出来て、あと少し我慢すればこの恐ろしい娘も王家に行って、平穏になると思っていた。


 「ドレスは?」

 リアンが、クリスを睨みつけ聞く。

 「ドレスがなんだ?あの娼婦みてぇなドレスのことか?それとも姫さんの美しいドレスのことか?」

 「娼婦ですって!?」

 「ありゃ娼婦だろ。すぐにボロンと乳を出せそうなほどの上に、しゃがんだらパンツ拝めそうな短ぇスカート。あんなん着るのは娼婦ぐらいのもんだ。どこのオートクチュールでもテメェのデザインは断られただろ?娼婦の為のドレスなんざ、作るクチュールはいねぇよ。テメェのドレスを拵えたのは、姫さんに裁縫の仕方を無償で教えて、姫さんを大切にしてた下町の仕立て職人だ。姫さんをさんざっぱら虐めたテメェに復讐するために、職人はあの娼婦ドレスを拵えたんだよ」

 今更知った事実に、リアンは眉根に皺を寄せ、憤怒の表情を見せた。

 「禁色のドレスを仕立てようとしていることを王家に伝えたのは、テメェが最初にデザインを持ち込んだ王妃さま御用達のオートクチュールだ。そのまま、ドレスを色もデザインも変更して仕立て直した。王家は色を決めた段階でテメェら以外の招待客全員に、ドレスの色についての手紙をしたためたんだよ。テメェが素直に緑のドレスを着てくりゃ、せめて娼婦姫なんて渾名はつけられないですんだろうな」

 「しょ、しょ、娼婦姫!?」

 リアンは叫んだ。

 「ずっと軟禁されてたから知らねぇか。もうテメェを精霊姫なんて呼ぶやつは、市井にもいねぇよ。あぁそうだ、テメェが売っぱらっちまった王妃さまのドレスな、きちんとウチのもんが回収してるが、テメェにゃ本来窃盗罪がついてっからな」

 「どうして!?私が貰ったものを私が売ったのよ!?それの何が罪だと言うの!?」

 「テメェはどうも、認識が自分の望むように歪んじまうんだな。思い出せよ、王妃は金がねぇからドレスを作れねぇと言い喚くテメェに、ドレスお貸しくださったんだ。パーティーが終わったら返却しなくちゃ行けなかったんだよ。王妃さまの慈悲に感謝しろよ?戻ってきたから沙汰にはしないと言ってくださったから、テメェは修道院行きで済んでんだ。慈悲がなけりゃテメェは今頃罪人の証を刻まれ、親父共と一緒に牢の中で雑婦だ。若いテメェなんざ、即座にマワサレちまうだろうよ」

 両親が、己のその手に刻まれた罪人の証を見つめる。


 「今頃姫さんは婚約式だ。大人しくしてろよ。本当だったらあんたら、王子がこっそり……」

 あとの言葉は続けず、歯から息をもらし「シッ」と音を出しながら、親指で首を切る動作をした。

 「それだけ恨みを買ってんだ。王家の理性と慈悲であんたらの命は保たれている」

 三人はその日その後、一言も言葉を発しなかった。

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