第11話

 「双子の予言は、文が入り乱れて告げられることが多い」


 国王が手をかざすと、控えていた魔術師たちが中空に魔法を展開する。そこには、予言の文言が浮かび上がった。




   双子の月が生まれた



   片月は世界を愛し安寧を齎す



   片月は生み星から引き剥がされる


   しかし片月は不幸を打ち砕き


   片月は世界に愛される


   片月は太陽を護る


   片月は世界を救う


   片月は太陽に愛される




   片月は幸福のうちに育つ


   片月は光を失う


   片月は傲慢にも全てを欲する


   片月は太陽を愛す


   しかし片月は世界に見放され全てを失う


   片月は全てを受け入れる




   片月は砕けて星となる




 「これは、予言そのままの順である。そのままに読めば、双子の一人が精霊に愛され、世界を救い、王太子を護り、世界を救い、王太子に見初められるとなる。そしてもう一人は目を患い、貪欲であり、王太子を愛すがその貪欲ゆえに全てを失い、市井に落ちるとなる。


 だがこれは、誤りである」


 国王が指をかざすと、文字がさらさらと消え〈片月は生み星から引き剥がされる〉の一文だけが残った。

 そしてその一文の横に、映像が立体的に浮かび上がる。


 『こっちにしましょ』

 『そんな適当でいいのか?』

 二人の赤子をベットに無造作に置いた男女が、片一方を指差し話し合っている――




 「こっちにしましょ」

 生まれて半月の双子は、ふっくらとは言えない頬で、琥珀色の瞳で見つめ合い、互いの小さな手を掴み合い、あぶあぶと話し合うかのように声を上げていた。

 「そんな適当でいいのか?」

 「いいわよ。私から引き剥がされたほうが、世界を救うんでしょ?どちらが正解とかじゃないわ。私から引き剥がされた方が正解なのよ」

 「まぁ確かにそうか。それで、こっちはどうする?」

 「全部失う子よ?乳母を雇いましょ。育ったら召使にでもすればいいわ。頃合いを見て高く誰かに売りつけましょ」

 「そうだな」




 本当に腹を痛めて産んだ子なのか、避難の目が男爵夫妻へと向かう。

 「ま、まやかしだ!」

 慌てた男爵の弁明の声に、近衛兵が剣を突き付けた。

 「シンリーン男爵夫妻をここへ」

 引っ立てるように、男爵夫妻が国王たちのいる玉座の前へ進まされる。

 「男爵は我が魔法をまやかしと言うか」

 「あっ、いやっ、それは……」

 「これは、屋敷に宿る精霊に記憶を借りたものだ。他にも、人や、妖精に、記憶を借りた。今はみなに続きを見せよう」


 〈片月は生み星から引き剥がされる〉の文面の下に先ほどとは順序の違う〈片月は幸福のうちに育つ〉が浮かび上がる。


 『まぁ、可愛い!なんて可愛い子なの!』

 『あぁ、本当に…かわいいな』

 リアンの義両親が浮かび上がり、赤子を抱き締め頬ずりをしている。

 『子を産めない私に、こんな素敵な贈り物があるなんて』

 『だが、いずれはお返ししなければいけない子だぞ……』

 『それでもいいわ。いっぱい、懸命に愛しましょ』

 『そうだな』

 記憶を早めるように、場面が変わっていく。おしめをあたふたと替える義両親、立ち上がったのを喜ぶ姿、初めての発語に涙する姿、転んで怪我したのを心配する姿。

 そのうち、子供が天に腕を伸ばす姿に替わる。


 中空に浮かんだ文字に〈片月は世界に愛される〉の文字が追加された。


 「世界とは、精霊や妖精、この世界を形作るもののことを言う」

 国王が、手を振ると、また一文足される。


 ――それは〈片月は傲慢にも全てを欲する〉――


 少女が何かに語りかけている。

 『どうせ今頃、先に生まれただけのあいつは、美味しいご飯を食べて素敵な服を着ているのよ!なんで私ばっかりこんな田舎で酷い目に合わないといけないの!!』

 田舎には不釣り合いの、愛らしい服を着た少女が頭のリボンをむしり取り、投げ捨てた。

 『姉から全部、そうよ、全部奪い取ってやるわ!』


 『ごめんなさいお母様、せっかくつくってくれたリボン……なくしてしまったの……』

 『あらあらいいのよ、リアン。また素敵な生地を買って、もっともっとあなたに似合うリボンを作りましょうね』

 『ありがとうお母様!だーいすき!』


 ホールにいる人々が、叫ぶリアンを奇異の目で見つめる。

 リアンは、魔術によって声を封じられていた。


 そして、そこにまた一文足される。

 〈片月は世界を救う〉

 出ない声を張り上げ、リアンがその文を指差して何かを訴えかけた。


 映像は、リアンが精霊を宿す姿を映していた。そしてその場面は移り変わる。

 一文が足された。

 〈しかし片月は世界に見放され……〉


 『もう少し、精霊を宿して置くことはできないのですか?』

 アルバートの諌める声に、リアンは鬼の形相で近くにあったものを投げつける。慣れたようにそれを躱すアルバート。何度も同じような目に合っているのが伺い知れた。

 『うるさいうるさいうるさい!無理なもんは無理なの!精霊が呪われてんのよ!まずそれを解きなさいよ!そしたらずっとつけててやるわよ!』

 『呪われてはいないと何度言えば』

 『呪われてなかったら、こんなに痛いわけないじゃない!』

 『……それはお前が……』

 『なによ!!』

 『いえ。このままでは、ギルバート殿下の負担が大き過ぎるのです』

 『あんたが代ればいいでしょ!』

 『……わかりました』


 『もうだめだな。世界は彼女を見放したのだ』

 ベッドで荒い息を吐きながら、ギルバートがそう呟いた。

 『やはり、無理にでもあの女を置いて疾駆けで帰るべきでした』

 『今更言っても遅い。最終的にこの判断を下してしまったのは僕でもあるしな。なんとか耐えよう』

 『妙薬は……』

 王子が首を振る。

 『私も受け持ちます。受け持ってすぐ馬で疾駆け、町で休めば少しは体力も持ちましょう』

 『精霊を視ることが出来るものがもう何人かいればよかったのだが……』

 『私同様、ほんの少し親和性を持つものが数名おります。視えるのは私だけですが、なんとかいたしましょう』

 『ああ』


 そこで一度映像が消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る