第10話
「王太子殿下並びに、ベルデ伯爵家令嬢マリアンナさまご入場!」
息を呑むような静寂。ジルベールが右手を上げた途端に、割れんばかりの拍手が巻き起こり、ジルベールに促されマリアンナは足を1歩踏み出した。
ほとんど見えていないため、ジルベールにしっかりと掴まり、共に階段を降りる。
「どうして!?」
甲高い悲鳴が響いた。しかし、その声を無かったことにしてジルベールは口を開いた。
「今宵、みなに紹介したい。長年愛を育み、結婚を誓い、出兵の際は気丈に送り出してくれた我が愛しの婚約者、マリアンナ・ベルデを」
促されマリアンナがお辞儀をすると、拍手とともに疑問を乗せたざわめきが起こる。
「彼女との出会いは五年前に遡る」
中央にアルベールと数名の騎士が詰めている。魔法が展開されているのを確認し、ジルベールは言葉を続けた。壁際では、ひっそりと近衛兵たちが男爵夫妻を囲んだ。
「図書館で必死に医学書の文字を追う彼女を見つけた。貴族の、しかも子女が医学書とはと、関心を抱いた」
当時、すでに視力の悪化が始まっていたマリアンナは眼鏡を持っておらず、庶民向けの図書館に唯一存在した医学書を齧り付くように読みふけっていた。その姿を思い出してジルベールは柔らかく微笑む。
「後日、今度は農学書を読みふけっていた。別の日は哲学書を、また別の日は歴史書を。なんて勤勉な方なのかと、興味は尽きなかった」
ジルベールが顔を向けた気配を感じ、マリアンナはジルベールに笑顔を向けた。
微笑み合う二人は、まさに相思相愛であり、夢見がちな令嬢たちがほぅっと息を吐いた。
「突然、お声がけをいただきました。その方は『そんなに本に顔を近付けては目が悪くなってしまうよ』と」
「『すでに悪いので仕方がないのです』と返されたね」
「はい」
「それから、色々な事を話した。彼女は図書館で本の読み聞かせを行っていてね。私も子供たちと一緒にいつも聞いていた」
「男の子たちと寝転がって私の拙い読み聞かせを聞いてくださっているのが、まさか王太子殿下とは思い付きもいたしませんでした」
「私は、魔法で姿を変えていた。知れば知るほど、私はマリアンナに惹かれずにはいられなかった。でも、どんなに愛を囁いても彼女はつれない」
「例えどんなに姿を変えていても、高貴さは滲み出ておられました。当時の私は男爵家の長女、お応えするわけにはいかないと、この想いは胸に秘めることにしたのです」
「あれ?つまり君も随分昔から僕のことを愛してくれていたんだね!なんて嬉しいことだろう!」
思わず素を出しはしゃいだジルベールがマリアンナを抱えてまるでダンスを踊るかのようにくるりと回った。
「ギルバートさま!」
「あぁ、すまない」
初々しく戯れ合う二人に、昔を思い出した紳士や貴婦人たちがパートナーと寄り添い合う。
「彼女はいつも懸命だった。城下の市場では有名でな。健気で買い物上手。思わず手助けしたくなると」
「この国を国王陛下と王妃殿下、王太子殿下、臣民を支える貴族のみなさま方が豊かに導いて下さっているからこそ、民は健やかであり、私にもその優しさを分けてくださるのです」
「と、このように天使の心で持って私だけでは飽き足らず、民の心をも鷲掴みにしたということだ」
「ギルバートさま」
「ふふ。彼女は、召使のいない男爵家で、料理、掃除、洗濯に明け暮れながらも空いた時間を必死に勉強に費やす素晴らしい人だ。愛さずにはいられない。この長年の愛を実らせてくれたのは、皮肉にも魔王討伐だった」
「お話を聞いたとき、心が凍るほどの恐怖を味わいました。どうしても行かなければならないのか、行かずに済む方法はないのか、聞きたかった……」
「でも君は何も聞かず、私の帰りを待つと言ってくれた」
「私は……」
「彼女は、右目を失っている」
ハッと息を呑む声がホールにいくつも上がった。欠損のある貴族子女は結婚せずに家にあるか、修道院に入るのが習わしである。
「私は、ギルバートさまを少しでも助けたかったのです」
「彼女は、身代わりのまじないをこっそりと私に刻んだ。そして私が魔王に殺されかけたその時、まじないは発動した」
多くの人で溢れかえるホールに、王子の声だけが響いた。そこに、カツリとヒールの音が加わる。
「まじないが発動するその瞬間、私はマリアンナとともにいたのよ」
王妃が、王子の反対側からマリアンナを支えるように手を添えた。
「凄まじかった……何かが弾ける音がしたの……それが、マリアンナの右目が弾ける音だった……助けたくとも、障壁がマリアンナの周りを渦巻いて、近付くことが出来なかった」
思い出す王妃の声が、自然と震えた。
「風が吹き荒れて、そばにあったもの全てが舞い上がりマリアンナを取り巻いて……やっと収まった風に、マリアンナに近寄ると、右目からは大量の血が…流れて……、右目は無くなり落ち窪んでいた……」
どうっと倒れ付す音がした。あまりの悲惨な話に、気の弱い令嬢が一人、気を失って倒れたのだ。
急いで駆けつけた救護兵によって、令嬢は運び出された。
「そうなってやっと我々は、予言に確信を抱いたのだ」
力強い国王の声が、令嬢が倒れたことによりざわついていたホールの浮つきをびたりと止めた。
「本来は得秘される、一つの予言を、ここに公開する」
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