第8話

 ジェイドの訪れと共に詳細を知った王族三人が怒りにその顔を歪めた。

 「だからもうマリーを連れ出してしまおうって言ったのよ!!」

 王妃は錯乱したかのように声を荒らげた。

 「わかっているだろう…例え王族であっても、いや、我らは王族であるからこそ、法を遵守しなければならない……」

 王の言葉に、わかっていても納得しきれず王妃がわなわなと震える。

 「アンナマリア様が怒り狂った原因は、己が得ると思っていた栄誉や報奨があまりにも想像と乖離していたためと思われます」

 解呪師と治癒師に壊疽しかけた手の治療を受けつつ、ジェイドが報告する。

 「そうだとしても、あれ以上の報奨を与えることなど出来ん。魔王討伐の功労者は多い。アレは己と王太子のみが予言されたかのように勘違いしている。いくら説明しても理解せぬというではないか。そもそもあれで順当な報奨だ。命を賭して大きな活躍をした者たちが多くいる。与えてしまえば、取り上げることは出来ない。本来、アレが醜聞を起こせば取り上げることも出来ようが、アレでもマリアンナの妹だ。醜聞は彼女の傷、輿入れの邪魔となる。揉み消すしかない」

 魔王誕生に際し、多くの予言も生まれた。

 魔を滅する太陽、太陽を護る片月、世界を救う片月、太陽を助ける赤星、星々を救う青星、世界を導く銀湾……他にも数々の予言が読まれ、そして予言された人々が大地を民を、世界を救った。何故かリアンは太陽と月だけが予言された存在だと思い込んでいる。

 リアンは精霊姫として知られている。自らそう喧伝して回ったためだ。

 平民として不遇の幼少期を過ごした貴族の姫。妖精に愛されし娘。世界を救う運命の乙女。

 民衆を味方に付け、大々的に旅立ったのだ。そして実際に世界を救い、太陽の王子と共に戻ってきた。

 本当は先に返したかった。予言が正しく解読されてからは尚の事、リアンと共にあるのは危険とも言えた。精霊を連れた行きは確かに功績と言えるが、帰りは王子たちの負担を増やしただけである。旅の最後には、精霊を受け入れることが出来なくなっていたのだ。

 リアンさえいなければ精霊をジルベールとアルベール、他に親和性の高い騎士数名で負担しつつ、馬を乗り換え疾駆けで帰ることが出来た。

 しかし、無理にリアンが残ったせいで馬車でゆっくりと一日一日町に泊まりながら進むしかなかった。そのせいでただでさえ魔王との戦闘で傷付き、癒えきっていないジルベールの精神と肉体は摩耗していく。

 政治的な意味に置いては、リアンが前評判ほど役に立たなかったことをアピールする為に、ジルベール達軍営に置いては、負担を軽減するためにもリアンを先に返したかった。

 しかし、怒りで何をするかわからないほどに強い癇癪持ちのリアンをうまく操ることができるものは居らず、また、まだ家から出ていないマリアンナに怒りの矛先が向くのを恐れて同行を許してしまった。

 せめてジルベールの体調が良ければ、少しは思考誘導することも出来ただろうが、呪詛を解呪するために気力を使い果たしていた状態で、リアンを上手く操ることが出来なかった。

 全てが悪手であったと皆が項垂れる。

 事実、マリアンナはさらに傷付き、目覚めの報告はまだ来ていない。

 「今すぐ、伯爵をシンリーン家に向かわせましょう」

 ジルベールが強く握った手に血を滲ませ、地を這うほどに低い声で言った。

 「この夜中にか」

 父親の声に静かに頷く。

 「この夜中にだからこそです。ジェイドたちを伯爵の手の者であったという事にしましょう」

 「……そうか、そういうことだな。わかった。すぐに彼等を」

 王の声に応え、控えていた文官が部屋を出た。


 「流石にもう、我慢の限界です」

 「そうよ。家族を守らなくちゃ」

 「マリアンナの醜聞となるぞ」

 「醜聞から守ることこそ、家族になる僕達の使命では?」

 「そうだな……うまいシナリオを考えよう」

 「そうよそうよ!あなたの書くお話、私大好き!」

 「カっ、カトリーヌ!」

 「父上、僕も知っています」

 「なっ!?ジルも!?」

 仕切り直すように咳払いをした国王は、マリアンナのために、何をなすべきか最善を話し合った。



 シンリーン男爵夫妻は、イライラと歩き回るリアンをたまに宥めては睨みつけられ、ヒッと息を飲み震えることしか出来ないでいた。

 「……ッチ!いったいどこに連れて行ったっていうの……」

 庭師に担がれ連れ出されたマリアンナの行方がわからず、リアンは苛立ちを更に募らせた。

 使用人の部屋を一つ一つ検めたにも関わらず、マリアンナが見つからなかったのだ。

 この夜中に屋敷の外に出たのはあの時リアンからマリアンナを引き剥がした執事と付き添って去って行ったメイドの二人だと、良く言う事を聞くよう飼い慣らしたメイドから聞いている。昏倒していたマリアンナを連れ出した様子は無いとのことだった。

 「結果的に居なくなったのだから良かったじゃない、ね?」

 母親の言葉に、リアンは鬼の形相をぶつける。

 「アレは、家のどこかに隠れているだけよ……?敷地内にいるの……。追い出せていない……アレをさっさと追放しないと、みんな不幸になるのに……そう、アレが……アレが……」

 リアンの周りを黒い靄が渦巻く。それは、少しずつ量を増やし、リアンを覆い尽くさんとするかのようだった。

 恐ろしい、この子は本当に世界に愛された娘なのか?父親はこの時はじめて、己の思い込みに疑問を持った。だが、その事をすぐに頭から放念してしまう事態が起きた。


 恐る恐る執事がシンリーン男爵に声をかけた。

 「旦那様……、フェルノー伯爵様がいらっしゃいました……」

 「なっ!?この時間に?な、なんだというのだ……」

 男爵は慌てて執事にフェルノー伯爵を応接間に通すように指示を出すと、乱れた服を正し、妻と怒り狂う娘に応接間に来ぬよう言い含め、フェルノー伯爵を出迎えるため歩を進めた。

 流石に日を改めるようお願いしても良かったのだが、男爵はこの恐ろしい娘から離れる理由が欲しく、フェルノー伯爵の訪れに喜んで飛びついたのである。


 「夜分の出迎え、感謝しよう」

 応接間でソファに優雅に腰掛けていた老紳士が男爵の登場に、座したまま声をかけた。

 優雅にカップの紅茶を一口飲み、フェルノー伯爵が口を開いた。

 「私の趣味は、仲介人から聞き及びだと思うが」

 冷徹な瞳が男爵を見据える。趣味、それはつまりマリアンナを欲した二人の人物のうち、彼女を養子とし"可愛がりたい"と話を持ちかけてきた人物であると、男爵は気付いた。

 「そ、それはもちろん」

 「ふむ」

 震えながら答えた小太りの男に、フェルノー伯爵は自身の顎に蓄えた立派な髭を弄びながら口を開く。

 「多少の古傷は鑑賞する楽しみにもなる。しかし、新たな傷を、ましてや私が楽しむ前にこれ以上壊されては困る」

 嗜虐的な笑みで、ナイフのように冷たい声を出した。

 「な、なんのことやら」

 「大きな買い物をしようというのだ。子飼いの者に、商品価値があるのか見定めるよう言い渡してあった。しかし、先程ソレが慌てて帰ってきて、こう申したのだ。『このままでは旦那様のお楽しみになる前におもちゃが壊れる』とな。それは困る。せっかく久々に手に入れられそうな上質な玩具だ。いい加減さっさとこの手にしたい」

 マリアンナを貰い受けたいと強く申し出ていた二家のうち、後で問題にならないであろうフェルノー伯爵家。

 フェルノー伯爵は残忍な嗜虐趣味を持ち、様々な女で遊んできたが、そろそろ王家の目が厳しくなってきた。故に、最後に養女として上質な貴族の娘を迎え"可愛がる"腹づもりなのだ。

 どうせ全てに見放され砕ける運命の娘ならば、男爵家のマリアンナに対する仕打ちごと隠し受け持ってくれるフェルノー伯爵は売ってつけの相手であった。

 リアンが激高している今、渡りに船とも言えた。

 「さ、流石は伯爵!いや、申し訳ない、娘が少しやりすぎてしまいましてな。な、なに、それほど酷い怪我でもありませんので十分楽しめるかと」

 「それならばいいが……」

 「もちろんですとも!!」

 「では、早々に契約をしようではないか。ずっと前から待ち焦がれ、準備をしていたのだ」

 伯爵が手を上げると、そばに控えていた従僕がニ枚の書類をテーブルに置いた。

 それは養子縁組の手続き用紙と、養子縁組に対する契約書であった。

 「こちらは、説明するまでもないな。署名を。こちらには前に話した通りの金額を今までの教育費として支払う旨が書いてある。他にも、我が養女に私が何をしても、養女がどうなろうとも男爵家は関わりがないということが記載されておる。君たちに迷惑をかけるわけにはいかぬからな。確認したまえ」

 伯爵の冷たく絡みつくような視線に身を凍らせ、男爵は素早く書類に目を通すと、二枚共に署名をした。伯爵はそれを受け取り、満足げに頷く。

 「今日は魔導具を持ち合わせていない故、後日半書をお渡ししよう」

 一つの書類を複雑に二つに分ける魔導具があり、分かたれた書類を半書という。

 ニ枚を重ねないと判読が出来なくなるため、万が一半書の片方が人の手に渡っても、もう片方を破棄してしまえば秘密は漏れない。機密契約に用いられる契約手法であった。

 わざわざ半書にする契約では無いはずだが、男爵はその事実に気付かなかった。本当であれば、同じ内容の契約書2枚に、互いにサインするだけでいいはずなのだ。仄暗い契約であることが、半書を用いる契約に違和感を抱かせなかったのかもしれない。

 「それで、我が養女はどこかね?早速連れ帰りたいのだが」

 「そ、それが……」

 「見つけられていないのか。まぁいい、子飼いはあれだけではない。私の下僕が君の娘から上手く隠したのだろう。使用人棟に案内したまえ。あぁ、男爵は構わんよ、どれか召使を。夜分に失礼したね、見つけ次第持ち帰らせていただくから、見送りは結構」

 伯爵の威厳に圧され、男爵は従僕の一人を呼ぶことしか出来なかった。悠々と去っていく伯爵の背を見詰め、安堵なのか、ほぅっと一つ息を吐いた。


しかしその一時間後、マリアンナを望んだうちの一家、ベルデ伯爵が王家の騎士を伴い来訪し、その対応に追われた男爵は黄色い太陽を拝む羽目になった。

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