第7話

 リアンの癇癪はあまりにも酷いものだった。


 凱旋パレードは、民が”アンナマリア”を賛称する声で溢れていたが、叙勲式、凱旋パーティーはリアンにとって最悪だった。

 父が公爵位を得て、リアンは褒章を賜り、ギルバートとの婚約が発表されるのだと思っていた。しかし、父親は爵位を賜ることは無く、リアンが受けたのは一代爵位。名誉爵位として”アンナマリア”のためだけに用意された【精霊姫爵】。

 しかし、順位は無いに等しく、他の一代爵位である武勲を立てたものに送られる【騎士爵】、商いによって地位を築き国家に多大な貢献をしたものに与えられる【準男爵位】。それらと同等であった。決して納得できるものではない。勿論、すぐにギルバートと結婚するリアンには必要ないかもしれないが、この世界を救った彼女に対して与えるにしてはあまりにも爵位が低すぎた。

 その場で国王に問いただせば、不敬であると宰相に咎められる。将来父親になる人間に、「どうして?」と聞いただけなのに。とリアンは余計に不満を募らせた。

 その場では宰相に従い、静かに下がった。粛々と叙勲式は進み、リアンの後は特に問題もなく叙勲式は終わってしまった。国王と王妃、その後ろにギルバートが続いて退出するのを見送る羽目になり、リアンは強く歯を嚙み締めた。

 叙勲式で婚約を発表するのは確かにおかしいかもしれない。婚約発表などの祝い事はパーティーでするものだ。

 陞爵されなかった父親が、シンリーン男爵家のために用意された控室で喚きたて母親と言い合っているのを尻目に、リアンは冷静にそう考えた。

 しかし、凱旋パーティーでもギルバートとリアンの婚約が発表されることはなく、リアンはあのボロボロの男爵家に帰された。


 リアンが得たものは、【精霊姫爵】位、王都近郊の慎ましい別荘一棟、豪遊しなければ暮らしていけるだけの報奨金だった。



 「マリー!マリーはどこよ!!」

 怒りのまま、リアンは二階へとあがる。

 「おやめくださいアンナマリア様!マリアンナ様はすでにご就寝であらせられます!」

 リアン付きのメイドが必死に声を掛けるが、怒りが具現化しパチパチと小さな雷を纏っているリアンに近づくことは出来ずにいた。

 今までは屋根裏部屋で暮らしていたマリアンナであったが、王家より執事やメイドが派遣されるにあたり、屋根裏暮らしをさせていることは醜聞になると考えた両親により、二階に部屋を与えられていた。

 しかしマリアンナはその部屋は一度しか使わず、今でも屋根裏部屋で寝起きしている。何故かといえば、屋根裏部屋へは梯子を使わなければ立ち入ることが叶わず、両親が怒鳴りこもうにも登ることが出来ないからだった。一度言われるがままに部屋を移ったせいで夜中に母親に叩き起こされ、癇癪の標的にされてから、決してその部屋を使わないようにしていた。

 マリアンナの部屋になったのは、元々はリアンが衣裳部屋として使っていた部屋であったため、リアンは帰ってきて早々メイドを使って部屋を元通り衣裳部屋に直させた。

 「出てきなさいよ!!」

 壁を叩く強い音が響いた。

 屋根裏部屋でレース編みをしていたマリアンナは急いでレースを仕舞う。元々ほぼ表舞台には出させてもらえていなかったマリアンナだが、今日の叙勲式と凱旋パーティーは目を患っていることを理由に不参加にさせられていた。

 マリアンナも、不測の事態が起こるのを怖がり、家で大人しくしていた。

 「な、なにかしら?」

 梯子の上から声をかけると、リアンが鬼の形相でマリアンナを睨みつけた。もしもマリアンナの目が見えていたら、今よりもっと警戒出来ていたかもしれない。

 「見下ろしてないで降りてきなさいよ!!」

 「み、見下ろしているつもりはないわ。もう夜も遅いのだし、用件を聞かせてくれないかしら」

 「いいからさっさと降りてきて!!」

 話が通じなさそうな気配を察知して、マリアンナはそっと梯子に手をかけた。視力を失っているため、慎重に降りていると急に足を掴まれ引き倒される。


 「きゃあー!!!!」


 響いた叫び声は、メイドのものだった。

 マリアンナは咄嗟に手で頭を庇ったが、そのせいで肘と指、腰を強打した。

 「あ、あ……」

 痛みに喘ぎ、息を詰まらせたマリアンナを血走った目をしたリアンが足蹴にした。

 「あんたが!あんたが不吉な月なせいであたしまで不幸になってんのよ!?」

 ドレスを着たままのリアンが、痛みで動くことが出来ないでいるマリアンナに圧し掛かり、首元を掴んだ。

 「さっさと砕けなさいよ!さっさとあたしの目の前から消えて!!」


 「おやめください!おやめください!アンナマリア様!マリアンナ様が死んでしまいます!」

 「だれか!だれかアンナマリア様を止めて!!」


 メイドの叫び声に、執事や庭師などの男たちが駆けつける。パチパチと小さな雷を纏っているリアンに向かって一人の執事が手を伸ばした。その瞬間、一際大きく火花が散った。執事は痛みに耐え、そのままリアンとマリアンナを引き剝がす。

 庭師がマリアンナを急いで担ぎあげ、メイドがその背中を支え逃げ去った。それを見届けて執事がリアンから手を放す。リアンを掴んでいた手は焼け爛れ、引き攣れを起こしていた。


 「何事だ!!」


 今更になって両親とその世話をしていた使用人たちが駆けつけると、怒りで血管が切れ、白目が赤く染まり渦巻く魔力によって髪が逆立ったリアンと、手を抑えて蹲る執事と震えるメイドがいるだけだった。

 「な、何があったのだ」

 リアンのあまりの様子に、リアンと同じように今日のことで憤っていたはずの父親はその怒りを忘れ息を呑んだ。

 「……お父様のせいよ。そうよ、お父様とお母様がいけないのよ」

 地を這うような声に、母親が後退る。

 「アレは不幸そのものなのよ?アレは世界から愛されないの。太陽にも愛されない。見放されて全部失って砕ける運命なのよ?それなのに、お父様とお母様が見放さないから……未だにこの家に置いてなんているから、アレの不幸に私たちまで巻き込まれるのよ……そうよ。ねぇ、そうだと思わない、おとうさま、おかあさま」

 白目を赤く染めたリアンに見詰められ、両親はただこくこくと頷いた。

 「アレはさっさと追い出しましょ?そうでないと、私たち親子まで不幸になってしまうもの。ふふ……」

 「そ、そうね」

 母親が声を絞り出す。

 「ふふふ、ふふ。良かった。私、これで幸せになれるわ」



 「早く、王家に使いを出して!!こんな…こんなこともう見てられないわ!!」

 使用人用の離れに担ぎ込まれたマリアンナを寝かせ、強打した部分を診ながらメイドが叫んだ。マリアンナは痛みで朦朧としており、熱も出始めていた。部屋の外で待機している庭師は、悔しさに眉根を強く寄せた。

 「報告はする……だが、今マリアンナ様をこのまま連れ出すことは出来ない……」

 「分かってる!分かってるわよ!!」

 メイドが怒鳴りながらマリアンナの体を癒していく。このメイドは王家から派遣された治癒師であり、体に多くの不調を抱えているマリアンナを少しでも回復させるためにメイドのふりをしてマリアンナ付きとして来ていた。しかし、リアンが帰ってきたその日に、彼女の我が儘でリアン付きに変更されてしまっていた。

 「あの禿狸がさっさとマリアンナ様を養子に出してくれればこんなこと起らなかったのに!!」

 治癒師メイドの怒りは収まらない。やっとマリアンナが強打した部分を癒すと、ネグリジェを着せる。熱は治まっていないが、その熱もあってかマリアンナは眠りに落ちていた。

 「ミリー、入っていい?」

 部屋の外から声をかけたのは、先ほど執事とともに残っていたメイドだった。

 「レベッカ?えぇ、治療も終わったから入っていいわよ」

 「ジェイドの治療をしてほしいの」

 入って来た執事であるジェイドの手を見て治癒師ミリーは驚いた。

 「やだ!さっきの今でもう壊疽しかけてる!?」

 急いで座らせ、手の治癒を始める。

 「これ、応急処置しかできない。怨嗟が渦巻いてる……すぐに王城の解呪師に診てもらって。早めに対処しないと、手が使えなくなるわ」

 「それは困るな」

 まったく困った風には見えないジェイドの返しに、ミリーは呆れたようにため息をついた。

 「あなた、騎士でしょ!本当に困るんだから!」

 「レベッカ、すぐに王城に連絡を入れて。カイン…は万が一のために残っていて欲しいけど……」

 廊下から様子を見ていた庭師のカインがベッドに寝ているマリアンナを見詰める。

 「勿論だ」

 レベッカが伝達の魔法で紙でできた鳥を飛ばす。

 「ねぇ、マリアンナ様は大丈夫なの?ジェイドがこんな状態なのよ?マリアンナ様にも怨嗟が憑いているんじゃないの?マリアンナ様は連れて行かなくていいの??」

 ミリーは発熱により紅い頬をしたマリアンナをもう一度診る。

 「大丈夫、マリアンナ様には怨嗟は取り巻いていないわ。それに、今マリアンナ様をこの家から私達が独断で出すことは出来ないわ……」

 苦悩に満ちた顔で、ミリーがマリアンナを見詰める。

 どうにもならないことが沢山ある。

 王家に仕える彼らは、苦しい息を吐いた。

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