第6話

 リアンは不幸だった。

 貴族に生まれついたのに小さな村の村長の家に貰われた。長閑といえば聞こえがいいが娯楽の一つもない村で、まるで腫れ物に触るかのように扱われた。

 「まぁリアン素敵ね」

 偽物の母親が商人から購入した新しい服を着たリアンを見て笑う。こんな服、きっと都会の人々から見れば安くて趣味の悪いものに違いない。それでもリアンは笑顔で答えた。

 「ありがとうおかあさま!わたし、このふくとってもきにいったわ!」

 偽物の両親が、都会から来た洗練された男と話しているのを聞いてしまっていた。リアンは両親の子供ではないことを。いずれ世界を救う聖女であることを。いつも目の前を飛ぶ妖精達にどういうことか聞けば、答えはすぐに帰ってきた。

 予言された娘。太陽を助けるための存在。親と離された子供。予言に翻弄されしもの。

 両親からの愛を感じることが出来なかった理由を知った。いずれ、旅立ち、戻らない娘を愛する親がいるだろうか。血も繋がらず、時が来るまでと預けられた子を。

 村の子供たちが走り回る傍ら、わざわざリアンのために雇われたカヴァネスが礼儀作法から勉学、食事のマナーや話術を叩きこんでくる。ピアノだって、本当ならばこんな田舎にはあるはずもないのに、リアンには必要だからと貴族から下げ渡されたものを使っていた。五日に一度はダンス講師がやってきて、更地でダンスの練習をさせられた。村の子供たちはそんなリアンを遠巻きにする。友達なんて出来るはずもなかった。話しかけてきても、ピアノが弾きたいとか、ダンスを教えてとか、リアンの持ち物に対する興味であったり、リアンは素敵ね、リアンは綺麗だねというおべっかばかり。話をしても、片田舎のプライマリースクールで勉強をしている程度の子供たちとは頭の出来が違い、合うわけもない。

 「ねぇみてリアン。この生地でリボンを作ったら、きっとそのお洋服によく合うわ」

 「まぁほんとうねおかあさま!できあがるのがたのしみ!」

 偽物の母親がうっすらとぎこちなく微笑んで裁縫箱を手にする。

 本当であれば、お屋敷でドレスを選んでいるはずだ。リボンだってこんな女が手作りするものではなく、きちんとした職人が作った素晴らしいものが簡単に手に入るはず。

 それを全て、生まれる順番が早かっただけの姉が手に入れているらしい。

 とても憎かった。


 リアンは不幸だった。

 村に、白馬に乗った見目麗しい男が現れ、リアンを見出した時、その男が王子であり、リアンを連れて行くのだと知ったとき、あぁ私は物語の主人公だったのだと、幸福だと思った。しかし、すぐに不幸であることを知った。

 リアンを連れ出してくれた王子さまは、リアンをボロボロの屋敷に置いて居なくなった。そのボロ屋敷はリアンの本当の両親のものだと知って、リアンはショックを受けた。父親は大きなお腹に禿げ上がった頭。言葉を発すれば悪臭が漂い、村の偽物の父親と比べるのもおこがましいほどに頭の悪い男だった。母親も似たようなもので、白い絵の具を塗りたくった様な顔に、むりやりコルセットで絞ったのだろうがそれでもはち切れそうな体。キンキンと耳に障る高音で捲し立てる様は、たまに村に降りてくる猿の様だった。

 (こんなのが本当の両親だというの?)

 これならば村にいる偽物の両親のほうが数段マシだとリアンは思った。村長である父親は村一番の美丈夫で、体躯も逞しく、村民たちに尊敬されていたし、母親は落ち着いた声と優しい性格であり、村の女衆のまとめ役をしていた。才気煥発な村長と才色兼備な妻は美男美女夫婦として有名だった。

 紹介された姉は、確かにリアンと瓜二つであったが、顔に生気はなく瘦せ細り、か細い声で小言を言う。両親がこんなであったから、憎くとも顔の似ている姉に少しは気を許そうと思っていたのだが、愛称で呼ぶことも許されず、話しかけても無視をされた。

 王様からリアンのためにお金をもらっているはずなのに「うちは貧乏だから」などといって、掃除も洗濯も料理も姉がやっていた。

 そんなこと、リアンですらやったことがない。リアンの偽の母親は、いつだって「リアンはお稽古が沢山あるんだもの。手伝いなんてしなくていいのよ。水仕事なんてしてあなたのこの奇麗な手が荒れてしまってはお母さんは悲しくなってしまうわ」と言って、リアンの手をとり、そっと撫でてくれたものだ。

 母親に聞けば、友達もいない姉には家事をすることが趣味らしく、両親がどんなにそんなことはしなくていい、メイドを雇うといっても聞かないと言われ、リアンはそれを信じた。

 「ばーか」

 リアンはなんとなく床を拭いている姉に声をかけてみた。姉は反応を示さない。

 (聞こえてるくせに、無視?気持ちわる……)

 しかし、メイドは雇っておらず、料理やリアンの着替えは姉にやらせるしかないため、リアンは我慢することにした。

 アンナマリアという名前も気に食わなかった。マリアンナと名前が似すぎているし、彼女の名前をもじって、二つに分け前後を入れ替えただけだ。元々の「リアン」という名前も「マリアンナ」の名前の真ん中部分だと気付いて余計に気分が悪くなった。


 リアンは不幸だった。

 一目惚れをした王子さまは何故かリアンに冷たい。ここに連れてきた張本人なのに!リアンは不満で仕方がなかった。

 討伐遠征のために王城に呼ばれることがあった。どのような行程になるか、何を持っていくのか、どんなことをするのか。話し合いは多岐にわたった。ドレスや宝石を所望すれば鼻で笑われた。


 「でも、お父様が精霊姫は美しく着飾ることも仕事だって言っていたわ」

 話し合いの後に設けられたお茶の席でリアンの友人となるべく集められた令嬢たちにそういえば、みんながリアンを肯定してくれた。

 「男性にはその重要性が理解できていないのですわ」

 「こんなに美しいアンナマリア様がご尊顔をお見せになって下されば、不安な毎日を送る民たちも心安らぎましょう」

 父親と同じことを言う令嬢たち。あの頭の悪い父親の言うことだから、もしかして……と思っていたリアンだが、友人たちの言葉に自分が間違っていなかったことを確信した。そして次の話し合いの時には、群衆への顔見せ用の衣装を作ることが決定された。リアンは間違っていないのに、ギルバートは褒めてくれない。

 家に帰ると、姉が厨房から出てきたところだった。

 「お帰りなさい。今日は奮発して牛フィレのステーキよ」

 なんて馬鹿な姉だろう。

 「どうして!?私、明日採寸があるって言ったじゃない!お肉料理なんて食べるわけないでしょ!!サラダメインにして頂戴!」

 「あ……ごめんなさい。わかったわ」

 チラ見した厨房には臭みを取るためにハーブを揉みこんだであろう牛肉があった。これが王城だったら、臭み取りなんてする必要もない極上の牛肉が用意されているだろうにと思うと、我が身の不幸さをさらに嘆きたくなるリアンだった。

 早く討伐に行って、さっさと帰ってきて王子と結婚したかった。そうすれば、幸せになれるとリアンは信じていた。




 「どうして!?せっかくここまできたのに、なんで私が待機なのよ!!」

 魔王の住む森近くの村で、リアンは手に持っていたストールをベッドに投げつけた。

 「あなたの役目は依り代であることだと、説明しました」

 旅の御付のアルバートがため息をつく。

 「だからこそ、あたしが森まで行くんでしょ!?」

 「ここからはギルバート殿下に宿り魔王の元へ向かうと説明しました」

 旅のはじまり、リアンは精霊の森で一柱の精霊をその身に宿した。その精霊こそ、魔王を討伐するために必要な存在であり、その土地から離れることの出来ない精霊を宿し、移動できる依代がリアンだと、説明は受けていた。

 「私には癒しの力があるのよ!?」

 「それには期待しておりましたが……」

 アルバートの呆れが伝わってきて、リアンは血が頭に溜まるのを強く感じた。

 「あなた程度の力であれば、軍医にいるし、この秘薬のほうが数十倍すごい」

 旅の途中、精霊に導かれた泉で手に入れた水は、振りかければ抉られた肉も盛り上がり、飲めば病も消し飛ぶような驚愕の薬効を持つ水だった。しかし、その妙薬を精霊が両の手で汲み取った途端、その手の中の水以外が消失した。

 「さすがに長距離精霊を宿したまま移動することは殿下には出来ませんでしたが、この距離であれば十分に可能です。癒しも秘薬と、軍医がついてくるから問題がない。あなたは安全な場所で待っていればいいのです。何が不満なのですか?」

 リアンは知っていた。リアンはギルバートを護るのだ。予言者の弟子の弟子にあたる女が教えてくれたのだ。しかし、まだ一度も護るようなことはしていない。

 「あたしが…あたしが護るんでしょ!?」

 ついに口に出したその言葉を聞いて、アルバートは眉尻を吊り上げた。

 「あなたに予言を漏らしたものを罰しなくてはなりませんね」

 「どうして!?あたしのためを思って言ってくれただけだわ!」

 「予言は、違えられることのない世界の理です。それを曲解してはならない。だからこそ、慎重に取り扱わなければならない」

 「曲解のしようがないでしょ!?私がギルバートを護るって予言のどこを曲解するのよ!」

 (そもそも殿下を護るのはお前ではない!)

 言いたかった言葉を飲み込んで、アルバートは口を開いた。

 「あなたはすでに殿下を護りました。殿下が精霊を宿しこの行程を進めば、いずれ精霊の力を流すことが出来ずにその力が御身に溜まり、体を壊されていたでしょう。あなたがその身に宿し導いたからこそ、殿下の心身は護られ、ここまで辿り着くことが出来たのです」

 もっともらしいことを言って、リアンの気を逸らそうとする。こんな陳腐な言葉に騙されるわけはないかと咄嗟の言い訳を後悔したが、リアンは納得したらしかった。

 「でも、私は世界を救うんでしょ?そばにいなくていいわけ?」

 「ここまでくれば世界は救われたようなものです」

 「……そう。じゃあ私はここでギルバートの帰りを待っているわ。ふふっ、後は彼に愛される人生なのね」

 リアンは急に機嫌をよくし、ダンスを踊るかのようにくるりとその場で回ると、ベッドに倒れこんだ。


 魔王を下し、ギルバートが戻ってきた。しかし、面会は許されず、すぐに大きい街に移動をさせられた。

 「どうして!?あたしはギルバートの恋人なのになんで会えないの!?」

 「いつあなたが殿下の恋人になった」

 アルバートが頭を抱えた。

 「だってあたしはギルバートに愛されているのよ!?だったら恋人じゃない!!」

 跳躍する理論について行くことが出来ず、アルバートは疲れもあってついに限界を迎えた。

 「お前ごときが殿下に愛されるわけがないだろう!さっさと身の丈に合った場所に帰れ!!」

 怒鳴られたことに驚き放心していたリアンだが、近くにあった宝石箱を手に取った。

 「ふざけんじゃないわよ……家来にしか過ぎないあんたに、なんであたしがそんなこと言われなきゃいけないわけ……?あたしは世界に愛されているのよ?ギルにも愛されてる!世界を救ったのは私だ!!」

 リアンは怒りに任せて宝石箱をアルバートに投げつけた。

 パキンと甲高い音がして、宝石箱は落ちた。アルバートの作る結界に阻まれたのだ。

 「……申し訳ありません。私も疲れが溜まっており、戯言を申しました。殿下はどなたにもお会いできる状態ではありません。出来ればあなたには先に王都に戻っていてほしい」

 アルバートは怒りを押し殺し、丁寧に告げた。

 「いやよ。あたしはギルと一緒に帰るの」

 リアンには見えていた。王都へ帰りつくその日、群衆が手を振る姿が。大きな歓声と二人を褒めたたえる声が聞こえていた。


 しかし同時に、アルバートの発した「愛されるわけがない」という言葉が、ギルバートのあの冷たい瞳と共にリアンの胸の底に澱のように沈殿した。


 精霊を元の森へ還すため、リアンがその身に精霊を宿すはずだった。行きではなんの障りもなかったのに、何故か帰りの行程で体が悲鳴を上げる。そのため、リアンが辛いといえば、ギルバートがしばらく精霊を宿し、リアンが復調したら彼女が受け持った。

 「もう少しは、精霊を宿していられないのですか」

 アルバートの厳しい声が飛ぶ。そんなことを言われても、無理なものは無理だとリアンは癇癪を起して近くにあるもの全てをアルバートに投げつける。

 ギルバートは魔王討伐の際に受けた傷を癒しながらの旅であり、長時間受け持つことは出来ない。リアンが精霊を宿していられる時間が減れば減るほど、ギルバートの負担が増えた。立ち行かなくなり、適性のないはずのアルバートが精霊をその身に宿し、苦しみながらリアンの回復を待った。

 (きっと魔王のせいで精霊が穢れたんだわ)

 だからリアンはあの精霊をずっと宿していることが出来なくなった。彼女はそう考えた。世界に愛される精霊姫であるリアンが精霊に苦痛を強いられるはずがないのだから。


 リアンは世界を平和にし、世界に愛され、太陽と結ばれるのだ。

 (そのはずよ……そのはずなのに……)


 声をかけても現れない妖精。リアンに苦痛を与える精霊。愛してくれるはずの太陽からの拒絶。


 リアンは、気付きたくなかった。

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