爆発するのを望まれている

 勇樹と夜が乳繰り合っている頃、クラス一の美人とされる金瀬杏美は友人たちと共にカラオケに来ていた。男子からは高嶺の花のように見られているが、その実はとても友人想いであり好きな人にはかなり真っ直ぐな性格をしている。


 そんな彼女だからこそ、大事な友人だと考えている人のこととなると少し気が短くなることもあった。


「ねえ杏美~」

「どうしたの?」


 いつもクラスで話す友人の一人、清楚な見た目の杏美と違い髪を染めてピアスもしている少し派手めな女子で名前は近藤こんどう伊久美いくみと言う子だ。それなりに多く曲を歌ったせいか、各々が飲み物を飲んだりして休憩している中彼女はこんなことを杏美に呟いた。


「魚住さぁ、ちょっと生意気じゃない?」

「……どうしてそう思ったの?」


 爪のネイルを気にしながら喋る伊久美は気づかない。今の言葉に杏美が少し視線を鋭くしたことを。

 杏美のどうしてそう思ったのかという問いに伊久美は言葉を続けた。それが更に杏美の機嫌を損なうとも知らずにだ。


「だって朝比奈君は女の子になったわけじゃん? それなら私たちと一緒に居るべきなのにあいつがいっつも傍に居るじゃん。しかも付き合ってるなんて噂も出てるんだよ? 朝比奈君からしたらクソ迷惑だと思うけど」


 ちなみに、勇樹と夜のやり取りはあの通りだが当然完全に付き合っていると知っている人はそこまで居ない。彼らの近くに居るか、或いは少しでも親しければ知っているくらいのことだ。


「大して取り柄もないあんなのが傍に居るの何とも思わないの? 朝比奈君が男の頃から引っ付いてる腰巾着がいい加減目障りなんだけど――」

「黙りなさい」

「杏美もそう……え?」


 杏美の言葉はとても冷たいものだった。

 伊久美だけでなく、他の子たちもどうしたのかと杏美に視線を向ける。杏美の只ならぬ様子に伊久美も慌てたが、その理由に検討が付いていない時点でダメだ。


「どうしてそんなことを言うの?」

「どうしてって……杏美? その……」

「どうして?」

「……………」


 伊久美が勇樹のことを邪魔に思っているのは本当だが、今の話題が杏美の逆鱗に触れたことだけは少し遅れたが理解できた。考えてみれば教室でも杏美は勇樹と仲良く話していたし、その近くに夜も一緒に居て……そこまで考えて伊久美はハッとするように罰の悪い顔をするのだった。


「……はぁ」


 怯えたような伊久美の様子に毒気を抜かれたように杏美はため息を吐いた。だが勇樹も杏美にとっては色々と助けてくれた友人でもあるので、これだけは言っておかないといけないと口を開いた。


「大して取り柄もない、そんなことはないわ。魚住君はとても友達思いの素敵な男性だわ。私も何度か助言をもらったこともあるし、朝比奈さんとのやり取りもお互いが本当信頼し合っているから出来ることなの。朝比奈さんも魚住君のことを大切にしている、それは確かなことだからあまり勝手なことを言うものではないわね」

「……ごめん」


 正直なことを言えば、どうしてここまで強く言ったのかも杏美には分からない。勇樹が大切な友人なのは確かで、彼に助けられたことがあるのもまた事実。一緒に喫茶店で話をしたりすることも楽しくて……そこまで考えて杏美は頭を振った。


「今頃二人は何をしているのかしらねぇ」


 正直なことを言えば杏美はまだ夜のことを諦めきれていない。それでも女になった彼女が勇樹と一緒に居ることに幸せを感じているのならそれでいい。夜のことが好きだからこそ彼女の幸せを願う、それは好きになった者として……悔しいが当然のこととも言える。




 さて、そんな風に杏美が考えている二人は何をしているのか……当然二人は夜の部屋に居るのだが、勇樹は夢の中に旅立っていた。


「……ったく、彼女を差し置いて居眠りなんてな……可愛いやつめ」


 勇樹は眠りながら絶賛夜の膝枕を満喫していた。

 二人で……まあ色々とイチャイチャしていたわけだが、うつらうつらと眠たそうに勇樹がしていたのだ。それで膝枕でもどうかと言った夜の提案に勇樹は頷き、実際にされてすぐに眠ってしまった。


「……オレももう完全に女だよなぁ。感覚もそうだし……なあ勇樹、オレもうトイレとか下着の付け方とか完全に体が覚えちまった」


 最初は覚えることが死ぬほど嫌だったのに今はそうでもないのは当然だ。何故ならそれを平気と思えるのは自分が女になっているから、勇樹が望む女の子になれている証でもあるからだ。


「……裸を見せろ、全然良いのに。むしろジッと見て興奮しろよ、それでオレを襲えよ馬鹿♪」


 近くに置かれている鞄からある箱を取り出す。それはいざ恋人同士がそれをする時に使う必需品で、数日前に勇樹には内緒で買ったものだ。


「オレはいつだって大丈夫だからな? お前の女だから……えへへ♪」


 男だった頃の記憶は当然あるし、考え方もそこまで変化していない。ただ勇樹が関わればすぐに女としての顔が表に出てくる。男だった頃を完全に消し去り、一人の女を確立させるのも近そうだ……否、既にしているかもしれないが。


「今となっては断言できるぜ――オレは女になって良かった」


 どうしてあんなに絶望したのか今では全く理解できない。

 こんなにも幸せな日常が訪れるのなら喜んで女になってもいい、たわわに実った胸部も大きな尻も、視線を集める綺麗な肌も全て勇樹の為に……夜はもうそこまで考えていた。


「……?」

「あ、目が覚めたか?」

「夜?」


 ジッと勇樹の顔を見つめているだけの時間だったがそれも終わった。

 目を擦りながら体を起こそうとした勇樹の額に手を置き、まだこうして居たいと目線で勇樹に夜は伝えた。勇樹はやれやれと苦笑しながらも、夜の希望だからとそのままの体勢で居ることを決めたようだ。


「……ほんと、男をダメにする才能があるんじゃないか?」

「お前限定でな。それ以外の男なんざごめんだよ」

「そいつは嬉しいねぇ」

「あ、本気にしてないだろ!」

「してるよ。夜のことはそれなりに分かるからな」

「……っ」


 そしてこれも女になった弊害なのか分からないが、勇樹から齎される言葉にすぐ感情が揺さぶられる。嬉しくて頬が緩み、もっとそんな言葉が欲しいと体が求めるのである。


「……おらあああああああああ!!」

「お、おい!!」


 取り合えず、思いっきり勇樹の顔を胸に抱きしめることにした夜だった。

 この柔らかさを食らえ、そう思いながら夜は勇樹に体を擦り付ける。夜はもう、どうあっても完全に女だった。

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