お弁当とプレゼント

「あぁそうそう、明日はお弁当作らないからね?」

「え?」


 夕飯を終えた頃、俺は母さんに突然そんなことを言われた。まさかここに来て母さんに嫌われてしまったのか、そんなことを考えて焦る俺を見て母さんは苦笑した。


「そんな不安そうにしないで? 夜君の提案なのよ」

「夜が俺に飯を食わせるなと?」

「違うわよ。夜君がお弁当を作るんですって」

「……ほう」


 それは初耳だった。

 確かに今日夜の家から出るときに楽しみにしていろって言われたけど、それはこのことだったのか。俺に伝えずに母さんに伝えるあたりサプライズでも狙ったのか、だとしたら何とも意地らしいことをしてくれるなあいつは。


「……お弁当かぁ」


 彼女からのお弁当、それにはとても憧れがあるというものだ。

 明日が待ちきれないというほどではないが、今からとてもワクワクする。それにお弁当という対価に見合うかは分からないが夜に渡すものも買ってるし。


「夜君と電話している時にも感じたけどなんか……本当に女の子になったのねって感じがしたわ。それに勇樹のことを凄く大切にしてくれているのが分かってね。思わず将来も息子のことをよろしくお願いって言ってしまったわ」

「はぁ?」


 将来ってそれは……。

 俺と夜が将来も一緒に居るということはつまりそういうことだ。そのことを想像して少し顔を赤くした俺を母さんが見てクスクスと笑った。


「それで、なんて言ったと思う?」

「……分からん」

「任せてください。勇樹の面倒はオレが見ますって言ったのよ」

「……………」


 言われたことは嬉しい……それはもちろん嬉しいのだが、まるで俺が子供みたいな言い方だったので少しムッとしてしまう。それでもそんな風に言ってくれることが嬉しくて仕方ないんだけどな。


 それから部屋に戻った俺はすぐに夜に電話をした。


「よ、今大丈夫だったか?」

『全然大丈夫。ちょうど勇樹のこと考えてたから』

「……………」

『照れてやんの♪』

「うるせえよ」


 そりゃ照れるでしょうよ照れて悪いかよ!

 電話の向こうで楽しそうに笑う夜の様子に怒る……なんてことはなくて、俺も釣られるように笑った。


『なあ勇樹、明日のこと聞いたか?』

「弁当のことか? 俺今からワクワクしてっぞ彼女の弁当だぁって」

『……色々と初めてで母さんと一緒に作るから下手でも勘弁な』

「作ってもらえるだけで嬉しいんだから大丈夫だって」

『分かった。それなら安心する』


 むしろ彼女からの弁当に文句を言う奴が居るのか? 明らかに悪意のある弁当じゃなかったら絶対に嬉しいだろ。


『……勇樹がそんなだからオレも尽くしたいって思うんだよ』

「そんな大した奴じゃないけどな」

『そんなことねえよ。勇樹は一人の人間を救ったんだ……そんなかっこいいオレの彼氏なんだよ』


 ……ヤバい、恥ずかしさと嬉しさで脳が沸騰しそうなんだが。

 それにしてもこれはまたあっちに行った時におばさんに色々と言われそうだな。それからしばらく夜と話をして電話を切った。


「……ったく、本当に好きになったよなぁ」


 明日また夜に会いたい、そう思って俺は眠りに就くのだった。


 そして翌日、家を出た俺はすぐに夜の家に向かった。

 ちょうど着いた頃に夜が玄関から出てきたところで、俺に気付いた夜はすぐに走って来た。


「おはよう勇樹」

「おはよう夜」


 そうして並んで俺たちは歩き出す……その前に、俺は鞄からあるものを取り出す。


「なんだそれ」

「これな。実はちょっと前から買ってたんだよ……なんつうかプレゼントだ」


 小さな紙袋を夜に渡すと、彼女はすぐに袋を開けた。

 中から取り出されたのはヘアピンで……まああまり高くはないけど、夜に似合うんじゃないかと思って買ったのだ。


「弁当のお礼ってわけじゃないぞ? 前から買ってたものだから」

「……………」


 どこにでも売ってそうなヘアピンだがジッと夜は見つめ続けていた。


「……夜?」

「……嬉しい。ありがとう勇樹」


 そして、そのヘアピンを大切そうに胸の前で握りしめるのだった。

 夜は特にヘアピンもそうだしリボンとかを付けているわけでもない。綺麗なサラサラの茶髪だが、俺があげたヘアピンは黒が基調でところどころキラキラと輝いているから……似合うと思うんだけどな。


「ちょっと鞄持っててくれ」

「おう」


 俺に鞄を渡すとすぐに夜はヘアピンを髪に留めた。

 思った通り、茶髪に黒が映えて何というか……ちょっと雰囲気が変わったな。でもやっぱり可愛かった。


「……どうかな?」

「めっちゃ似合ってる」

「……♪♪」


 ……よし、女の子へのプレゼントは初めてだが感触は良さそうだ。

 それからの夜の様子を当然というと少しあれだが、本当にずっと上機嫌だった。少しすると再びヘアピンに触れてニヤニヤと笑うのも可愛いし、チラチラと俺に目を向けてくる仕草も可愛かった。


「勇樹ぃ♪ 勇樹ぃ♪」

「……なんか、もう誤魔化したりするのが馬鹿みたいだ」


 学校が近づいても結局夜はそのままだった。

 一応俺と夜のことは噂程度だが、こうして夜が片時も俺の手を離さないのなら完全にそういう目で見られるか……ま、それでもいいけど。


 そのまま教室に向かうと、当然のように視線が集まった。


「おはよう二人とも」

「おはよう金瀬♪」

「っ……凄く機嫌が良いのね朝比奈さん」

「まあな♪」


 夜がしているヘアピンは昨日まで無かったものなので、当然金瀬も気になったように視線をそちらに向けた。何というか、金瀬に話を聞いてほしいのか俺がヘアピンをプレゼントしたことを嬉しそうに話し出す。


「あら、やるじゃない魚住君」

「勇樹は素敵な人なんだよ♪」


 ……取り合えず、俺は撤退することにした。

 しかしそれでも金瀬は話を聞く気満々で夜も話す気満々、俺に付いてきた二人はすぐ近くで雑談に興じるのだった。


「別に恥ずかしいことじゃないでしょ? こんなにも彼女が嬉しそうにしてるんだから」


 金瀬が夜の肩に手を置くと、夜もその通りだと頷いた。


「おっす勇樹に夜!」

「おはようさん」

「おはよ……ってそれどうしたんだ?」


 ……また増えちまった。

 そうなると当然、夜の幸せ自慢が始まるのは当然のことだった。俺は小さくため息を吐きながらも、こんな姿を見れるならプレゼントをして良かったなと心から思うのだった。


 ……さて、ところで俺は昼の弁当が気になるわけだが……覚えていろよお前ら、今度は俺が幸せな気持ちを吐きまくってやるからな。

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