金瀬と共に惚気を聞く
あまり大っぴらに俺たちの関係は話さない、話すとしてもそれとなくで知り合いくらいから始めよう。それが俺と夜の共通認識だったはずだ……だったのだが、その認識は早々に忘れ去られようとしていた。
「勇樹、来たぜ♪」
「さっきの授業どうだった? 分からないとこあったか?」
「勇樹ぃ、やっぱりこうしてないと寂しいよ」
「好きだぞ勇樹♪」
……とまあこんな風に休み時間のたびに夜は俺の元に来ていた。
当然ただ話をするだけではなく、俺の手を握ったり肩をくっ付けてきたり、背後から抱き着いてきたりとそれはもうスキンシップが凄まじかった。
「……ねえ、もしかしてあの二人――」
「みたいね……え? BL!?」
「違うでしょ。もう朝比奈君は女なんだし」
なんてことを囁かれる始末だった。
今の時間は昼休み、友人たちは揃って学食に逃げたが夜は当然俺の目の前だ。お互いに体を向き合わせるように椅子に座り弁当を食べていた。
「? どうした?」
「あぁいや……何でもない」
ジッと夜の顔を見ていたのに気づかれ首を傾げられた。ちなみにこうしている俺たちもバッチリ見られているが、夜は全く気にしてないのか表情に変化はない。それどころか、俺と目が合ったことが嬉しいのか頬を赤くして微笑むくらいだ。
「……ったく」
ま、大なり小なりクラスでカップルが誕生するとこんな風に見世物になるのはある意味様式美みたいなもんだ。既に夜は男ではなく女、そんな彼女と付き合うことも別におかしなことじゃない。他にTS病に罹った人たちでもこんな感じだって調べて分かったしな。
「なあ勇樹、オレちょっと弁当の作り方とか勉強するよ」
「なんで?」
「……分かれよな。勇樹に食べてほしいからに決まってんだろ?」
「……そうか」
「おう」
彼女の手作り弁当、それは男子高校生が憧れることの一つだろうか。それを夜が作ってくれる……正直なところ困惑は当然だがそれ以上に嬉しかった。これは友人たちにもそうだし両親にも色々と揶揄われそうだが……夜の期待する顔を見てしまうと頷く以外の選択肢はないだろう。
「分かった。ありがとう夜」
「あぁ♪」
……ほんと、可愛すぎるだろこいつ。
何だろうな、こんな風に笑ってくれると俺も何かしたいっていうか……何かプレゼントとかしてもいいかもしれない。今までならプレゼントを適当に選べたんだが女の子相手となるとちょっと考えてしまう。
「二人とも、随分楽しそうね?」
「あ?」
「おぉ金瀬か」
俺たちに声を掛けたのは金瀬だった。
彼女は夜に一瞬目を向けた後、俺に視線を移した。そういえば金瀬と出会った後なんだよな夜と付き合うことを決めたのって。
「……その様子だと間違いなく二人は付き合ってると思うんだけど。私の考え間違ってる?」
「いや、間違ってないぜ?」
隠すつもりはないし聞かれたら答える、どうやらそれが夜のスタンスのようだ。
夜の口から直々に付き合っていると聞いた金瀬はやっぱり少し驚いたものの、すぐに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「そうなのね。おめでとう二人とも、正直朝比奈君の傍には魚住君以外あり得ないって思ってたくらいだから」
「そうか? ありがとう金瀬」
「……本当の意味で失恋ね」
その小さな呟きはしっかりと俺に届いていた。
こういう時どんな反応を返せばいいのか分からないが、男だった頃の夜を好きだったのだから複雑な心境なのかな。それでも笑顔を浮かべて祝福してくれるところは金瀬の優しさだし魅力だと思ってる。
「……金瀬、悪いな。オレは……オレはもう」
「そんなこと言わないで朝比奈君。確かに複雑だけど、大好きだったあなたが幸せそうにしているなら嬉しいわ」
そう言って金瀬は夜の元に向かい、夜を抱きしめるように腕を伸ばした。夜も金瀬の抱擁に応えるように背中に腕を回していた。
「さてと、それじゃあ私の完全な失恋の傷を癒すために二人のことを聞かなくちゃ。ねえ朝比奈さん、色々と聞かせてもらえる?」
「あ……はは、もちろん♪」
ちょっとシリアスな空気の中で抱き合う二人を良いなとか思っていた俺への罰なのか、それからの時間は夜がとにかく俺のことを金瀬に話していた。聞き上手な金瀬は夜からどんどん話を掘り出し、俺の反応を見ては楽しそうに笑っていたのだ。
「夜、もうやめてくれ。それ以上は俺に効く」
「そうかぁ? もっと話したい事たくさんなんだけどなぁ」
「ふふ、確かにこれ以上は恥ずかしいかもね。でも朝比奈さん、まだ付き合ってなかったのに胸を触らせたりしたのはちょっとどうなの?」
そう、夜ってばそんなことまで話してしまったのだ。
意気揚々と夜の話に耳を傾けていた金瀬でさえ、俺と夜を交互に見て顔を赤くしたくらいなのだから。
「……良いじゃねえか別に」
「良くないわよ……」
「それだけ勇樹に触ってほしかったんだよ……」
「……可愛いぃ」
ちなみに、金瀬がそう呟いたくらいなのだから俺はそれ以上だった。照れたようにしながらも、恥ずかしそうにしながらも、それでも触ってほしかったと口にした夜の様子に俺は銃弾を撃ち込まれたような衝撃を受けた……まあそれだけ、今の夜が可愛かったってことだ。
「でもさ、オレはもう勇樹の恋人だしなんだって出来るんだぜ? それこそ勇樹がそれ以上のことをしたいっていうならオレはいつだって――」
「夜、一旦シャラップ」
「そうね。朝比奈さんちょっと止まりましょう」
言われていることは嬉しいが同時に俺の心を砕いてくる力を持っていた。
金瀬と同時にそう言うと、まだ言い足りない雰囲気を醸し出しながらも夜は仕方ないなと呟いてようやく止まってくれた。
「……なんかごめんなさい」
「本当だよ」
元は金瀬が色々聞かせてほしいって言ったのが原因なんだからな? 取り合えず、今度は夜に安易にこういうことを聞かないという教訓になったのは確かである。それにしても夜は段々と遠慮っていうか、求めてくる気持ちに歯止めが利かなくなってないか? 元々男だったということもあって、俺の興味もそうだし多くのことを把握しているから……そこを攻められたらひとたまりもない。
……あれ、俺って詰んでない?
もちろん嬉しい方面での詰みなのは間違いないんだが……俺は夜に見つめられそんなことをずっと考えていた。
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