さっそく広がっていくぅ!

「なあ夜」

「なんだ?」

「……恥ずかしくないの?」

「ないぜ?」


 俺の言葉に夜はきょとんとした様子で返してきた。

 さて、何を思って俺がそんなことを夜に聞いたのか。それは俺の腕を抱く夜の姿にあった。これはまるで恋人同士が寄り添いながら歩くアレである……夜の豊満な胸に俺の腕が抱きしめられているアレである。


「嫌か?」

「嫌じゃないけど恥ずかしいのはあるな」

「……むぅ。オレは特に気にしないんだけど」


 マジかよ……流石イケメンとして色んな視線を浴びてた奴は違うな。とはいえ流石に学校が近づいたら腕を抱くことはやめてくれるらしい……かなり渋々だが夜は頷いてくれた。


「学校なんか行かずにずっと勇樹と一緒に居られたらいいのにな。同じ部屋で、同じベッドの上で抱き合うだけでオレは幸せなのに」

「そんな生活続けてたらダメになっちまうわ俺」

「なればいいじゃん」


 そっと夜が俺の両頬に手を添えた。

 それはいつかの再現のようで、決して視線を逸らすことは出来なかった。俺を真っ直ぐに見つめたまま夜は言葉を続けた。


「勇樹のかっこいいところも情けないところも全部オレだけに見せればいい。オレがずっと世話してやるからそれでいいじゃん。勇樹は何もしなくていい、オレがお前をずっと――」


 ちょっと怖いんだが……。

 一歩退こうとしたがガッシリと夜に距離を詰められて逃げられない。これだけ想われていることを喜ぶべきか、まあどっちにしろそんな生活は楽だけどダメだよな。


「今だから言えるけどお前、男をダメにする才能があるぞ」

「そうかぁ? オレは勇樹のことしか考えてねえし」


 夜の愛が重い……まあでも、これも可愛い部分なのかなぁ?

 それから再び夜に腕を組まれた状態で歩いていくと、当然色んな人が俺たちをチラッと見ていく。中には学生も当然居たりして、そんな中を歩き学校が近くなると夜は腕を離した。


「ま、オレがこうしていたいってだけで勇樹を困らせるのは嫌だしな。その代わり放課後はいっぱい甘えさせてくれよ?」

「分かった」


 ……なんでこいつこんなに可愛いんだろう。

 改めて夜と新しい関係が構築されたわけだが、恋人としての贔屓目が多少はあるのか本当に夜が可愛く見えて仕方ない。愛が重いとか目線が怖いとか、それは突き詰めれば夜に愛されている証だしな。


「なあ夜」

「う~ん?」

「好きだぞ」

「……っ!?」


 さてと、それじゃあ教室に向かうとするかぁ!

 さっさと下駄箱に向かい上履きに履き替えて教室を目指す。少し固まって遅れた夜はすぐに背中に追い付いてきた。


「なあなあ! もっかい! もっかい言って!!」

「恥ずかしいからもう言わない」

「そんなぁ!!」


 えっと……そんなに聞きたい感じ?

 動物の耳がもし生えていたシュンとしていそうな夜の様子に俺は苦笑し、一応周りを確認して夜の耳元に顔を近づけた。それで小さく好きだと伝えると、夜は頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。


「えへへ、オレも好き……っ」


 そんな言葉を交わしながら俺たちは教室に着いた。

 教室に入った瞬間、最近では当たり前のように夜は女子に呼ばれた。俺と居てくれることを優先するみたいだが、ちゃんと人付き合いは大事だからな? 寂しそうにする夜は取り合えず金瀬に任せ、俺は自分の席に向かった。


「おっす勇樹」

「おう、おはよう」


 進藤、村上、田中が近づいてきた。

 女子に捕まっている夜を抜いて俺たちはしばしの雑談を楽しむ。そんな中、村上が夜に視線を向けてこう呟いた。


「なんか今日の夜めっちゃ機嫌良さそうだな?」

「そう見えるか?」

「あぁ」


 俺からすればいつも通り……ではないな。

 どこか浮足立っているというか、確かにいつもより雰囲気は明るかった。今までは少しだけ自身に起きた変化に戸惑いが見えたが、やっぱりあの告白で完全に自分の女としての部分を受け入れたってことなのかもしれない。


「なあみんな」

「うん?」

「どうした?」

「なんだ?」

「俺、夜と付き合うことになったわ」


 そう伝えると一気に三人は静かになった。

 こうなることは分かっていたが、はてさてどんなことを言われるやら。この沈黙を齎したのは俺だが、それでも気にしないように夜に目を向けた。女子に囲まれて苦笑している彼女だったが、俺と目が合うと手を振って笑顔に変わる。


 ……うん、本当に笑顔が浮かべられるようになって良かった。


「……なんつうか、遠いところに行ったような気がしたわ」

「あぁ。でも……なんか納得って感じなんだよな」

「それな。勇樹と夜が一緒に居るのってしっくり来るし」


 ということは……ま、受け入れてもらえたってことで良さそうだ。

 どんな馴れ初めがあったのか、なんてことを聞かれるのは当然でどこまで話していいものか迷う。とはいえ、単純にそういう話になってお互いに受け入れたことを伝えた。


「でも、収まるところに収まったってことじゃないか?」

「そうだなぁ……羨ましいなこの野郎。あんな可愛い彼女が居てよ!」

「……そうだな」


 やっぱり彼らは俺たちの友人ということなんだろう。夜が女になったことは確かに大事件だが、そこで関係を変えようとはせずに、新しい変化でさえも歓迎してくれるのだから。


「……でもさ、色々とあるんじゃないか? だって夜はあんなだぞ?」

「……それは確かにあるな」


 夜はやっぱり美人だしスタイルも良くて、性格は言わずもがなだ。今朝のこともそうだし胸を触らせてきたり押し付けてくることもあって、それがこの関係になってからも続くとなると……俺の理性が最大級に試されそうだ。


「それに……おっと」

「どうした――」

「何話してるんだよ」


 っと、どうやら夜がこっちに来たみたいだ。

 夜は俺の後ろに回ってそのまま頭に胸を押し付けるように引っ付いてきた。夜さん完全にこれ周りに見せつける感じのやつじゃないですかね……。


「勇樹ぃ♪」

「……とまあこんな感じだ」


 そう三人に伝えると、やっぱり悔しそうにしながら俺を見ていた。正確には夜のたわわなそれをダイレクトに感じている俺の頭をである。


「どうしたお前ら……ははあん、勇樹が羨ましいのか? でも悪いな、オレの体はもう勇樹のもんだし、オレがこうするのも勇樹だけだから♪」


 そんな言葉が夜の口から放たれ、俺はやっぱり恥ずかしくなってしまうのだった。

 それから夜も交えて雑談タイム、しかし夜は決して俺から離れることはなくずっと引っ付いたままだった。当然そうなると、今までよりも遥かに距離が近い俺たちを見て勘づく人たちも現れるはず……俺は人知れずため息を吐いた。

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