女になった夜と言い合う

「いらっしゃい夜君!」

「こんにちはおばさん」


 家について早々母さんが夜を抱きしめていた。

 夜の見た目は大変綺麗で可愛らしいというのは分かるが、あまり夜が嫌がるようなことは……と思ったけど夜も満更ではなさそうだ。


「何か体に悪いことはなかったの?」

「特にないですよ。本当に女になっただけですから」

「……そのだけがとてつもなく大きいのだけど」


 その通りだ。

 とはいえ、TS病だからと変に態度を変えない母さんには感謝だ。ま、それは俺よりも夜の方がいっぱい感じているだろうけれど。

 いい加減に話が進まないので母さんには一旦離れてもらい、俺は夜を部屋に連れて行った。


「おばさんはほんとパワフルだよなぁ」

「それだけお前のことが大好きなんだろ」

「……へへ、そっか」


 うんうん、そうやって母さんに好かれていることを嬉しそうにしてくれるのは俺としても嬉しいことだ。


「よっこいせっと」


 ベッドに腰かけた夜は上着を脱いだ。

 そのまま上着を畳んで傍に置くと、天井に向かって腕を伸ばした。


「う~ん……はぁ♪」


 気持ち良さそうに伸びをする夜から艶めかしい声が漏れて出た。

 ついついジッと見てしまった俺だが、自分のベッドに美人が腰かけている姿に変なことを考えてしまって視線を逸らした。


「どうした?」

「何でもないでござる」

「ござる?」


 気にするな。

 さて、夜が家に来たといっても特にこれがしたいってのはないんだよな。そもそも夜が来た時って適当にゲームするか漫画読んで時間を潰すかだもんなぁ……そんなことを考えていると夜が立ち上がって本棚に向かった。


「……今日はこれにするか」


 三冊ほど本を持ってベッドに戻り、そのまま横になって本を読みだした。

 ……何というか、変に緊張しているのが馬鹿みたいだ。ため息を吐いた俺はベッドに背中を預けるように床に座り、スマホを手に取って弄りだす。


「……なあ夜」

「なんだ?」


 ペラペラとページを捲る音だけが聞こえる中、俺は夜にこんなことを口にした。


「お前は何も変わんねえな」

「……なんだよいきなり……ってそういうことか」


 何を想ったのか夜は俺の頭をポンポンと叩いた。

 叩いたとはいっても優しいもので、そのまま俺の頭を撫でるような手つきに変わった。


「変わらないって。ずっとこのままだってば」

「……ええい! 頭を撫でるな――」


 手を振り払うように後ろを向いたら……その、言葉に詰まった。

 そこに居るのが夜だと理解しているのに、俺を見つめて優しく微笑んでいるのは本当に綺麗な女性で……勢いをなくしてしまった俺はすぐに前を向いた。


「お? なんだよ照れてんのか?」

「……うるせえ」

「くくっ、ほらほらもっと悪戯しちまうぜ?」


 バッと状態を起こしてそのまま首に抱き着いてきた。


「なにするだあああああ!?」

「あはは! なんだよそれ! ほれほれ、これがええんか?」


 後頭部に感じる恐ろしくも柔らかい弾力、味を占めたかのように夜はずっと胸を当ててきた。こいつめ、女としての立場をこれでもかと発揮してやがる!! 俺はついに耐え切れなくなり、夜から離れて立ち上がった。


「……菓子と飲み物持ってくるわ」

「お~う」


 ……負けた、いや何にだよ。

 ひらひらと手を振る夜に見送られ俺はリビングに向かった。母さんがテレビを見ている後ろを通り、適当に菓子を見繕ってコップとジュースも用意した。


「……ついでにトイレも済ませておくか」


 一旦用意したものを置いてトイレに向かった。

 用を足してリビングに戻り、用意したものを持って部屋に戻ろうとした時に母さんが声を掛けてきた。


「それにしても勇樹が女の子を連れて来るなんてねぇ」

「母さん分かってて言ってるだろ」

「もちろんじゃない♪ それにしても……本当に綺麗ね夜君」

「あぁ」


 やっぱりみんなそう思うらしい。

 学校でも既に夜のことはある程度知られている。元は男だと分かっていても、そんな夜が気になる男子も少なくないらしい。これはあくまで友人たちからの情報だが嘘ではないと思う。


「夜君の隣に並ぶ人はどんな人なのかしら」

「……う~ん」


 割と真剣に悩んでみたが、あの夜の隣に並ぶとなるとかなりイケメンじゃないと釣り合わなくないか? まあそもそも、夜が男と一緒になる瞬間がどうも想像できないんだが。俺や友人たちはともかく、恋愛的な意味でのことだ。


「勇樹はどうなの? 夜君の隣に居たいとか」

「俺が? それは恋愛的な意味で?」

「えぇ」

「ないだろ」


 確かに今の夜と一緒に居るとドキドキさせられることは多いけれど、夜と恋愛的な繋がりが欲しいかと言われれば首を捻る。俺は男で夜はもう女だ……別におかしなことじゃないけど、どうにもそういうことは想像が出来ない。


「恋愛的なもんじゃなくて親友としては傍に居たいって思うけど」

「ふ~ん、そんなものなのね」

「そんなもんだろ」


 母さんとの話はそれで終わり、俺は菓子を持って部屋に戻った。

 しかし、その途中でドアが閉まったような音が聞こえたが……気のせいか?


「ただいま」

「お、お帰り……」


 少し肩で息をする夜がベッドの上で俺を待っていた。

 なんだ、筋トレでもしてたのかと思ったが取り合えず菓子とジュースをテーブルに置いて俺は座った。


「ほら、食えよ」

「……あぁ」


 なんだ? さっきとは打って変わって元気がない気がするんだけど。


「何かあったの?」

「……何もねえよ」

「……そうか」

「……っ……悪い、本当に何もないんだ。勇樹が気にすることじゃない」


 それなら……いいんだけどよ。

 それから夜はさっきよりも静かで言葉数も少なかった。完全に何かあるはずなのに何でもないとしか言わない夜に俺は……イライラすることはなかった。


「ほれ」

「……なんだよこの手」

「頭ぽんぽん」

「なんでだよ」

「さっきのお返し」

「……そうかよ」


 ま、これが長年の親友としての在り方だ。

 基本的に罵声を浴びせられたりしない限りは夜にイライラすることはない。別の意味でイライラすることはあるが……コホン、そんな風にサラサラの髪を撫でていると夜が少しだけ寒そうに体を震わせた。


「ほれ、毛布」

「サンキュー……なあ勇樹、一緒に入ろうぜ?」

「おう」


 そういえば、冬が近づくと二人でよくこうやってたなぁ。

 去年もそうだったし……それを思い出していると夜がボソッと呟いた。


「……勇樹はズルい。ズルいって」

「えぇ……」


 夜はそう言って笑った。そして、俺の正面に回って顔を近づけ……はい!?


「……よし、意識しないわけじゃ……って何やってんだ俺は」

「夜さん?」

「全部お前が悪い! お前が悪いんだよ!!」

「なんで!?」


 それから俺たちは至近距離で言い合いを始めた。

 でもお互いに嫌な顔は何一つなく、どこまでも笑っていたのは言うまでもない。

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