男として、女として見れるか?

「ねえ魚住君」

「どうした?」


 とある日のこと、教室に居た俺に金瀬が話しかけてきた。

 今ちょうど友人たちはトイレだし、何なら夜もトイレに行っている。男女の違いもあって途中まで一緒だったが……ま、ああいう姿も後輩とか先輩にはあまりいい顔をされていないが夜は全く気にしていない。


 っと、取り合えずそっちのことは良いか。

 こうして金瀬が話しかけてくるのも別に珍しいことではないので、俺はいつものように対応した。


「魚住君は今日の放課後は暇かしら」

「暇だけど?」


 今日は特に予定はなかったはずだ。

 夜を含め友人たちとも遊ぶ約束はしていない。暇だということを伝えると金瀬は良かったと呟いた。


「ちょっと一緒に出掛けない?」

「デートか?」

「そんなものね」

「……………」

「自分で聞いておいて唖然としないでよ」


 いや冗談のつもりが普通に返されてビックリした。

 まあ当然金瀬の方にそんな気は一切ないはず、たぶんだけど夜のことについてでも話したいんじゃないだろうか。


「ずっと恋焦がれていた男性が女性になった私の苦悩を聞いてちょうだい」

「よし来た任せろ」


 そういうことなら仕方ない。

 放課後に金瀬行きつけの喫茶店で落ち合う約束をした後、俺たちは別れた。そして時間が流れて放課後、教室を出る際に女子に捕まっていた夜に一旦目を向けたが、すぐに進藤に俺が帰ることを夜に伝えてくれと言っておいた。


「誰かと出掛けんの?」

「まあそんなとこ」

「ふ~ん、まあ楽しんで来いよ」

「楽しめるかどうかは分からんけどな」


 それだけ言って俺は教室を出た。

 その後、一足先に喫茶店に向かっていた金瀬に俺は合流した。


「よく来てくれたわね」

「全然良いよ」


 流石行きつけの喫茶店ってことで雰囲気はとても良い場所だった。


「ここのケーキがとても美味しいのよ。紅茶も最高ね」

「ほうほう、じゃあそれにしようかな」


 ということで、金瀬のおススメを俺は頼んだ。

 雰囲気が良い店ということもあり、店員さんも愛想がとても良い。運ばれてきたケーキを食べ、紅茶の味にも舌鼓を打ったところで……金瀬が爆発した。


「この気持ちが伝わらないにしても時間があればどうにかなるって希望を持ってたのよ私は!! でも……でも……うぐぐぅ!!」

「……まあそうだよなぁ」


 それだけ金瀬は夜のことが好きだったわけだ。

 決して距離を一気に詰めるでもなく、ゆっくりと夜の興味を引く形で慎重に金瀬は関係を築いていった。俺も何度か相談されたことだってある……けど結局、夜は金瀬の告白に頷かなかった。


「なあ金瀬、お前は美人だし性格も良いし本当にモテる人だと思う。そんなお前をまさか振るとは俺も思わなかったよ」

「……そうよね。私って美人だし気配りも出来るし……良い女だと思うのよ!」

「自分で言うんじゃねえよ……まあでもその通りだしなぁ」


 こんな風に傲慢な部分はあくまで時折見せる愛嬌みたいなもんだ。

 ぐぬぬと女が見せてはいけないような顔をしている金瀬に苦笑し、俺はケーキの続きを食べるのだった。


「……最近ね」

「うん」

「朝比奈君に接する魚住君を見てると……なんか羨ましいなって」

「そうか?」

「なんかこう……大切にしてるんだなって思ってね」


 大切……確かに大切な存在ではある。

 今が夜にとって大変な時期ってのも分かってるし、そんな夜を放っておけない気持ちも嘘じゃない。


「理想のカップルって感じがしてね」

「……カップルぅ!?」


 カップルってあれだろ男女のあれだろ何を言ってるんだ。


「いやでもおかしくね? 夜は男だったんだぞ?」

「でも今は女よ? 生物学的には何もおかしなことではないわ」

「……確かにな」


 ……でも夜は女扱いされることを望んでいないし。

 というかそもそもの話、夜を女として見るのは……いや見れるけど、全然見れるけどさぁ……はぁ。


 心の中でつい大きなため息が出た。


「それでも夜は親友だよ。どこまで行ってもな」

「……そう、まあそれでもいいんじゃない?」


 ……ほんと、TS病ってめんどくさい病気だよマジで。

 それから金瀬と雑談を交えて小腹を満たし、一緒に店を出て少し街に繰り出した。


「うちは父も母も夜遅いからご飯を用意することが多いのよ」

「そうなんだな」


 その後も特に用はなかったので金瀬に付き合った。

 そうして彼女の買い物が終わり、一緒に歩いていた時だった。


「……勇樹?」

「うん?」

「あら?」


 背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 振り向いた先に居たのは夜で、彼女は俺と金瀬を見つめて呆然としていた。


「夜」

「朝比奈君」

「っ……」


 目を丸くしていた夜が一瞬顔を伏せたが、すぐに顔を上げて口を開いた。


「なんだ金瀬と一緒だったのか。デートかよ」

「デートってわけじゃなくてだなぁ」

「そうね。デートでないのは確かね」


 本当にデートではない、というか一瞬見せた夜の暗い表情に俺はどうも気になってしまった。


「それじゃあオレはこれで。じゃあな二人とも」

「あ、おい……」


 背中を向けた夜に手を伸ばしたが、すぐに引っ込め……いや、嫌な予感ってのは時に人を突き動かすことがある。俺は金瀬に一声掛け、その背中を負って夜に向かって走った。


「待てって夜!!」

「……なんだよ」


 なんだよ、そう言って振り返った夜は顔色は悪かった。

 そんな顔を見せられてそいつは悪かったさようなら、とは行かないだろうが。


「……帰るぞ」

「……おう」


 とはいえ、何かを伝えられるわけでもなかった。

 夜が歩き出し俺のその隣に並んで一緒に歩く。お互いの家に続く帰路の分かれ道はすぐそこで、そこまで俺たちは一切会話をしなかった。


「……なあ勇樹」


 だがそこで、やっと夜が口を開いた。


「金瀬みたいながやっぱりいいのか?」

「……あ?」


 ……それはどういう問いかけだ

 俺に向かってそう聞いてきた夜の顔は真剣だった。でもどこか不安そうな色もその瞳には窺い知れて……。


「……変なこと聞いたな。悪い」


 それだけ言って夜は背中を向けた。

 ……俺は取り合えず、どうしてかは分からないがこんなことを口走った。


「俺は夜みたいな女の子も良いと思うぞ!!」

「……………」


 ピクッと肩を揺らして夜は立ち止った。

 しばらく動かなかった夜が振り返ると、彼女はとても綺麗な笑みを浮かべていた。


「なんだよそれ、全然嬉しくねえし♪」


 ……そうかよ。

 まあでも、夜が笑ってくれて良かったと思う。


「……………」


 でも……どうして俺はあんなにも不安になったんだろう。どうして俺は夜の笑顔を見れてこんなにも嬉しいと思ったのだろう……なあ夜。


「なあ夜」

「なんだ?」


 ……例えばだけど、俺を男として見れるか?


「俺を男として見れるか?」

「……は?」


 あぁうん、その反応で良く分かった。

 俺は咄嗟に誤魔化すように咳払いをして何でもないと言った。しかし、夜は更に言葉を続けた。


「見れるよ。勇樹を一人の男として、オレは見れるよ」

「……………」


 止まっていた何かが動き出す。

 俺はそれを確信していた。 

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