休日は夜と一緒に

 土曜日、学校という空間から解放されて自由を謳歌出来る日だ。とはいえ特に予定もない。出掛ける予定もなければ誰かが家に来ることもない……うん暇だ。


「……?」


 そんな風に今日をどう過ごそうか考えていた時だった。

 夜からメッセージが届いていたのだ。どうしたのかと見てみると、今日暇だから俺の家に遊びに来てもいいかというものである。断る必要もなかったので、俺は夜にいいぞと返事を返しておいた。


「……顔洗ってくるか」


 準備してから来るとは言ってたけど、元が男だからこそ簡単に準備して来そうだから俺もちゃんと見せられる格好にならないと……まあ夜のことだし、パジャマでも何も言わないだろうが流石にね。


「あら、どこか出掛けるの?」

「夜が来るんだよ」

「あらまあ! そうなのね!」


 母さんは嬉しそうにパンと手を叩いた。

 元々母さんは夜のことをとても気に入っていて、よくこっちに来たときはご飯を御馳走したりもしていた。TS病に罹り女になってしまったが、それでも母さんは夜を見る目は変えなかった。


「……母さんは何も言わないんだな?」

「何を?」

「夜が女になったから付き合いを考えろとか」

「当り前じゃない。男から女になった、けれどもあの子は夜君でしょ? もう君じゃなくてちゃんかもしれないけれど、勇樹にとってあの子が大切な親友であるのと同時に、私にとっても大事な息子の大事な親友なんだから」


 ……そうか、母さんはそんな人だったな。

 父さんも母さんと似たようなことを言うだろうし、本当に素晴らしい両親の元に生まれてきたなと常々思っている。


「よっこらせっと」


 それじゃあ夜が来る前にちゃちゃっと準備を済ませますか。

 ……そういえば迎えに行かなくて大丈夫か? う~ん、あの夜ではあるんだけど一度気になるとどうも俺はダメらしい。歯を磨いて顔を洗い、私服に着替えて俺はすぐに家を出た。


「……やっぱ冷えてきたな」


 冬が近いのでやっぱり頬を撫でる風が冷たい。

 俺は急いで夜の家に向かい……てか、なんでこんなに急いでるのだろうか。それだけ夜のことが心配ってことなのか。


「……あぁくそ! TS病ってめんどくさいな!」


 それは決して夜に対してではなく、あくまで病気に対しての文句だ。

 夜の家に真っ直ぐ向かっていると……うん? 一人凄く綺麗な女の人が向こうから歩いてきていた……って夜じゃね?


「……? 勇樹?」

「……やっぱり夜か」


 心配に想うことなんて何もなかったな。

 俺は夜の前まで走り息を整えていると、夜が恐る恐る聞いてきた。


「何かあったのか? そんなに急いで……」

「……あ~」


 ……夜のことが心配だったから、なんていうのも恥ずかしいな。

 俺は一瞬のうちに変わりの理由を用意、全く怪しまれることのない素晴らしい最高の理由だ。


「ちょっと運動してたんだよ。それで――」


 しかし、そんな俺の言葉を聞いて夜はクスッと笑った。


「嘘言うなよ。もしかして、女だからって心配してくれたんじゃないのか?」

「……………」


 ……はい、心配してました。

 というか良く分かったな夜のやつ……っていうかなんか凄く声が優しいのは何故だ背中がムズムズしてくるんだが。それもあるし、何より今日の夜は本当に女性らしかった。


「その反応で分かるし、勇樹は誤魔化すときに頭を掻く癖がある。知ってたか?」

「マジで!?」

「……気づいてなかったのかよ。ま、オレだけが知ってりゃいいか」


 まさかそんな癖が俺にあったとは知らなかった。

 楽しそうにクスクスと笑う夜とは裏腹に俺は物凄く恥ずかしかった。ニヤニヤと見つめてくる夜から視線を逸らし頭を掻いて……あ。


「あははっ!!」

「……ぐぅ!!」


 夜って俺以上に俺のことを理解してないか? ……まさか、まだ俺自身が気付いてないことを知っていたりするのかな。ちょっと気になるけど今はいいや。


「そうだよ心配だったんだよ! ほら行くぞ!」

「あぁ」


 歩き出した俺の隣に夜は並んだ。

 一緒に歩く中、俺はチラッと夜に視線を向けた。相変わらず長くサラサラした髪は綺麗だし、上着の下に来ているニットのセーターは胸の膨らみを主張している。スカートもそうだし黒のニーハイも……めっちゃ似合っててビビるくらいだ。


「……恐ろしいくらいに似合ってんな」

「そうか? へへ、ありがとな」

「……おう」


 ヤバい、隣に居るのは夜のはずなのに全く別の誰かがそこに居るようだ。


「流石にこの体で男物は無理だからな。母さんと一緒に買ったんだよ」

「へぇ」

「勇樹が喜んでくれそうな服が良いって言ってさ。それで――」


 こいつ……自分が恥ずかしいことを言ってるの理解してるのだろうか。きっとしてないんだろうなぁ、いちいち受けが良いというか他人に好かれる話し方は女になっても変わらない。金瀬も今の夜とは楽しそうに話してるし、やっぱり夜は多くの人に好かれる気質の持ち主なんだろう。


「とまあそんなわけなんだが……一番はやっぱり自分でも分かるんだよ」

「何が?」

「どんな服装が男に喜ばれるかが」


 そう言って夜は俺の腕を胸に抱きしめた。


「こうすると嬉しくないか? 柔らかいって」

「……お前は本当によおおおおおおおお!!」


 だから健全な男子高校生の純情を弄ぶんじゃねえよ!!

 その豊かな胸に俺の腕を抱き、クスクスとやっぱり楽しそうに笑う夜とこれでもかと顔を赤くする俺という構図……おのれ、夜が手強すぎる。


「……まあでも」

「うん?」

「……確かに良いよなぁ」

「だろ♪」


 だって柔らかいんだぞ? セーターの生地の上からでも感じるこの柔らかさは相当ヤバい。しかも男が好みそうな服だけでなく、こうすると嬉しいってのは夜自身も理解してんだろうなぁ……。


「無敵じゃんか。そりゃ俺以外の男だって嬉しくなるって――」

「はっ? 他の男とかどうでもいい。オレは勇樹のことしか考えてねえよ」

「……そうなのか?」

「あぁ。つうか早く行こうぜ」

「お、おう……」


 ……最近、俺は夜のことが分からなくなりそうだった。

 まあそんなこんなで、夜が我が家にやってくるのだった。

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