夜が攻めてきた

「……なんつうか、ただの飲み物とケーキだな」

「ま、そんなもんだろ」


 カップル限定メニューというのがどんなものか期待していたが、出てきたのは普通にジュースとケーキだった。値段が少し安くなってるみたいだが……後このジュースはありなのか?


「すげえなこのストロー。オレこんなのテレビでしか見たことないぞ」

「俺もだな」


 向かい合って座る俺と夜が見つめているのはグラスに注がれたジュース……ではなくてそこに刺さっているストローだった。何だろう、この曲がりくねってハートの形を作りお互いに伸びるこの造形は……よくこんなストロー作るよな。


「ま、せっかく頼んだんだし楽しもうぜ」

「おう」


 それもそうだな。

 こうしてカップル限定メニューなんざ本来経験出来なかったはずだ。こうしてこれを経験できたのも夜のおかげ……感謝するってのは違うかもしれないけど、夜のおかげなのは間違いないか。


「……あむ」

「……うまっ」


 イチゴショートケーキ、されどショートケーキ普通に美味かった。

 そしてお待ちかねのジュースだが……これ、明らかに二人で飲んでくださいってやつだしなぁ。俺は思い切ってこちら側に伸びるストローに口を付けた。


「オレも飲むぜ」


 そして、俺と同じように夜もストローに口を付けた。

 お互いにストローを口に入れたまま見つめ合う。至近距離というわけではないがお互いにこの飲み物を共有していると思うと何とも言えない気恥ずかしさがあった。


「……………」

「……っ」


 ……頼むから恥ずかしそうに目線を逸らさないでくれよ夜ぅうううううう!!

 お互いに恥ずかしくはあっても、ちゅるちゅるとジュースは飲んでいた。その度に夜と視線が交差してはどちらからともなく恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。


「……なんだよ」

「勇樹のほうこそ……」


 ……大人しくジュースを飲むことにしようぜ。

 それからしばらくすると若干慣れてきたのか照れることはなくなった。ジュースもケーキも堪能した俺たちに店員さんが話しかけてきた。


「こちらのメニューはどうでしたか?」

「美味しかったです」


 夜が綺麗な笑みで答えた。

 その微笑みに女性店員は顔を赤くしたが……こいつめ、女になっても女性を落とす魅力を兼ね備えてるってか? とまあ冗談はともかくとして、店員さんがこんな提案をした。


「せっかくですしお二人で写真はどうですか? 無論お付き合いされているのなら写真くらい珍しくはないと思いますけど、ですが思い出の一つとしてどうでしょうか」


 写真かなるほど、確かに夜との写真は数えきれないくらいあったような気がする。


「……写真か……撮ります」

「撮るのか?」

「いいだろ? これも思い出の一つだって」


 まあ夜が撮りたいなら全然。

 テーブルや壁の装飾、そんなおしゃれを感じさせる雰囲気と共にカメラを構える店員に俺たちは顔を向けた。


「もう少し引っ付いてください」

「分かりました」


 そう言ってグッと夜は俺との距離を詰めた。それこそ夜の肩が触れ合い、横を向けばかなりの至近距離で夜と目が合うくらいの距離である。漂ってくる甘い香りを何とか気にしないようにと努め、俺は夜との写真を撮るのだった。


「本日はありがとうございました! またのご来店をお待ちしております!」


 その後、俺たちは店を出た。

 俺と夜の手元にあるのはさっき撮った写真で……あぁそうか、こうして女になった夜との写真は初めてだな。確かに思い出の一つ、帰ったらアルバムにちゃんと入れておくか。


「……へへ♪」


 夜も写真を見て喜んでいるし、それなら一緒に撮った甲斐があるってもんだ。


「今日はありがとな。いい経験だったよ」

「俺もだよ。途中からは夜は男、夜は男って自分に暗示を掛けてたもんだが」


 夜は男だから恥ずかしがることはない、少しはそう思っていたのも確かだ。

 そう夜に伝えると、何故だか夜は少し面白くなさそうに唇を尖らせた。大切そうに写真を鞄に仕舞って俺に視線を向けた。


「……そうだよな。ま、オレは男みたいなもんだし」

「夜?」

「……………」


 機嫌を悪くした夜だったが、どうやらそれも一瞬だったみたいだ。

 一旦顔を伏せ、次に顔を上げた夜はニヤリと笑い俺との距離を急激に詰めた。そして俺の手を握りまさかの行動に出た。


「ちょっ!?」

「オレは男みたいなもんなんだし恥ずかしくねえだろ?」


 夜が何をしたのか単純で、俺の手を取って自身の胸に押し当てたのだ。

 恐ろしいほどの柔らかさが手の平に伝わる。ただその柔らかさの中にはちゃんと下着の感触もあって……とはいえいくら相手が夜でも、やはりその感触は女性が持つ胸なのである。


「お、おま……何を!」

「なんだよ恥ずかしいのか? 俺は男みたいなもの、そう言ったのは勇樹だぞ?」


 そういう夜も顔が真っ赤だぞ!?

 ジリジリと更に距離を詰めるように夜はにじり寄ってくる。手を離そうとしてもかなり強い力で握りしめられているので動かすことが出来ない。


「ほらほら、恥ずかしいって言っちまえよ♪」

「……ぐぬぬぅ!!」


 これ以上好きにさせていいのか? いいわけなかろう!!

 そうなんだ相手は夜だ! 俺はそう思って反撃の意味も込めて、俺は夜の胸に触れていた手に力を少し込めた。その瞬間指むにゅっと沈んでいき、改めてその柔肉の感触に夢が広がった。


「ひゃうっ!?」


 ただ、ある種の感動を抱いた俺とは裏腹に夜は可愛らしい悲鳴を上げてその場に腰を下ろした。流石に俺は焦ってしまいすぐに謝る。だが、そんな俺に気にするなと夜は笑った。


「気にすんなよ。ちょっと驚いただけだって」


 そう言って笑ったが夜の頬はずっと赤いままだった。

 いい加減帰るかとお互いに歩き始めるが、その間俺と夜の間の会話は少なかった。


「……なあ勇樹」

「なんだ?」


 立ち止った夜は俺にこんなことを口にした。


「……オレはもう女だ。男には戻れない……この関係もいつまで続くのかな」

「……それは」


 正直、その答えは俺には分からない。

 でも、夜が望む限り俺は傍に居たいと思う。それが親友ってもんだろ?


「お前が望む限り傍に居てやるよ」

「……本当か?」

「あぁ」

「……オレが望む限り……勇樹が傍に」


 男と女、性別の違いは確かに大きい。

 けど俺と夜はどこまで行っても親友だ。それは絶対に変わることはない……だからこそこの関係が変わることもない、俺はそう思っていた。

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