夜との絡み合い

 それは突然の出来事だった。

 いつものように大事な親友でもある勇樹とのメッセージのやり取りを楽しんでベッドに横になった時にも少しだけおかしかった。


『……う~ん、なんか胸がざわざわするな』


 ざわめくような、ともすれば少し肌が痒いような良く分からないものだった。別に眠れないほどではなかったので、俺はそのまま眠りに就いたのだが……次の日、俺の体は女になっていた。


『……なんだよこれ』


 呆然とした声が漏れて出たのを覚えている。

 何かおかしいなと思い、異様に手が白く細かった。そして胸元を盛り上げる大きな膨らみに目を丸くし、そして何故か股間に手を当ててそこにあるはずのものがないことに気づいた。


『……っ!!』


 ベッドから思いっきり立ち上がって鏡の前に立った。

 そこに居たのは男としての俺ではなく、女の姿になった俺だった。当然信じられるわけもなく、まだ夢の中に居るのではないかと考えた。


 でも、全てがリアルの現実だった。

 勇樹と話していたTS病、それを発症してしまったことを理解したのだ。


『……どうしよう』


 その時は正直、そこまで悲観してはいなかった。

 ただ……俺のそれが絶望に変わったのは両親に説明をした時だった。父と母からはたくさん心配されたし、本当に体に異常はないのかと何度も聞かれた。それ自体は良かったんだ……でも、その視線のどこかによそよそしさを感じてしまった。


 女になったからこそ、普段のラフな姿だと目を集める。

 仕方ないと分かっていても、乱れた服から見えた胸の谷間を見て父が気まずそうに眼を逸らし、母さんがすぐに隠すように動いた。


 その時点で俺はもう、息子として見られてないんだなと思ってしまったのだ。決してそんなことはないのに、俺はそう決めつけて部屋に逃げ込んだ。


『……っ……なんでこんなことに……くそっ!!』


 汚い言葉なのに聞こえる声は可愛いものだった。

 自分で見ても美少女だなとは思ったし、スタイルの良い体は素直にエロいなと思った。それでも自分の体だからなのか欲情することはなくて……俺はそんなことよりもこれから先どうやって生きていけばいいんだと悩んだ。


 数日間悩み、学校も休んだ。

 両親は何も言わず、ただ俺が立ち直るのを持っていた。それはとてもありがたかったし迷惑を掛けてごめんと申し訳なさもあった。けどそれ以上に……心配して連絡をしてくれる勇樹たちに声で伝えることが出来ない苦しみがあった。


『はぁ……』


 TS病は奇病ではあるが世間にはある程度受け入れられている。だが変わる関係というのはやっぱりあるのだ。男と女では根本的に違う……あいつらとの日々が、勇樹との日常が変わってしまうことを俺は恐れていた。


 ……でも、そうはならなかった。

 あいつが……勇樹が俺を救ってくれた。


『女になっても変わらない。俺たちは親友だからな』


 そんな勇樹の言葉に俺は……は涙を流したんだ。

 確かに女であるオレを困惑した目で見ているのは分かる。でも勇樹の優しさは何も変わってなくて、ちゃんとオレをオレとして見てくれていることが分かったんだ。


『もちろんだって。ずっと一緒だから安心しろ』


 そう言って手まで握ってくれた。

 その温もりをオレは忘れない……絶対に忘れないだろう。勇樹は何があってもオレの傍に居てくれる……あいつが傍に居てくれるならオレは大丈夫だから。


 男とか女とか関係ない、どこまで行ってもオレと勇樹は親友なんだ。

 ずっと一緒だから安心しろ、その言葉にどれだけ救われたか……約束だぞ? 破ったら絶対に許さないから。オレは勇樹を……?


 ……オレは勇樹をどうしたいんだ?

 傍に居てほしい、というか傍に居ると胸が温かくなる。もっと勇樹の傍に居たい、居てほしいって思う……おかしいな。オレってこんなに寂しがりやだったっけ。






「どうした?」

「……あぁいや、何でもない」


 突然黙り込んでしまった夜に声を掛けると、夜は何でもないと言ってまたボーっとしてしまった。俺は少し悩んだ後、男友達を相手にするように思いっきり夜の頬を指で抓った。


「いってええええええええっ!?」


 まあ当然夜は大きな声を上げてしまった。

 少しだけ目に涙を溜めて赤くなった頬を擦る姿は可愛かった。とはいえ、夜は俺をキッと睨みつけた。


「何すんだよ」

「いやボーっとしてたからさ。心配になったんだよ」

「心配になったからって頬を抓るか?」

「それが俺」

「……ったく」


 夜は苦笑し、ニヤリと笑って俺に飛びついてきた。

 当然のことなので俺は成す術なく夜に押し倒された。女に押し倒されるというのは中々にそそるシチュエーションだが、当然俺たちの間にそんな初々しいものは存在しない。


「女になったからってナメてんじゃねえぞ♪」


 挑発するようなその表情に俺も対抗心を刺激され、腕を伸ばして夜の脇腹に手を添えた。何年一緒に居たと思ってやがる、俺はお前の弱点は知り尽くしてんぞ。


「ちょ、お前変態だぞ!?」

「はんっ、そんな時だけ女ってか? 止まらねえぞ俺はあああああ!!」


 昔に取っ組み合いの喧嘩をしたことが夜の敗因だぜ。

 喧嘩になったとしても笑わせればいい平和的解決、そんなこんなで習得したくすぐり芸をお見舞いしてやった。


「ふふ……あははっ! ちょ、やめ……あんっ」

「……やめま~す」


 たぶん夜は意識してないだろうが、妙に艶めかしい声が出たのですぐに離れた。

 笑いすぎて肩で息をする夜はとてもエロくて……こほん、ええい変なことを考えるな俺!


「隙あり!!」

「ぬおっ!?」


 気を緩めた俺に再びタックルをしてきた。

 足も絡めとられ動けず、俺は完全に夜に体を固められてしまった。絡みつく体は間違いなく女のそれで、夜の胸が押し付けられて形を変えているのが分かる。しかもかなり傍に居るから甘い香りもして大変だった。


 意識しないようにする俺だったが、ふと夜がこんなことを言った。


「……へへ、ちょっとドキドキするなこれ。良く分からんけど」

「……………」


 そういうことを言わないでくれ、俺は内心でそう呟いた。


 俺は夜のことを大事な親友だと思っているし、それはこれからも変わらない。

 でも……こうやって夜に密着しているとやっぱりその体は女なんだと思い知らせてしまう。夜は親友……親友なんだと自分に言い聞かせても、その女の部分に僅かにも反応しそうになる自分が情けなかった。

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