男女の違いがなんぼのもんじゃい
「……うん?」
放課後、職員室に少し用があったその帰りのことだ。
前を歩いていた女子がハンカチを落としたのだが気付かずにそのまま歩いていたので駆け足で近づきそれを拾って声を掛けた。
「お~い、ハンカチ落ちてるぞ」
「……え? あ!」
振り向いたその子はポケットに手を入れてあっと声を出し近づいてきた。
「すみません。私ったら」
「いいって。ほら」
「ありがとうございます」
礼儀正しい子だな。
制服に付いているバッジで学年を判断出来るのだが彼女は一年らしい。俺は二年になるので一つ下の後輩ってことだ。
「私、よく物を落とすから友達にも気を付けろって言われてるんです。またやっちゃいましたね」
「ま、財布とかを落とすよりはマシだろ。気を付けろよ」
「はい!」
素直でいい子だな。
そのまま背中を向けて立ち去ろうとしたのだが、何かを思い出したように後輩は口を開いた。
「あの、先輩! 男性から女性になった先輩が居るって友達が話してて……本当なのでしょうか?」
「あぁそのことか。本当だけど」
「……この世界は不思議でいっぱいです」
本当にそれな。
今となっては病気として認知されているが、突然性別が変わるなんざ漫画やアニメの世界かと思ってしまう。なのでこの後輩が言ったことはおかしなことではなく、俺だってそう思っていることだ。
「ってそうだ。先輩のお名前を聞いてもいいですか?」
「魚住だ。よろしく」
「魚住先輩ですね。私は
「おう……まああまり会うことはないと思うが」
「それを言ってはダメですよ先輩。こういった出会いが何か良いことを齎すかもしれないですし」
そうだなと俺は頷いた。
そうですよと後輩――小森も笑って頷いていた。
改めて小森を見てみるが、確かに後輩だなと思える小ささだった。
金瀬みたいなクラスでも一二を争う美女を見ていると……ちょっと子供っぽいなと思ってしまった。
「それじゃあ先輩、これで失礼しますね」
「おう。もう落とすなよ~?」
「分かってますよ! では!」
そんな言葉を最後に小森は背中を向けて歩いて行った。
さてと、教室で夜が待ってるしすぐに戻るとしよう。職員室から離れ廊下の曲がり角のところで、俺は予想外の人物と鉢合わせた。
「……夜?」
そう、そこに居たのは夜だった。
教室で待っているはずなのにここに居るとは思ってなかった。自分の鞄だけでなく俺の鞄も持っているのでずっと待っていてくれたのか……でも、なんか下向いてるし何かあったのか?
「夜――」
「なあ、今の誰だよ」
「……え?」
今のって言うと小森のことか?
顔を上げた夜は真っすぐに俺を見つめて返答を待っている。ジッと瞬きすることなく見つめられているのでちょっと怖いが、俺はそんな怖さを誤魔化すように小森について話した。
「ハンカチを落としから拾ったんだよ。それでちょい世間話をな」
「……ふ~ん」
面白くなさそうに夜に声を漏らし、手に持っていた鞄を俺に渡してさっさと歩いて行ってしまった。俺はその背中を追いかけ、下駄箱を出た辺りで夜は小さくこんなことを呟くのだった。
「……ごめん、なんか変なこと言っちまった」
「さっきのか?」
「あぁ……オレ、どうしちまったんだろう」
胸の辺りを抑えて夜は苦しそうにそう言った。
俺はなんて言葉を掛ければいいのか分からなかったが、今まで通りに夜を家に誘うのだった。
「家に来るか? 気晴らしになるかもだし」
「行く」
よし、決まりだな。
少しだけ機嫌が良くなった夜を連れて学校の敷地内から出た。当然のように夜に視線が集まるが、朝みたいに気にした様子はなく堂々としていた。
「視線には慣れたか?」
「まあな。こうなった以上気にしても仕方ないし、何より勇樹を含めたあいつらが居てくれるから」
「……そっか」
「めっちゃ心強いよ」
そう言ってくれるなら俺としても嬉しいよ。
まあでも、もし立場が逆だとするなら俺もたくさん助けられそうだ。女になるのは流石に勘弁だけど。
俺は隣を歩く夜を見てこう言った。
「……不思議と女って感じがしないんだよな」
「そりゃそうだろ。つい最近まで同じ男だったんだから」
スタイルも抜群、誰もが認める美人……邪なことを考えるなら、こういう子が彼女だと嬉しいしそれ以上のことも出来るなら幸せなことだろう。だがそれでも夜とはずっと男として接してきた時間の方が遥かに長いのだから想像も出来ない。
そんな風に二人で話をしながらコンビニに立ち寄った。
二人分の竜田揚げを買い外に出て食べていた時だ。如何にもチャラそうな恰好をした男が話しかけてきたのは。
「可愛い子発見! 今から一緒にどこか――」
へぇナンパかよ、なんて思ったが夜の男を見つめる視線は冷たかった。
「うるせえよ。用はないから消えろ」
「ハイ」
……こええよ。
夜の眼光と言葉に男はすぐに回れ右をして立ち去って行った。いくらナンパとはいえあんな風に言われたら逃げ帰るしかできないよな。それでも諦めないのなら凄まじい胆力だ。
「……オレたちの時間を邪魔すんじゃねえ」
「お、嬉しいこと言ってくれんじゃんか」
そう言って肩を組もうとして止めた。
前までなら遠慮なく体に触れていたのに、やっぱり遠慮が先に来てしまう。伸ばそうとした手を引っ込めると夜がまた目を向けてきた。
「……やっぱりダメか? オレが女だと」
……ええいままよ!
俺と夜の友情は男と女くらいで阻めると思うなよ!!
「ふんぬぅうう!!」
「うおっ!?」
俺は思い切って夜の肩に腕を回した。
サラサラの髪が揺れて顔に当たりくすぐったいし、とても良い香りが漂ってきて頭がクラクラしそうになる。夜に引っ付いているという感覚ではなく、本当に女の子と肩を組んでいるとこれでもかと思わせてくる。
「夜、ナメるなよ俺を。これくらい余裕だぜ」
「……ぷふっ!」
目を丸くしていた夜だが、顔を真っ赤にした俺を見て笑い出した。
「無茶すんなよ顔が真っ赤だぜ?」
「うるせえよ。どうだ、これでもダメとか言うのか?」
「言わねえよ……言わねえ、言えねえよば~か」
そう言った夜の笑顔は本当に輝いていた。
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