第30話 再び毒竜の森へ

 ターカッド辺境伯の第2夫人メルシスの全快は、領都デルファイがお祭り騒ぎに成る程の出来事であり、街は歓喜の声で賑わっていた。


「凄い歓声ね」

「メルシス様がどれだけ領民に慕われているかが良く判るわ」


 ロックは勿論、コミリア達パーティーメンバーも盛大な熱烈歓迎を受ける事になった。ターカッド家のもてなしは当然として、街の何処からも感謝の念と共にお礼の品が来る事になり、品数の多さに少し辟易してきていた。

 表面上は満面の笑みでお礼の品を受け取ってはいたが。


 翌日、ロックはアイシスに『フル・キュア・コンディション』を伝承する。3万以上の魔力を使用する『レゾナ・リターン』は無理だとしても、1万の『フル…』ならばアイシスは使える。魔力は足りる。

 元々僧侶系の魔法をかなり習得していたアイシスだったが、高位の魔法は使える者が身近に居らず伝承の機会が無かった。

 この機会にとばかり、ロックは自身が持つ神聖属性の高位回復呪文を出来るだけ伝承したのである。


「ありがとうございます。ロック君のお蔭で『ハイ・プリースト』と言える位の神聖属性回復呪文を修める事が出来ました」

「お役に立てて何よりです。この呪文は使える者が多い程世界が良くなると信じてますから」


 回復呪文の使い手が多いと、世界は幸せになる。

 事はそこまで単純では無いが、子供ならではの単純な想いはアイシスを含め周りの大人達の好感を呼んだ。


 前世にて、善意で生きていたと言って良い六朗にとって、優れた医者が多い事は住みやすい世界と言えるのだから。

 ある意味世間ずれしていた六朗だからこそ、今ロックという11歳の少年である事に違和感が無いのかもしれない。


 そんな少年の純粋な想いをアイシスはしっかりと受け止める。

 辺境伯令嬢にも関わらず、彼女は領内の教会や役所、果ては村長の家に赴き治療行為をする事を宣言し、月に数回、領内は勿論近隣の貴族領まで足を伸ばし患者を救ったのは後日の話。

 ターカッド家の評判もだが、アイシスに伝承したロックの功績も高くなったのだった。


 この依頼が完了しアゥゴーに帰ってきた『竜の息吹』はギルドに寄って依頼完了の手続きを行う。

 B-のパーティーの人気と名声はウナギ登りに上がっていった。

 コミリア達の元には、貴族や騎士爵位を持つ商人が指名依頼を持ってくるようになり、アゥゴー・ギルドには高ランクパーティーが揃っていると評判になっていったのである。

 元々SランクのアランがいるA+パーティー『悠久の風』やB+の『電光の大斤』がアゥゴー・ギルドには所属していた。ロックが最初に関わった『竜の牙』もC+に上がっていたし、辺境で、3つ首竜の森や飛竜の谷、デングル平原という魔物のランクもそれなりの地域に近いアゥゴーは、アルナーグ辺境伯の領都という都市と言えそうな規模を持つ街であり、ライカー王国の中でも有数の冒険者を誇るギルドだったのだ。


「お蔭様で大盛況なの」

 ややぐったりとした感で話すギルドマスター・ルミナの前に、その原因たる『竜の息吹』の5人と、Dランクと中ランクとは言え人気と信頼度の高い『紅い牙』の少女パーティー4人がいた。

「それは御愁傷様」

 大変なのはわかるが、恨み言を言われるのは筋違いとばかり突き放すコミリア。一方『紅い牙』は何故自分達が呼ばれたのかわからない。

「あの? 私達は何で? やっとDに上がったばかりだし? 」

『紅い牙』のリーダー、魔法使いのフィアが首をかしげる。パーティー唯一の成人だが、それでも16歳だ。


「指名依頼よ。依頼主は奴隷商人ガルシア氏。王都に店を構える合法の奴隷商人。今回ベリーボリスから王都迄の護衛を依頼してきているのだけど、その対象が女性の奴隷なの。全員が借金奴隷で、その数何と30名。馬車3台の大型商隊。当然護衛も人数と実力、それに信頼度が必要となる。ここまではいい?」

 頷く9人。

「護衛依頼なのでD以上。通常はCかDよね。でもこのランクは腕の立つ荒くれ男が多いのよ。ベリーボリスから王都迄は馬車で1週間。女性に荒くれを張り付かせるには少し長い期間と思うの。間違いが起きては大変だし、男達にとっても我慢を強いるには微妙に長い。だから実力のある女性パーティーに来てもらったのよ」

 再び頷く8人。そして釈然としない者が約1名。


「あの?僕…、男ですけど?」


 皆がロックを見る。

 やや小柄で童顔の少年は、戦闘中は兎も角、普段は男!という感じではない。11歳という年齢と引き籠り体質もあってか、野性味とか男性のギラツキをほとんど感じさせないのだ。

『竜の息吹』の女性陣が一緒に温泉に入ったのは、勿論好意を持っているのが1番の理由なのだが、ロック自身の雰囲気にも依るところが大きかったりする。


「本当に申し訳無いのだけど、ロック君は単独で別の依頼を受けて欲しいの」

「「「「「はぁ?」」」」」


 この時、『竜の息吹』5人の息はピッタリだった。


「この依頼は女性陣だけでやって欲しいから。うん、ロック君が手を出すとか、間違いを起こす事は全く考えて無い。これは私ならずともパーティーメンバーは断言出来るわよね?」

 頷く4人。


 ロックは年上の女性に弱い。

 手を出すとか惚れっぽいという比喩ではなく、文字通り苦手としているのは有名な話だ。王太子ですら知っていたのだから。

 なので、ロックが奴隷の女性達に手を出すのは有り得ないと言っていい。

 リルフィンのように親を失い借金奴隷になる事が珍しい訳では無いのだが、それでもロックと同世代の女性が奴隷として、そこにいるのは確率的に言っても少ない。つまり年上女性の団体と言っても過言ではない馬車に、ロックが近付く事など、ロックを知るコミリア以下『竜の息吹』には想像すら難しい話なのだ。


 尤も、ロックが年上の女性を苦手とする原因となった姉たる存在に、その自覚はなかったが…。


「むしろ逆が怖いの。ロック君の年齢を考えるとまさかと思うんだけど、でも実力と稼ぎがね。関係を持ちたい女性は無数にいるのよ。本当に成人していたら大変な騒ぎかもしれないわ」

 成人している女性4人は、成る程と頷く。後の4人 ~ リルフィンと『紅い牙』の3人は、関係を持ちたいという意味が、まだピンと来ていなかった。


 当然ロックも、である。


「ま、その辺もあってね。ロック君は、その、…また毒竜の森に行って欲しいのよ」

「毒竜の森? また?」


 この間の王女に振り回された件を思い出し、嫌な予感しかしないロック。


「首無しの騎士が徘徊しているのが確認されてね」

「首無し!? ってのまさかデュハラン?」


 アンデッドとしても高位の魔物であるデュハランは、鋭い剣戟と闇・呪い属性の魔法を使う実に厄介な存在と言える。


「かもしれないし、只単に首を喰われただけの騎士のゾンビかもしれない。どっちにしろその辺を彷徨かれてほっとける訳ない、ってデルファイ・ギルドから要請があってね」

「えーと?」

「厄介事の無理強いは分かってるの。貴方に後始末と言うつもりも無いし。でも、高ランクで神聖属性魔法持ちの冒険者って、貴方位しかいないのよ。しかも従魔も高ランクが揃っている!」


 理屈としては納得は出来る。

 まぁ、出来るのだが、割り切れない感情がどうしても残ってしまう。


「でも、後始末ですよね? あの時、僕達は王女の身柄だけ確保した…。怪我人だけを回復させて連れ帰った…。ヒュドラーはまだ数頭いたし、死者の浄化は無理な状況だった…。だったけど、そのせいでゾンビか現れた訳ですよね? デュハラン…。怨み?心残り? 後始末…」


「ちょっと! ルミナさん! あの時は今ロックも言った通り、とても死者の浄化は無理!! あれを後始末の不備って言われるの、『竜の息吹』としても納得できっこないわ!?」


 流石にコミリアもギルドマスター・ルミナに食ってかかる。


「だから言うつもり無いって。ペナルティも発生してない。只単にデュハランの確認と浄化の依頼が来ているだけ」


 慌てるルミナ。

 ギルドマスターとしてはロックの他に依頼適合者が見当たらない。そもそも高ランクの冒険者と僧侶が持つ神聖属性魔法は中々両立しない。どうしても神官職、聖職者になるのだ。魔法を使える戦士系の冒険者、所謂魔法剣士がそもそも少ない事情もあり、そういう意味でもロックは規格外の存在と言える。


「何か釈然としない。…けど、しょうがないのもわかる…。わかる…。わかる…。ルミナさん、僕、引き受けます」

「ごめんなさい、本当に感謝します、ロック君」

「でも、あの森、とても広いわ? 上手く出会えたらいいけど?」

「大丈夫です、マッキーさん。レツが探すし、ヒューダが森を熟知してます」


 聞かない名前? ルミナが聞き返す。

「レツはレトパトだったわよね? でヒューダって?」

「ヒュドラーです。今9つ首。こないだテイムしたんです」

「は?」


 毒竜と言われるヒュドラーは、別名暴竜と呼ばれる程気性が荒い。また、好んで人を喰う事でも有名であり、やはりテイマー泣かせの魔物と言える。


 流石にギルドマスターだけあってルミナは大概の魔物を熟知している。ヒュドラーをテイムする事の有り得なさを…。


「後、レツはレトパトからレトピージョに進化しました。各種能力が軒並パワーアップしてます」

「は? レトピージョ? は? 実在したの?」


 戦闘力があまり無いレトパトが進化出来る程経験を積むことは野生では厳しい。これも有り得ない話と言っていい。また、レトパト自体がテイムされ難い魔物であり、テイムされても戦闘ではほとんど使役されない。通信用の用途にしか使役されないのだ。偵察に物凄く使えるのも、その能力は知られていたとは言えロックが初めて実証した。

 魔物図鑑には載っているものの、ともすれば空想上の魔物とさえ言われていたのがレトピージョだった。


「あの、王女の魔法に耐えた時に進化したんです。2回り程体格も大きくなり、風と大地属性の魔法を使える様になりました。飛行の速度も上がり距離も倍以上になってます」


 やる気は無さげだったのに、いざ従魔の事を語りだすとロックは割りと雄弁になる。内心、してやったりとほくそ笑むルミナ。


 乗せられた事に気付いたのだろう。急に憮然となるとロックは、

「直ぐに向かいます」

 ギルドの事務所から出て行こうとする。


「え? ちょっと? まさかトライギドラスに乗って行く気?」

「こないだの件で、女神ルーシアン様の計らいで僕に王女が受け継いだ核力魔力を移しました。僕、移動・転移系や探査系の魔法、使える様になったんです。あの祠、覚えてますから、『テレポート』で行けます」

「は?」


 これまでロックは攻撃、防御、回復系魔法しか使えなかった。移動系はリルフィンに、探査系は従魔頼りであり、戦闘力は高くともソロ活動には不向きだった。

 その弱点が解消されている?

「従魔抜きでも…、僕は街を…、滅亡出来るかもしれないです」

「…でもやらないでしょ。ロック、私が『めっ!』って言ったら止めるもんね」


 ウインクするコミリア。


 マッキーもソニアも、勿論リルフィンもクスクス笑い出す。ロックの、半端無く重い独白が雰囲気事消し飛んでしまう。

『紅い牙』のメンバーは呆気にとられ、ルミナも初めこそ愕然としたものの、やがて吹き出してしまった。


 戦闘力は人外になのに。

 場合によっては監視や、聖職者による強制拘束魔法の行使も有り得る位の危険人物の筈なのに、『幼き弟』の範疇に留まっている?

 コミリアの言葉に、ロックは反論すら出来ない。この辺もロックが危険人物と全く考慮されない理由の1つだろう。


「もう、行くから」

 憮然と、少し紅くなりつつロックはギルド事務所から出て行った。


「怒らせたかな?」

「照れてるだけです。ロックがコミリアさんに怒る事無いです」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるコミリアに吹き出すのを堪えてる感のリルフィン。

 ロックは、姉にも嫁にも勝てない?

 ルミナも『紅い牙』のメンバーも少年の未来に『幸あれ』と願ってしまっていた。


「それじゃ、皆はこの依頼受諾でいいわね? なら、ごめんだけど今日中にベリーボリスに向かってくれる? ガルシアさんが港に着くの5日後だから」

「えらい急ね? ルミナ? 馬車は出してもらえるのかしら? それくらいは必要経費、要求してもバチ当たんないよね」

「ちえっ、気付いたか。了解よ。2頭立てを用意するわ」


 港街ベリーボリスはアゥゴーの隣街でもある。徒歩でも3日で着ける。だが休息やアクシデントを考えるとギリギリの感が強い。

 今回コミリアは急な指名依頼という事に託つけて、条件を突き付けたのだ。ルミナとしてもまぁ妥当な要求であり、言われたら断るつもりもなかった。勿論言われなければ、こちらから出す事も無いのだが。


 この辺はコミリアも流石にパーティーリーダーである。『紅い牙』のリーダー、フィアも先輩リーダーに感心する。


「今日は準備。明日朝には出発。フィア、『紅い牙』もそれでいい?」

「了解です、コミリアさん」


『竜の息吹』はB-のパーティー。ランクDの『紅い牙』は素直に傘下に入り、コミリアを全体のリーダーと認め、指示に従う。

「あの、打ち合わせも兼ねて、今夜一緒に食事しませんか? そのお願いします」

 おずおずと申し出るフィアに、コミリアはニコリと微笑むと、

「そうね、じゃあお姉さんが奢ろうか? 19の刻に『至高の楽園』で」

 高級宿の食堂を指して、しかも奢りという。『紅い牙』は恐縮しつつ、素直に喜びを爆発させる。

「本当ですか? ありがとうございます」


 ランクDの稼ぎでは厳しい高級宿。ロックのお蔭で国家レベルの依頼をこなしている『竜の息吹』は、今現在お金に困る事は無い。で、報酬の上昇に生活費の上昇がついていけていないのだ。先の見えない冒険者という生活基盤も影響してか、『竜の息吹』は誰も贅沢等していない。その為全員が莫大なギルド預り金を発生させていた。

 これによりアゥゴー・ギルドは潤沢な貸付資金を持てる事になり、商人や若手の有望な冒険者に準備金貸付を出来るようになった。

 結果若手が育ち、その意味でも有望有数の冒険者を抱える冒険者ギルドとなったのである。


 金融トラブルも多少増えたのは否めないのだが。



 タッカード辺境伯領都デルファイ。

 ロックは最初、端から毒竜の森の『封印の祠』にテレポートするつもりでいた。が、元々の依頼主はデルファイ・ギルドであり、ここに何の挨拶も無く行動するのはやはりおかしいと思えたのだ。

 そこでデルファイの転送起点である転移検問所にテレポートした。


 転移呪文『テレポート』を使える魔法使いはそこまで多くない。どうしても移動距離によって使用魔力が上下する為である。つまり距離を稼ごうとしても莫大な魔力が必要な為ある程度まで近付かないといけなくなり、そうなるとメリットが少なくなる。

 大概はテレポートしてきた魔法使いは、その晩宿で爆睡し、翌日から行動開始となる。早く街に着いても、その後行動不能に近い状態になる事が多い為、魔法使いにとっては使い処を考える呪文になってしまっていた。その為高ランクの魔法使いでも、わざと『テレポート』を会得していない者は少なくない。また、行った事があり、転送起点を作らないと転移出来ないという制約もある。


 街としても、何処にでも転送起点を作られると治安維持もへったくれもなくなるし、転移呪文妨害の結界も街の外壁には張られている。魔物からの攻撃だけを外壁は防御している訳では無いのだ。

 その為街の正門近くに転移検問所が設置されるのが普通である。『テレポート』使いは、ここに転移出来るように転送起点を作る。直ぐに入管手続きが出来るようになっている訳だ。


 ロックがそこにテレポートしてきた時、街の衛兵は術者の幼さに驚いてしまう。また、パーティーではなくソロで来た事にも2度驚く。


「えと、魔法使い? 僕1人?」


 聞いたものの『魔法使い』と思えないのは、見た事のないバンディッツメイルを身に付け、身の丈程の大剣を背にしているからである。


「ご苦労様です。アゥゴー・ギルドのテイマー、ロックといいます。デルファイ・ギルドの依頼を受けて『毒竜の森』に入ります。その前にギルドで手続きしたいので、入管手続きお願いします」

「は?」


 国中の人気と実力を備えた冒険者と目の前の子供が結びつかなかった衛兵は、ロックの言葉を笑い飛ばしてしまう。


「おいおい、親はどうした? 坊主、転移石でも悪戯してしまったのか? ったく、何処の貴族様だよ? すみませんがね。貴方が例え公爵様のご子息でも、こういう悪戯は困るんです」

 仕事としてマジで説教しようとする衛兵に、ロックはどうしたものかと考える。が、生来の引き籠り体質と対人関係の下手さで、中々考えが浮かばなかった。

 実はギルドカードを出せばすむ事なのだが、それすら思い付かないのだ。


 と、そこに助け船がやって来る。

「あら、ロック君? どうしたの?」

 隣街の治療行為から帰ってきた辺境伯令嬢アイシス。

 見覚え、というより大恩がある少年の姿に馬車の中から声をかけてきた。

「アイシス様、お久しぶりです。入管手続きと思ったんですけど、何か悪戯に来た貴族の子供に間違われてしまって…」

 衛兵は再び驚いてしまう。

「お、お嬢様? は? え? では本当にこの子供がメルシス様の恩人のロック様なのですか?」

「そうです。ロック君も、ギルドカードとか身分を証明するものを持ってる筈でしょう?」

 アイシスに言われて気付くロック。

 ギルドが発行しているギルドカードは、根無し草たる冒険者の身分や功績を証明する国家公認のモノだ。偽造は勿論重罪であり、そもそも簡単に偽造複製出来るモノでも無い。


 後日、アイシス → ディック → ソニアのルートでこの事が『竜の息吹』に伝わり、コミリアは勿論リルフィンからも嘆かれて、笑い話としてアゥゴー中に広まってしまう。


 ロックの人付き合いの下手さ、交渉下手さの実例として…。


 魔法剣士として、テイマーとしての規格外の実績と実力、薬等賢者としての博識さに比べ、対人関係や交渉力・語彙力が余りにもポンコツ過ぎて笑うしかない。

 ロックがパーティー『竜の息吹』から出たがらないのは此のせいか? 思い出の中の、幼き頃の引き籠り具合を知るコミリアやマッキーにとって、幼少の頃とほとんど変わらないこの辺の成長の無さに、ある意味安堵し、ある意味落胆し、という想いがある。


「心配してなかったと言えば確かに嘘なんだけど…。ここまでヤバかったの? 戦闘力は頼りになる最高の弟なんだけどなぁ」

 流石に姉としてコミリアは呆れてしまう。

 確かに依頼における作戦や戦略は博識だし、それなりに発言もする。

 だが、依頼時の条件交渉等ロックが口を出した事は無い。パーティー内では主戦力だし、ランクも1番高い冒険者なのだから、本来俺様根性丸出しでもそれほど問題は出ない筈にも関わらず。リーダーとして姉として、立てていてくれたのかとも思ったりもしたが、想像以上のポンコツ具合に違う意味で頭痛がしてくるコミリアだった。


 弟がいらん心配をさせる数日前。

 コミリア達はギルドの大型馬車でベリーボリスへ出発する。8人も居る為交代で護衛につく事等決めてはいたが、現時点では依頼先への只の移動の為、全員が馬車の中で寛いでいた。


「こんな馬車での移動なんて初めてです」


『紅い牙』にとって、初の大型依頼である。

 少女パーティーなだけあって、そもそも護衛依頼を受ける事等ほとんど無いのだ。しかも相手は貴族処か王族すら取引している大商人である。


「フフ。大丈夫よ。実は私達もあまり無いから。ここ最近なのよ。理由、わかるわよね」

「ロックさん、ですよね?」

「そ。彼奴がパーティーに加入してくれたお蔭でパーティーランクが上がったし。あの子自身が直ぐに領主や王国から指名依頼を受ける立場になったし。『お零れもらったずるい奴等』っての聞くでしょ?」

 自嘲気味に笑うコミリア。

 ロックが加入したが為に『竜の息吹』は途端に羽振りが良くなったのだ。他のパーティーのやっかみも多く、陰口も散々言われた。

「この胸でガキを手懐けた、とまで言われたし。姉弟子や同郷ってのもね。そんなのであれだけの実力者を加入させるなんてって。『ハーレムパーティー』って、ロックにとっても不本意な言われようだったのだけどね。尤も私達自身『ハーレムパーティー』を否定して無いけど」

「それって?」

「リルフィンは勿論、私達も彼奴の事大好きだから」

 そうは言っても、コミリアの表情は恋する女性というよりは優しい姉としか見えないのだけれど。

「BやCの、未婚の若手女性冒険者にとって、ロックって超優良物件だからね。事実婚状態の婚約者のリルフィンや同郷の姉弟子の私って、やっぱアドバンテージ大きいのよ。加入後の最初の依頼で例の獣化兵器を倒し確保して、辺境伯から莫大な報酬貰った時、同性のやっかみ酷くってね。『上手くやったわね』非難囂々だったのよ、私。ふざけんな!って叫びたい位に」


 フィアは勿論、他の3人も聞いた事がある。というより自分達もそう思ってしまっていた。

 すまなそうな顔をする『紅い牙』の少女達に、

「逆の立場なら私も思うわ。貴女達がここで気にする事は、もう無意味だからね」

 コミリアの言葉に、クスクス笑い出す『竜の息吹』。

「先輩達、やっぱ器大きいんですね」

「結局勝ち組だからね、私達」

「何言われても『負け犬の遠吠え』」

「そんなに性格良くないのですよ、私達も」

「加入した方なので、私に言われる事無くて」


 冒険者の逞しさと図太さ。

 やっぱり先輩達は凄い。単純に尊敬する『紅い牙』の少女達だった。

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