第28話 力の主と願い事

「さぁ、来るが良い。我が、貴女に望む力を与えましょう」

 それは、レフィーナの頭に響く声。ある意味甘美な響きがレフィーナの心の奥にこだまする。


「私の望む力…。ロック様に付いていける冒険者の力。この国の平和を守る事が出来る力。魔物にも、そう!竜でさえ勝てる力が欲しいの!!」

「我の力ならば、容易い事。我は只、欲する力を与えるのみ。来るが良い。我の元へ」


 呼ばれる様に進み出すレフィーナ。

 フラフラと、まるで催眠状態のような動きになっていく。


「姫様! 姫様? おい! レフィーナ王女のご様子が! お止めしろ!!」

「そ、それが…。何だ? 何故こんなにも身体が重い?動かぬ? くっ! 姫様ー!!」


 ゆっくりと進むレフィーナに追い付けない護衛達。

 何かの力が働いている?


「違う! 威圧を喰らっているんだ! 気を強く持って!」

 駆けて来る少年! 身の丈近い大剣を背に、真っ直ぐレフィーナの元へ走る。

「ロック様? 威圧って?」

「ギャアアアアア!!」


 絶叫する悲鳴! 現れた毒竜ヒュドラー。


「ひっ? いつの間に? うわっ! ギャアアアアア!」

 護衛の騎士がヒュドラーに食われ始めた。


 バキッ、ボキゴキ!

 7つ首なのでまだ若い個体だ。そのヒュドラーに左腕は肩まで、右腕は肘から先を食い千切られていく。

「アアアア、痛ェ~、た、助けて…、ギャアアアアア!!」

 叫び声が聞きたいのか? わざと四肢から食い千切っている!?


「キャアアア!」

 今度は侍女が同じ目にあっている! 2頭目のヒュドラー? こっちは9つ首だ。

 右足を食い千切られて、のたうち回り逃げる事も出来ない。

「助けて! た、助けて!!」

「シャアアアアア【やはり女は柔らかくて旨い】」


「そんな!?」

 追い付いてきたコミリア達も、目の前の惨状を直視出来ない。


 レトパトの絆通信で、3頭のヒュドラーに狙われている事を知ったロックが翔ぶように駆け出し、そのせいで緊急事態だと察した『竜の息吹』のメンバーとアイシスにディックだったが、ヒュドラーの多頭に四肢から食い千切られていく状態は想像を絶した。


「気を付けて! ヒュドラーも身が柔らかい女性を好んで食べようとする! 」

 多頭の蛇に見えてランクAの竜種だ。魔物であっても下手な人間より悪賢い。


「モンスターハウス、オープン! ドラン、ジンライ! スライ!頼む!!」

 空間より現れるトライギドラス、アイスフォックス、ナイツスライム。ヒュドラーはランクA。この3頭しか太刀打ち出来ない。


 と、思っていると

「ピキ、ピッキー!」

 勝手に出てくるポイズンスライム。


「え? リント? ダメだ! リント、戻って!」

「ピキ、ピーキー!」


 ニュル! プルプル! ピョン!!

 リントが発したのは『仲間を呼ぶ』。毒竜の森には元々ポイズンスライムの生息地がある。ぞろぞろと15匹が現れる。

「リント? まさか?」


「ピッキ、ピッキー!」

 リントを核としてポイズンスライム達が集まっていく。やがてランクCの魔物、ビッグポイズンスライムが姿を現した。


「『配下使役』を覚えたようですね。私の様に『捕食』した訳ではないようです。ロック、これが普通のビッグスライムの成り立ちです」

 スライが感心したように語る。


「シャアアアアア【喰らえ!】」

「ピッキー!」

 侍女を食い終えた9本首のヒュドラーが、コミリア達に狙いを定め、動きを止めようと毒液噴射を行う。だが、リントもまた毒液噴射でむかえうつ。


 ピシャッ! バチバチ!!


 同スキルだからか? 毒液同士が反発するように反応し蒸発する。


「シャアアアアア!【小賢しいわ!】」

「ピッキ、ピーキー!」


 何度毒液を噴射しても相殺されてしまう。

 珠に尻尾の攻撃がくるが、ビッグポイズンスライムとなったリントは、ヒュドラーの尻尾攻撃に耐えている。粘液に覆われたゼリー状の身体は打撲攻撃に強く、リントにとって注意すべきはヒュドラーの噛みつきだけであった。竜種とは言え四肢のないヒュドラーは爪攻撃の手段を持たない。勿論リントもまたヒュドラーに対する攻撃力を持たないのだが、毒液噴射を防ぎ、鬱陶しくヒュドラーの相手をしているリントは予想外の働きを見せていた。


「シャアアアアア【何やってる!皆食い殺せ!】」


 現れたのは11の頭を持つ、堂々たる巨体を持つ個体。森の主であろう成体ヒュドラー。


「パルルルル【お前が主か?】」

「ピルルルル【俺様が相手だ】」

「プルルルル【来やがれ、蛇野郎】」


「シャアアアアア【て、テメェ!】」


 魔物にも禁句の嘲り言葉があるようだ。

 ドランの挑発に、ボス? ヒュドラーは簡単に乗ってしまった。


 バリバリバリ!


 ドランが電激ブレスを吐く。

 勿論竜種であるヒュドラーも麻痺無効だ。とは言え電撃のダメージは普通に通る。


「シャアアアアア【痛エエエ、テメェ】」


 毒液噴射。ヒュドラーはブレスを持たない。

 いや毒液噴射は充分嫌な攻撃なのだが、ドランは毒無効だ。尤も噴霧された毒液は拡散して大気に意外と留まる。戦闘中いつの間にか毒状態のステータスになってしまう事もあり、今の様な集団混戦状態では厄介な事この上無い。


「ピッキ、ピーキー!」


 すかさずリントが毒液噴射する。

 毒液同士が反発し合い、何故か無効化されていく。


 結局魔物と従魔の戦いとなり、もはや怪獣大決戦の様相を呈してきた。コミリア達に出来る事は、腕や脚を食い千切られてのたうち回っている騎士や侍女の確保救助しかなく、従魔達がヒュドラーを抑えている隙をついていた。


 唯一戦闘に加われたのはロックだけである。


 ロックの身に付けているバンディッツメイルは剣と同じく神竜ゼファーの素材で出来ている。

 剣は牙を研磨したものだが、鎧は脱け殻(ドラゴンレザー)に爪、牙、骨を組み合わせて強化して造り上げた、『黒き大賢者』コルニクス渾身の作だ。防御力も然ることながら竜種の状態無効をも付加する事に成功している。

 その為毒が大気に留まっていても、ロックが毒状態に落ちる事はない。

 だが、そのロックにしてもヒュドラーはタイマンで戦うには厳しい相手である。


 再生能力。

 ヒュドラーのそれは他の追従を許さない。群を抜いているのだ。止めをさす手段は全ての頭を落とすしかない。1つでも残っていれば、直ぐ他の頭も再生していくし、身体の傷等あっという間に消えていく。


 今、3頭のヒュドラーに囲まれる形になってしまっていた。


「ロック!?」

「ぐずぐず出来ない! レツがもう2頭のヒュドラーを見つけてる!!」


 毒液噴射と噛みつき、尻尾攻撃。

 竜種にしてはそれ程の攻撃力がないヒュドラーがランクAたる所以は、この再生能力と群を作る事にある。高ランクなのに個体数の多い稀有な存在なのだ。


「ですが姫様が!」


 何かのフィールドに守られているのか?

 催眠状態は変わらないのに、レフィーナはヒュドラーに探知認識されてはいない。何か、誰かと語り合っている?


「ピピィー!ピ…ピピ…」


「今の声はキーノ?」

 レツが見た映像かロックに届く。向かってくるヒュドラーを撹乱していたキノチュンが、毒液噴射の直撃を受けフラフラと落ちていく。


 バキッ、ゴクリ。

 そのままヒュドラーに丸飲みされてしまう。

「そんな…。レツ! もっと上から周囲を確認してくれ。後、身の安全を最優先に! この森にはマジカルイーグルがいるんだ!」


 ランクCの大型鷲。風と大地属性の魔法を使える魔物で鳥型魔物の天敵と言える。


「ロック様、それは大丈夫でしょう。マジカルイーグルは飛べる天敵の竜種に近付きません。ここにドランがいる以上、マジカルイーグルは恐れをなして来ない筈です」

 スライが魔物ならではの思考・行動形態を語る。

 そのスライも、ジンライとタッグを組んで7つ首のヒュドラーと対峙している。

 竜種である以上ジンライの氷魔法は弱点となる。ブリザードブレスは効果抜群なのだが、それでも頭を全て倒しきれない。

 スライの『粘液飛ばし』でもヒュドラーを固定しきれず、動き回る分再生前に頭を全て落としきれないのだ。


「コー、コ、コ、コーン【動きさえ止められたら存分にブレスを浴びせるのに】」

「これ以上粘度の高い粘液となると、少し時を稼いでもらう必要があります」

「コ、コ、コーン、コーン【やはり手数が足らん。我1頭では留めきれぬ】」


 動きは抑えてはいるものの、倒しきれず膠着状態に苛立ちを隠せないスライとジンライ。


 それは9つ首のヒュドラーと対峙しているロックも同じだった。

「手数が不足…。でも他の従魔はEやF。とても相手、考えたくないな…。どうすれば…、ドランは?」


 ロックは右側の、森の奥の方にいるトライギドラスを見る。主ともいえる11つ首! 身体の大きさも他のヒュドラーとは段違いで、実際ドランよりも一回りは大きい。


 だが、ドランは無傷のまま圧倒的に攻撃している。


 羽根と風魔法のお蔭で機動力に天地の差がある。

 また、魔法やブレスという遠距離攻撃力も有る為一方的に攻撃出来ている。

 なので、ヒュドラーは防戦というより回避回復しか出来ていない。


「シャアアアアア!【くそっ! こっち来やがれ!】」

「パルルルル【行くかよ、バーカ】」

「ピルルルル【しぶとい!】」

「プルルルル【雑魚蛇の癖に】」

「シャ? シャアアアアアアアアア!!【何? だ、誰が雑魚蛇だぁー!!】」


 怒り狂って向かってくるヒュドラー。

 だが、巨体の蛇の歩みはメチャクチャ遅い。


「パルルルル【来たな?】」

「ピルルルル【俺様】」

「プルルルル【あったまいい!】」


 飛び上がるとドランはヒュドラーの後ろに回り込む。


「パルルルル【こっちからなら使える】」

「ピルルルル【俺様必殺技!】」

「プルルルル【トルネード!】」

「パルルルル【燃えちまいな!】」


 風魔法『トルネード』を使いヒュドラーの巨体を巻き上げる!

 そこへ竜の真なる炎、ファイヤーブレスを3つの首から放つ。


「ジャアアアアア【ば、バカな? 儂が死ぬ?】」


 巻き上げられ、浮いている為移動もままならない。

 炎の竜巻にまかれ、一気に全身を焼かれていく。しかも只のファイヤーブレスではなく竜が使う『真なる炎』の火炎だ。この世の全てを焼き尽くす業火とも言うべきファイヤーブレスを受け、流石のヒュドラーも再生出来る筈もなかった。

 竜巻が収まると共に、炭化したヒュドラーの死体も粉々の消炭となり、風に乗って撒かれていく。


「す、凄い!」

「これがドランのファイヤーブレス? あの飛竜騎士団を壊滅させた伝説の『業火の竜巻』」


 小国程度ならば滅ぼせる。

 噂が誇大妄想の流言ではなく真実だと証明した瞬間。


 ドランは位置や向きを考え、主たる巨体ヒュドラーのみを焼き払ったのだ。

「パルルルル【俺様】♪」

「ピルルルル【強い】♪」

「パルルルル【俺様】♪」

「プルルルル【無敵】♪」

 言ってる事が多少幼稚であっても、流石はランクA+の竜種である。まぁ、生まれて1年程しかたっていない若い竜なので、やや子供っぽいのは仕方ないか?


 実はロックの従魔の中でドランが最年少なのだ。


「パルルルル【マスター!】」

「ピルルルル【今行くー!】」

「プルルルル【次どいつ?】」


 ロックの方に来るドラン。

 ロックと対峙していた9つ首は逃げ出し始めた。


 見るとスライ達に対峙していた7つ首も!


 勝ち目はない!

 竜種は下手な人間よりも頭が良い。勝ち目がないと判れば無駄な抵抗はせず逃げの一手を選ぶ。


 と、何を思ったか7つ首は逃げるのを止める。


「パルルルル【お前、諦めた?】」

「ピルルルル【行けよ】」

「プルルルル【戦い、終わった】」


「コーン、コ、コ、コーン【主のロックは自衛の戦いがほとんどだ】」

「戦争とかの依頼ならば兎も角、あなた方の森に入ったのは我々です。あなた方が敵対しないのならば、我々も争うつもりはありません」

 ジンライもスライも、追撃の手を止める。


「シャアアアアア【いや、俺も共にいたい】」

「パルルルル?【は? 俺様達とか?】」

「シャアアア【お前等強い。勝ち目ない】」

「コ、コ、コーン【成る程。我々の強さを理解した訳だ】」


「本当に僕達と?」

「シャアアア?【俺の言葉がわかるのか?】」

「コーン、コ、コ、コーン【頭の良い、我々高ランクの意思しか伝わらない様だがな】」

「パルルルル【でもマスター、凄い】」

「ピルルルル【人間、解らない】」

「プルルルル【マスター、違う】」

「皆誉めすぎだよ。僕がテイマーだから解るだけだから」


「リーリエ様が言っていましたよ? テイマーと言えど、普通は解らない。何となく、そういうニュアンスだろう、で会話の形になっている。会話形式の方が、コミュニケーションとれる気がするんだ、と。でも、ロック様は違う。我々の言葉を正確に理解しています。そして、何時だって我々と同じ位置に立ち、共に歩もうとされる。だから、我々も共にありたいと思う。共に強くなりたいと願うのです。ロック様。彼のヒュドラーの望み、叶えてよいのでは?」


「あぁ。僕達は一緒に強くなる! 一緒に頑張ろう! テイム! 君の名は『ヒューダ』だ」


 バチン。

 結ばれる絆。新たなる従魔、ヒュドラーのヒューダ。

 新たな仲間が加わり、歓迎するロックの従魔達。モンスターハウスから全てが出てきた。


 と、その時空気が変わる。

「な、何?」

「は、姫様ー!!」


 レフィーナが浮き上がり、足元に魔法陣が展開し、魔力の場が拡がり始めている。

 やがて、レフィーナの前に緑色に煌めく輝きが灯る。


「あれは?」

「ひ、姫様ー!! 早く姫様をあの場から!」

「ダメです。動かさないで!」

「ロック!?」


 魔法陣からレフィーナを出そうと騎士が近付きかけたその時、ロックが止まる様に叫ぶ。


「核力継承の陣です。今レフィーナ王女を動かすと命に関わります!」

「ロック!? それって? まさか錬金術の?」


 マッキーが尋ねる。少なくとも魔法使いの知識の領分ではない。


「はい。魔物が持つ力、スキル、魔核に溜め込まれている物を手に入れる魔法陣です」

「それって、獣魔兵器を創る奴じゃなかった? 人や獣人に魔物の力を取り込む…」

「そ、そんな! 姫様ー!!」


 ゆっくりと輝く煌めきがレフィーナの胸元を包み込む。と、吸い込まれる如く輝きが消える。


「それは簡易版です。ジッチャン亡き後、あの陣を創る事が出来る錬金術師はいません。だから法王国の獣魔兵器は継承が不確実で安定しない。でも、あの陣ならば人としての姿や知性を失いません。レフィーナ王女自身は変わらず、只魔物の力を得ることが出来る! 誰がどうやってあの陣を?」


『この祠の水晶に継承陣を封印している。ここは結界の祠というだけではなく、継承の祭壇をも兼ねている。尤も継承出来るか否かは、色々な条件があるが』


 響くレフィーナの声。だが、雰囲気が違う。


『この者の発声器官を借りている。我は祠に込められた意思。この者の欲する力を我は与う』

「欲する力? まだレフィーナ王女は幼い! 覚悟もどうなのか? 何故、力を与える? 王女が条件を満たしたと言うのか?」


 ロックの叫ぶ声に無機質な声が応える。


『そうだ。ここにたどり着き、純粋に唯力を欲する者。その願いの強さと純粋さが条件となる。邪な願いは訊かぬ』

「強く純粋な願い…。確かにレフィーナ王女ならば、その願いは一途なモノ…。くっそ! 何てこった!力を得て王女はどうなる?」

『彼女次第だ。力に振り回されるのか、使いこなすのかをも含めてな。では我の役目は終わった』

「待って! 王女に力を与えて、ここの結界はどうなる?」

『どうもならん。結界展開は女神ルーシアンとの契約だ。誰にどの様な力を与えようとも、ここの結界は変わらぬ。故にヒュドラーはこの森から出られぬ。力ある魔物もな』


 レフィーナを包む緑色の輝きが薄れ、やがて消え行く。と、レフィーナの表情と雰囲気が生来の物に変わる。誰が見てもレフィーナ本人と分かる位に。


「レフィーナ王女」

「ロック様。私は力を得ました。貴方と冒険だって出来ますわ。この国を他国からも魔物からも護り得る力。そう! 私の力!!もう、魔物等この国に存在させない! ロック様の隣にいる貴女も!!」


 膨れあがる魔力!

 レフィーナの掌に複雑な術式が浮かぶ。


「禁呪とも言える破壊呪文? 王女! ここでそんなモノを使ったら!?」

 叫びながら剣を構え、リルフィンを守る様に立ちはだかるロック。

「『神竜牙』手を貸して! あの魔力を吸収、溜め込んで抑え込む。皆も魔法防御を!マッキーさん、ソニアさん! アイシス様も!」

「あ、マジックシールド!」

「闇の精霊よ、魔力をもらう孔を穿て『マジキュラホール』」

「女神の御名において、皆を守る壁を与え給え『ゴッズウォール』」


 幾重にも張り巡らされた魔力の壁。だが…。


「さぁ、消えなさい! 『エグゾフレア!』」


 神の怒焔とも言われる極大爆裂呪文。

 街1つ位消滅させられる広域破壊呪文をレフィーナは炸裂させる。


 ズガガガガーン!


 普段は自分の魔力を通して剣の威力を高めていた。それを応用し、神竜牙に魔力を吸収させ魔法の威力を落としたものの、それでも尚半端ない威力の呪文が炸裂した。


「うわぁああ…」


 人間達は、それでも防御魔法に守られた。だが、従魔達はモロに喰らってしまう。


「しまった! ちっ!!スライ!ドラン!みんな!! 大丈夫か?」


 ヒュドラーの歓迎で全員が出ていた。ランクの高い者でも今の呪文を喰らってしまっては?


「エリア・ハイ・ヒール」

 スライの広域上位回復呪文。どうやらスライは大丈夫だ。後は?

 煙が薄れ、状況が見えてくる。

「くっ、あ? みんな…」

 事切れてしまっている魔物もいるが、ほぼ生き残っている? しかも!


「進化? この魔法を乗り切る事はとてつもない経験だったんだ!」


 傷付いているが、スライのハイ・ヒールでかなり回復出来たのだろう。そこにいるのは大きく強くなっている従魔達。

 トライギドラス・ドランにアイスフォックス・ジンライは変わらない。

 ヒュドラー・ヒューダは頭が2つ増えて、9つ首になっていた。

 ニャルファング・ニャンが1回り大きくなり鬣も赤く変化していた。炎属性のフレイムファングだ。

 ホルビー・ピョンも1回り大きくなり、前歯か鋭く、また耳の前面が刃に変化していた。ボーバルラビッツへと進化している。

 空を舞うレトパトは2回り大きくなっている。レトピージョだ。

 ポイズンスライム・リントも、ビッグ程はないにしてもやはり大きくなっている。だが、回りにはポイズンスライムの欠片が散らばっている。仲間集めでやって来たスライム達が軒並み倒されてしまっていた。


「リント? あれはビッグスライムではなくて?」

「ヒュージスライムです。ビッグは集合体ですが、これは1匹のみで進化したもの。ビッグよりもレアで攻撃力もあります。身体を硬化させ銛のように相手を突き刺す事も出来るのです」


 スライから言われ、ロックは驚いてしまう。

 知識としては知っているものの、ヒュージスライムも滅多に出会える魔物ではない。

 その意味ではレトピージョはそれ以上だ。文献にあるだけで想像上の魔物とさえ言われるのだから。


 その向こうには生命を失ったフレイムコング・コングが横たわっている。

「コング…。チクショウ! レフィーナ王女! これが貴女の望んだ力なのか!!」


 防御魔法の加護があったとは言え、ロック以外に立っている者はいない。膝をつくか、座り込んでいる。


 皆を見下ろし、レフィーナは勝ち誇った表情を見せる。が、ふらつき出してしまう。

「まだ力を使いこなせない? いや、この身体では無理か…。慣れるまで休息が必要か?」

 1人心地考え込むレフィーナ。


「力に振り回される?溺れている? レフィーナ王女!目を覚ませ」

「結局、どうあっても私をお認め下さらないのですね、ロック様。まぁ、今日はこの辺にしましょう。とても眠くなりましたし…」


「スリープ!」

 マッキーが全魔力と言っていいくらいの倍掛けで眠りの呪文を掛ける。

 本来ならばランク差が大きく、掛かる筈のない呪文はレフィーナ王女の経験不足と体力・スタミナ不足が相まって効いてしまう。


「直ぐに王宮へ。悪いけど呪文で拘束します。近衛騎士の方、よろしいですね」

 マッキーとアイシス。魔法使いと僧侶の2系統の呪文で拘束する。


「ロック。姫様、これからどうなるの?」

「わからない。…もう、わかんないよ!」


 従魔を2頭失った事もあり、ロックは気持ちの整理がつかなかった。

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