第19話 テイマーが天職

 ギルドに併設された酒場で、ロックとリルフィンはギルドマスター・ルミナを待っている。

「珍しいな、ロック。今日はどうした?」

 有名人の来訪。ギルドに来る冒険者が、気付いて声をかける。

「ギルマスに会う順番待ちです」

 テーブルの上にあるクッキーとミルクが、2人の年齢を物語る。

「ルミナがお前らを待たせる?」

「厄介な客が来てるってさ。あのアレックス」


 横のテーブル。

 朝から飲んでいるCランク冒険者、戦士エリックが笑いながら話す。

「お前、朝から?」

「今朝、2週間の護衛が終わって、やっと解放されたんだ。2週間、飲めなかったんだぞ!」

 エリック涙の訴え。

「ご苦労様です」

 リルフィン必殺! 癒しの微笑み。

「ありがとう、リルフィンちゃん。あんた本当にいい女だよ~」


 勿論子供のリルフィンに色気は全く無い!

 だが冒険者の間では癒しという点に於いて、これ以上の笑顔はないとまでの評判になりつつあった。

 また、その幼さとロックとのラブラブ振りもあって、恋人はおろか妻子持ちの男性がリルフィンを褒めあげても、相手の女性から恨まれる事など無い。

 アゥゴーギルドでヒロイン、というよりはマスコット的な人気を確立してきているのだ。


「あれ? ロックニャ。久しぶりだニャ」

「ミーナさん、お久しぶりです。あ、『竜の牙』の皆さんも」

 やって来たのは、最初に関わったCランクパーティー『竜の牙』のメンバー。猫人族の獣人ミーナ。シオンにリラ、デガンの4人。

「本当に久しぶり。会わない間に大活躍したらしいな」

「1人で戦争の勝負決めちゃったって?」

「君と知り合ったのが、ついこの間なのにな。このギルドを代表する冒険者になっているね」

 照れてはにかむ姿は年相応で、

「くぅ~、可愛いニャ」

 思わず抱きしめてしまうミーナ。

「わ、ぷ…、く…」

「だから、ちょい危険な締め方してるわよ」

 リラが、気持ち後ろに剥がす。

「ぷはっ、はー、ふー」

 獣人にしては豊満な胸に顔を埋めたまま、赤くなり息苦しそうなロック。

 だが、回りの男性諸氏は怨嗟MAXだ!


「ミーナの胸…」

「子供とは言え、何て羨ましい!」


 見てわかる程の恨み節に呆れる女性陣。

「何やってるんだか」

「男って、あんなもんよ」

「くっ、やっぱ胸か。大きくないとダメなんだ」

 女性にも恨み節がいた。

 同じ獣人、狐人族のフィーン。


 スレンダーでしなやかな身体から繰り出される短刀は、下手すれば気付かれる事なく相手を切り刻んでしまう。暗殺者と言っても過言では無い程の戦闘力を持つ女性戦士。だが、性格は明るく朗らかで、仕事中以外では付き合いも良く、冒険者仲間内でも人気は高い。只、絶壁とも言える胸の為に、別名『ペタンコ狐』と呼ばれている。


「何? どうしたの? あれ? ロック」

「どうしたの?って、同じパーティーの筈なのに、これはおかしな挨拶ね。戦争以来別行動だったから」

「全くだな」

 そこへやって来たのはロックの所属するパーティー『竜の息吹』。コミリア、マッキー、ソニアの女性3人。

「ってミーナ? ロックに何してるの?」

「ニャ? 怖い姉のお出ましだニャ」


 照れたロックから、何故かペタンコ狐へと話題が移り、そんな話をみんなでワイワイ。

「フィーン、人気あるからいいじゃない。ほら、魅力って胸だけじゃないから」

「くっ、コミリアには言われたくないわ」

 頷く回り。何せ、アゥゴーギルド独身女性の中でトップクラスの巨乳を誇るコミリアである。

「相変わらず空気読めないわね」

 声には出していない。だが、マッキーのため息は何故かある1名以外の全員に聞こえたのだった。

「なら、私が言えばいいか? 実際フィーンの人気は1番と言ってもいいし」

 ソニアが、少し呆れた感じで話す。エルフという種族的なものもあるが、ソニアもまた貧乳で有名だから。


 セクハラと言われたら返す言葉が無いが、実際ロックも聞いたことがある。

「究極の選択! 性格の良いペタンコと悪い巨乳! 選ぶならどっち?」

 良くも悪くも、野郎共の話題になる2人=『コミリアとフィーン』だったのだ。


 コミリアのみが知らぬ事だったが…。


 と、ギルドマスターの執務室のドアが開き、中から男が怒ったまま出て行った。

 ベリーボリスのテイマーズギルドマスター・アレックス。実はカインと同じ年で宿命のライバルと自称する人物。こちらは普通のダンディーな身なりだが。

 元は宰相ラーデウス公爵の家臣で、自らも男爵位を持つ。決してプライドが高い貴族でもなく、現場をよく知るギルドマスターなのだが、何故かアゥゴーのテイマーズギルマス・カインにだけは敗けを認めようとしないのだ。過去に何かあったらしいのだが、2人ともその事を頑なに秘して語ろうとしない。なので、回りはややうんざりしている処があった。


「やっと出て行ってくれたわ」

 ゲッソリと、見るからにやつれてしまっているルミナ。

「お疲れ様です」

「僕達、もう少ししてからでもいいですよ」

 子供達のダブル癒しの笑顔炸裂!

「ありがとう。うん、貴方達の笑顔って、本当に癒されるわ。さて、ロック、リルフィン。お待たせ。入ってちょうだい」



「実はね。ロック、貴方に指名依頼が来ているの」

 執務室に入り、改めてクッキーとミルクが2人に出される。自分用にお茶を淹れたルミナは、ため息ついて、気が進まない呈で話し始めたのだった。

「面倒な依頼? それとも面倒な相手?」

「両方。依頼主はペリエ侯爵家。そこの3男坊が冒険者、それもテイマー志望。で、親バカ全開の侯爵が、貴方に講師を依頼してきたの」

「講師? は? テイマーを教えろと?」

「貴方みたいな英雄と呼べるテイマーに鍛えて欲しい、という依頼」

 言いながら、やってられっか! 投槍気分のルミナ。

「お断りしていいんですか? 」

「ギルドが強制する事は無いわ。例え国からの依頼であろうとも、ギルドは常に中立。冒険者へもだけど、貴族や国家相手でも肩入れはしないわ」

 ごめん、建前としてね。そんな思惑が透けて見えるのは気のせい?

「でね。もう1つあるの。依頼主はテイマーズギルド。依頼内容は一緒」

「はい?」

「甘い夢見て寝言ほざくガキ共に現実を叩き込んで。ギルマスのカインからね」

「うわぁ、後ろから斬りつけられそうですね。で、ペリエ侯爵って『貴族派』?」

「珍しい『中立派』。宰相のご機嫌取りはしていないけど、特権意識がかなり強い、街中の苦情殺到の執事がいてね。そろそろ困っているのよ」

「それは、辺境伯の力を借りた方が良さそうですね」

「あぁ。そういう知恵は付いてきたのね」

「ひょっとして、僕って世間知らずの物知らず?」

「あらー? そこまでは…。只貴族の慣習に疎すぎってのはあるわね」


 前世では貴族なんて、本や映画、ゲームの世界でしか聞いた事無い。いや外国にはいるのだが、寝たきり病人の六朗にとって外国処か隣の県にも行った事はなかった。どうしても絵空事の世界の慣習であり、この世界そのものに来て数ヶ月。貴族の慣習がピンとくる筈もなかった。



 ペリエ侯爵邸。

 ギルドを通してロックから断りの連絡が来て、当然の如く3男坊ブランと副執事ボーデスは激怒した。

「ぼ、冒険者風情が、侯爵家の依頼を断った?」

「何故だ。冒険者ですら3男には価値が無いと思っているのか? 兄達と違い、私は…」

「ブラン様。私がギルドにむかいます。この冒険者はまだ11歳との事。おそらく英雄と呼ばれ有頂天となっておるのでしょう。私が無知なる餓鬼に正しい躾を行って参ります。馬車の用意だ!」


「その必要はないよ。ブラン、私と共に来たまえ。ボーデス。君の副執事は解任する。今後は1召使として頑張りたまえ」


 やって来た若き貴族。ペリエ侯爵嫡男ブイゼル。

 当主のペリエ侯爵は王都や領地を飛び回っている。小さな『中立派』としては頼れる縁は可能な限り作りたい。先代が作った小さな伝手、辺境の拠点。お蔭で情報や魔物の素材収集が良くなった。また、アルナーグ辺境伯が代替りした時、若き当主ケインは「今後ともよろしく」と声をかけてくださった。その領主からの手紙で、副執事ボーデスの高圧的な態度に、街からの苦情が殺到している事、ロックの機嫌を取れとは言わないが、怒らせると街処か国が滅びかける事が記されており、慌てた侯爵は、ブイゼルに事の収拾を当たらせる事にしたのだ。


「あ、兄上」

「は? あ、いえ、ブイゼル様。私か解任とはどういう事でしょう?」

「言った通りだ。君に副執事、ここの管理責任は任せられない。父はそう判断した。ブラン、テイマーになる件、私が預かる事になった。来たまえ」

「お、お待ちください! 何故私が解任…」

「一々君に説明する必要があるのか? 主家の命令だが?」

 青くなっていく副執事ボーデス。それでも納得できはしない。

「君の言動対応に苦情が殺到している。アゥゴーの街でかなり高圧的な態度をとっていたようだな」

「それは…。いえ、この街は礼儀知らずが多く」

「我が領都サーバルグとは違う! アルナーグ辺境伯の領都で君が命令出来る理由は何も無いぞ。辺境伯からも考慮されたし、と来る処をみると、君の言動は辺境伯に不快感を与えている。それに、先程も聞こえていた。件のテイマーに、どうしようとしていた?」

「は、そ、それは…」

「『無知なる餓鬼に正しい躾を』。彼のテイマーの噂を何も聞いていないのか?」

「幼き少年であると。故に常識も敬意も知らぬ未熟な者。正しい常識を教える必要が…」

「ほう。アルナーグ辺境伯は、その辺りを何も考えていないと君は思うのだな!」

「い、いえ。それは…」

「わかっていないようだな。そのテイマーの従魔は、我が領都処か王国すら滅ぼせる力を持つ。万が一の時、君はその責をどうとる?」

「な、そ、それは」

「辺境伯処か王家からも『怒らせるな』と言われているテイマーだぞ。ボーデス。君は、君の常識でモノを判断し過ぎだ。基準を勝手に作るな。今後はパゥクを副執事として屋敷の管理をせよと、父上の仰せだ」

 崩れ落ちるボーデス。ブイゼルは、もう見向きもしない。


「ブラン。ここのテイマーズギルドが、新米テイマーに実地訓練を行うそうだ。テイマーを目指すつもりならば受けるように。これも父上の仰せだ」

「ギルドの実地訓練? ち、父上が私に受けろ、と」

「冒険者になるのならば、やって見せろ。わかっていると思うが、冒険者には冒険者の流儀がある。貴族の慣習は何一つ通じぬ。自らの足で立つ必要がある。ならばこそ、やって見せろ! 父上も私も期待している」

 ブランもまた崩れ落ちる。

「ち、父上は私に死ねと…」

「そう思うのか? ブラン。全く情けない。だからだ。ついてこい、と言っている」

 ブイゼルはブランを宝物庫に案内する。

「兄上、ここは」

「剣は使えたな。フム、こいつがいいか。ブラン、我が家に伝わる『風の聖剣』だ。それに、こいつは只のレザーアーマーに見えて貴重な魔竜クラスの皮を使っている。持っていけ」

「良いのですか? 父上は自分の足で立て、と」

「生まれも実力の内だ。これもまた冒険者の流儀だよ。これでもダメな者、バカな者は死ぬ。それが冒険者だ。言ったぞ! 父上も私も期待している、と。足掻いて、よじ登って見せろ!それが出来ないと言うのであれば、分相応に何処ぞの上級貴族にでも仕える騎士でも目指すのだな」


 発破をかけたつもりだった。

 だが、ブランは苛烈な兄の言葉に挫けてしまう。


「父上。やはり弟には意地も気概もありません」


 結局ペリエ侯爵家の下級騎士として分家独立し、下級のままで終わるのだ。



 アゥゴーのテイマーズギルドによる実地訓練。

 ギルド所属のテイマーが指導すると聞いて、なりたい者やなったばかりの者が集まって来ていた。


 ここで、ちょっとひと悶着起きる。

 ギルドマスター・カインが指導者として出て行こうとしてギルド職員及び構成員から必死に止められてしまったのである。


「いいじゃない。何で私が出たらダメなの?」


 問答無用で引っ込める。理由をわからないのは本人のみだった。なので、

「彼らが求めているのは人気テイマー。ギルマスも知らぬ訳ではないでしょう? 少なくとも変態は求められていません」

 サブマス・ランバは今回、はっきりと理由を言った。


「偏見よ! もう ~ 、ランバのバカ!!」


 引っ込めろ! ランバの手の振りで理解しギルマスを連れていく職員達。

「で、頼めるかい」

「私で良ければ」

 人気テイマーの1人、リーリエが微笑む。さらに、

「で、今回の目玉。よろしくな」

「はあ。まぁ、頑張りますけど。僕でいいんですか?」

 やや困惑気味の少年。どうしても自己評価が低い。

「もう! この国処か、世界で1番人気のテイマーなのよ?どうして自信無いのですか?」

「全然実感無い…」

 何せ、人付き合いが苦手の引きこもりである。

 他人にどう言われている? 思われているか、今まで考える事がなかったのである。


「それに、僕のやり方は普通じゃないかも…」


 リーリエも、実はコミリアに聞いて驚いていた。


 ロックは、とても魔物達に好かれてテイムしなくてもなつかれてしまう。


 また、師匠に聞かれた事があって、

「何が好きじゃ? 戦士か? 魔法使いか?」

 子供とは言え、剣術も魔法も天性の素質を示したロックは、なりたいものを聞かれて一言言った。

「友達」

 予想の斜め上をいく答えに大爆笑する『黒き大賢者』コルニクス=アリアス。『友達』…、ロックの回りには何故かスライムや兎型魔物ボルビーにホーンラビットがチョロチョロいたのだ。

 GやFランクとは言え魔物は魔物。子供の回りに居ていいものではない。確かに幼き子供であっても、ロックの戦闘力は大人以上と言えるが…。


「では、子供の頃から?」

「うん、まぁ、今でも子供なんだけどね。だから、冒険者になってBランクって、元戦士のリックさんを相手にしなかったって聞いても、戦士とかのイメージ無くてね。『テイマー』で登録って聞いて納得したんだ。私は剣士しかなかったけど、あの子は色々選べた。そして選んだのが『テイマー』。師匠も喜んだと思う。なりたい者になったみたいだし。大体師匠からして『儂は薬師じゃ』って。錬金術師は勿論、賢者も大魔導師も呼ばれる事を嫌った人だから」


 そう語るコミリアの顔は姉としか言い様が無くて。

『テイマー』になるべくしてなった。リーリエにとってもロックは羨ましく、そして好ましい存在だった。



「ロック、貴方は私の知る限り最高のテイマーです。だから、自信を持って! さぁ、行きましょう。新米テイマーが私達を待っています」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る