第20話 最高の相棒
アゥゴーのテイマーズギルド前広場。
なったばかりの新米テイマーや、これからなろうと目指す冒険者見習い。テイマーって不人気職じゃなかったのか。絶対嘘だ! 言いたくなる人数が集まっていた。
「信じられませんね。ついこの間までテイマーは不人気職だったのですけど」
整理しているギルド職員に話し掛けるリーリエ。
職員の男も、頷いて同意を示す。
と、リーリエに気付いた新米テイマー達かざわめき出す。
「あ、あれは、リーリエさん?」
「『姫君テイマー』と呼ばれる人気テイマー。あの人のワンガンコは大地属性の犬型魔物なのに水属性スキルを使えるんだよな」
「皆さん、今日はギルドの実地訓練にご参加下さりありがとうございます。今回の案内・進行役のテイマー、リーリエです。今日はよろしくお願いします」
笑顔で、でも凛とした声と雰囲気に皆のボルテージも上がる。
「そして、もう1人。この子を知らない方はいないと思います」
そう言われて出てくる子供。回りのざわめきがどよめきに変わる。
「は? え? まさか?」
「おい、マジで?」
「テイマーのロックです。今日はよろしくお願いします」
「うわあー! ほ、本物だ!!」
「マジか? すげぇー!」
熱狂! としか言えないボルテージだ!
世界に出てきてまだ数ヶ月の子供なのに。
見た事の無いバンディッツメイルと身の丈近い大剣。神竜ゼファーの牙を研磨したと言われる、ミスリルをも断つ『神竜牙』。
装備も従魔も剣技も、全てがレジェンドになりつつある少年 ~ ロック。
目の前にいる『輝竜』と呼ばれている冒険者に、訓練参加者のボルテージは針を振り切った!
「では、これからデングル平原に向かいます。従魔を持たない方々はスライム、またはホーンラビットかボルビーをテイム出来るよう頑張って下さい。従魔を持っている方々は、その従魔のレベルアップを図りましょう。2頭目を狙うのも有りです。言っておきますが、GやFランクでも魔物です。間違えたら死を招く事、重々承知で挑んで下さいね。冒険者である以上、基本的に自己責任です」
アゥゴーの街から3つ首竜の森を過ぎた所に広がる平原。そこから国境を山手に登れば『飛竜の谷』に行き着く。そこまで行けばBランクのアースドラゴンも出てくるが、デングル平原ならば出てもEランクのビッグオウルで、しかもこいつは夜しか出てこない夜行性の魔物だ。昼間ならばGのスライム、Fのキノチュン、レトパト、ボルビー、ホーンラビットとなる。倒すにしてもテイムするにしても、初心者向けと言える魔物。リーリエは注意を促したが、参加者は軽く見ている雰囲気がある。
「リーリエさん?」
「実地訓練です。やってみればわかります」
平原に着くと、各自バラけて拡がっていく。
「念のため。『モンスターハウス』、レツ、お願い」
空間が開き、中から飛び出すレトパト。
「チッチッチッ」
「頼むよ」
任せろ!って言わんばかりにロックの回りを飛ぶ灰色の鳥型魔物。ロックが差し出す拳をつつくと、大空へ舞い上がって行く。
その仕草を見て、胸を熱くするリーリエ。
そして、数名の新米テイマーが感動するのを見て、
「そう。テイマーならば、今のロックを見て『あんな風になりたい』って思わないとね。うん。あの子達は見込みありそうです」
思ったよりやる気のある新米がいる事に、少しホッとするリーリエだった。
「うわあー! た、助けて」
逃げようとして躓き、倒れかける新米冒険者。ホーンラビットが、その主武器たる頭の角を向けて勢いよく突っ込んで来る!
ガシーン!
「うわあー! い、痛い! た、助けて」
倒れたために角度が変わり、背中への角の当たりが浅くはなった。致命傷ではなく傷も大したこと無い筈なのだが、死にそうな声をあげて踞る新米冒険者。
「く、来るなあー!」
再び角を向けて勢いよく突っ込んで来るホーンラビット。倒れた拍子に剣も何処かに飛んでいってしまっている! 魔物に殺される! もはや恐怖しかない!?
と、ビクッとばかりにいきなり横っ飛びになるホーンラビット。倒れた新米冒険者より横の方を警戒している?
「突っ込んで来るホーンラビットに背を向けるなんて。『殺して下さい』と言うようなものです。1歩引いて交わし様に背に1激。向かって来る魔物への対応の基本中の基本ですよ?」
その姿を見て一目散に逃げるホーンラビット。
銀鎧の人型の上半身と鈍い光沢の緑色のスライム型の下半身。B+ランクのナイツスライム ~ スライ。
「ありがとう、スライ。また頼むよ」
「わかりました」
そう言うと空間に溶け込む様に消えるスライ。
回りのものが不思議そうにざわめく。
「ロック? 今のは?」
「光学シールド。スライムの上位種が持ってる、回りと同化する防御スキル」
「メタルスライムとかが消えるアレですか?」
目を丸くして尋ねるリーリエ。
「です。ナイツスライムに進化した時に覚えたみたいで、最初は僕もビックリしたんです」
「『捕食』ではなくて?」
「はい。進化の際にその種独特のスキルに目覚めるみたいで。リントもポイズンスライムに進化した途端『毒液噴射』を得たんです」
「進化の際に…。強い魔物をテイムするだけではダメ。魔物を育て上げなくては。そう教えてくれる事例ですね。ロックといると勉強になります」
感心するリーリエ。
この辺、ロックの方が斬新と言える。
普通はテイムした魔物と共に戦う内に慣れが出来たり装備が良くなって来たりする。そしたら、強い魔物や1ランク上の魔物に挑みテイムしていく。強い魔物に替えていくのがテイマーの常識だったのだ。
だが前世で育成物と呼ばれるRPGやSLGをやり込んでいたロックは、テイムした魔物を育て上げる事に重きを置いていた。スライムを育成した者など他には皆無と言っていい。
その結果、ビッグスライムの従魔というテイマーの常識を叩き壊す事例を作った。
聞いたリーリエの驚きは、そのままテイマーズギルドの驚きとなった。中には頑なに信じられない者もいたのだ。
「あ、あり得ない! そんなの聞いた事ない!?」
だが、ビッグスライムが従魔として存在している事実は変えられない。理論的にどうこうではない。事実が物語る以上、認められない者は只の偏屈、或いは馬鹿というレッテルを貼られてしまう。
そして2例目。リーリエがスライムを育て上げ、ビッグスライムの従魔を持つ事に成功する。
その頃にはテイマーズギルドの手によって、『ビッグスライムの従魔契約の仕方』は世界中に広められていた。ロックという名誉会員の名で。
「チッチッチッ! チー!」
レツの声が変わる! 何かが起きた?
「あれは? 不味い! 大蜘蛛?」
ロックの脳裏にレツからの絆通信が来る。
草原と森との境。森の入口より黒く禍禍しい雰囲気の、牛程の体格を持った蜘蛛が出てくる。
Dランクの魔物、大蜘蛛。
糸を吐くだけなのだが、敏捷性と狂暴性でDになっている巨大な蜘蛛。新米テイマーでは厳しい相手。
「間に合うか!って、何で森の方に行ってるんだ!」
「ロック?」
走り出すロック。リーリエも慌てて向かう。
足に糸が絡まり、大蜘蛛の方に引きずられつつある新米冒険者。
「わ、わあっ! た、助けて!」
「キシャアア!」
目を不気味に輝かせ、涎を垂らす大蜘蛛。
その大蜘蛛に1頭のホーンラビットが突っ込んで来る!
「ば、バカ! 逃げろ!!」
「ピィー!」
角を向けて勢いよく突っ込んで来る! ついさっきテイムしたばかりの従魔。主を助けんとばかりに、格上ランクの魔物に突っ込む!
「キシャアア!」
ガシーン
「ピィー!」
角は蜘蛛の脚に当たる! が、弾き飛ばされてしまうホーンラビット。
「逃げろって!」
起き上がるや否や、再び角を向けて勢いよく突っ込んでいく! 逃げる事は全く頭に無い!!
「デッズ、逃げろ!!」
「キシャアア!」
そのホーンラビットに向けて糸を吐く大蜘蛛。だが、その糸はホーンラビットまでいかない。
ボッ。ボッボッボッ!
小さいとは言え火球が飛び、糸を焼き払う!
「な?」
火の出先を見ると、ナイツスライムがいる!
「間に合いましたね」
下半身のスライム側の口から火球を打ち出している。
そこへロックも駆け付けて来る。
「スライ! よくやった!」
「あのホーンラビットが頑張ってくれました。お蔭で間に合いました」
「いくぜ、スライ!」
ロックの掛声と共にスライも動く。火球を打ち出し、糸を断ちながら大蜘蛛に向かう。
「キシャアア!」
「ウィンドカッター」
スライの後ろから風の刄が大蜘蛛を襲う。避けきれずに脚を絶たれる蜘蛛をスライの剣が袈裟懸けに斬る!
「ギャアアアア」
左右前2本の脚が切り飛ばされる。怒る大蜘蛛が糸を吐くが、スライは火球を打ち出して対抗する。そして左に避けるスライ。大蜘蛛が虚をつかれて動きが止まる? その避けて出来たスペースから飛び込んでくるロック。魔力溜めの時間は充分。ロックの『神竜牙』が煌めく!
「ギャアーギジャアア!」
首を落とされる大蜘蛛。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。俺、た、助かりました」
「貴方を助けたのは貴方の従魔ですよ。よく頑張りましまね。治療しましょう、『ヒール』」
傷つき、踞っているホーンラビットに回復魔法をかけるナイツスライム。途端に元気になり、主の元へ走るホーンラビット。
「デッズ、本当にありがとう」
「ピィー!」
「本当に良かったです」
笑い合うロックとスライ。そこへリーリエも駆け付けて来る。
「ロック、本当に良かった。デッドも大丈夫ですね」
「はい。みんなの、コイツのお蔭です」
自分の従魔を撫でるデッド。
「それにしても、流石のコンビネーションですね。それほど指示を出しているようにも見えなかったのに」
「何となくスライの動きわかるし、僕の言いたい事もわかってるみたいだし」
「まぁ、付き合い長いですからね。ロック様が何を言われるのか、何をしようとしてるか。何となくわかりますので」
2人の絆。ハッキリと伝わる心。
リーリエは勿論、その場にいる新米冒険者にも拡がっていく感動。テイムした魔物は、戦闘の道具ではなくパートナーなんだ!
目の前の従魔は、GランクからBまで育て上げられているのだから。
「チッチッチッ」
「ピッピッピッ!」
レトパトとキノチュンが何か話している。で不満気ながら上空な舞い上がり偵察飛行に入るレトパト。残されたキノチュンは嬉しそうにロックの肩に留まっていて、 気がつけばボルビーも近くにいる。
「プールピー!」
ロックに撫でられ、やっぱり嬉しそうなボルビー。
テイムされた訳でも無いのに、どう見てもロックになついているとしか思えない魔物達。
リーリエは、コミリアの言葉を思い出していた。
「いつの間にかさ、彼奴の回り、魔物だらけで。でも何か楽しげに語り合ってるみたいで。子供の頃からさ。あ、まぁ、今も子供なんだけどね。ロックの奴、何時だって側に何かが居てさ。でも、私が見ても、そいつらは魔物って言うより友達って言った方が良い様な感じでさ。だからかな? 彼奴はテイムした魔物に最初にかける言葉はさ、『僕達は強くなる! ね、一緒に強くなろ‼︎』って。そう、『僕達』って必ず言うんだ。そして、必ず彼奴の従魔はそれに応える。1番の相棒のスライなんかさ。その最たるモノだと思うよ」
そして、先程のスライの言葉。
「付き合い長いですからね」
主従ではない、友達・相棒。本当にそう思える従魔との関係。リーリエにとっても、目指すべき理想の関係に思えたのだった。
その後も多少のトラブル?はあったものの、初の実地訓練は大成功に終わった。
何名かは自身の甘い夢を自覚し、諦めて去っていく。
だが、相棒というべき従魔と出会い、新しいスタートを切る冒険者もいた。彼ら全員にお互いが「最高の相棒」であって欲しい。リーリエは心から願っていたのである。
ちなみに、ロックになついている様に見えた2頭の魔物は、やっぱりそのままテイムされてしまうのだった。『モンスターハウス』の中で何やら語り合いがあったようなのだが、スライ曰く、「ロックにも内緒」との事。
これでアゥゴーのテイマーズギルドの構成員は、以前の倍以上に増える。もうベリーボリスのテイマーズギルドに兎や角言われない規模となった。
ギルドマスターの実態が、ちょっと引っ掛かってはいたが…。
面白くないのはベリーボリスのテイマーズギルドマスター、アレックスだが、こうなると手の出し様がない。30分程ギルマス・カインの悪口を言っていたが、結局溜飲が下がったのか、普通の現場重視のギルマスに戻った。
1週間後。
ロックとリルフィンがテイマーズギルドに顔を出す。
「あら、珍しい! やっとこっちに顔出し?」
獣人少女の受付嬢、レムシアがからかう。ロック達が冒険者ギルドの依頼に、この1週間掛かりっきりなのを知っていての言葉だ。
「僕達は『竜の息吹』の一員です。パーティーとして依頼受けている訳なので…」
クスクス。
「ごめんなさい。わかってる。向こうが優先で問題無いのよ。で、今日はどうしたの?」
「鳥型魔物のエサを探しに。今、僕のとこに2頭いるから」
「あれ? レトパトと…」
「この間の訓練の時にキノチュンが仲間になりました。飛行タイプが2頭。結構面白いんです」
鳥型の先輩後輩。中々面白いコンビネーションになる。共にあまり戦闘力は無い。だが、それでも2頭のコンビネーションは、意外な戦力になった。空中戦力をドランに、トライギドラスに頼りっきりだった頃に比べると、格段に戦術が増えたのだ。
SLGもやり込んでいた六朗=ロックは、戦術オタクの一面を出し、コンビプレイを色々試してみた。ロック達の戦力は益々上がったのである。
「キノチュンが好きなのはコレ。でレトパトはこのタイプの方が好みだよ」
「へぇー。キノチュンの方が雑食なんですね。レトパトは練り餌タイプが良いんだ」
「あれ? レトパトに今までどんなエサやってたの?」
「『コッコ』用の奴。卵家畜用のですが、レツの大好物なんです」
「また高いモノを。卵農家は『卵』という高価な食材を卸せるから元が取れているのですよ?」
「まぁ、少しは稼いでますから」
子供とは言えBランク冒険者。貴族や国の依頼も有る為、報酬が半端無い。数年遊べる位を1つの依頼で受け取る事もあるのだ。
「売れっ子はいいわね」
「からかわないでください」
買い物が終わり出て行く2人。
「本当に羨ましいわ」
そのまま街を巡り歩き、屋台で買い食いする2人。
狼の獣人なのもあり、リルフィンもやはり肉類の屋台が大好きであり、ロックもまた若い少年の健啖振りを素直に示していた。
屋台の親爺も、噂の子供達が嬉しげに頬張る姿を見るのは料理人冥利につきた。またこの2人の広告塔としての威力は凄まじく、あっという間に屋台に行列が出来てしまう。なので、ロック達は結構屋台に呼ばれてしまうのだった。
「また来ておくれよー!」
機嫌の良い親爺の声を背に、今度は冒険者ギルドに向かう2人。
先日依頼が終わったばかりである。当分依頼は受けないと思ってはいたのだが。
「こんにちはー」
「ロック君! 良かった! 来てくれた‼︎」
受付嬢リリアが翔んでくる!
「え? どうしたんですか?」
「ロック君に指名依頼が入っているの!」
切羽詰まった感じで叫ぶリリア。
「えと? どんな依頼ですか? それと、誰からの依頼なのでしょうか」
「依頼主はギルド。このアゥゴーギルドです。依頼内容は今の処、薬の輸送です」
「今の処って? しかも薬の輸送ってどういうこと?」
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