第9話 裏切りの錬金術師

 国境の近く、『飛竜の谷』。

 奥まった場所で、馬車の欠片が散乱し、彼方此方に身体の欠損した死体が転がっている。


 それを検分する者と、得意気に報告している者。顔をしかめて聞いている者と、遠くからきこえる遠吠え。


「確かに実力は認める。が、今少し使い勝手が良くはならないものか? あれでは何時暴走するか、わかったものではない」

「ここまで従順にしただけでもかなりの努力と改善なのですよ?」

「経過ではない! 結果を言っている!!」


 顔をしかめ不本意という表情を隠そうともしない貴族。この実験の責任者であるピーター=ファーガスン侯爵で、ミルザー法王国軍の特務部隊指揮官を兼ねる武人。言動も性格も、貴族というより現場の軍人であり、下士官や兵士の人気や信頼も厚い、強面の偉丈夫である。


 遠くで、興奮状態で吠えているのは実験のサンプル。普通より2回り程大きい身体の『虎族』の獣人。しかも背中には猛禽のような翼をもっており、両腕も猛禽の鉤爪になっていた。


 獣兵器試作2式 第16号。

 ライカー王国から持ち込まれた錬金術のノートを元に創られた生物兵器。

 人造でAランクに匹敵する魔物を作る。しかも制御可能な兵器として。おぞましい事に母体は獣人だった。法王国では獣人を亜人とすら認めていない。魔物と同じ扱いなので、一部が奴隷として存在するだけで、基本的には駆除対象となっている。


「まだ試作2式です。それでもコイツは順調に育っていると思いますが? ケヒッ、ヒッヒッヒッ」

 奇妙な笑い声をたて近付いてくる男。ライカー王国から貴重な錬金術の実験ノートを持ち込んだ錬金術師。

「…レザック…」

「貴殿方が作った試作1式は、4つ足の真に獣でしかなかったのですから。ヒッヒッヒッ。私が持ち込んだ理論で、獣人を核にすることが出来るようになった。ずっと制御しやすくなったと思いますがね」

 耳障りな笑い声を立てて、自慢気に言うレザックに対し、ファーガスン侯爵は勿論、実験スタッフも好意的にはなれなかった。


「持ち込んだ、ね。それについては確かに礼を言うが、君の打ち立てた理論ではないだろう? で、ないのなら応用してみせてくれ。試作3式を上は求めている」

「それは…」


 明らかな狼狽。

 勿論、錬金術師を偽っている訳ではない。王都でそれなりの師に学び基礎的な物は習熟している。が、致命的に閃き、発想力が無かった。まるで応用出来ず、理論を追従するだけ。与えられた作業をこなすだけ。新しい知識の無い薬師とさえ呼ばれた。

 未来に絶望し故郷に帰ってみれば、世界でも最高峰の錬金術師がいた。誇る事もなく隠頓生活を送る『黒き大賢者』。レザックには信じられなかった。


「あのまま村に置いていたら燃えて灰になるだけ。私が持ち出したから役にたっている。実現出来ている。こうして形になっているのだ」


 本来は獣人のパワーアップの為の強化試作。友人の獣人との会話の中で、ある意味冗談で出てきた強化案。

 だが、あまりにも非人道的な所業の為、冗談で済ませるつもりだった。

 コルニクスは、村の焼き払いの時に、この悪魔の仕業と言うべき錬金術式を葬り去るつもりでいた。いや、葬り去ったつもりでいたのだ。

 その前に持ち去られ、他国で形になってしまっているとは!

 しかも、その理論を使っても16号の試作体。

 14号までは、結果として数日しかもたなかった。

 15号は生きてはいるものの、当初の性能をまるで満たしていない。

 17号はまだ製造段階。他の生物のパーツを繋ぎ合わせる為に使う接着剤が、精神に要らぬ作用を及ぼしており、直ぐ暴走するようになってしまっていた。


「閣下。この物資は?」

「いつものように運び入れておけ。あって困る物でもないしな」

 足がつかないように、物資は全て回収し、商人や護衛等全ての人間を皆殺しにしていた筈だった。

 16号が情緒不安定な為、最初の襲撃時では見逃した商人がいた。護衛と2人で命からがら逃げたのだ。その事に気付いたのはレザックだけであり、それをスルーしたが為に、商人が積み荷の回収を冒険者に依頼している等とは誰も思わなかったのだ。

「確かに17号よりはマシか。まだコイツは制御出来る…、うん? どうした?」


 16号が暴れだした?

「そ、それが! 急に。おい! どうした?」

「お…、女!!」

 16号は、発情期が近かった。その為、この実験に女性を全く参加させていなかったのだが。

「女が近付いている? しかも獣人が、という事か。とすると、やはりあれはレトパトか」


 上空に鳥型の魔物。ファーガスン侯爵はピンときた。

「偵察? 何故? ここに冒険者が来るのは何故だ! 何を探しに来た? おい! 此処で襲った商人達は皆殺しにしているよな? よもや生きて逃亡した者がいる、とは言わぬだろうな!」

 一面に響く怒声。誰も返答出来ない!

「此処が他国領という事の意味がわかっているのか? 隠密行動だと、あれ程言った筈だ!」

 苦り切った顔で、レトパトを睨むファーガスン侯爵。

「冒険者が来る。全員戦闘態勢。生かして帰してはならんのだ!」



 レトパトからの絆通信を受け取るロック。

「こっちに…気付いたみたい。待ち受けに…、入った。魔物? 虎族…獣人に見えるけど…、羽生えてる? 大きい! まさか、ジッチャンの? 冗談キメラ? 」

「ちょっと? ロック、何それ?」

「ジッチャンの友達、ガブラさんの冗談強化。錬金術で、強くなる話。…冗談じゃなく、…やってはいけない実験…、でも、…資料、全部燃やした筈……、あれ? レザックさん?」

「は? ロック? まさか」

「うん…、間違いない!レザックさん! まさか、ジッチャンの資料、取った?」

「ガブラさんって、狐族の、師匠の古い友人の? 確か左手が不自由だった?」

「そう。左手、治して、力、戻す。錬金術でちょっと、付け足すみたいな?」

「成る程。理論としては完成させたが、人道に外れた錬金術だった、と。だから『黒き大賢者』は封印し、村の焼き払いと一緒に焼き捨てる事にした」

 ソニアの言葉に頷くロック。

「翼があり2回りは大きい身体。真っ当じゃ無いわね。だから何の魔物に襲われたか、わからなかったんだわ? そこまでの錬金術の技術を持つのは、多分法王国よ」

 マッキーが呟く。

 軽い気持ちで調査、探索に来たが、他国の陰謀を目の当たりにしてしまった。

「ヤバいわね。相手は口封じにくるわ。全く、新生『竜の息吹』、とんでもない初陣になってしまって、困ったもんだ」

 他人事のようなコミリアに呆れるメンバー。最も、全然悲観的にならないのは、やはりロックと従魔であるトライギドラス『ドラン』の存在が大きい。


「モンスターハウス、オープン! 皆、出てきて! 頼むよ」


「パルルルル【まかせろ!】」

「ピルルルル【やるぜ!】」

「プルルルル【行くぜ!】」

 空中に飛び出すトライギドラス『ドラン』。


「ピキ!ピキー!」

 緑色のビッグスライム『スライ』。


「ピッキ、ピッキー!」

 紫色のポイズンスライム『リント』。


「ピピッキ、ピッキー!」

 水色のヒールスライム『ライム』。


「ウッキ、ウッキッキー!」

 頭部と両手甲に炎を宿すフレイムコング『コング』。


 そして、偵察中のレトパト『レツ』。


 ロックの仲間達が出てきてやる気満々の態度を見せる。


「私達も! 出来れば獣人は確保しましょう。アルナーグ辺境伯とギルドマスターに見てもらわないとね」

 リーダー・コミリアの檄に、全員が頷き、気合いを入れ、想いを1つにする。


「それじゃ、行くわよ? 『竜の息吹』go!」



「お、女!!」

 リルフィンを見つけ、駆け出す獣化兵器16号。

「それでも私に来るんだ?」

「させません! 大地の精霊よ、足止めして!『スネア・バインド』」

 ソニアの精霊魔法が炸裂。大地が隆起しまとわりつく。

「ぐ? ぎゃっ!」

 足をとられ、転がっていく16号。

「今だ! ドラン!ぶちかませ!!」


 空から急降下してくるトライギドラス。

「ぐはっ!」

「パルルルル【ついで】」

「ピルルルル【くたばれ!】」

「プルルルル【毒の爪】」

 ポイズントードを喰って覚えた技!前足の爪が紫色に染まると、思いっきり相手に叩き付ける!

「うううっ? ぐ? ぐげげ? ぐはっ!」

 直ぐに効果が表れ、苦しみだす16号。


「な? バカな! トライギドラスが『毒の爪』を持つとは?」

「貴方が、責任者?」

 ファーガスン侯爵に対峙するロック。

「て、てめえ、ロックか?」

「レザックさん!ジッチャンの資料、取った?」

「レザック! アンタ! 何やったか、わかっているの?」

「それにコミリア? ちっ!てめえ等が来るとは?」

 侯爵の後ろにいるレザックに怒鳴るコミリア。同郷の冒険者の出現に、レザックは苛立ちを隠せない。

「閣下! お下がり下さい!」


 護衛の騎士がファーガスン侯爵を庇い、ロックに斬りかかるが、交わし、剣で受け止め、逆に斬り倒されてしまう。

「ぐわっ!」「ぎゃっ!」


「むう、子供の癖に何という手練。そうか、君が最近有名な『3つ首竜の森に住む凄腕の子供』か?」

 唸るファーガスン。護衛の騎士は特務の一員。その辺りの貴族の、見映えだけいい騎士ではなく実戦経験豊かな者を連れて来ていた。それを苦もなく斬り伏せていく!

「くっ! 16号も倒されるとは? 失敗、くそッ! 最悪だ!!」

 ロックに斬りかかるファーガスン。

「はっ! 」

 受け止めるロック。大人と子供。それ以上の体格差があるのにも関わらずロックは力負けしていない!


「厄介な! 力負けもだが、我が剣を受け止めるとは? 君の剣も、相当な業物なんだな」

「ジッチャン渾身の竜素材の剣。装備は超一流」


 カン、カン、キーン!


 装備はと言っていたが、目の前の子供の技量も超一流の様だ。貴族とはいえ、思考発想が軍人のファーガスンは、剣士としても一流と言える。その彼が攻め切れていない!


 そこへ、拠点にいた16号の世話役、研究者が走って来る。

「閣下!拠点が、魔法使いと魔物共に襲われ壊滅です。資料を燃やされ、護衛にいた試作1式も倒されてしまいました」

「な! 何をしていた! 」

「向かったのはDのスライとEのコング。試作1式って、弱いみたいだ」

「くっ! 1式が、せめてC程の強さがあれば…。所詮はF+相当か。いや、B相当の試作2式もあれ程呆気なく倒されてしまうのでは。相手が悪かった、か。何故だ? 何故此処に来た?」

「此処で商業ギルドの馬車が襲われたの。生き残りの商人が原因究明と 資材奪回を依頼してきてね」

「商業ギルド? 最初の獲物か? 生き残りがいた? あれ程殲滅するように言っていたのだが。くっ! 何という不覚。認識不足は我だったか」

「今更ながら聞くけど、法王国の貴族よね?」

「そうだ。っと、残念ながら答えられる立場になくてな」

「根っからの軍人ね。好感持てるわ、オジサマ」

 コミリアの軽口に、ニヤリと笑うファーガスン。この辺も貴族というよりは軍人気質と言える。


「「逃がさない!」」

 ソニアの精霊魔法とリルフィンの魔槍がレザックを襲う。牽制の意味で、少し外していたが、それでもシルフの刃は頭を掠め魔槍は左腕を飛ばした。

「ぎ、ぎゃっ! アアアアアア! い、痛ェエエエ」

「戻って!」

 手元に戻る魔槍。

「たいした魔槍だ。成る程、あの資料は『黒き大賢者』の物だったか。それにしては完成度が?」

「古い友人の、老いた身体を補完する、あくまでも冗談で作った物。それでも、ジッチャン色々考えてしまって。『錬金術師とは誠に度し難い』言ってた」

「成る程。それをさも自身の研究の様に持ち込んだ訳か? とは言うものの、この研究、止める訳にはいかないのでな。悪いが帰らせて貰おう」

「逃がさないわ!」

「ヒッヒィ! ファーガスン侯爵! 自分だけ?」

「ちっ! どこまでも浅はかな!」


 冒険者達が来てから、配下の者は『閣下』としか呼んでいない。その配慮を、レザックは全く考えていない。ロック達は、責任者の貴族の名前をここで初めて知る。

 置いてきぼりでも良かったが、こうなると何を喋るかわかったものではない。ファーガスンはレザックの元に行くと、転移アイテムを、発動させる!

「しまった!」


 倒した騎士達は、揃いの甲冑は着けているものの、記章も何もついておらず所属不明としか、言えなかった。

「結局、ミルザー法王国の証拠は何も無いわね」

「でも、獣化兵器を確保出来た。あの死体の存在は大きいわ。それにマッキーが拠点を制圧している。あっちには何か証拠が…」

「残念だけど…。あ、荷物は拠点の倉庫にあったわ。他の分も有るけど、とりあえず全部持ち帰りましょう。後、この子達もご苦労様。ロック、皆とってもお利口! 作業しやすかったわ」

「ピキ!ピキー!」

「ピッキ、ピッキー!」

「ウッキッキー!」

 喜んでいる、様に見える3匹。

「モンスターハウス、オープン!」

 空間が開き、帰っていく魔物達。

「マッキー、荷物は?」

「全部ディメンションハウスに入れたわ」


 空間魔法ディメンションハウス。

 空間に倉庫を作る魔法。魔力によって容量が変わるのは、ロックの持つ『魔法の袋』たるザックと同じであるが、少ない魔力でも馬車1台分位は確保出来る。モンスターハウスと同じように見えて、はっきりと違う処が1つ。生き物を収容出来ない。モンスターハウスはテイマーの魔法の為、魔物を収容出来る空間になっている。最悪馬や人も収容出来ない事もないが、魔物と一緒に入っては、一歩間違うと餌にされてしまう。ロックの従魔は割りと人懐っこい者が多かったが、それでも『食べたらダメ』というのを徹底させるのは難しく、ロック自身出来るとは考えていない。

 獣化兵器の死体と甲冑を一部ディメンションハウスに入れて、ひとまず依頼は達成と考えていいだろうと思える。

「それじゃ、帰りましょう!」



 ミルザー法王国、辺境の村ダンケル。

 ファーガスンとレザックは、ここに転移していた。


「予定より早く帰ってきたね。何かあったのかな?」

「殿下、申し訳ございません。ライカー王国の冒険者達に邪魔され、実験を中断するはめになりました。試作1式3体と2式1体を倒され、配下の者もほぼ全滅致しました」

「それは酷い。大損害だ! 侯爵、君が居てその結果は相手の冒険者は相当のやり手だったのかな?」

 事のあらましを説明するファーガスン侯爵。


「『黒き大賢者』の弟子達、か。また厄介な者と敵対したね。今後の計画に支障をきたすかもしれないな。フム。何にせよ急ぐ必要があるね。まぁ、君が無事だっただけでも僥倖と言える」

「申し訳ございません」

「まぁ、いいよ。帰って休みたまえ。報告の文書は後日貰う。それとせっかくだ。例の男に処置を」

「御意、殿下」



 ある処置室。レザックはここに連れて来られ治療される事になった。


「では、まずは左腕だ」

「ぐ? ぎゃあああああ! ヒッヒィ!な、何を?」


 左腕にあるのは、木の根? ツル? ウニョウニョ動いている。それが左腕の切られた断面から侵入してくる!

「君に力を与えようという殿下のご配慮だ。感謝したまえ」

「ヒッヒィ!ぎゃあ、お、俺があの資料を持って…」

「そんな子供のお使いしか出来ない君を役立てようというご配慮だよ? 殿下に、法王国に感謝したまえ」

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