第10話 貴族権力闘争

 ミルザー法王国のおぞましき実験。

 その検証で、辺境とは言え領国内で商人隊商を襲っていた!


 アゥゴーの街、冒険者ギルドに帰ってきたコミリア達『竜の息吹』。メンバーを増やした新生パーティーの初仕事は、とんでもない結果を依頼達成の証として持ってきたのである。

 報告を受けたギルドマスター・ルミナは、直ぐ様領主のアルナーグ辺境伯へ連絡を入れた。


 辺境伯の館の大広間。

 普段ならパーティーや夜会で和やかな雰囲気になる部屋が、信じられない位重く、張りつめた空気になっていた。

「これは…、成る程」

 そこにあるのは、獣人の死体。

 2回りは大きい、しかも羽が生えている虎族や、狼にも見える、背に鞭のような触手を持つ獣。あり得ない、おぞましき実験の果てに産み出された獣化兵器。揃いの甲冑と幾つかの資料。錬金術の術式が、暗号の如く羅列された物。

「レザックが、法王国に持ち込んだ…か。『ファーガスン侯爵』と呼ばれたのだね?」

「レザックは、あの責任者たる貴族を、そう呼んでいました。最も、貴族には見えない、実質剛健の武人と言えるオジサマでしたけど」

「間違いないよ。法王国の特務部隊を指揮する侯爵だ。うちと同じく根っからの軍人家系だよ。はっきりとした証拠は確かにないな。だが、君の報告を信じたならば、事は明らかだ」


 国同士の、外交問題。

 冒険者の目撃だけでは、デマで突っぱねられてしまう。かなりデリケートな問題であるが故に、相手がぐうの音も出ない位の証拠が必要だった。


「宰相閣下は認めないだろうな。何せ、まだ我が国は法王国と国交も交易もある。ダイザイン、リーオー王国は共に戦争中だ。ザルダン帝国とは国交がない。交易に関しては、この近辺では独占状態だ。向こうにシラを切り通されたら何も言えない」


 黙っていた方が国益がある。だが、

「うちの領内で、これだけの事件を起こしておいて知らぬ存ぜぬで済ます訳にはいかない。抗議だけは私の名でさせて貰おう。こうなると、この獣化兵器の死体があるのは説得力が全然違うな。いや、ありがとう!『竜の息吹』の諸君」

 謝意を示す領主アルナーグ辺境伯。ギルドマスターも冒険者達も、そんな素直な謝意に感激するのだった。

「私達だけではとても…。本当にロック達の加入は大きかったから」

 コミリアが、自分の隣にいる少年を見る。ワイバーン数匹と思っていた依頼が、おぞましき陰謀の計画だったのだ。今までの3人で行っていれば、討たれていたかもしれない。ロックとリルフィン、その従魔達の存在は本当に大きく、法王国の陰謀を撃ち破ったのもロックがいなければ不可能だった。体格差数倍にも見えるファーガスン侯爵と互角に切り結んだのだから。

「本当にな。オークの時といい、君がこの街のギルドにいる事が本当に助かっている。何度でも言う。ありがとう」

「いえ、その…、ジッチャンのノートが、原因…。管理、ミスってるの、こっち」

 首を振りながら答えるロック。

 実際は、全くその場にもおらず、後付けの設定でしかない。だが、設定上焼き払い時に村でこそこそしていた事になっているのだ。資料の管理確認不足は、問われても仕方ない。

「当時8歳の君に、それを問うのは無理があるよ」

「むしろ焼き払い時の責任者としては、私のほうが責任重大です。レザックの動き、全く掴めませんでした」

 アルナーグ辺境伯とギルドマスター・ルミナが、ロックに優しく声をかける。

「だが、今回の事であちらの計画の進行も大分遅れるとは思うし、ね。兎に角、これ以降は政治の、国同士の話になる。後は任せて欲しい」

 そうは言うものの、宰相派とのやり取りに疲れた表情を隠しきれないアルナーグ辺境伯だった。



 王都への一報と獣化兵器試作2式の死体は、直ぐ様アルナーグ辺境伯の名で送られた。


 この国の貴族には派閥がある。

 まぁこの国に限らず、ではあるのだが。


 勢力の大きいのは2つ。

 1つは『宰相派』。

 宰相ゴードン=ラーデウス公爵率いる、中央集権体制を目指す貴族達。

 1つは『貴族派』。

 王妃サリア及び、その実家で王妃の兄たるゾッド=ダイエル公爵と王の従兄弟のステア=ライカー公爵が組んだ、貴族共和制を唱える一派。


 つまりは宰相と貴族院の争いである。

 どちらが国の実権を握るのか? 中立派等、他の派閥はこの際考えなくて良いとさえ言える。


 ライカー王国の歴史は長い。回りの他国と比べても10数倍違う。それだけ長く同じ王朝が続いているのは、ある意味王が凡庸だから、と言える。長い歴史の権力闘争の中、暗君は勿論幼君も多かったこの国で、それでも国が滅びないのは、この2大派閥が鬩ぎ合い、実力と権力が拮抗している分、下剋上がうまくいかず、また国難に対しては手柄を競い合い、功を譲らず、結果として王権の安泰に繋がっていた。


 アルナーグ辺境伯は『貴族派』の、しかも武を代表する貴族であり、その発言力は中々に重い。しかも獣化兵器試作体の死体や資料、襲われた商人から奪われた物資の目録も報告の中にあった。

 これ等は法王国の仕業とはっきり言えないものの、国家単位の組織が自国領の中で無法行為をしていた確実な証拠であり、国の威信にかけても只で済ませる訳にはいかなかった。


「ミルザー法王国討つべし!」


 気勢を挙げているのはライカー公爵で、貴族派のほとんどは、此れに同調した。


「確証もなく宣戦布告しろと言うのか? 政治を知らぬ蛮族は黙っておれ!」


 宰相ラーデウス公爵は激昂し『宣戦布告』派を一蹴したのだが、その彼にしても法王国に抗議声明は出さねば、とは思っていた。但し穏便に。

「アルナーグ辺境伯、此度は卿の領内での事だ。まずは卿の考えを聞こう」

「私自身、腸が煮え繰り返る思いです。よくも我が領内でこのようなおぞましき実験を、と。ですが、物的な確証がありません」


 意外そうに振り返るライカー公爵。ラーデウス公爵も同じ表情を見せる。


「我が領都アゥゴーのギルドに所属する冒険者は『ファーガスン侯爵』の名をハッキリと聞いています。彼等が信用出来る事は、私は何時何処でも声を大にして言えるのですが、これですら確たる証拠になりません。故に抗議、或いは詰問の使者を送る事になるのが、まずは筋かと」

「甘くないか? 彼の国に侮られかねん」

 ダイエル公爵もほぼ怒声である。

「今回は獣化兵器の死体もある。あれを見ればある程度確信出来る。錬金術は、その土地の技術力が出るからな」

「そうですね。確かに錬金術の技術力は、法王国に1日の長があるとは思います。あの獣化兵器は、他国では不可能とも言える技術力です」

「ならば!」

「ですが、この試作2式は『黒き大賢者』の錬金ノートを元に作っているとの事。となれば、我が国の技術の色が出てしまっているのでは? 残念ながら、今アゥゴーのギルドに錬金術師がおらず、詳しく調査出来ませんでした。弟子であるロック、コミリア両名も錬金術の才能はない、と言う事らしく、何とも」


 流石にダイエル公爵も黙り込んでしまう。


「フム。かの大賢者が病死したのは実に惜しいの。弟子達は全く錬金術の素養は?」

「無い様です。コミリアは剣術のみ、ロックも剣術、体術、槍術等武芸は色々教わっているそうです。後、魔法もかなり習熟させられたらしいのですが…」

「錬金術迄至らず、か。その…、ロック、だったか? 『トライギドラス』を従魔にしているというのは?」


 興味深い、そんな感じで宰相ラーデウス公爵が尋ねる。他の貴族も同様の表情を見せている。


「ええ。本人の剣術、戦闘力もかなりのもののようで、先日ギルドにランクBの冒険者として登録されました。その初依頼が今回の獣化兵器の件になります」

「まだ子供と聞いているが?」

「11歳という事でした。ですが、実際あのファーガスン侯爵と互角に切り結んでいます。魔法も攻撃だけではなく回復魔法にも長けていました」

「その年で魔法をそれ程習熟出来るものなのか?」

「師である『黒き大賢者』に脳転写される形で魔法を習熟させられた、と」

「納得です。師の魔力で脳に直接術式を書き込む方法だ。忘れる事は無論間違える事も無い。だが、酷い頭痛に苛まれる筈だが」


 宮廷魔法使いを兼ねる『宰相派』ジョシー=コード伯爵夫人。女性ながら伯爵家当主である。


「ええ。そう言ってましたね。『破裂しそうな痛みが半日続いた』って」

「それは…、御愁傷様としか言えんな」

 女性らしからぬ口調。宮廷にあって異端児と言える女傑、だが男勝り一辺倒という訳でもなく、味方には優しい女性という評判もあった。

「成る程、最悪時の善き戦力となろう。さて、先ずはアルナーグ辺境伯の言を取り、ミルザー法王国へ抗議の使者を送る。『彼の獣化兵器は貴国のもので有りや無しや』と詰問状を届ける形になろう。我が国はこのような兵器の存在も、おぞましき錬金術も認められるものではない!」


 載せられてしまった。

 ラーデウス公爵は宰相として、今回は日和見を決めるつもりだった。貴族派は開戦を主張するであろう、こんな確証のないものでは戦争処か、詰問さえも国交断絶になりかねない。どう開戦をかわそうか、思っていた矢先、当事者たるアルナーグ辺境伯から一歩引いた『詰問の使者』の案を出されてしまった。ライカー公爵やダイエル公爵を勢い尽かせない為には載らざるを得なかった。

「してやられたか? くっ、あの若造め」

 貴族院の決を採った以上、宰相といえど覆す訳にはいかない。

「まぁ良い。一先ず開戦を先伸ばしに出来ただけでも良しとせねば、な」



 王城の1室。

 貴族派の主要なる門閥が集りつつあった。


「感謝します、ライカー公爵、ダイエル公爵。宰相閣下も詰問の使者を送ることに賛同して下さいました」

 頭を下げるアルナーグ辺境伯。


「武を代表する者にしては、此度は奸計を用いたものよ」

「くくくっ。かなり厳しい詰問となったようだからな。彼の国との国交断絶はまぬがれまい。宰相の決断の形になった事だし、これで商業ギルドの追求は宰相へと向かう。確かに交易独占を捨てるのは痛い。だが、彼の国の国是は元々我が国の主義主張とも相容れぬものだ。それに、交易独占もダイザイン王国やリーオー王国から非難の声が上がっておった」

「何れにせよ、最終的に開戦へ至るであろう。皆も準備を怠らない事だ」

「開戦…ですか?」

「ミンザ主義者は過激な者が多い。彼の国の王族貴族等その最たるものだ。こちらが詰問すれば、向こうは激昂してくる」

「諸国に、非は向こうにある、と解らせねばならぬからな」

 多少、自分達に都合の良い解釈になってきたのは気のせいか? アルナーグ辺境伯は、苦笑しつつアゥゴーの街のギルドを思いおこしていた。



 そのギルドの訓練所にロックはいた。


 実質的には兎も角、初依頼が国家の陰謀という流石はBランクという大事になってしまい、ロックは勿論『竜の息吹』の知名度と実力が跳ねあがってしまったのだ。報酬も元々の依頼主である商業ギルドからは勿論、領主からも出る事になった結果、数ヶ月処か数年は遊んで暮らせる額になってしまった。

 次の依頼をどうするか? パーティーメンバーで相談している時に、毒の傷の治療が終わり、リハビリを兼ねてやって来たBランクパーティー『電光の大斤』戦士のアンザックと鉢合わせたのだ。

 Bランク同士、リハビリを兼ねて模擬戦を求められたロックは、回りに囃し立てられ受ける事になったのである。


 アンザックと並ぶと、ロックは大人と子供というより、獅子と猫という位の体格差に見える。

 にもかかわらず、互角に切り結んでいる姿がとても信じられない。


「は、ハハハハハハ! いいぞ! 熱く、乗ってきた!!」

 嬉しそうなアンザックの叫びと熱狂は、イキナリ被ってしまった水で急激に冷やされてしまう。

「な、誰だ?」

『電光の大斤』の魔法使い『凍れる美女』のフラン。Aランクという最高に近い実力を持つ、青い髪藍色の目のクールビューティー。

「頭冷えたか? 模擬戦だぞ? しかも見てみろ」


 そこにいたのは涙目の子供。

 確かに同じBランクだが、11歳の少年が、大斤を振り回しながら迫ってくる本気の豪傑の迫力にビビらない筈がない。

「あー、すまん。いや、お前やるなぁ」


 ボカッ!


「反省の色が無い!」


 鈍く、何かが砕けた様な音が響く。

 フランが持っていた杖で、アンザックの頭を殴ったのだった。

「おま…、俺じゃなきゃ頭割れてるぞ!」


 魔法使いの杖って、殴る武器じゃないよね?

 その場にいる者の思いは一致したという。


 姉たるコミリアが見ていれば、流石に抗議したかもしれないロックとアンザックの模擬戦。

 だが、コミリア達は別の模擬戦を見ていた。


 訓練所の左側。ロックとアンザックの模擬戦に背を向け、コミリア達が見ていたのはリルフィンと『電光の大斤』女戦士『深紅の閃光』ライザ。BランクにCランクが、果敢に挑んでいた。

 共にスピード主体の戦士とレンジャー。しかも武器は同じ短槍使い。技術は兎も角スピードではリルフィンも負けてはいない!

「やるわね? ならば」

 一旦距離を取るライザ。すかさず、

「伸びろ! ハァアアアッ!!」

 銀竜の魔槍が短槍から普通サイズになり、距離を取ったライザに、リルフィンは槍を投擲する!

「やる! でも!」

 銀竜の魔槍を弾くと、

「チェックメイト!」

 短槍を振りかぶるライザ。だが、

「戻って!」

 一瞬で手元に、短槍の形で戻る銀竜の魔槍。ライザの短槍をしっかり受け止める。

「な!? マジで?」


「何度見ても、あれは反則よね」

 コミリアの呟きに、マッキーとソニアが苦笑する。

「反則って、何あれ? とんでもないレアアイテムじゃない?」

 回りのギャラリー、何故か女冒険者ばかりが集っていて、『希望の西風』の女戦士ケニーが突っ込む。

「何処かのダンジョン? それとも?」

「師匠が造った冗談武器、らしいの」

「はあ? コミリアの師匠って? あ、『黒き大賢者』?」

「ロックが言うには、あの子の装備を作った時に、余った竜素材で『こんなもんがあれば面白いじゃろう?』って言って造り上げた、と。で、パートナーとなったリルフィンに挙げちゃったの」

「はあ? いくらパートナーでも、あんなレアアイテムを?」

「あの娘、ロックのお嫁さんだから」


 ボン!

 聞こえたのか? お約束の瞬間ボイラーと化し真っ赤になるリルフィン。


「やっぱり。イジリ甲斐があるわ~」

 笑うコミリアに、回りはドン引きする。

「あれ? 何? 皆?」

「いくら先を越されたからって…」

「弟の嫁を虐めるコトメ。引くわ」

 頷く回りの女性陣。

「ちょっと? 何言うの、マッキー? ソニア? 何? 何のブーメラン? 私、何で? 何が悪いの?」

「口と性格」ボソッ。

「何だとー!」

 いつの間にか後ろにいたロック。振り向き様、


 ガシッ! 頭グリグリ!!

「痛い! コミ姉ェ、痛い!!」


「お、おい? いいのか? って言うか、俺の攻撃を交わしたり受け止めたりしてるのに?」

 目を丸くするアンザック。

「まぁ、只の姉弟のスキンシップだから」

 微笑ましく見ているマッキーとソニア。成る程! 回りも頷いてしまう。


 その時だった。

 ギルドに駆け込んできた者が爆弾を落とす。


「大変だ! ミルザー法王国がまたダイザイン王国に攻め込んだ!!」

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