第6話 古の回復魔法

 オークの集落。


 討伐依頼を受けたシオン達『竜の牙』。5人の少年達の『紅き閃光』。そしてロックとリルフィン。


 現れたオークキングは、トライギドラス『ドラン』が1撃で仕留めてしまう。

 王を失い、パニックとなり逃げ出そうとするオーク共を『竜の威圧』で身を固まらせ討伐していく。

 動きが固く、パニックで組織的な行動が出来ないオークは、最早群れとは言えず、個々に掃討されていく。


 そんな1コマ。

 遊撃としてオーク共の足止めをしていたビッグスライム『スライ』とポイズンスライム『リント』。

 棍棒しか持たないオーク共では、スライム達に効果的な攻撃が出来ない。粘液に覆われたゼリー状態の身体は、鈍器ではどうしようも無いのだ。

 尤も、スライム達もオークに対して効果的な攻撃方法を持たなかった。なので、足止め。

 そうしている内に、デガンとビルがやって来てオークに止めを差す。ロックとの打ち合わせ通りに。


 1つだけ、有り得ない光景があったのだが…。

「デガンさん、あれ…」

「フム、火を噴いてるな」


 ボッ。

 ボッ、ボッ、ボッ、ボッ!


 ビッグスライムが口から火を噴いているのだ。

 小さな火球ではあるけど…。


 プッ、ピュッ! ププー!

 横でポイズンスライムも毒液を噴霧している。


 粘液の身体に纏われ憑かれ、小さな火が当たり、毒液が飛んでくる。オークにとってかなり鬱陶しい状況。

 その為、ビルは勿論、大きな魔斧を持ちハーフプレートメイルのデガンも易々とオーク共に接近し魔斧を振るう。

「足止めとしては最適だなぁ。しかも中々に鬱陶しい。スライムって、実は役立つ従魔なんだな」

「ええ。認識変わりましたよ」


 有り得ない光景というのを考えない事にした2人。



 オーク共を掃討し、集まる冒険者達。

「こっちはO.K.だが、リラは? ミーナはどうした? 女性達の救出は?」

「シオンさん! 来てください!」

「どうした? テオ。只事じゃなさそうだな。何かトラブったのか?」


 リラ達の護衛をしていた『紅き閃光』の1人、最年少の戦士テオ。レザーアーマーにロングソードという若き下っ端らしい? 姿で、こっちに向かってくる。

「拐われた3人の他に、もう1人居たんですけど、それが……」

「直ぐ行く。大丈夫だと思うが、残敵掃討・警戒頼む」


 オークの繁殖小屋。

 テオと共に向かったシオンは、小屋の前にいるローブ姿の女性3人とリラがいるのを見る。

「ミーナは?」

「説得中。もう1人、以前に連れてこられた人がいるの。酷い状態で、帰るのを拒んでるの」

「酷いとは? 外見が変わる程の暴力を受けて来たという事か?」

 頷く4人の女性。


 そうしている内に、回りの確認も出来たのか。全員がこの小屋に集まる。


「レナさん、ニースさん、ゼノアさんも」

「リルフィン? 貴女がどうして? あら、貴方は?」


 リルフィンの横にいる少年。確か、森でオークに襲われた時に助けに来た少年ではなかったか?

「森に住むロック。皆と、助けに来た」

「私、今、彼と共にいるんです。その、タークさんがお礼にって、私を彼に譲渡して」


 奴隷商人から護衛の謝礼として冒険者に渡されてしまう。状況としては充分悲惨だ。

 だが微笑み合い、少し顔を赤くするリルフィンとロックを見ると、幼いカップルの様にしか見えない。


 同じ奴隷だったのに。私達はオークに輪姦されたのに。女達に暗い思いがよぎる。だが、それを救い出したのも彼等。

 現に、長くオークの繁殖、性欲の為の存在としてボロボロになり外見まで変わった女性が此処にいる。


 やがてミーナが出てくる。

「ダメニャ。でも…、気持ちはわかるニャ。でも…」

「そうか」


 小屋の入口。

 そこから、奥に、頭からローブを被った女性が見える。

「これからどうするのですか?」

「ぞぶで。どびあべずじゆぶにばべだ。じぶじゆぶぼぶぐべで」

「ダメです! 死なないでください!まだ、方法は…」

「あるのか? ロック君。こうなると最高級ポーションでも治せない。魔法にしても、これでは『ファイナル・ヒール』を使ったとしても」

「まだ、あります。ジッチャンに教わったのが」


 そのまま、ローブ姿の女性の前に行くロック。

「その、この魔法、成功率低いです。そして、貴女が、僕と、この魔法、信じきれるかが大事になります」

「じんじぎぶ? ばぼーぼ?」

「はい。この魔法、身体の記憶に聞く」

「身体の記憶?」


 初めて聞く言葉。思い出とかではなく、身体の記憶とは?


「目の数、機能、皆一緒。でも色、形、大きさ、皆違う。その、1人1人の違いが、こんな身体になると身体自身に刻まれてる。それが身体の記憶」


 病院生活が長く、また医者の息子の立場にあった六朗=ロックは遺伝子の事も含め現代医学の知識が多少あった。だが、魔法医学が主流のルーセリアでは理解の範囲をかなり超えてしまう。元々口下手な事もあり、その説明にロックは困ってしまっていた。


「親から子へ、その子供へと繋がる形。お母さん似とか、身体が刻む記憶がある。魔法で、その記憶を尋ね、呼び起こす」

 必死で語るロック。その必死さに、頑なだった女性も

「ばりがどー。ぼねがびずずば」


 ロックの左手首にしている腕輪が煌めく。

「あれは? 魔法の発動体なのか? 従魔法以外の魔法が使えるのか?」

 皆が驚いてロックに注目する。


「女神の御名において、今、その身体が持つ記憶に問う。親から子へ、その子へと続く絆を刻みし記憶。身体を作る対なる物の記憶に尋ね、以て、再び元の生まれ出づる身体を成さん。『レゾナ・リターン』」


 腕輪が煌めき、蒼く輝く焔が生まれる。

 輝きが大きくなり、頭からローブを被った女性を包み込んでいく。


 ゴオーッ!


 音を立て、焔が強く燃え盛る。

 にもかかわらず、女性は何の反応もない。勿論、回りに熱も伝わってこないし、ローブが燃える様子もない。


「これは一体?」


 不意に、焔が消える。

「あ…」

 声が変わった?

 ハラリ。ローブが落ちる。


 そこにいたのは、蒼く輝く長い髪を持つ全裸の女性。勿論傷痕など何処にも見当たらない。欠損した足も戻っている。


「ありがとう。僕を信じてくれた。治る、信じてくれた。生きる、思ってくれた」

「わゎっ! ローブ!? 後、下着と着替えニャ」

 慌ててミーナが、女性に服を渡す。

「本当に…、夢じゃないのね? 私は…」

「鏡です。しっかり見て下さい。元の顔、ですよね」

「そう…、ですね。はい。これが、私…の?」

 涙ぐむ女性。


「あの、その…、年齢は…、その戻らない…です。連れて来られた時より…」

「そうね。若くはない…。でも、それでも夢のようです。もう、諦めていたから…」

 涙ながら、初めて見せる輝く笑顔に、ロックもホッとした表情を見せる。


「ロック君。君は、回復魔法も使えるのか?」


 シオンが、驚いた表情で尋ねる。魔法使いの彼も、回復魔法は中盤レベル迄しか使えない。いや、使えるだけでも充分凄いのだが、高レベルとなると、どうしても僧侶や司祭に頼らざるを得ない。

 だが、今の魔法のレベルは?

 それに、持っている魔法発動体は腕輪?


「ジッチャンに教わった。その、頭に転写する、痛いやり方。お陰で、攻撃、回復、生活魔法は使える。この腕輪は、武器防具と一緒。ジッチャンの手作り。剣を振るいながら、魔法、使える」


「頭に転写? 」

 思わず顔をしかめるシオン。

「シオン?」

「師匠が弟子に強制的に教える方法でね。脳に直接魔力で術式を書き込むんだ。間違いなく正確に覚え、絶対に忘れる事も無いのだが、頭が破裂しそうな痛みが半日は続く。師匠は楽しげなのが余計に腹の立つ方法で、本当に泣いたよ。それにしても攻撃、回復、生活魔法か。剣技もかなり凄いと思ったのだが」

「でも錬金術は全く。ジッチャン、ぶつぶつ言ってた」

「充分芸達者ニャ! 私ニャんか身体強化しか魔法使えないニャ!!」

「獣人だから仕方無い」

「あれ? リルフィン、他も使えたけど?」

 ロックが不思議そうに呟く。

「ニャ?」

「私、補助、時空、生活魔法使えます。魔力もそれなりに」

 リルフィンも不思議そうに。

「ニャ? 狼族よね? ニャんで?」

「狼…、そうか! まさか、君は『魔狼族』なのか?」

「……はい」


 一般的に獣人の魔力は少ない。

 体力、筋力或いは敏捷性に優れるのが種族特性であり、ほとんど戦士やシーフとして生きる冒険者となる。

 リルフィンも短槍とレザーアーマーという出立から、レンジャー系のように思われていた。槍の投擲を見る限り、筋力もかなりあり感じだ。

「『魔狼族』か。成る程。ならばあの剛力も納得だ」


 獣人らしからぬ魔力を持ち、筋力と敏捷性を両立させている稀有な種族。此れより上は『獅子族』しか存在しない。


「そう言えば、何? あの短槍。普通の槍になったり、相手に刺さった、その投げた槍が独りでに戻ってきたり」

「ジッチャンが、遊びで作った」

「はあ?」


 何を言い出す? 皆がロックを見る。

「『こんな槍、面白いじゃろ?』そう言って作った槍」

「……………まぢ?」

「『黒き大賢者』は変人とは聞いていたけど…。あ、ごめん。貴方のお爺様の悪口じゃなくて、その」

「リラ、悪口にしか聞こえニャいニャ」

「いえ、何せ『儂は薬師じゃ』、ジッチャン、 賢者と認めない…呼ばれるの…大嫌いな人…だったから」

「うん、やっぱ変人ニャ」


 本当は女神ルーシアンが作った槍である。

 だが設定を作った時、コルニクスも居たのだ。

「こんな話にせい! カッカッカ」

「楽しんでいませんか? コルニクス」

「女神様のお陰で、死んでからも楽しみが多いわい。カッカッカ」


「本人が望んだんだからいいよね」

 内心苦笑するロック。皆が納得するのだから、そういう人なんだよね?


 そこに、着替えも終わり雰囲気も変わった女性が来る。シオン達よりやや年上か?

「そう言えば、お名前、聞いていませんでしたが? 差し支えなければ」

「私はアウローラ=アルナーグと言います」

「アルナーグ? 辺境伯の御一族ですか?」

「辺境伯。そうですね。ディルロ様の姉と言えば? 」

「前辺境伯の姉君? 確か数年前、外遊先のヒューレン侯爵領から盗賊に拐われ、殺されたと」

「私を拐った盗賊達が、オークの群に襲われました。その時から…。オークキングに多少の知恵があったのか、私は自害する事も出来ず…。何度もオークの子を育てて……」

「ディルロ前辺境伯は、貴女の事をとても悔やんでいました。2年前に亡くなる迄」

「ディルロ様が? では、今の辺境伯は?」

「前々辺境伯のご嫡男ケイン様が、今の辺境伯です。さぁ、帰りましょう、アゥゴーの街へ」


 こうして、オーク討伐兼女性救出依頼は完了する。


 凄腕のガキ、と呼ばれた少年が、噂以上の実力だった事を示して。

「ケイン様とルミナに、報告する事が色々ある。普通は噂の方が大きくなってしまう物なのだが…。これだけの実力を持つ少年。持ち過ぎだな。貴族達の耳に入ったら、とんでもない争奪戦になりそうだ」

 少年の前途に、難題と驚嘆すべき未来を見出だしてシオンは、結局領主とギルドマスターに丸投げする事を考えていた。



 その日の夕刻。馬車はアゥゴーに帰りつく。


「それじゃ。行こ、リルフィン」

「うん」


 馬車から降りると、森に帰ろうとする2人。

 慌てる『竜の牙』や『紅き閃光』。そして、街の門番警備員。彼も、全員を領主の館に来るよう言付かっていた。


「何故? 依頼、終わった。僕らは、ここのギルドの冒険者、違う」

「いや、まぁ、確かにそうなんだけど。一緒に依頼を達成したし。ギルドに報告し、依頼完了を確認してもらう事で報酬を貰う訳だから」

 帰ろうとする2人を必死に止めるシオン。

「2人ともまだ11歳。ギルド、入れない。ギルドから依頼、受けてない。シオンさんが頭数、入れた」

「あぁ? そうだったっけ? ね、ロック君。君は、自分が規格外という自覚があるかい? 多分、あるよね。君は、自分の存在を、何と言うか結構客観的に見てる。その異常さ…、やな言い方で申し訳ないが、ちゃんと認識している。だからじゃないか? 表に出てくるのを避けている、そう思えるんだ」


 人付き合いが下手なロックに、腹芸が出来る筈がない。図星なのが誰の目にもハッキリと判る。

「ミーナも言ってただろう? 世捨人になるの、早すぎって」

「全くだニャ! お姉さんからは逃げられニャいニャ! 一緒に行くニャ」


 しっかりとリルフィンを捕まえ、ロックを小脇に抱き抱えるミーナ。そのせいで、結構豊満なミーナの胸に顔が埋まってしまうロック。


「ちょっと、ミーナ? ヤバいところ締めてるわよ?」

 リラが苦笑混じりに注意する。

「ニャ?」

「プワッ…、ハアー、フー」

 深呼吸するロック。

「獣人らしからぬ大きさなんだから、注意する事」

 そういうリラの方がデカイ胸である。これは種族の差もある。獣人族は、一般的にスレンダーな者が多い。


「思う事はあると思う。でも、君達の場合はギルドの元に、この街のギルドの配下にいた方が面倒が少ないと思う。俺やギルドマスター・ルミナを信じて、アテにしてくれないか?」

「……分かりました」


 全員が領主の館に向かった。

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