森に住む少年

第3話 街に来たロック

 目の前に壊された祠がある。


 街道に、前は出て来なかったCランクの魔物が出没する原因の調査の為、3つ首竜の森のやや奥に有るという噂の『結界の祠』にやって来たCランクパーティー『竜の牙』の4人。

 女剣士リラ、リーダーで魔法使いのシオン、シーフの猫族獣人ミーナ、斧を持つ偉丈夫デガン。彼等の前、祠との間に子供がいる。


 森の奥に子供? 男の子?


 Cランクパーティーでも出会いたくない魔物がいる森の奥なので、最初は子供の存在が納得出来なかった。有り得ない、と否定してしまう。結構色んな冒険をしてきた筈なのに目の前の現実が受け入れられなかったのだ。

 しかも、この子供は「この森に住んでる」と言った。

 見ると、身長と同じ位の剣を背負っているし、着ているバンディッツメイルは見た事がない。


 噂の凄腕のガキ、こいつがそうか!


 魔法使いながらシオンが前に出る。

「ちょ、シオン?」

「危険だ! 魔法使いが前に出るな!」

 壁役とも言えるデガンがその前に行こうとする。

「大丈夫。君、ロックって言ったね。森に住む凄腕の子供って噂の?」

「凄腕? 森には住んでる」

「君が1人で?」

「皆、一緒」

 そう聞いて、他に大人が居るのかと思うシオン達。だが、ロックは振り返ると魔物達を指して言った。

「皆、一緒」

「ピキ!ピキー‼︎」

「パルルルル」

「ピルルルル」

「プルルルル」

 応えるビッグスライムにトライギドラス。そして、

「ピッキ!ピッキー‼︎」

「チチチッ!」

 灰色の鳥型魔物と紫色のスライムがやって来る。

「レトパトにポイズンスライム? 君はテイマーなのかい?」

 その問いに頷くロック。壊された祠を指して、

「祠壊された。水晶盗られた。結界壊れた」

 悲しげに言う。

「C以上の魔物が出てくるようになったのは、そのせいなんだね?」

 また頷くロック。

「ジッチャンの結界、壊された! 冒険者、盗った!」

「パルルルル【ヤバい】」

「ピルルルル【マズイ】」

「プルルルル【困る】」

「ピキ!ピキー‼︎」

「ピッキ!ピッキー‼︎」

「チチチッ、チチチッ!」

 ロックの叫びに合わせ、まるでシオン達を責めるように吠える魔物達。

「もう結界出来ない。護衛頑張るしかない」

 諦めの表情で呟く少年。

「皆、帰る。『モンスターハウス』」

 テイマーのみが使える補助魔法。空間が開きトライギドラス以外の魔物が中に入って行く。と、ロックはトライギドラスの背に乗る。

「あ、待って! 君、ロック君?」

「ドラン、帰ろ」

「パルルルル!」

「ピルルルル!」

「プルルルル!」


 バサッ!バサバサ‼︎

 フワリと浮き上がるトライギドラス。

 森の中程へ帰って行く。


「シオン、あっちって?」

「多分タラムの村だ!まさか?あいつ、村の生き残りなのか?」

 驚かされっぱなしの冒険者達。

「タラムって、例の?」

「疫病の為に焼き滅ぼされた悲劇の村…。アルナーグ辺境伯も哭きながらの決断だったって聞く」

「どうするニャ? 」

「あぁ。原因はわかったから依頼は達成だろう。うん、街に、ギルドに帰ろう。辺境伯やギルドマスターに判断を仰がなくては何とも言えない」

「あの子、森に1人でいいのかニャって言ってんの?」

「もし本当に生き残りなら街の者を怨んでいるかもしれない。許してくれとも言えないし。その辺も含めて判断を仰ぐ」

「怨んでる? そうは見えなかったニャ」

「まぁ、実は私も、そう見えなかったけどね」


 4人はアゥゴーに帰る。

「お帰りなさい。どうでしたか? 魔物が出る原因はわかりましたか?」

 街の門番が出迎える。

「あぁ。ある意味最悪だ! ギルドマスターと辺境伯に至急報告したい。入管手続き早く頼む」

 シオンの只ならぬ雰囲気に門番警備員ズノも即手続きを済ます。

「サンキュ。おい、行くぞ」

 足早にギルドへ向かう『竜の牙』を見て、嫌な予感しかしないズノだった。



 ギルドのカウンターで「マスターと辺境伯に報告あり」と言うシオンのヤバそうな雰囲気に、受付嬢リリアも即ギルドマスターに取り次ぐ。

 シオンの性格を良く知るギルドマスター・ルミナ=ガラナも直ぐにシオンと2人でアルナーグ辺境伯の館へと向かった。



「何?結界の祠が壊された? 水晶を盗られた?」


 書類に埋もれていたケイン=アルナーグ辺境伯は、それでもシオン達に会う時間を作ってくれた。ルミナと共にシオンの報告を聞くと「ある意味最悪」と言った意味を直ぐに呑み込んだのだった。


「結界は出来ない。護衛頑張るしかない、ね。確かに最悪で厄介だわ。それとその子、ロック? ジッチャンの結界、そう言ったのね?」

「あぁ。あいつ、もしかしたらタラム村の生き残りかもしれない」

 ルミナに応えるシオン。

「何? 本当に? 本当に村の生き残りなのか?」

 当然アルナーグ辺境伯にも聞き捨てならない。

「そうね。ジッチャンって、多分コルニクス=アリアス。『黒き大賢者』と呼ばれたダークエルフ。武芸十八般全てを修め、錬金術師としても有数の腕。信じられない武器防具を造ってる。あの頃、確かにタラム村にいた。辺境伯の決断を支持して、納得して死んでいった」

 村の焼き払いという理不尽な領主の決定。その施行の責任者としてギルドマスター自らが村へ赴き説明した。村長と共に、それでも笑って受け入れてくれた病気の老人の顔は、今でもルミナの心に焼き付いている。

「あぁ。君には辛い役目をさせた。もう3年…か。子供が生き残っていたなんて。あの森でどうやって?」

「そいつテイマーだった。確認出来た従魔にトライギドラス、ビッグスライム、ポイズンスライム、レトパトがいた。後、剣は子供だからかな? 身の丈近いのを背負っていたし、バンディッツメイルは見た事ない素材だった。黒き大賢者の作なら全て納得出来る」

 シオンの言葉にあんぐりと口を開け呆ける2人。

「どうした?」

「トライギドラス? Aランクの魔物? いや、テイムしているのならA+かもしれないわね」

「どういう事? ルミナ」

「稀にだけどテイムされた魔物のみにあるスキルで『捕食』ってのがあるの。これ、食べた相手のスキルを文字通り食い盗ってしまう奴なの。有り得ないスキルを持つ魔物になるわ。だからランクに + が付くの」

「はあ?」

「例えば、この街のテイマーでリーリエを知ってるわよね? あの娘のワンガンコ、犬型の大地属性魔物だけど水属性のスキルを使えるわ。だからE+ランクで登録されてるの。本当に稀なスキルで発動もかなり稀。なかなかお目にかかれない奴だけどね」

「可能性はある訳か。A+ ? 考えたくないし、相手には絶対したくないな、それ。だが、もしそれだったら、あいつはあの森でも無敵と言える訳だ。それにDとはいえビッグスライムもいた。私の知る限り、ビッグスライムは従魔契約不可の魔物だったと思っていたのだが?」

「私の記憶でも、そう。私達の知らない何かを持つのかも。その子供、街に来てくれないかしら?」

「3年前だとしたらかなり幼い。今でも10歳前後に見えたそうだな。ならば、村が受けた仕打ちを納得出来てないかもしれない。いや、街に全く寄り付いていないのだからほぼ決定的だな。会って直に謝罪出来ればいいのだが?」

「ケイン様…。そうですね。わかってもらえればいいのですが」

「大丈夫な気もする。実際森で魔物に襲われた人々を見殺しにしていない。森の出口まで送り届けている。いや、全く怨んでいないって言ったら嘘かもしれないけど。話せばわかってくれると思える、そんな印象だった。ケイン様、ルミナ、あいつを連れて来るの、私達『竜の牙』への指名依頼にしてもらえないだろうか? 会って関わったし」

「そうね。お願い出来る? シオン」

「そうだな。私の過去の精算を頼むのは心苦しいが。シオン、頼まれてくれると嬉しい」


 こうして、ロックにとって只の設定だった物が、大きな謝罪の話になってしまったのだった。

 勿論、ロックにはピンと来ない話なのだが、流石に神界で見ていた女神ルーシアンは「フォローしないとマズイよね」と、慌ててロックとコンタクトをとるべく動く事にしたのだった。



 その夜、ロックは夢? の中で、1年振りに白き神界にいた。

「えと、僕、また死んだ?」

「ごめんなさい。ちょっとお話かあって来てもらいました。今、現実の世界は時間が止まっています」


 設定が大事になってしまったのを伝えるルーシアン。

「ありがとう。別に天の啓示とかでも良かったのに。僕、今、本当に楽しい! 生きてるって、こんな楽しいんだ。皆と楽しんで生きてるから」

「そう言って貰えると…。私も嬉しく思います」

「それじゃ、またね」


 まだ夜中。不意に目覚めた形になってしまったロックは、外に出て、夜空を見上げる。

「本当に楽しいよ。この世界。こないだの人達、また来るのかな? それとも別の人? 街に行った方がいいかな? でも、皆を連れて行けないよね」


 家の裏、牧草地の様になっている広場にビッグスライムとポイズンスライムが、側の木の枝にレトパトがいる。流石にトライギドラスはいない。森の奥に普段はいる。この1年で倍以上大きくなったドランは、廃村とは言え村の中に居られなくなってきていた。

「そう言えば可愛い娘の仲間はどうなった? 女神様、忘れてるのかな?」

 女神ルーシアンに会った事で、何気に思い出したロック。そう言う本人も実は忘れていた話なのだが。

「ま、いいか。また、寝よ」



 翌日。

 シオン達『竜の牙』は、領主アルナーグ辺境伯の指名依頼を受け、アゥゴーの街を出ようとしていた。

 集合時間にまだ間があるのか、全員揃ってはおらず、シオンは門番警備員のカラーと雑談していた。

「今日もミーナが1番遅い」

「リラ、まだ時間じゃあない。あいつも遅刻はしないのだから」

「いつもギリギリなのはミーナの性格。このままじゃ、その内ズボラになる」

「ニャってニャいニャ! ね、シオン? 私、遅刻してニャいニャ?」

「セーフ。それじゃ出発しようか」

 クールで理論的なリーダーの魔法使いの割には、シオンは規律に煩くない。特にミーナに甘い! 確かにミーナの方が自分より可愛いとは思うけど。

「リラ、それは関係無い。そもそも私の彼女は君だよ?」

「ふえ?」

「ニャフフ」

 シオンのからかう様な声。ミーナのそれが被さっていく。デガンも含み笑い。

「もう、何で私の考えわかるの?」

「は? リラ、顔に出るニャ。分かりやすいニャ」

 3人に笑われ赤くなってしまうリラ。


 と、その時。

「大変だ! 馬車が! 女奴隷を連れていた奴隷商の馬車がオークの群れに襲われた!!」

 森から、馬に乗った小柄な男が叫びながらやって来る。見るとあちこちから血を流している。急いでなりふり構わず来たのか、馬も息絶え絶えの様相だ。


「何だと?」

「シオン! 助けないと、女達がオークの繁殖の餌食になる」

「オークは女の敵ニャ! 討伐しニャいと!」

 街の入り口が、騒然となる。

「おい! 馬車にはどれくらい女がいた?」

 警備員のカラーがやって来た男に尋ねる。

「ゼエ、ゼェ。あ、あぁ。馬車は2台、女は20人だ!ガキから少し年配までいる。お、オークはかなりの数が来ていた。り、リーダーはでかかった! 多分」

「チッ、オークジェネラル位がいるな。この辺りに群れなんていなかった筈なのに。どこかに村が出来たのか?」

「シオン!」

 話を聞いて来たのか、ギルドマスターのルミナも街の入り口に駆けつけてくる。

「追加で依頼出来る?」

「もう2パーティーは欲しい! 出来ればC、せめてD+は?」

「いないの! 昨日からの盗賊団討伐依頼にとられているのよ! 貴方達以外はもうEランク以下しか」

「E以下? E+の『紅き閃光』は? 彼奴らなら戦闘力はあてになる」

「シオンさん! 俺達います」

 何かあった? そう思ってギルドに行く前に立ち寄りました。そんな雰囲気の少年達5人のパーティー。


「おい!あれ!!」

 森の入り口。

 1台の馬車と、それを囲むように2人の商人と6人程の女奴隷達が、フラフラとやって来る。

「大丈夫か?」

「オークは? よく無事で?」


「えぇ。あの子のお陰です」

 商人の指す方、森の入り口に1人の子供。

「あの子!」

「ロックニャ!」

「まさか? あの子が1人で?」

「えぇ。あの子も信じられない位強かったのですが、それ以上にあの子の従魔が! トライギドラスが、片っ端から平らげていって」


 群れとなるとD+のランクになる魔物のオークも、トライギドラスにとってはお肉食べ放題の存在でしかない。オークジェネラルが慌てて逃げ出した為、残りのオークも直ぐ様逃げ出したのだった。

「じゃあ殲滅はしてないんだ」

「とは言え、一先ずオーライだな。さて」

 シオンは森の入り口へ一歩前に進む。

「ロック君! ありがとう! お礼もしたいし、ちょっと話もしたい! 街に来てくれると嬉しいけど」

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