第2話 凄腕の冒険者のガキ

 ルーセリアという世界がある。

 剣と魔法の中世ヨーロッパのようなファンタジー世界。人間だけではなく、エルフやドワーフといった亜人や獣人、魔物が住む。


 この世界に人が住める大陸は3つ。その中で1番大きな大陸、世界の中央にあるミッドセリア。

 ここにいくつかの国があり、やや南側、国境付近の火竜山脈近くに3つ首竜の森がある。



 転生したばかりの少年ロックと従魔スライが、街道から外れた川側の畦道にいた。

「スライ、街道に戻るよ。街に行かなきゃ…」


 ふと、ロックは今いる畦道から別れて伸びている小路に気付いた。

「これは…、そうか。スライ、予定変更。こっちへ行こう!」

「ピキ?」

 不思議という雰囲気を出すスライ。間違いなく、このスライムはこの辺の地理を把握している。

「うん、この先の村の跡に用がある。多分、行ったほうがいいと思うから。うん、その方が辻褄があうよね、女神様」


 2人、もとい1人と1匹は、小路の奥を進む。しばらく行くと小さな村の跡に着いた。

「ここがタラムの村? 2年前に焼け落ちた場所。僕の故郷として女神様が過去の設定を作った村」


 ロックが、この世界に転生する時に女神ルーシアンより言われた事。

「約束ですので、希望通りに、その、チート? な身体や能力にしています。なので辻褄を合わせる為の設定があります。貴方の意識に刷り込んでいますので、それなりに意識してもらえると助かります」


 この村に『黒き大賢者』と呼ばれた老ダークエルフがいた。「いやいや、儂は薬師じゃ」と言って聞かない頑固な偏屈爺、コルニクス=アリアスをロックの育ての親としたのだ。

 既に神界にいたコルニクスは『後継が出来るなら』と喜んで設定を承諾し、更には『儂の魔術で、多少の知識やスキルを刷り込んでやろう。失伝せずにすむのなら有難い事じゃ』と魔法や技、知識を惜し気もなく与えた。前世で読書しかする事のなかったロックもかなりの専門的知識を持っており、大賢者たるコルニクスの理屈・理論をしっかり飲み込む事ができたのも大きい。


「焼け落ちて2年。木造じゃなくて石造りだからか? この辺の家は何とか住めそうだ。まぁ、手直しはいるけど。うん、水も、竜の湧水が活きてる。雨露は凌げそうだし、今の僕が街に行ったら、このチート能力、大騒ぎだよね」


 考え、1人納得するロック。

 元々病気がちでベッド生活だった前世のせいで、あまり人付き合いが出来る方ではなかった。自分の身体や能力、反則とも言える装備の事を考えると、引き籠りの生活がマシだと思えるのだ。


「ピキ? ピキー!」

「そうだね。僕はもう1人じゃないし。スライ、ここで新生活だ」

 こうしてロックとスライは、この村、タラムの村に生活拠点を定めた。

 幸い森の奥深い訳ではなく元々村として成り立っていた場所なので、高ランクの魔物もほとんどいないはずだった。


「あれ? でも、この雰囲気…。何? 僕を呼んでる?」


 村の奥、竜の湧水がある泉の先に祠がある。

 そこから何やら奇妙な気配が漂ってきたのだった。


「この祠は? そう言えば、これ、水路だよね? ここで壊れて堰止まってる? 何で水路? 祠の中に水を引いてる? 何で?」


 ロックとスライは祠の中に入ってみた。

「水路が続いている。やっぱ中に水を引いてたんだ。何があるんだろ? スライ、行ってみよう」

「ピキ! ピキー‼︎」


 奥に進むと、やがて祭壇? のようなものがある。

 ような、というのは、それが1番低い場所になっていたからである。

「祭壇? なら高く敬われる所にあるよね? これは…、そうか!水路‼︎水に漬からないといけない場所なんだ! って、じゃあ、そこにある丸い石みたいなのは何?」


 泉の中心に沈める為の石? 何の為にあるのかサッパリ分からない。

「コルニクス…、いやジッチャンの知識の中にこれは……、あった! 竜玉? 村の守護者?竜の湧水より魔力を蓄え、その力振るう者、か。村を焼いた者がこの石に力を蓄えさせない為に水路を壊した? うん、そういう事だよね? スライ、あの水路を直そう」


 急いで泉の元へ戻る。


「ここ。まずはこの水路の復旧。土魔法クリエイト・ブロック! 」

 壊れた水路が、石のブロックで補修されていく。

「で、この堰を壊す。ブレイク!」

 積んである石材が粉々に割れていく。泉からゆっくりと水が水路を進んでいく。

 やがて祠の中に水が入っていき、丸石、竜玉が湧水に浸かっていく。

 すると、うっすらと竜玉が輝き出した。


「これでO.K.かな? いや? えーと、何? 僕に語り掛けているのは竜玉? まだ、何か必要なの?」

 弱々しく輝く竜玉。

「何だ? 潤いだけでなくて何が必要なんだ? 水に溶け込む…、そうか!魔力?」

 それ!って言わんばかりに輝く竜玉。

「ここに注げばいいのかな? こんな感じか?」

 水に手を浸けて感覚的に魔力を流し込んでみる。


 ズズズッ。

 吸われているような感覚。見ると竜玉の輝きが強くなっていくのがわかる。

「ずっと放置されてたから? 湧水の魔力で力を蓄えてた筈らしいのに。それだけでは不足…、これで充填完了かな?」

 吸われている感覚が止まる。輝きが更に強くなり、祠の天井がゆっくりと開いていく。

「天井が? 何? 竜玉が? 」

 輝きがもっと強くなり、そして、竜玉から炎が吹き出し、開いた天井から天空へかけ上っていく。

「ワアッ! な、何?」

「ピキ! ピキー‼︎」

 一緒に見ていたスライが騒ぎだす。

「スライ? どうしたの? あれは?」


 炎が何か形造っていく。

 大きい胴体。太い手足? いや、4つ足か? 背中から広がる大きな翼。伸びる長い首が3つ?

「まさか? 3つ首竜? うん、間違いない! あれは『トライギドラス』だ!」


「パルルルルル」

「プルルルルル」

「ピルルルルル」


 大空を駆け巡る3つ首の黒き竜。

 Aランクの魔物、トライギドラス。


「あの丸石、竜玉はあいつの卵だったのかな? ってAランク…。どうしよっか?」

「ピキ!」

 やる気充分のスライ。

「えーと、お前Gランクだよ? わかってる? チートの身体と装備、勝てるかな?」


 開いた天井から舞い戻るトライギドラス。

「パルルルル【ありがとー】」

「ピルルルル【お前恩人】」

「プルルルル【お前違う、マスター】」

「パルルルル【マスター、俺、絆結ぶ】」


「えーと、トライギドラスだよね? 首1つ1つ独立してるの? って言うか、会話できるの?」

「パルルルル【横の首、オマケ。】」

「ピルルルル【ヒドイ】」

「プルルルル【ヒドイ】」

 真ん中の首が左右をオマケと言い、それに対して抗議する左右の首。やはり、メインは真ん中らしい。

「パルルルル【竜種、頭良い】」

「ピルルルル【意思、伝える】」

「プルルルル【絆、結ぶ】」

 3組の紅い瞳が訴えかける。

「絆を。良し! 汝我と共に歩む『テイム』」


 バチン!

 スライの時と同じように絆が結ばれた感覚が来る。

「お前の名前は『ドラン』だ!」

「パルルルル【俺、ドラン】」

「ピルルルル【俺、ドラン】」

「プルルルル【俺、ドラン】」

「僕は、ロック。こいつはスライ。よろしくな、ドラン」

「ピキ!ピキー!!」

「パルルルル【お前、先輩?】」

「ピルルルル【お前、兄貴?】」

「プルルルル【お前、 1 番?】」

「ピキ、ピキー!」

 魔物にも格? 順番があるみたい?

「えーと、皆1番ってダメ? 仲間に格なんか付けたくないんだけど…」

「ピキー!」

「パルルルル【皆、1番】」

「ピルルルル【皆、同じ】」

「プルルルル【皆、仲間】」

 勿論表情が変わる訳ではないが、それでも魔物達は嬉しそうに見えた。


「良かった。うん、やっぱメインはテイマーかな? 今さら魔法も使える戦士というのもどうかと思うし」

 自己紹介、当たり障りの無い物を選び無難に済まそうと思うロック。この時はまだ、存在のチート加減がピンときていなかった。

「ここを拠点に、新しい生活。楽しい人生。第2の人生。エヘヘ、ワクワクが止まんないよ」

「ピキ!ピキー!」

「パルルルル【ワクワク】」

「ピルルルル【楽しい】」

「プルルルル【新しい】」

「うん! スライ、ドラン。これからよろしくね」



 そして1年が過ぎる。

 チートな身体と竜の素材で出来た剣や鎧。これだけでも無敵に近いのに、更にAランクの従魔を従えているロックは、『3つ首竜の森』の生態系で頂点にいると言っても良かった。

 やがて、それは近隣の街の噂になっていく。


「身の丈程の大剣を持ち、見た事のないバンディッツメイルに身を包む、凄腕の冒険者のガキがいる」


 本来、森の中程を流れる川畦を境に高ランクと低ランクの魔物が住み分けているはずだったが、この1年程、境がズレる? ボケ始めてきていた。街道近くまでCランクの魔物が現れるようになり、中堅以上の冒険者でないと護衛が務まらなくなりだしてきていた。


 森の先にある街『アゥゴー』。

 ライカー王国の国境付近にあり、アルナーグ辺境伯の領都と言える街で、都市に近い規模と隔壁、そして王国有数の冒険者ギルドを誇っている。

 そのギルドにて護衛を頼む商人が多数駆け込んでいたのだが、珠に運良く『噂のガキ』に会う者がいた。

 魔物に襲われた時に森の何処からともなく現れてあっという間に魔物を殲滅する子供。

 森の出口まで送るとすぐに森に帰ってしまう。報酬を求めはするのだが相場を全然知らないのか小銭程度で喜んで帰っていく。

 Cランク程度の冒険者パーティーならば銀貨数枚が相場である。銅貨程度で喜んであるのは、やはり子供だからと言うべきか?

 噂はあっという間に広がっていった。



 森の奥深く。

 古ぼけた祠が壊されていた。


「パルルルル【結界、壊れた】」

「ピルルルル【祠、壊れた】」

「プルルルル【魔物、自由】」

「やっぱり。ジッチャンの作った結界、誰かが壊したんだ。中の水晶を盗ってる。このせいで」


「そこにいるのは誰? 子供? どうしてここに?」

 剣を構えて、戦闘態勢をとっている冒険者パーティー。魔法使いの男がリーダーを務めている『竜の牙』というCランクパーティー。先頭で剣を構える女剣士リラが、森の奥で見られない筈の子供の姿に警戒しながら近付いて来ていた。しかも側にはAランク魔物のトライギドラス、Dランク魔物のビッグスライムがいる。太刀打ち出来ないランクの魔物を前にして、その事をおくびにも出していないリラに尋ねる。


「祠、壊した。結界、壊れた。貴女達?」

 1年振り位の人との会話に、咄嗟に声が出ずカタコトになってしまったロックは、内心苦笑しつつ自分に剣を向け近付いてくる女剣士に尋ねる。

「いいえ! 私達もそれを調べに来たの。私はリラ。アゥゴーの街のギルドに所属する冒険者。貴方は?」

「この森、住んでる。僕、ロック。最近、魔物、あちこち出るようになった。結界、見に来た」


 噂のガキが、表舞台に出てきた瞬間だった。

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