第4話

 連立して振動をする音。その頭を叩く鈍い振動に、自分自身はきっと苦い顔をして起きた。

「......」

 まるで鉛を背負ってるかのような、重い体をベッドから滑り起こす。重い足を引き擦る《ひきずる》ように廊下をフラフラと歩く。

 朝日が部屋に差し込んでいるというのに視界は薄ら薄らと点滅していて、まるで暗所をランプで照らしたかのようにユラユラとぼやけている。

 気付けば台所に居た。

 俺は1LDKのアパートに一人で住んでいる。それは『家には嫌な思い出があるから』と恥を忍び、父親に敗北宣言を伝えたものだった。朝点けていた暖房が消えていて、耳障りになるものは無くなっていた。

 棚から透明のグラスを無作法に取り出す。

 薄暗い空洞ー流しに設置されてる蛇口がある。その先を捻れば当たり前だが水が出た。

「変な天気」

 カーテンを開いて室内から外を見てみたら、空はぼんやりと曇っている。冬ももう終わり頃だからだろうか。あられはもう降ってないし、積もりに積もった雪は、その殆どが溶け始めている。

「雨とか晴れとかもうどうでもいいけどな」

 だって、その描写の全てはただ憂鬱なだけだった。

 デジタルの数字が、まるでペラペラと紙のように、軽く過ぎてゆくような感覚を憶える。

 俺は変われない、だというのに皆んなは姿を見せずにいつ間にか変わってしまう。

 そのせいで容易く簡単に彼等は変われる生き物だと考えてしまっていた。

 そしていつか...持っていた大切なものを全て代償として払った時だった。もう変わらない日常で怯える理由ことは何一つ存在しないことに気づいた。気づいてしまった。

 立つことに疲れて足をその場で落とす。もたれ込むように座り込む。

「何も要らない」

 何かを失うことは怖いことだ。

「もう何も無い」

 失うものは何も無かった。

「大丈夫ですか?先輩?」

 そこには浅草が居た。

「...?!」

「先輩が心配だから、今日は先輩の家に泊まるって言ったじゃないですか...」

「浅草」

「先輩、立てますか?ほら」

 浅草が白い手を出す。俺は何も言わずに差し伸べた手を受け取った。

 必要なものはそこにはあった。大切なものが抱きしめたくなるほど、愛おしかった。

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