第6話
肥後エリアで一番の繁華街アーケードの端にあるファーストフード、ワーナードック略してワックの前でソワソワと約束の時間を確認する。
…早く来すぎた。
実は今日、結衣さんと二人でお出かけ&お食事なのだ。
まぁ結衣さんの営業返しに付き合うだけなんだけどね。
営業返しとは、夜の世界ではままある互助活動みたいなもので「他店の友達がお客を連れて遊びに来てくれたから、そのお返しにこちらも遊びに行きますね」的な行為で、ホストとか飲食関係でも同じ様な事が行われ、当然他業種間でも行われる。
今回は俺に営業返しのフルコースを体験させる、との結衣さんの有り難いお言葉で実現したおデートである。
「あー、もう来てるー」
振り返ると花柄ピンクのワンピースを着た結衣さんが俺を指差して笑っていた。
うんうん、結衣さんの私服姿って夜っぽさが無くて良いんだよね、天使そのものです。
ありがたや〜、ありがたや〜
「なにしてるのかな?」
おっと、思わず拝んでしまった。
「いえ、結衣さんのカワイイ私服姿を見れたんで、拝んでおこうかと」
「なにそれw それにしても、早いねいっちゃん。まだ、18時だよ?」
約束は19時、まだ1時間は先の筈だ。
「流さないで下さいよ、精一杯の褒め言葉なんですからw それに尊敬する結衣さんからのお誘いですし、1時間前行動が基本かな?と」
ただ単に寮に居ると落ち着かないから、時間関係なしに出て来ただけだけど。
「ふーうん、そうなんだー。いっちゃんは私とのお出掛けが嬉しくて待ちきれなかったんだー。そんなに嬉しかったんだねー」
結衣さん、ニヤニヤである。
いや、その通りなんだけどね。恥ずかしいから、そこに突っ込んで来るの辞めてくれません?
「そういう結衣さんだって、めっちゃ早いじゃないですか」
まさか、約束の1時間も前に来てくれるとは!
これは、もしかしてもしかしする
「私? 私はこれから店によって荷物置くついでに店長とちょっと話して来るから、後30〜40分は戻って来ないよ?」
筈無いですよねー。
えぇ、分かってますとも、ハイ。
「ふふ、そんなに落ち込まなくてもw ほら、どうせ暇なんでしょ?いっちゃんも一緒に行こ」
俺の手を取って、店の方へ 俺を引っ張る 結衣さん。
ナチュラルにテンパる俺。
手やわらけーな、おい。
あれ?これって周りから見たらイチャ付いてる様に見えんじゃね?
店の事務所へ寄って店長へご挨拶し、特に用もなかったんで俺はさっさと事務所を出てロッカールームへ移動した。
長居して要らん仕事もらったら嫌だしね。
と言う分けで、ロッカールームで同僚の黒服達と談笑すること30分ほどで結衣さんからBondで「終ったよ~」のキャラスタンプが届いた。
「んじゃ、行ってきますわ」
同僚たちへ軽く挨拶して、いざ出陣でござる。
本日の営業返し1件目は時間を見つけては足しげく来店し、隙あらば結衣さんの太腿を触るエロ爺ことシゲさんが経営している寿司屋「大永」である。
この店、近隣では結構有名で平日でも早めの時間は予約しないと席が取れない。
人間性と職人技術が全く別次元の性質であることのいい例だな。
ガラガラと子気味良い音を立てる引き戸を開けると景気良い声で「らっしゃい!」とお客をお出迎え。
うん、こう言う雰囲気いよね。
「おお、結衣ちゃん!いらっしゃい!!今日は結衣ちゃんの為にいいとこいっぱい仕入れてるから、いっぱい食べてってな!」
「うん、ありがとう。期待してるね!」
まあ、エロ爺もカウンターの中にいると真面に見えるな。
「シゲさん、どうも。今日はよろしくお願いします」
挨拶は大事だかね、基本だね。
「…チッ!」
…ムカ。
いくら顔見知りの男だとはいえ、今日の俺は客だぞ? その態度はないんじゃない?
しばらくエロ爺とにらみ合う。
「シゲさん、流石にその態度は失礼すぎるわよ? ほんとにすみません」
店の奥から現れたきれいな給仕さん(うさ耳だ)に窘められて不貞腐れた爺は無視して、給仕さんと話す事にする。
「いえいえ、いつものことですので。気にしてません」
この爺は結衣さん命なだけあって、結衣さんとちょっとでも仲良くする男には、手当たり次第にじゃきまわすのだ。あ、じゃきまわすってのは肥後弁で嫉妬するって意味ね。
「けっ」
爺の嫉妬は見苦しいね。
「もう、二人とも仲良くしないとごはん美味しくないよ? 帰っちゃうよ?」
おっと、ちょっと不機嫌になった結衣さんが参入したところで、いつもこの喧嘩は終了だ。
「じゃあ、お席に案内しますね」
給仕さんも慣れたもので、含み笑いながらもサラッと空気を換えてくれた。
悔しいが、出てくる寿司はどれもこれも絶品だった。
メニューが全部時価じゃなければあのエロ爺の店でも通ってしまいそうな程に旨い。
「おいしかったねぇ。おなか一杯だね。やっぱシゲさんはすごいね」
結衣さんも満足顔だ。
ちょっと食いすぎなのでは?と思うほど食していらしたので、満足なのは間違いないだろうが。
給仕さんがお会計を書いた紙を渡してくれるまで、俺も幸せでいっぱいだった。
…え?
……E?
………ええ!?
お値段なんと、8万とんで600円なり。
これ、桁間違ってないよね!?
狼狽する俺の手から、すっとその紙を奪った結衣さんはバックからポチ袋を取り出し紙と一緒に給仕さんに渡して「ご馳走様、おいしかったです!」と満面の笑顔でのたまった。
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