第3話

ある日突然結衣さんからBondが来た。


Bondってのは前世日本で言うところの、ラ〇ンにあたる。

電気も電波も使用しない謎技術でもって成り立っている通信端末で、メッセージのやり取りが出来るツールと言えば分かり易いか。

bondと言えば前世日本では接着剤を連想するが、そもそも英語の意味では結ぶ・絆と言う意味も含まれるものらしい。

このbondは数年前に起きた陸奥エリアの大氾濫で散りじりになった家族の安否を直ぐに確認できるツールが欲しかった、と言う理念で作られたらしい。

どっかで聞いた話だね。

どうでもいい事だが、この日本に家電は無い。

代わりに家庭用法術具、略して家法なるもが街の量販店で売っている。

冗談みたいだが、本当の話だ。


さて現実逃避は止めて話を戻そう、ある日突然結衣さんからBondが来た。

内容はこうだ。


「いっちゃん、何も言わずに元気の出るスタンプ送って」


…えーと、ど言う事?


直前まで「明日休むけどお店大丈夫かな? 出勤誰が居たっけ?」と言う問いかけに俺が「大体、皆出勤予定になってますね。心配しすぎですって」と答えた完全な業務連絡のだったのにだ。

一体なにがあった。

からかわれてる? マジで落ち込んだり嫌なことがあった? なんで俺? そもそも元気の出るスタンプって何?

色々な事が頭をグルグル駆け巡る。


まて、落ち着け俺。

結衣さんとは、現在良い仕事仲間として、お互いに尊重出来る関係だ。

だが、個人的な何かがあったか? と言うと殆ど何も無いと言っていい。

プライベートであった事と言えば、仕事終わりに皆で行く居酒屋で騒いだくらいである。

つまり、仕事人として励ませと言われてるのか? いやいや、だったらスタンプで、とはならないだろ。

と言うことは、揶揄われる?

うーん、それにしては意図がわかり難いと言うか、意味が分からないと言うか。

わからん、全くわからん!


しかも仕事のメッセージだと思って既にメッセージは開いてしまった。

既読状態である。

このままスルーするのは流石に気まずい。

なにか無難な手はないものか、普通に応援する系のスタンプで良いか、それとも慰める系のスタンプが良いのか…


そして俺は決心した、ボケると、ボケてやると。

………ええい、ままよ!



殿様の恰好した偉そうな猫が鰹を差し出して「大儀である」と言っているスタンプが画面に表示される。

…これでホントに良かったのか、やってしまったのでは?

いや、結衣さんなら綺麗な突っ込みを入れてくれるはず、そうに決まっている。


そのままの姿勢で暫く返信を待ったが、反応がない。

じりじりと時間が過ぎる。

30分待っても既読すらつかず、始業の時間となってしまった。


気になって、気になって仕事にならんわ!

ただ、そんなときに限って客足は良く、バタバタとキッチンとテーブルを言ったり来たり。

端末見る暇が一瞬も来ない!

やっとひと段落付いた頃には、既に4時間ほど経っていた。


すかさず端末をチェックすると、そこにはいつもの結衣さんなら絶対に送らない、絵文字なしの平文で「魚好きだったら元気出たかもね」の一文。


どうやら、やってしまったようだ。

結構本気で怒ってる気配を感じる。


どうする、言い訳するか?

いやいや、ココで言い訳したところで余計に怒らせるだけなのでは?


いや、結衣さんからの課題は「何も言わずに元気の出るスタンプ送って」である。

ここは基本に立ち返って、普通に慰める系の可愛いスタンプを送れば良いのではないだろうか。

そうだよな、言い訳は良くない、今度は普通に慰める系の可愛いスタンプを送ろう。


可愛いペンギンのキャラが犬を撫でてているスタンプが画面に表示される。

よし、仕事に戻ろう。


ティロン♪


今度は速攻で返信が来た、さっそく端末を見ると「いっちゃん、適当過ぎる」怒りの顔文字と共に、厳しい一言が表示される。


…ごめんなさい。 俺には無理みたいです。

結衣さんの期待に応えられそうにない。


スタンプのみでは、期待に応えられそうにない、。

俺は諦めて素直に「正直、どんなスタンプで結衣さんを元気に出来るかわかりません。ごめんなさい」と文章で謝ることに。

すると「www、こう言う時は普通に可愛いスタンプでいいのッ!」とかえって来た。


なんだか凄くホットした。

結衣さんが好きそうな可愛いウサギがハートの風船で浮き上がっていくスタンプと共に「メッチャ考えた結果があれでした(´;ω;`)」と返信して仕事に戻ろうとすると再び着信音が。

「いっちゃんがどんな顔で言ってるのか想像できるwww これからも私の無茶振りに頑張って答えてねwww」と。


その後の仕事は、別の意味で手につかなかった。

なんだか、ふわふわドキドキしていた。


結衣さんの休みの日に結衣さんに振り回されて終わった1日だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る